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闇森の獣は光に焦がれる~氷輪の姫と病める光明~  作者: トウリン
リヒト12歳

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二百年の旅路の中で①

 来年の約束を取り付けたリヒトは軽い足取りで駆け出した。少し離れたところで振り返り、彼はミアに向けて大きく手を振った。

 振り返してやれば、喜ぶ。

 それが判っていても、いや、判っているから、ミアは動かなかった。

 応じないミアにめげた様子もなく、リヒトは満面の笑みを消すことなく踵を返して走り去っていく。

 丈が伸びたとはいえ、まだ、その背中は細く、子どもらしい華奢さがあった。彼を見送りながら、ミアは気付いたその事実に小さな安堵の念めいたものを覚える。


 ややしてリヒトが落ち葉を踏む足音が聞こえなくなった頃、ミアの隣に大きな影が並んだ。

「結局、来年もまた来るのか?」

 やれやれといった風情で問いかけてきたのは、ミアが長年行動を共にしている金髪紅目の大男、レオンハルトだ。

 ミアはチラリと彼を見上げはしたけれど、その問いには答えなかった。というよりも、答えられなかった。


(来年、なんて)


 ミアにだって、どうしたらいいのか、どうするのがいいのか、判らない。

 彼女は頬の内側を噛む。言いたいことがあるけれどもうまく言えない時に出るその癖に、レオンハルトが小さく笑った。ミアは彼を睨みつけたけれども、しゃれやたとえではなくおむつを替えてくれたことがある人を相手にするのは、分が悪い。


 ミアの父はヴァンピールで、母はヒトだった。彼女の血が癒しの力を持つのはヴァンピールの血筋ゆえ、彼女が変わらぬ姿でいるのもまた、ヴァンピールの血筋ゆえ、だ。

 そして、隣に立つレオンハルトは、ヴァンピールとヴェアヴォルフ――人狼の間に生まれたのだという。ミアの両親と深い付き合いがあった人だ。


 母がヒトであるミアと違って、ヴェアヴォルフの肉体を持つレオンハルトは、ヴァンピールの力がなくてもとても強い。彼が近くにいると、その気配だけで、森の獣はすっかり鳴りを潜めてしまう。

 けれど、大きな身体に並々ならぬ力を持っていても、レオンハルトの人となりはと言えば、至って陽気で気さくで世話焼きだ。ミアと一緒にいてくれるのも彼女の父親に頼まれたからで、そもそも彼女の父親と付き合いがあるのも、住処に引きこもっていた彼のことを放っておけなかったからだったのだとか。

 二人とも、太陽光を浴びると灰になるというヴァンピールの身体的な弱点は引き継いでいない。それに、純粋なヴァンピールは限りなく不老不死に近いが、ミアとレオンハルトは非常にゆっくりととはいえ、老いていく。今、ミアが彼と一緒にいるのは、その特性に依るところが大きい。


 ミアがヴァンピールとしてもヒトとしてもまだ幼い子どもといっていい歳だった頃、ヒトであった母が亡くなった。そして、気付いたら父もいなくなっていた。

 悲しくて悲しくて、泣き疲れて眠りに就く日が何日も続いた。

 レオンハルトが言うには、父は母が亡くなったその日に姿を消したらしい。そして、未だ消息がつかめていない。ミアが眠っている間に出て行き、発つ時にレオンハルトに彼女のことを託していったのだとか。


 生粋のヴァンピールである父は、太陽の下には出られない。一方、ヒトの体質を持つミアは、夜は眠り昼に動く。だから父は、同じように陽の下を歩けるレオンハルトに娘を委ねたのだという――「ミアに世界を見せてくれ」という言葉と共に。

 その頼みを受けて、それまで生まれ育った城を出たことがなかったミアを連れて、レオンハルトは足が向くまま気が向くまま、あちらこちらを旅してくれたのだ。もっとも、明らかにヒトとは流れる時間が違う二人はひとところに留まることができず、旅暮らしをするしかなかったのだが。


 住み慣れた城を出てもう二百年ほどになるから、正直、城での日々も、両親の顔すらも、記憶の中で薄らいでいる。今となっては父母と過ごした時間よりもレオンハルトと過ごした時間の方が遥かに長く、ミアにとっては彼の方が近しい存在とも言える。そして、レオンハルトもまた、ミアの保護者を自任しているようだった。


 その二百年に及ぶレオンハルトとの旅路の中で、ミアはそれまで知らなかったたくさんのことを観て聴いて理解してきた。

 美しい景色や美味しいもの、喜びを与えてくれるものの方が多かったけれども、そうでないものもある。

 その中の一つが、『死』だ。


 母を喪ったとき、レオンハルトはそれをミアに言葉で説明してくれた。


『死』とは完全なる喪失で、永遠の別離。


 言葉で説かれた時には全然理解できなかったけれども、行く先々で、ミアはそれを目にしてきた。かつての自分のように、遺され悲しむ人々の姿も。

 そして、その別れを受け入れ前に進む人たちにも出会ってきた。

 その中で、ミアは知った。


『死』は、悲しく、つらいもの。


 けれど、全ての生あるものは老いて死ぬ。生きていれば必ず訪れるものだから、いつかは受け入れなければいけないものなのだ。


 もしかしたら、年ごとに衰えていく母の姿に、幼かったミアもなんとなくその時が来ることを悟っていたのかもしれない。そして、レオンハルトとの旅路の中でそれが母以外の者にも起きているさまを目の当たりにすることで、特異なのは自分たち、自分や父やレオンハルトのような存在の方なのだと実感し、ヒトである母の身に起きた、生きとし生けるものでは決して避けられない『死』というものをようやく理解できるようになったのかもしれない。

 いずれにせよ、ミアは長い年月の中で『死』を理解し、悲しみと共にそれを受け入れていった。


 とはいえ、理解したからといって、好きになれるわけでもない。

 ミアは、やっぱり、今でも『死』が嫌いだった。

 一つの存在が永遠に失われてしまうことも嫌だけれど、失ったことで悲しむ人たちの姿も嫌いだ。

 だから、できるだけ遭遇したくない。

 死にかけていたリヒトを見つけた時に助けてしまったのは、そのためだった。


(あの時助ければ、それで終わりになるはずだったのに)

 まさか、こんなふうに再会を重ねることになろうとは。


 ましてや、再会を重ねるごとに失うことへの恐れが増していこうとは、あの時のミアは頭の片隅でも思っていなかった。


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