婚約者が私と元婚約者を比べてくるので逃げたい
さらりと読める?ざまあ系のショート第2弾。(第4弾まで執筆中)
今回はちょいざまぁで、ちょっと説明文が多い。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
図書館に向かう途中、中庭に続く道の途中で婚約者を見かけた。
彼は金髪で背が高いこともあり陽の下ではよく目立つ。
普通なら婚約者を見かけたのだから挨拶するために声をかけただろう。
けれど、私は見なかったふりをしてそのまま通り過ぎた。
何故かと言えば婚約者が向かう先に彼の元婚約者だったフェルミナ・カルッチェ男爵令嬢が彼に向かって小さく手を振っていたからだ。
私の名前はソルフィーナ・アルテッド。
アルテッド子爵家の長女で今年18歳になる。
この国、フレイランス国では貴族の子供は全員14歳から貴族専用のアーツリマイスト学園に入学し最低でも4年間通わなければならないと義務づけられており、私は4年目の最終学年を迎えていた。
そして私には来年結婚する予定の婚約者がいる。
フレイランス国は爵位の近い家でないと結婚出来ないという法律があり、子爵家の娘である私は同格の家か男爵家、伯爵家の者としか結婚が許されていない。
昔、男爵令嬢が学園で王族や公爵、侯爵家の嫡男に近づき、それぞれと恋人同士になったせいでたった一人の男爵令嬢を巡って、それぞれが金と権力を使って争い続けフレイランス国が亡ぶ寸前まで争いが大きくなったことがあった。
そのせいでこの法律ができ、さらに学園は王族と公爵家の者しか入れないS棟と侯爵家と伯爵家の者しか入れないA棟、子爵家と男爵家の者しか入れないB棟の3つの棟に別れ、それぞれ塀に囲まれて行き来が出来ないようになっており、どんな理由があろうとも別の棟に入り込んだ者は問答無用で退学となる。
アーツリマイスト学園を卒業しないと貴族とは認めてもらえないので、今はそんな危険を冒す者はもちろんいない。
結婚できる爵位の令息令嬢しか会うことが出来なくても特に問題はないし、逆に爵位の関係で起こるトラブルも少ない為、学園は快適な環境だと言える。
そんな中、私の婚約者であるラッドール・グリバン男爵令息も同じ学園の同じ棟で学んでいた。
私はアルテッド子爵家の一人娘、爵位は私が継ぐことになっている。
つまり婿をとらなければならない。
伯爵家から男爵家の中、うちのアルテッド子爵家は陞爵したと言う事もあって事業提携が出来、三男以下の息子がいる男爵家の婿を探していた。
そこで領地も近いグリバン男爵の三男であるラッドール・グリバンと婚約することが決まったのだ。
貴族に生まれたからには領地の為に政略結婚することはわかっていたし、覚悟もしていた。
ただ私の婚約者であるラッドールには私と婚約する2年前に、別の婚約者がいたが提携事業を巡ってトラブルになり結果婚約が解消されたのだと聞いていた。
けれど学園に入るとその元婚約者だったフェルミナさんが、何故か婚約者の私よりも婚約者と仲がいい。
まあ、家同士のトラブルで婚約解消されてしまった事を考えると仕方がないのかもしれないと最初は思っていた。
最初は……。
問題は仲がいいだけではなく、婚約者のラッドールが事あるごとに私とフェルミナさんを比べて文句を言ってくる事だった。
見た目に始まり地味とか性格が暗いとか私と比べる。
その上、婚約者としての義務は果たしているが、フェルミナさんと一緒にいるのは学園内だけ。
そのせいでだいぶ参っていた。
婚約者以外の女性と仲良くするのは控えてほしいと言っても、地味な見た目を見ると元婚約者の華やかさの方に癒されるとか、明るくて会話の弾む元婚約者と比べて話していても面白くないとか言われる。
こんな状況で来年結婚するのかと思うと不安で仕方ない。
3年間ラッドールの態度を我慢してきたが、本音を言えば婚約破棄か解消をしたい。
けれどフレイランス国では一度婚約が結ばれると、ラッドールかグリバン男爵家に瑕疵が無い限り婚約破棄や解消は認められず不安を抱えたまま月日だけが過ぎて行く。
もういっそ元婚約者のフェルミナさんと浮気でもしてくれればいいのに学園外で2人は会っていない。
一時はこそこそ後をつけて2人を観察していたこともあった。
当然浮気の証拠を押さえる為だ。
けれど2人は学園内では2人っきりで会うけれど、お互いの体が触れるような接触は一切せず、ただ楽しそうに会話を楽しんでいるだけで何の証拠も掴めずただ時間を無駄にしただけだった。
今では勝手にどうぞとラッドールがフェルミナさんと会っていても無視である。
そんな状況だからかラッドールとの間に婚約者としての感情が育たず、このままラッドールと結婚するのかと思うだけで気持ちが塞いでしまう。
なので気を紛らわせる意味とある理由から図書館通いをしていた。
王太子誕生祭の日、一緒に王宮に行く為ラッドールが迎えに来た。
学園以外でのラッドールは婚約者としての義務はきちんと果たす。
そしていつものように私の選んだドレスがどれほど地味でフェルミナさんのセンスがいかに素晴らしいか演説をした後、やっと馬車に乗り込んだ。
学生のうちは社交界的に大人と認められていないので、いくら婚約者でもドレスを贈ることはない。
学園を卒業するまでドレスはその家で用意するのが普通だ。
そのせいでフェルミナさんと比べられる。
パーティーなどで何度かフェルミナさんを見かけたことはあったが、その程度では着ているドレスの色くらいしかわからずデザインなんかわからない。
それは一緒にいたラッドールも同じだろう。
それなのに比べてくると言うことは、12歳で婚約解消になったと聞いているから、12歳のセンスと毎回比べられているのだ。
12歳の女の子のドレスなら普通親が決めているはず。
それなのに毎回、毎回。
本当にうざったい!
確かにセンスがあるとはいいがたいかもしれないけれど、私はシンプルで清楚な感じのドレスが好みでリボンやフリル、宝石などを沢山つけたりするのはあまり好みじゃない。
私の髪が若草色で確かに地味だけれど、透き通った水のような水縹色の瞳に合わせて落ち着いた水色系のドレスを好んで着ている。
伯爵家から嫁いだ母のアクセサリーは美しく品があり、それをつけていたので上品な装いになっていたはず。
それをただ地味だと判断するラッドールに呆れるしかない。
会う度比べられ、ねちねちと文句を言われることに疲れ果て、最近では関わりたくないと思うようになってからは、ラッドールと婚約破棄か解消する方法を探していた。
その方法として私はアーツリマイスト学園の留学制度に懸けることにした。
留学制度は隣国の学園内にある色々な研究所で実際に働きながら学習出来る制度だ。
留学生になる為の資格は一年以上学年10位以内の成績を修める事。
これはたいてい7、8位くらいを常にキープしていたので問題はない。
次に自分の領地に何かしらの功績を残している事。
これについて私は領地の植物の研究をしている。
ある栄養剤を使用して収穫率を上げるという研究だ。
これが成功すれば留学生の座を手に入れられるだろう。
留学が婚約解消とどう関係あるのか。
その説明には“留学期間が3年以上”という部分が重要になってくる。
3年後、私は22歳で社交的に完全な行き遅れだ。
そんなに長い間婚約している相手に結婚を待たせる事は出来ないと、王命を以て婚約がいったん白紙になる。
つまり留学生に選ばれれば私は何の問題もなくラッドールとの婚約が白紙に戻るのだ。
ラッドールから解放される方法はもうこれしかなかった。
行き遅れても毎日常にフェルミナさんと比較されて文句を言われ続けるよりずっとマシ!
私の気持ちを理解してくれている家族もこんな事になってと、謝ってくれてからはずっと応援してくれている。
研究の方は昔から続けていたもので今は最終的なデータ検証をしている所だ。
半年後に結果の出る検証が終われば後は留学制度の申し込みをし、それを学園に提出するだけでいい。
なので私はラッドールと余計な揉め事は起こさず、ひたすら研究結果を出すことを優先していた。
そしてやっと待ちに待った研究のデーターが揃った。
私はそれをすぐ学園に留学申請と共に提出し、結果は一週間後という事で、まだ早いが私は留学の準備を始めた。
そうしている間もラッドールは婚約者として月に2回、うちにやって来て私とお茶をする。
「今日の茶葉はまた味が違うんだな」
「ええ、先日新しく入手した紅茶なんです」
「ふーん、……あんまり美味しくないな」
今日の紅茶は先日入手したシェリダン産の高級茶葉で淹れている。
少しコクと苦味があるものの高級品だと納得出来るほどいい香りを楽しませてくれる物だった。
確かに味は好みがわかれるかもしれない。
でも、それをハッキリ美味しくないと言うラッドールに心の中でため息をついて覚悟する。
すると予想通りのセリフを言い出した。
「前の婚約者の家ではいつも俺好みの紅茶を淹れてくれたのにどうしてこうなるんだ? 今の婚約者として少しは俺の好みを把握してくれてもいいんじゃないか?」
「申し訳ありません……」
先月淹れた紅茶は苦味がないすっきりとした味わいの物だった。
それを苦味が足りないと言ったのはラッドールだ。
だからメイドが気をきかせてくれて今回は少し苦味のある茶葉を選んでくれたのだろう。
それなのに今回もダメ。
じゃあどんな紅茶が好みなんだと聞いてもメーカーすら答えず察してくれと言う。
この人はただ私にイチャモンつけたいだけなんじゃないだろうか……。
まあ、会う度こんな状況だったから今はすっかり慣れてしまってスルーしているけれど。
ただただ面倒くさい。
いっそ婚約者としての義務も放棄してくれれば会わないで済むし、婚約破棄出来るかもしれないのに月2回きっちり会いに来る。
けれどそれも今日でおしまい。
審査が通れば念願が叶って婚約の白紙になる。
今日が最後だと思うと嬉しさすら湧き上がった。
いつものように早く帰ってほしい気持ちと清々しい気持ちで今日はちょっとテンションがおかしい。
私との婚約が白紙になれば新たな婚約者を探すしかない。
でも、男爵家に釣り合い、婚約者のいない婿を迎えたい女性はたぶんいないだろう。
家の格が近い者としか婚姻出来ないのはこの国だけなので、国外に出れば公爵にでも婿入りすることが出来る。
そういう女性がいればだけれども……。
ラッドールがどんなに望んでも一度婚約破棄になったフェルミナさんと婚約する事は出来ないし、カルッチェ男爵家には家を継ぐ兄がいたはずだ。
もし2人が一緒になりたいのなら、貴族籍を捨てて平民となれば結婚出来る。
男爵と言っても領地は小さく貴族の義務を果たす以外は庶民と暮らしはそう変わらない。
庶民になっても家族のサポートがあれば問題なく暮らせるだろう。
けれど彼は貴族のままでいたかったのか、不満があるのに私の婚約者として最低限は義務を果たしていた。
今日、学園長に呼び出され留学生に決まった事を告げられ留学についての詳細や、婚約白紙についての説明があった。
3日後、王命で白紙になる通告がグリバン男爵家に届く。
それまでに問題がないように話し合いを勧められた。
今までは留学を希望するのは大抵男子生徒だったが、今回は女性の私という事で家同士のトラブルにならないよう慎重に対応するようにとの事。
結婚まで半年くらいの今、何の知らせもなく突然白紙になるのだ。
グリバン男爵家から責められるだろう。
それでどんなに騒いでも白紙は王命で覆らない。
これは決まったことなのだ。
家に帰り両親に留学が確定した事を告げるとすでに2日後にグリバン男爵家との話し合いが決まっていた。
父が私達の事情と私が留学制度を望んで留学するかもしれないと、それとなくグリバン男爵に話していたのだとか。
グリバン男爵もラッドールが以前の婚約者と私を比較していることは把握していたらしく、グリバン男爵から謝罪も受けていたようで揉めることなく白紙になるだろうと言われた。
結婚式の話が全然進んでいなかったのはグリバン男爵も状況を知っての事だったのだと納得してしまう。
こうなって本当に良かった。
私が留学から戻ってから婿を迎えなければならない事を考えると、婿の条件はかなり下がるだろう。
もしかしたら初婚ではない男性を選ばなければならないかもしれない。
そうなったとしたら前の奥さんと比べるような男性は却下だ。
最悪、結婚出来なくても分家から跡継ぎを決めることもできる。
恋を知らず、する気もない私にはそれでも良かった。
そして2日後。
両家の話し合いとしてラッドールとその両親の3人がうちにやって来た。
私が留学することをまだ聞かされていないのか、婚約が白紙になって嬉しいのかわからないけどラッドールの表情は明るい。
ラッドールの両親の表情が少し暗いのすら気づいていないようだ。
父親から挨拶に始まり、すぐに本題に入る。
「この度、前々からお話ししていた娘の留学が決まりました。明日に王命が届き、明後日には婚約が白紙となります。破棄では無い為、慰謝料等は発生しませんが、そちらの許可を得ずに留学を決めてしまったのでお気持ちとしてうちから200万ダリお支払いしたいと考えております」
「……ソルフィーナ嬢、留学おめでとう。留学の為にずっと努力してきたことは父君から聞いていた。愚息が原因とは言え君が娘にならないことがとても残念だよ」
「私も残念に思っております。グリバン男爵ご夫婦には色々とお心くばりしてくださったりして、とても大切にしていただきました」
グリバン男爵は穏やかで優しい人だった。
グリバン家やパーティーで会った時も必ず何か問題がないかなど聞いてくれたが、私はとうとう最後までラッドールの事は話せないままだった。
それが申し訳なく、胸が痛い。
そんな中、ラッドールの「……白紙?」と言うつぶやきが聞こえる。
「婚約が白紙っていったいどういうことですか!」
やっぱりラッドールは事情を聴かされないままうちに来たらしい。
「ラッドール、ソルフィーナ嬢は3年間、ジョアネット国に留学することが決まったのだ。
その為、王命で婚約が白紙となる」
「王命? なぜ留学するのです? 卒業まであと半年なんですよ? 結婚してから留学するのではなく、なぜ婚約白紙になるのですか!?」
「アーツリマイスト学園の留学制度では婚約中の場合、王命で婚約がいったん白紙になる決まりだ。それに学園の制度を利用するのであれば学生のうちでなければ留学は出来ない。つまり学生では結婚出来ないのだから婚約は白紙になるしかない」
私はラッドールと結婚したくなくて調べまくったけれど、普通は留学制度など知らない。
「ソルフィーナはそれでいいのか!?」
「はい」
父親からの説明を受けて留学制度を知ったラッドールは私の方に顔を向けて聞いてきた。
そして何故かと聞いてくる。
「私はアルテッド子爵家の一人娘であり跡継ぎです。領地に住む領民の生活の為、何か出来ないかと12歳の頃から色々な研究を始めました。14歳でラッドール様と婚約をしてから、私は幾度となく研究について話をしましたが、貴方はいつも私と前の婚約者を比較するばかりで研究には興味がなく、アルテッド子爵家の婿としてやっていけるのかと不安でした。学園の留学制度を利用してもっと研究をしたかった事もありますが、一番の理由は貴方との婚約をやめたかったんです」
「……え?」
「婚約して3年間、貴方は元婚約者との比較をやめなかった。それとなく父からグリバン男爵にその話を相談したりもしましたが貴方の行動が変わることはなかった。これから一生比較し続けられるかもしれないことに恐怖を感じ、これではとても結婚することは出来ないと思いました」
「そんなつもりはなかった。二人の関係を良くしようとただ昔話をしただけだったんだ!」
「毎回会う度にですか?」
「それは……」
「先日、ガゼボでお茶をした時のことは覚えていますか? 前回苦味が足りないと言う貴方の為にわざわざシェリダンから苦味がある茶葉を取り寄せました。こうして取り寄せたのは今回に限ったことではなく三年間貴方の為だけに毎回新しい紅茶を取り寄せ続けていたのですよ? 好みの紅茶の名前を何度聞いても前の婚約者はそんなことを聞かなかったと言って教えてくれず、ここまでしても毎回不満を言われ続け常に比較されることに疲れました」
「ソルフィーナ……」
父の温かな手が私の背中をさする。
政略結婚だから仕方ないとずっと我慢し続けてきた。
父が結んだ婚約なのだ。
うちの領地になにか利益を生み出すと判断したのだからと、私は反論せずに努力し続けた。
「すまない……。比較しているつもりはなかった。ただ俺を理解してほしかっただけなんだ」
「理解? 貴方は婚約者としての義務を果たしていましたが、学園ではどうでしたか? 三年間、いつもフェルミナ嬢と一緒にいて私を無視し続けた。私がフェルミナ嬢と仲良くするのをやめて欲しいと頼んでも醜い嫉妬はするな、友人と一緒にいて何が悪いと言って聞いてくれませんでした。学園では貴方の婚約者はフェルミナ嬢だと思われている事を知っていますか? それはそうですよね。学園では私と挨拶すら交わさず、いつもフェルミナ嬢と行動を共にしているのですから、周りはフェルミナ嬢との婚約は継続されていると思っていて、私が貴方の婚約者だと知っているのは一握りの人間しか知りません。それほどフェルミナ嬢がいいのなら彼女と結婚すればいいのでは?」
冷たくそう言うとラッドールは顔色を悪くする。
そんなつもりがないならどんなつもりがあったんだと問い詰めたい。
「ラッドール……、私はアルテッド子爵からそれとなく聞かされてから、何度となく婚約者であるソルフィーナ嬢を大切にするように、他人に誤解されるような行動は慎むようにと言い聞かせてきた。だが、ここまで酷かったとは……。お前は行動を改めずソルフィーナ嬢を傷つけ続けた」
「フェルミナには友人以上の気持ちはありません! 俺は俺なりにソルフィーナを大切にしていました」
「いいえ、私は大切にされていません。常に虐げられてきました」
フェルミナ。
いくら友人でも婚約者でもない女性を敬称なしに呼ぶことはない。
大切にしている行動があれなら、ラッドールの感覚は普通じゃないのだろう。
アルテッド子爵家の次期当主の婿として、もし私が妊娠して当主の仕事に支障をきたすようになれば、婿であるラッドールがその間、代理当主として仕事を引き継がなければならない。
それなのに彼が良いと思って行動したせいで、大変な事にでもなったら困る。
感覚や価値観の違いで、仕事のやり方は大きく左右されるのだ。
トラブルになることが予想されるのであれば、やはりラッドールとの婚約白紙は最善の策だったと言える。
「どのみち王命の白紙だ。諦めなさい」
「ですが、今から留学を撤回すれば……」
「絶対にしません」
「そんなっ!」
常にフェルミナさんと一緒にいて、あれほど楽しそうにしていたのだ。
気持ちがないなどと信じることは出来ない。
婚約が白紙に出来て本当に良かった。
信頼出来ない人との婚姻などする気もないし、したくもない。
まだ嫌がるラッドールを無視して話し合いは終わり、抵抗するラッドールを押さえつけつつグリバン男爵家の皆様は帰って行った。
私は留学し、今の栄養剤をもっといい物にする為にも必死に学んで研究を続ける。
それが今の私の目標だ。
「ソルフィーナ……無理に留学しなくてもいいのよ? 私の父様の力を借りて婚約をなかったことに出来るわ」
「ううん、ママの気持ちは嬉しいけど、私はいずれこの家を継ぐ者として領民を守っていきたいの。子爵家と言っても男爵だった頃に比べて少し領地が増えただけでそれほど領地は広くないからこそ私の手も届くはず。領民がこの地をどこよりも大切に思えるよう、私は自分の力を尽くす為に留学したいの」
「そう……私はこんな素晴らしい娘を持てて本当に誇らしいわ」
「うん、そう言ってもらえて嬉しい……」
抱きしめてくれる母のぬくもりに少しだけ涙が零れた。
3年間誰かと比較され続ける日々はとても悲しく辛かった。
両親に悲しい思いをさせたくなくてずっとラッドールのことは言わずに何とかしようとしていたけれど、もっと早く相談していればこんなふうに悲しませることはなかったのかもしれない。
それでも私は領主の娘として、貴族として生きていく。
留学は隣国の研究を学べるまたとない大切なチャンスなのだ。
両親と3年も離れるのは少し寂しいけど、3年なんてあっと言う間に過ぎてしまうだろう。
だってラッドールと婚約していた3年間もあっと言う間だったのだ。
あれから無事に婚約は白紙となったのに、何故かラッドールが数回訪ねて来た。
本当はもう会いたくなかったが、うちの執事に何度も対応させるもの申し訳なかったし、一応ラッドールの言い分もきちんと聞こうと会ったが、彼はずっと待っている。
留学から戻ったらまた婚約しようと言い出した。
信頼関係もなく、一緒にいたいとすら思えないとはっきり断られた相手なのに、どうして再び婚約したいとまだ考えられるのだろうか?
「12歳だった元婚約者に比べてなに1つ勝てない私より、素晴らしい婚約者を新たに見つけてください」
「フェルミナに勝てないだなんてそんなこと思ったことはない! 君は頭が良く誰よりも領民の生活を良くしようと努力し続けていた。俺はそんな君が好きなんだ」
ラッドールから突然告げられた薄っぺらい「好き」。
「そんな言葉信じられません」
「そ、そりゃ恥ずかしかったからはっきりとは言わなかったが、3年間も婚約して一緒にいたんだ。わかるだろう?」
「わかる? 貴方は婚約者でありながら学園ではフェルミナさんとばかり一緒にいて私を無視してきました。一度だって好意を示すような言葉を聞いた事はないですし、話す内容は常にフェルミナさんと私を比べてどう不満なのか話すばかりで、私が領民について考えている話をしてもそんな面白くない話はフェルミナさんなら話さないだとか言われ、私がどう思っていたかわかりますか?」
「……」
「私には貴族として生まれたからには貴族としての義務と責任があります。その上、一人娘である私は父の後を継いで子爵家の領地を治めなければなりません。そんな立場に生まれた自分を誇りに思っていますし、自分の領地に住む領民には少しでも幸せになって欲しい。だから一緒に領地について考えてくれるようなパートナーが必要なんです。……でもそれは貴方ではない」
「ソルフィーナ……俺は……」
少し泣きそうな顔をしているが、男爵の三男である彼は特に将来役に立ちそうな能力は何1つなく、婿入りする以外に彼が貴族でいる術はない。
彼は貴族の自分を手放したくないのだろう。
「お帰り下さい」
「これからは信じてもらえるように努力するから!」
「いいえ、もう遅過ぎです。3年も時間があったのに貴方は何も変わらなかった。それなのにこれから努力すると言われて信じられると思いますか? 信用に値する行動を一度も見ていないんです。貴方を信じることは不可能です」
「ソルフィーナ!」
「婚約は王命で白紙となりました。今の私達はただの男爵令息と子爵令嬢です。以後は私をアルテッド子爵令嬢とお呼びください。グリバン男爵令息様」
はっきりとした拒絶を示すとやっとラッドールは項垂れながら帰っていった。
何も生み出さなかった私達の婚約に情けなさが募る。
もし、比較されなければ仲の良い婚約者同士だったのだろうか?
もしもなんて無意味だとわかっていても少しだけ考えてしまう。
アーツリマイスト学園は留学までお休みをしたまま隣国へ旅立った。
それから2か月後、アーツリマイスト学園の友達からの手紙でラッドールとフェルミナさんの話を教えてもらった。
あれだけ学園で仲良くしていた2人は私がいなくなってしばらくの後、一緒にいる姿は見かけなくなったと言う。
友人情報によると、フェルミナさんは私に見せつける為だけにラッドールと仲良くしていたらしく、裏で私の悪口を言いながらラッドールに話しかけてもらえない私をあざ笑っていたらしい。
見せる相手がいなくなったことでラッドールは用無しになったんだとか。
私が知っているフェルミナさんは、いつもラッドールと楽しそうに会話しているようにしか見えなかった。
楽しそうに振る舞っている心の中は、私をあざ笑っていたのか……。
そう思うとちょっと怖い。
彼女にはラッドールと婚約破棄になってから新しい婚約者はいなかった。
卒業までの残り時間を考えれば婚約者を見つけるのは難しいと思う。
フェルミナさんには兄がいて男爵家を継ぐ。
つまりフェルミナさんがどこかの貴族に嫁がないのであれば彼女は平民になるしかない。
私に見せつけると言う理由だけで、貴重な学園生活の3年間を彼女はラッドールと一緒にいたと言うのだろうか?
それだとものすごく怖い話になってしまうので考えることはやめる。
それにフェルミナさんは平民になりたかったのかもしれない。
普通、婚約者のいる異性と仲良くするような女性と婚約を結ぶ家はないからだ。
それか本当はラッドールの事を愛していたとか?
フェルミナさんとはクラスが違うこともあってほとんど話したことはなく、もう今となっては彼女の考えを知ることはない。
フェルミナさんに見向きもされなくなったラッドールは、実は本当の婚約者を無視してフェルミナさんと仲良くしていたことがどこからか伝わり、友人から顰蹙をかったらしい。
周りから人が離れていき、今ではひとりぼっちで学園に通っているのだとか。
もう卒業まで3か月もないのだ。
今は一人でも問題はないのだろうけど、本当に大変なのはこれからだろう。
学園を卒業すれば立派な大人として扱われる。
貴族でいるうちは社交場への参加が必須だが、元々三男という立場は社交界での居場所はほぼない。
家を継げない者と交流する必要性がないからだ。
それなのに今回のやらかしで貴重な友人がいなくなってしまっては完全に社交界に居場所はないだろう。
今後ラッドールがどうするのかまではわからないけれど、剣術で身を立てられるほどの才能も、王宮に入れるほどの頭脳もなかった。
彼に何か秀でた才能があるわけでもなく、貴族の婿入りする以外はやはり平民になるしかないようだ。
ラッドールとフェルミナさんの将来がどうなるのか、それについて2人がどう思っているのか判らないし興味もない。
留学先では毎日が必死でとにかく何かを学び吸収するだけで精一杯だった。
そうやって頑張って1年半が過ぎた頃。
私の目の前にある男性が立ち止まる。
「ソルフィーナ嬢、僕は君の事が好きだ。民の幸せの為に一生懸命頑張っている君のそばにいたい。僕の手で君と民を幸せにしたいんだ」
この学園で一番優秀な2つ年下の彼からの告白で私の世界は変わった。
彼は右も左もわからないまま必死に学ぶ私に、彼はいつも協力的で親切にしてくれた。
正直、容姿もちょっと?
いや、かなり?
美青年で好みの容姿だった。
私だけに親切だったのもポイントが高かったと思う。
恋を知らなかった私は、もともと好感度が高かったこともあり彼からの猛烈なアタックに落ちた。
伯爵家の跡取りだった彼はその座を弟に譲って私について来てくれるらしい。
つまり婿に来てくれるという事だ。
私は諦めていた恋をして、その相手は優秀で全てを捨ててでも私を選んでくれた。
もちろん彼が誰かと私を比べるということはない。
「ソルフィーナ!」
彼が私を見つけて嬉しそうに手を振る。
結婚を諦めてでも領民のことを考え留学をして必死に頑張っている私の姿を自分のクラスから見ていたらしい。
そして彼は私に会いに来た。
私の研究を知って協力するうちに、私を特別に想うようになったのだとか。
私は今、幸せだ。
研究も上手くいってるし、婿候補でもある恋人もできた。
恋をして、愛されるという事も知って、比べられる悲しさはすでに過去の思い出となった。
「ソルフィーナが研究しながらでも片手で食べられるようにサンドイッチを作ってみたんだ。食べられそう?」
「うん、もうお腹がぺこぺこ!」
「良かった!」
私の言葉に彼が笑う。
私は婚約を白紙にして、とても幸せになった……。
【終】
ここまで読んでくださってありがとうございます。
良かった、今後に期待、ここが……などがありましたら気軽に感想などお送りください。
感想がなくても、ブックマやちょっとポイントを入れてくださっても励みになりますので、読んで良かったと思ったら足跡残していただけると幸いです。
【以下、書き直し部分】
前回、感想を下さった方々、細かく誤字脱字の報告をして下さった方々、感謝しております。
今回は誤字が減ったのではと書いたんですが、アップしてたくさんの誤字、言い換えアドバイスとかたくさんいただきました。
私、もしかして、せ、成長出来てないのかしら・・・・orz
感想も誤字脱字報告も、とっても勉強になっています。
今後も精進させていただきたいと思います。
【感想いただいた後で聞かれたその後の話など】
こちらを知りたい方は「作品の小話・裏話など」集を作りましたので、そちらをご覧ください。