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闇森の獣は光に焦がれる~氷輪の姫と病める光明~  作者: トウリン
リヒト15歳

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欺瞞と、約束

 リヒトが上げたその声の大きさ激しさに、ミアはビクリと目を見開く。

「あ……ごめん、驚かせて……」

 硬直したミアにリヒトが手を伸ばしかけ、それにひたと視線を注いだ彼女が微かに身じろぎするのに気付いて、半ばで拳を握り締めた。筋が浮くほどに固めたそれをグッと身体の両脇に下ろし、ほとんど睨み据えるようにしてミアを見る。


「お願いだから、もう来ないなんて言わないで。本気じゃなくても、あなたの口からその言葉は聞きたくない」

 すがらんばかりの声は、十四歳のリヒトを一気にかつての頼りなくひ弱な子どもに引き戻した。知らず、ミアの唇から吐息がこぼれる。何に対するものかも判らない、安堵の念が混じった吐息を。


「来る、わよ」


 ミアは呟き声で答えた。リヒトには、目を向けずに。


 そう、来年も、ミアはここに来る。

 リヒトがここにいる限りは、きっと、来ずにはいられない。

 彼女がどうしたいかは関係なく、彼のためにそうしなければいけないから。

 ミアが血を与えなければ、リヒトは死んでしまうのだから。

 ミアは、リヒトを死なせたくないと、思っているのだから。


(だって、仕方がないじゃない。『死』が嫌いなのだもの)

 相手がリヒトでなくても、目の前にいるものが放っておいたら死ぬと判っていてそのままにはできない。


(別に、リヒトだから、じゃない。リヒトが特別なわけじゃ、ない)

 特別な誰かなんて要らない。

 そんなもの、二度と作りたくない――作らない。


 うつむき、胸の内で無意識のうちにそう繰り返しているミアを、ヒョイと腰を屈めたリヒトが覗き込んでくる。

「絶対約束、だよ?」

 ミアの中にほんの一瞬迷いが走り、去る。そして、彼女は頷いた。

「……拾った以上は、最後まで責任持つわ」

 呟くようにそう答えると、リヒトが唇を尖らせる。

「そんな理由?」

「……そうよ」

 彼はしげしげとミアを見つめてからニコリと笑う。

「まあ、いいよ。今はそれでね」

 その台詞と共にリヒトが手を伸ばし、ミアの頬を包み込んだ。今の彼の手のひらには、彼女の顔の半分がすっぽりと収まってしまいそうだった。

 その大きさと温もりに、ミアは落ち着かない気分になる。そのくせ、放して欲しいとは思えないのは、何故なのか。


 固まるミアを、リヒトは微かに目を眇めて見下ろしてくる。その視線に、ジワリと頬が熱くなった。それに、何だかみぞおちの辺りがジリジリと焦げるような感じがして、落ち着かない。

 耐えかねて、放して、とミアが口を開こうとしたとき。

 不意に、リヒトの口元に満足げな笑みが浮かぶ。

「じゃあ、また来年ね」

 頭を下げて彼女の耳元でそう囁くと、そのまま、こめかみのあたりにそっと唇を落としていった。


「ッ!?」

 パッとその場所を手で覆い、咄嗟に一歩後ずさったミアに、リヒトが微笑む。

「僕は、あなたがいるから生きているんだからね? あなたに逢えないなら、生きていかれないんだからね?」

 唐突な台詞に、ミアは先ほどの彼の行動がもたらした混乱から抜け出せないまま、答える。

「それは、解かってる」

 もちろん、そうだ。

 ミアの血があったから、リヒトはこの年まで生きてきた。

 言われなくても、そんなことは重々承知だ。


 頷いたミアを、しかし、リヒトはどこか不満そうに見つめてくる。

「そうかな。多分、解かってないと思うよ」

「解かってるわよ、リヒトの身体のことは」

 リヒトの台詞にミアが眉をひそめると、彼は表情を和らげ苦笑を浮かべた。

「だから、解かってないって言ってるんだけどな。まあ、いいよ。近いうちに、解らせるから」

 そんなふうに言って束の間強い光をその目に閃かせたリヒトは、仔犬というよりも獰猛な捕食獣のように見えた。けれど、ミアが目をしばたたかせた瞬間、また屈託のない彼に戻っていたから、多分彼女の気のせいだったのだろう。


 微笑みと共にリヒトはスルリと手を伸ばし、ミアの髪をすくい上げるとその先に口づけた。ミアの目を真っ直ぐに見つめたままで。

 また、一瞬にしてリヒトが知らない誰かになった。

 ドクンとミアの胸が一打ちした瞬間、リヒトがニコリと笑う。

 そこにいるのは、いつもの彼だった。

 知らず、ミアの唇からホッと吐息が漏れる。


「ミア?」

 どうしたの? とリヒトは覗き込んできた。けれど、ミアの胸の中を見透かすようなその視線が、どうにも落ち着かない。


 まったく、いったいいつから、こんな眼をするようになったのだろう。


 ムッと唇を引き結んだミアに小さく笑い、リヒトは指の背でかすめるように彼女の頬に触れた。名状しがたい、あるいは、ミアには名前を付けられない色を浮かべた眼差しで。

「じゃあ、また来年ね」

 再びそう言って、ひらりと手を振り去っていく彼を、ミアは両手を握り締めて見送る。もう子どもっぽさの欠片もない、ずいぶんと広くなってしまった、その背中を。


 それが視界から消え去った頃、ミアは小さく息をついた。


「私は、来年、またここに来る」


 自分の声が届かないことは、判っている。けれども、ミアは声に出してそう呟いた。


(また来るけど、それは同情と義務感からよ。それ以外の感情なんて、ないんだから)

 胸の内で続けた独白の一言一言から滲み出してくる欺瞞の臭いには、気付かないふりをした。


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