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闇森の獣は光に焦がれる~氷輪の姫と病める光明~  作者: トウリン
リヒト15歳

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胸の中に秘めた想い①

 今年も、逢えた。


 木立の間に立つ華奢な姿を視界にとらえ、リヒトはホッと息をつく。

 毎年、必ず来てくれると信じていても、実際に彼女を目にするまでリヒトの胸はザワザワと落ち着かず、目にすると同時に、彼の中には膝がくずおれそうな安堵の念が込み上げる。

 待ち合わせ場所に到着し、一年ぶりにミアを見るといつも、その姿をいつまでも見つめていたいような、早く傍に行ってしまいたいような、相反する思いがリヒトの中を満たした。


 銀色の髪をしたそのひとは、いつも白い服を身にまとっている。肌寒い秋の空気の中でも肌が透けそうなほどに薄手のドレスで、だからいっそう、儚げに見えた。

 晩秋の森の中にポツリと所在なげに佇むそのさまはどことなく迷子めいていて、リヒトの胸は苦しくなった。リヒトを待つために――そのためだけに、彼女はそこにいるのだ。


「ミア!」

 満面の笑みを浮かべて名前を呼べば、細い肩が微かに揺れる。


「リヒト」


 まだ離れているから声は聞こえなかったけれども、薄紅色の唇は確かに彼の名前を呼んだ。

 無自覚なのだろうが、いつもミアはリヒトを見た途端にふわりと表情を和らげる。遠目でも見て取れるそのさまは狂おしいほど愛らしく、どうしようもなく彼の胸を締め付けるのだ。

 それを和らげるために深呼吸を一つして駆け寄ってみると、ミアはまた、『小さく』なっていた。


(そう言ったら、きっと怒るよな)

 膨れたミアが頭に浮かび、思わずクスリと笑みを漏らしたリヒトを当の彼女が訝しげに見上げてくる。その青い瞳は、今や彼よりも頭半分ほど低いところにあった。


 出逢ったばかりの頃は、その位置関係は反対だった。彼の方が、彼女を見上げていたのだ。

 あれから八年という月日が流れ、リヒトは十五歳になった。

 もちろん、リヒトは大きく変わった。何しろ、七歳から十五歳だ。ヒトが変らないわけがない。


(でも、ミアは……)


 その続きは、今は頭の奥に封じておく。


 リヒトは彼女を見下ろし、深めた笑顔と共に言う。

「今年も来てくれたんだね。逢えて嬉しい」

 ミアはほんの少しリヒトの顔を探るように見て、そして微かに頬を緩ませた。多分、ずっと彼女のことだけを想ってきたリヒトだから判るほどの、わずかな変化。

「リヒトも、元気そう」

「おかげさまで。何回か風邪を引いたけど、持ち直したよ」

 そう告げると、ミアの顔が曇る。リヒトの身を案じて、だ。

「大丈夫だったの?」

「ん? うん、まあね」

 実際のところ、本当にただの風邪で済んだから、敢えて言うほどのものでもなかった。幼い頃は少し熱を出せば必ず寝込んでいたが、ここ数年はそういうこともない。

 あれほど明日をも知れないような虚弱な身体だったのに、いつの頃からか、不思議なほどに丈夫になった。


(でも、それを言ったらもう逢ってくれなくなるかもしれないし)

 そんなことを考えながら、リヒトは微笑んで見せた。

 リヒトにミアの助けが要らなくなったら、彼女は彼から離れてしまうかもしれない。だから、ミアには彼を案じ続けていてもらわなければ。


 背丈が逆転しても、ミアの中ではリヒトはまだ保護対象らしい。最初に死にかけている姿を見せたことがまだ大きく尾を引いているようで、リヒトが適当に言葉をごまかしていれば、ミアは勝手に勘繰って彼のことを心配してくれる。そしてその心配がある限り、彼女は彼のことを切り捨てられない。


(取り敢えず、今のところはそれで繋ぎとめておかないと)

 リヒトは胸の内でひとりごち、澄み渡る冬の空を思わせるミアの目を見つめる。

 ミアがリヒトを見る時、今はまだ、その眼の中には彼の身体を案じる色が大部分を占める。けれど、いずれ彼女には、別の眼差しで彼を見るようになって欲しかった――彼女をこの手に捉えることができた暁には。


 ジッとミアに視線を注いでいると、彼女がふと眉根を寄せる。

「……何?」

 首を傾げたミアに、リヒトはニコリと笑った。

「今日もあなたは綺麗だなって」

 その言葉と共に、銀髪をひと房すくい上げてそっと口付ける。

「逢うたび言われても、重みがない」

 そう言って、ミアはプイと顔をそむけてしまった。その拍子に、滑らかな髪はリヒトの手からサラリと零れ落ちてしまう。

 そっぽを向いているミアに、リヒトは苦笑した。

「そう言われても、本当のことなんだから仕方がないよ」

 月の光を編んだような髪、澄み渡る青空のような瞳。この世のものとは思えない、可憐で清らかな麗容。出逢ったころと同じ――いや、逢うたびごとに、その美しさを増していくような気さえする。


 リヒトがミアに逢えるのは、一年のうちたった一日だけだ。リヒトはその一日の記憶を胸に抱きながら一年間を過ごし、再び彼女を目の前にすると、いかに記憶が不確かなものであるかを思い知る。

 現実のミアは、いつだって、記憶の中の彼女の何倍も綺麗で可愛いのだ。


 リヒトはついさっきまでミアの髪に触れていた手を握り締め、下ろす。

(少し前までは、ただ逢えるだけで良かったのに)

 ただ、ミアの姿を見て、声を聴ければ、それで満足だった。

 自分が一方的にミアに救われるだけの存在でも、それが彼女に逢う理由になるのであれば、それでも良かった。たとえ一年に一度、一日だけの逢瀬でも、逢えるならばそれで良かった。


(だけど……)


 いつからだろう。

 逢うだけでは、我慢できなくなった。

 一年に一度では、足りなくなった。逢えない日々は、いつだって、彼女に逢いたくてたまらなかった。


(ずっと、僕の傍にいて欲しい……僕の、手の中に)

 そう願い、どうやったらそれが叶うのかを、リヒトはこの数年間考えてきた。

 そして、ようやく、十五歳。

 ようやく、外見的にはミアと並んで釣り合いが取れる程度の年になれたのではないかと思う。

(でも、あと少し、かな)

 リヒトは胸中で呟きミアを見つめた。

 ミアの見た目の年齢は、今の彼と同じか、もう少し上かというところだ。

(八年前と、何一つ変わらない)


 そう、出逢った頃から、ミアは少しも変わっていない。


 もう八年も経つのに――リヒトはこんなに変わったのに、彼女は、彼を救ってくれた時とまるきり変わらぬ少女の姿のままだった。


 それが意味することに気付かぬほど、リヒトは愚かではない。


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