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闇森の獣は光に焦がれる~氷輪の姫と病める光明~  作者: トウリン
リヒト15歳

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胸の中に秘めた想い②

 リヒトがその事実に気付き始めたのは、十歳の再会の時だったと思う。けれど、その時は、まだ何も思わなかった。十一歳の時に違和感を抱き、十二歳の時には確信した――彼女は時の洗礼を受けない存在なのだと。


 そう。

 気付いてしまった。


(僕がそのことに気付いていると伝えたら、ミアはどうするのだろう)


 時折、リヒトはそうしたい衝動に駆られた。

 ミアが隠したいと思っていることに気付いているということ。

 そしてリヒトがこの胸の内に抱いている、想い。

 リヒトに何も隠す必要などないのだと思って欲しかったし、自分の気持ちを知って欲しかった。

 だが、その結果、二度と彼女に逢えなくなったらと思うと、どうしても踏み出せない。


(もう少し、もう少しだけ、待たないと)


 ミアが尋常ならざる存在だと悟った時、リヒトが何よりも恐れたことは、彼女を失うことだった。今の自分では、まだ、このひとを捕まえてはおけないから。求める前に、もう少し、足場を固めておかなければならない。

(あと三年か、二年……いや、一年)

 今はまだ、現状を維持するだけでいい。

 リヒトはミアに守られ、ミアはリヒトを守る。

 その一方的な関係でも、彼女をつなぎとめておければ、それでいい。

 色々な意味で、彼女を守れる者になれるまで――今は、まだこの関係に甘んじていよう。


 リヒトは、長い睫毛の影が落ちるミアの頬をうっとりと見つめた。磁器のようなそれに危うく手が伸びかけていたことにハタと気付き、半ばで握り固め、笑顔を作る。

「ねえ、ミア?」

 軽い口調で呼びかければ、一拍遅れてミアの目が上がった。その奥に潜む不安の色を見て見ぬふりをしながら、リヒトは小首をかしげて彼女に笑いかける。

「ミアって、僕に逢うといつも嬉しそうにしてくれるよね」

 リヒトの台詞に一瞬ミアは無防備にキョトンとし、すぐさましかめ面になった。

「何を――」

 図星を突かれたことを取り繕おうとしているその様が可愛くてついついにやけそうになるのを押し込めつつ、リヒトは軽く首をかしげて彼女を見下ろした。


「そう見えるよ。それって、ミアも僕に逢いたかったんだって思ってもいいの?」

 ミアの反論を封じるようにしてたたみかけると、彼女はグッと唇を結ぶ。

「どう?」と無邪気な態を装って目で問いかけたリヒトをミアは青い瞳で睨み付け、そして、その視線を逸らした。

「私が来るのは、お前の為よ」

「うん、僕もあなたに逢えて嬉しいんだけどね。ミアはどうなのかなって。僕に逢えて、嬉しい?」

 ミアの指摘を煙に巻き、リヒトはもう一度問うた。

 彼女は束の間唇を噛み、そして言う。


「……リヒトがちゃんと生きているのを見ると、ホッとは、するわ」

 つまり、リヒトに逢えてうれしいということだ。


 パッと満面の笑みを浮かべた彼に、ミアの表情が緩む。

「お前って、ホントに……」

 言いかけ、うまく言葉が見つからなかったのか、ミアは口をつぐむ。リヒトは目で続きを促したけれども、彼女は言葉の代わりにいつものように小刀を取り出し、小指を傷付け、ズイとリヒトに突き出した。引き結んだ唇は、それ以上は何も言わないと、無言で告げている。

 リヒトは内心溜息をこぼし、彼の手ですっぽりと包み込めるようになってしまった彼女の手を取る。

 繊細な骨格を感じる甲を恭しく手のひらで受け、撫でるだけで折れてしまいそうな白い指に唇を近づけ、口内に含んだ。


 舌先に触れる、ひんやりとした彼女の肌。

 リヒトにとって、ミアは、女神であり、聖女であり、天使でもある。

 そんな彼女に触れることができるのは、この時だけだ。


 リヒトは眼だけを上げて、ミアの顔を窺った。彼女の目を見つめ、そっと口内の指先を吸ってみる。と、ミアの細い肩がピクリとはねた。

 身体はそんなふうに反応を見せたけれども、玲瓏たる面は動かない。が、目と目が合うと、逸らされた。それに、ほんの少しだけ、頬の紅みが増したように、見える。

 リヒトは胸の内でひっそりと笑んだ。

 ミアはあまり表情が変わらないし、言葉も少ない人だけれども。


 この八年間彼女を見つめ続けてきて、リヒトは、微かな変化を見出す術をそれ相応に身に着けられたと思うのだ。

 一年ぶりに姿を現した時は、リヒトを見てホッとした表情を浮かべる前に、彼の顔を窺うように見る。

 最初のうちは、彼がミアのことを覚えているのかどうか、危ぶんでいるのかと思った。


 けれど、じきに、そうではないと判った。


 ミアは、怯えていたのだ。


(僕が、彼女を忘れていることをか、それとも、彼女が出逢った頃と全く変わらないことに気付くことを、か)

 どんなときも背を伸ばし、真っ直ぐにリヒトを見つめてくるミアは気高く優美だ。

 そんなミアの目の中に時折生まれる揺らぎに、リヒトは胸が苦しくなる。そういうときの彼女は、迷子の仔猫のように見えて。


『あなたが何ものであろうとも、僕はずっとあなたの傍にいるから』


 何度その台詞を呑み込んだことだろう。

 ミアのために――そして何よりリヒト自身のために、彼は彼女の傍に在りたかった。

 リヒトがミアを忘れることも、ミアが変わらぬ存在であるということで彼女を厭うことも、そのどちらもあり得ない。彼女にそんな疑いを抱かせてしまうことが、リヒトは悲しく悔しい――自分の中にある揺るぎない想いが彼女に伝わっていないことが。だから、リヒトはミアに何かを刻み込みたくて、つい、まだ口に含んだままのほっそりとした指に、歯を立てた。

 途端、ビクリとミアは手を引く。そして、多分無意識だろう動きで、もう片方の手でそれを握り締めた。

 リヒトは彼女を窺い、その様を見て、胸の内で笑む。

 ミアは頬を上気させ、微かに目を見開いてリヒトを見ていた。


 前にもリヒトは同じようなことをしたことがあったけれど、今ミアが彼に見せている反応は、明らかに、あの時とは違う。

 彼女が何か言おうとする前に、リヒトはニコリと笑いかけた。

「ごちそうさま」

 ミアは一瞬目を見開き、そしてリヒトを睨み付けてきた。そんなふうにすると少しばかり幼く見える彼女は、『綺麗』ではなく『可愛い』だな、と彼は思う。


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