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闇森の獣は光に焦がれる~氷輪の姫と病める光明~  作者: トウリン
リヒト17歳

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19/58

小鳥を籠に入れるには②

 この一年でもリヒトの背はさらに伸びたから、もう、ミアの頭は彼の肩にも届いていない。それに背丈だけでなく、彼女はガラス細工か何かのように華奢で繊細で、リヒトは危うく力加減を誤りそうになる。


「リヒト、放しなさい!」

 その声と共に、肩甲骨の辺りにトントンと何かがぶつかった。どうやら、ミアが拳で叩いているらしい。くすぐったいが、放置する。

 リヒトはミアの後ろ頭と背中に手を添え、自分の胸にピタリと押し付けた。そうして、彼女の頭の天辺に唇を触れさせ、告げる。


「あなたがヒトではないことは、判っているよ」


 刹那、ピタリとミアの動きが止まった。

 つまりそれは、リヒトの指摘が真実であるということなのだろう。

 ミアがリヒトとの間に壁を作っているのは、きっと、その事実故だ。彼女の目に、時折怯えめいたものが走るのも。


 だが、それでは、怯えの原因は何だろう。


 正体がバレて化け物だと迫害されることを恐れているのか、あるいは、リヒトにヒトではないということを知られ、彼に疎まれるのを恐れているのか。


(後者なら、絶対に有り得ないのに)

 リヒトは広げた手のひらの下で、華奢な背中がガチガチに強張っているのを感じる。リヒトは少しでもそれを和らげようと、ゆっくりとその背を撫でた。

 しかし、あまり効果がなさそうだ。


 リヒトはため息をこぼし、言葉での意思疎通を再開する。

「あなたはヒトではないよね。何年か前にそれに気付いてから、いろいろと調べてみたんだ。各地の伝承とかね。ほとんどがお伽噺めいたものばかりだったけれど、その中で、長命な存在という点でいくつか共通するものが見つかったんだ」

 そこで一度言葉を切り、リヒトはミアの様子をうかがった。額を彼の胸に押し付けるようにしてうつむいているから表情を見て取ることはできない。耳を澄ましているのかまだ強張っているのか、身じろぎ一つ伝わってこなかった。


「魔術というものの知識とそれを行使できる力を備えたヘクセ、狼に変身するヴェアヴォルフ、そして、ヒトの生き血を飲むというヴァンピール。それが、言い伝えやお伽噺に出てくる不老不死、あるいは非常に長命なものとして出てくる『魔物』だ。地域に偏りなく、概ね、東西南北どこででも必ず逸話が残っている。だから、これらは『種』として存在するものなんじゃないかと思う」

 リヒトはミアを抱き締める腕に力を籠める。

「あなたは、ヴェアヴォルフ、ではないよね。見てみたい気もするけれど、あなたが獰猛な狼になるところが想像できないな。ヴァンピールは日光で灰になってしまうらしいから違うし、残るのはヘクセだけど……血で僕を癒すことができるのは魔術の一つ? だとすると、やっぱりヘクセなのかな」


 ミアは、無言だ。

 だが、言葉での返事はなかったが、つらつらと挙げた三つの種のうち、一つだけ、彼女が微かな反応を見せたものがある。

 それはヴェアヴォルフでもなくヘクセでもなく、ヴァンピール、だ。


(気のせい、ではない)

 確かに、その名を出した時だけ、ピクリとミアの方がはねた。


(なら、ミアはヴァンピールなのか……?)


 ヴァンピールはほぼ不老不死でヒトの血を飲み光で灰になる。どの伝承でも、その特徴だけは共通していた。

(不老不死は合っていると思う。ヒトの血を飲むかどうかは、一年に一度しか逢わない僕には判らない。でも、日光は大丈夫だよね。こうやって、昼間に逢っているのだから)

 いずれにせよ、リヒトはミアの口から本当のことを教えて欲しかった。

 彼のことを信じてくれているのならば、そうできるはずなのだから。

 リヒトはミアの頭の天辺にそっと口付ける。

「ねえ、ミア。僕はあなたが何ものであろうと構わない。僕にとって大事なのは、あなたが僕の傍にいてくれるのかどうか、それだけなんだ。ヘクセであっても、ヴェアヴォルフであっても――ヴァンピールであっても」


 やはり、返事がない。


 今、腕を解いたらミアはどうするだろう。

 去って、二度と戻っては来ないのだろうか。

 それとも、去って、また来年、来てくれるのだろうか。

 最悪なのは、前者だ。

 リヒトは奥歯を噛み締め賭けに出る。


「もしも、屋敷に来てくれないのなら、僕はもうあなたの血をもらわない」


 刹那、それまで身じろぎ一つしなかったミアが動いた。

「ッ! リヒト!」

 パッと顔を上げたミアの目を、リヒトは真っ直ぐに見つめる。


「あなたが来てくれないのなら、僕の生を長引かせるのは――一年の内一日だけしか逢えないまま日々を送るのは、もう辛いんだ」

「なんで、そんなことを言うの。私はリヒトとは、違う。一緒にはいられない。一緒に、生きてはいけない」

「そうじゃない。僕はミアがいなければ、生きていけないんだ。僕が生きていたいと思うのは、あなたがいるからこそ、なんだ。だから、あなたがいてくれないのなら、僕が生きる意味がない。生きることに意味を見いだせない」

 これは、遠回しの脅しだ。

 リヒトの命は、ミアの血でつながっている。それを受けなければ、遠からず、死ぬ。

 子どものころほど虚弱ではないものの、それでも、恐らく他の者の半分も生きられないだろう。

 彼を死なせたくないという気持ちがわずかでもあるならば、ミアは屋敷に来てくれる。たとえそれが同情や憐憫だったとしても、構わなかった――今は、まだ。


 リヒトは、ミアを抱きすくめたまま答えを待つ。彼女は彼の上着を握り締め、微かに身を震わせている。


『応』という返事しか、受け入れられない。

 だが、もしも『否』であれば、どうしよう。


 ミアは、非力だ。もしもリヒトの腕を振り払うだけの力があるならば、とうにそうしているはずだ。

(だから、もしも、彼女が僕を拒むなら――)


 力づくでも。


 グッと、リヒトがミアを抱き締めた、その時、彼の胸元から小さな声が届いた。


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