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終わりと、始まりの日②

 レオンハルトはゆっくりと歩み寄ってきて、ミアの頭に大きな手をのせた。


「彼女は死んだんだ」


 低く静かに告げられたその言葉に、ミアは目をしばたたかせる。


「しんだって、何?」

 ミアが首をかしげると、レオンハルトはグゥと喉の奥で変な音を立てた。

「そこからかよ。……あいつめ、俺に丸投げしやがって」

 唸るような声で言ってから、彼はミアの隣にしゃがみこむ。それからがっしりとした膝に彼女を座らせ、同じ高さから目を覗き込んできた。


「いいか、ミア。ヴァンピールは不死だが、生き物の命には限りがあって、全ての命には必ず死というものが訪れる。彼女はヒトで、今、寿命が――死ぬ時が、訪れた」

「じゅみょう? ……し……?」

 ミアは耳慣れない言葉を拙く繰り返した。

 レオンハルトは小さく頷く。

「ああ。お前はもう四十年は生きているが、純粋なヒトの子としては五つかそこら程度にしか見えない。お前は彼女の娘だが、ヴァンピールの血も引いているから、流れる時間の速さが違うんだ。ヴァンピールは無限に生きるが、ヒトは百年も生きない。お前の母は、ヒトだった。ヒトは、年月と共に老いて、やがて死ぬ。それはどうやっても避けられないもので、死ねば動かなくなる。それに、今はまだこうやって身体が残っているが、やがてこの形も消えてなくなるんだ。それが死というもので、お前の母親は、ソレになった。もう二度と目覚めない」


 ミアは眉根を寄せた。

 よく、解らない。解らないけれど、どうしてか、レオンハルトの言葉を聞きたくないと思った。


「……お父さまはどこ?」

 無性に、父と話をしたかった。父なら、ミアが望む、ミアが聞きたい言葉を、聞かせてくれるはずだ。

 ミア自身、それがどんなものかは判らなかったけれども、父ならきっと解かるはず。


 けれど。


 レオンハルトは一度ギュッと拳を握り、それを開いてミアの頬を包み込む。

「あいつもいない。あいつも、死んだんだ。生粋のヴァンピールは並大抵のことじゃ死なねぇが、唯一、陽の光を浴びると灰になって、死ぬ」

 彼のその言葉で、ミアは父の服とそこにある砂――灰の山に眼を向けた。

「あれがお父さま?」

「ああ」

 頷かれて、その事実はミアの中に滲み込んだ。が、やはり、理解はできない――何もかも。


 灰。

 陽の光。

 死。

 喪失。


 つながりを持たない、バラバラの不安を掻き立てる単語ばかりが、ミアの頭の中にある。

 父が灰になったのは、陽の光を浴びたから。


(灰になって、死んで、しまった……?)


 母も死んで、もう二度とミアに笑いかけてくれることも話しかけてくれることも触れてくれることもない。


(じゃあ、お父さまは……?)


 父もまた、もう二度とミアに笑いかけてくれることも話しかけてくれることも触れてくれることもないということなのか。


 ミアは、レオンハルトが父だと言う砂の山に、触れる。いや、触れる寸前で、手を止める。


「どうしてお父さまは陽の光を浴びたの?」

 レオンハルトの説明通りならば、陽の光を浴びなければそれで良かったはずだ。今まで、ずっとそうしてきたはずだ。

 なのに、どうして、こんなことになってしまったのか。


 途方に暮れたミアを、レオンハルトはどこかが痛いかのように顔を歪めて見つめ、そして、抱き締めた。大きな胸に顔を埋めたミアの耳に、低い声が響いてくる。

「あいつがお前の母親のことを愛していたからだ。彼女を失っては、生きていくことができなくなるほどに」

「愛、して……?」

 ミアは唇を噛み締める。

(ソレが、悪いの?)

 母を愛していたから、父は灰になった。

 そういうことで、いいのだろうか。

 ミアの頭の中はもう一杯一杯で、それ以上のことは受け入れられそうにない。


 ただ一つ、はっきりしているのは。


「お母さまもお父さまも、もういないの? もう、お話してくれることも、わたしを抱っこしてくれることもないの?」

「そうだな」

 レオンハルトが頷いた。

「そんなの、イヤ」

「嫌でも何でも、どうにもならねぇよ」

 ミアは唇を噛んでレオンハルトを睨み付けたけれども、彼は彼女が望む答えを返してはくれなかった。

 睨もうが何をしようが、レオンハルトは揺らがない。彼が発した言葉もまた、同様に。

 ミアはクシャリと顔を歪ませた。そして、床に突っ伏す。ワァッと声を上げて泣き出しても、レオンハルトは彼女を宥めようとはしてくれなかった。

 彼は、言葉以上に態度で、伝えてくる――それが、死というものなのだと。

 死とは何もかもが失われる現象。どうしようもなく、どうやっても、取り返しがつかないこと。


 だったら、死とは何て恐ろしいものなのだろう。


 わんわんと泣いても叫んでも、何一つ変わらない。変わってくれない、絶対的な喪失。


(死は、きらい)

 けれど、そんな、『嫌いな死』よりも恐ろしいものは、愛、だ。


 母にとって死は避けられないものであったのだと、レオンハルトは言った。しかし、ヴァンピールはそうではないとも。

 ヴァンピールである父は死なないはずなのに、母を愛しているから陽を浴びて、そして、死んでしまった。

 つまりは、死なないはずの父を愛が死に追いやったようなものだ。


(『死』は、きらい。けれど、『愛』はそれ以上に、怖いもの)


 その事実を深々と胸の奥に刻み込みながら、ミアの意識はフゥッと闇の中に引き込まれていった。


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