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闇森の獣は光に焦がれる~氷輪の姫と病める光明~  作者: トウリン
リヒト17歳

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18/58

小鳥を籠に入れるには①

 今日で、ミアとの逢瀬は十回目を迎える。

 いつもは先に来ているミアがリヒトを迎えてくれていたが、今日はまだ日が高いうちにここへ来て、彼女が姿を現すのを今か今かと待っていた。


「……リヒト?」

 訝しげな声で呼ばれ、リヒトは一度息をついてから振り向く。

 そこに佇む、美しい人。

 彼女の周囲だけ、空気の色さえ違って見える。


「ミア」

 リヒトは満面の笑みを浮かべたが、ミアは眉根を寄せている。

「どうかしたの?」

「え?」

「リヒトが先に来ているなんて、何かあったの? 具合でも悪い?」

 顔を曇らせてそう問いかけてきたミアにリヒトは一瞬目を丸くし、次いで破顔する。

「いや、全然。調子は良いよ」

「良いの?」

「うん、すごくね」

 リヒトが頷けばミアの顔には安堵の色が浮かぶ。

「そう。……なら、いいの」

 ついさっきまでの心配顔を消し去って何でもないというふうを装ったミアは、実に可愛らしい。リヒトはそんな彼女を思わず抱き潰したくなったが、どうにかそれをこらえて微笑みかける。


「あのね、ミア。あなたは忘れてしまっているかもしれないけれど、あなたが僕を助けてくれてから、今日で十年になるんだよ?」

 月日の流れを彼女に実感させるようなことをリヒトが口にするのは、これが初めてだ。


(これは、多分、ミアはされたくない話のはず)

 リヒトにとっては、賭けのようなものだった――恐らく、とても分が悪い。


(だが、勝ってみせる)


 笑顔の下に断固とした決意を隠したリヒトの前で、ミアは小さく息を呑んだ。言葉を探すように少しの間を置いてから、頷く。

「そうね」

 発したのはその一言だけで、彼女はうつむいてしまう。

 リヒトは手を伸ばし、ミアの頬を包み込んだ。そうして、そっと力を込めて彼女の顔を上げさせる。顔はリヒトに向けさせることができたが、視線はまだ逸らされていた。


「ミア、僕を見て」

 声をかけてから、しばし待つ。彼女が見てくれるまで、リヒトはいくらでも待つつもりだった。

 ややしてノロノロとミアの目が動き、ようやくリヒトに向けられる。そこに潜む怯えの色にリヒトは負けてしまいそうになるが、どうにか自分を鼓舞して続ける。


「ねえ、ミア。僕は今日で十七歳だ。十歳までも生きられない、と言われていた僕がね」

 リヒトのその台詞に、ミアはキュッと唇を噛んだ。

「まだ、二十年だって三十年だって、五十年だって、生きるわ」

 言外に、死なせはしないと告げる彼女に、リヒトは微笑む。

「そうだね。あなたがいてくれる限り、僕は死ねないな」

 死なないし、死にたくない。彼女に逢うことができる限りは。


 リヒトはミアの顔を手のひらで包み込んだまま、親指で頬を撫でた。それは柔らかで、滑らかで、まだ年若い少女のものだ。親指だけでの彼の愛撫を受けながら、彼女は身じろぎもせずにリヒトを見上げている。微かに開かれた薄紅色の唇があまりに無防備で、彼はそれを奪ってしまいたくなるのを理性を総動員して堪える。

 こっそりと深呼吸を一つして、どうにか穏やかに見えるだろう笑みを浮かべ、リヒトは続ける。


「僕もね、まだまだ生きていきたいよ。でも、ただ生きるだけじゃ駄目なんだ」

「どういう、意味?」

 眉をひそめたミアがそう問いかけてきて、リヒトは彼女の頬から手を放し、代わりに、彼女の手を取った。そうして、しっかりとそれを握り締める。

 ミアは戸惑いを浮かべた眼で捉えられた自分の両手を見下ろし、次いで、リヒトを見上げてきた。

 リヒトは自分のものよりすっかり小さくなってしまったミアの手を唇に引き寄せ、その指先に口づけた。


「リヒト……?」

 ミアの青い目の中にあるものは疑問から困惑に代わっている。リヒトは今日のような秋晴れの青空の色を映した目を真っ直ぐに見つめながら、告げる。


「ねえ、ミア、僕の屋敷に来てくれないかな」


 ミアが、ハッと息を呑む。

「何を――」

 すぐさま我に返ったミアが手を引き抜こうとするのが感じられ、すかさずリヒトは彼女を捕らえている力を増した。手の中の感触があまりに儚いので、きつくし過ぎないように心掛けたつもりだが、それでも、彼女に痛みを与えてしまってはいないかと心配になる。

 細心の注意を払って力加減をし、しかし、しっかりとミアを捕まえ直してから、リヒトは繰り返した。


「僕の屋敷に来て欲しい。僕はこれからもずっとずっと生きるつもりだけれども、あなたがいなければそうする意味がない。どれだけ長く生きようと、一年に一度、たった一日しかあなたに逢えないなんて、嫌なんだ」

「何を、言って……」

「お願いだ。僕の屋敷に来て、毎日、僕の傍にいて欲しいんだ」

 重ねて乞うた願いにミアは唇を引き結び、一転、全身でもがくようにしてリヒトの手を振りほどこうとする。

「それは、ムリ! 放して!」

 不老でも、リヒトの身体を癒す血を身に持っていても、ミアは非力だった。多分渾身の力を揮っているのだろうが、リヒトの身体が揺らぐことすらない。

 けれど、あまりにがむしゃらに暴れるから、このままではミアの腕を痛めてしまいそうだ。

 リヒトはほんの一瞬ミアの力が緩んだ隙に、彼女の手を引いた。ふら付いたところを引き寄せ、腕の中に閉じ込める。手だけ掴んでいるよりも、いっそ抱き締めてしまった方が彼女の負担は軽いだろう。


 リヒトは彼女を腕の中に包み込み、そして、驚く。


(こんなに、小さかったのか)


 思わずきつく抱きすくめそうになり、気づいて力を緩めた。


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