五つ並んだ星はわたしの微笑み(2/19 イラスト追加しました)
「話って、何?」
海原先輩がわたしの前に立った。
顔が遠い。遙か天のむこうにあるように、身長差がすごい。
おおきなマスクで隠れている上に、天高くにあるので顔はまったく見えなかった。
「あっ……あのっ……」
わたしは口ごもる。
頭がいろんなことを考えだす。
セーラー服にさっき食べたお弁当のカスとかついてないだろうかと、必死で自分を気にする。
告白のことばが、出てこない。
おきまりの定番の体育館裏。
だからきっとわたしの用はばれている。
なのに出てこない。
好きです、つき合ってください、そんなセリフ、たったそれだけのことばが……。
「用ないなら、行くよ?」
「あっ……!」
わたしが短く声を上げると、先輩は背中を向けたまま、少し立ち止まった。
でもわたしがそのまま何も言わないでいると、ゆっくりと高い身長を揺らして、その黒い学生服姿は体育館の角に消えてしまった。
☆ ★ ☆ ★
「みのり~。どうだった?」
教室に帰ると、デメちゃんが聞いてきた。
わたしは親友の胸で泣くつもりで飛びかかる。デメちゃんにかわされたのでそのまま後ろの席に突っ伏した。
「ごめん。なんか攻撃されるのかと思ってよけちゃった」
「ダメだったぁ~! 何も言えなかったよぉ~!」
「言えなかったのかぁ……。あんだけ覚悟して行ったのに」
デメちゃんの言う通りだ。
好きです、つき合ってください、それだけのセリフを3日もかけて練習していた。先輩のどこが好きなのかをレポート用紙に書き出して、いつの間にか50ページを超える短編小説にもしていた。ただのおかっぱだった髪型を、先輩が好きだというツインテールにも結んだ。鏡の前に2時間立って、告白する時の自分の顔もベストコンディションに作り上げていた。まあ、本番ではマスクで隠れてたけど…。「昼休み、体育館の裏まで来てください」というセリフは練習通り、廊下で待ち伏せていた先輩の前で上手に言えた。なのになぜだ。覚悟は完璧に出来ていたはずだ。なのになぜ、本番では何も言えなかった?
「断られた時のことが頭に浮かんじゃったんだ……。迷惑そうな顔されたらわたし、この先生きて行けないよ……」
突っ伏したままさめざめと泣くように語るわたしに、デメちゃんが言った。
「好きって言われて嫌がる人はいないよ〜」
「そうかな……。わたしなんか、顔もよくないし……」
「どうせマスクで隠れてるでしょ」
「そうだね」
そういえば先輩の顔もマスクで隠れていた。
「言わなきゃ。気持ちを伝えなきゃ、後悔するだけだよ」
「でも……断られたら? ……」
「あんたの好きになった人でしょ? あんたを傷つけるような断り方とかすると思う?」
「しない」
わたしは断言した。
「絶対、そんな人じゃない」
「でしょ?」
デメちゃんの声が優しくなる。
「伝えなきゃ、あんたの想いはあんたの中だけでモヤモヤといつまでも漂ってるだけのけむりだよ」
あたしは顔を上げた。
デメちゃんの立派なでっかい目を見つめた。
そして今の彼女のへんな表現に対する感想を口にした。
「今、かっこいいこと言ったな自分、って思ったでしょ?」
「……実は」
デメちゃんは頬を赤らめ、頭を掻き、わたしの評価のことばを待った。
「1点」
と、わたしは評価点を告げた。
「まじか!」
わたしの酷評にデメちゃんはのけぞった。
「でもスルーされるよりは遙かに嬉しいですぅ〜!」
「でしょ? 勉強になったでしょ? 次はもっとうまい表現でわたしを慰めなさい」
「ありあとやしたーっ」
わたし達は顔を見合わせて笑い、おかげでわたしの気持ちも軽くなった。
☆ ★ ☆ ★
夜、自分の部屋でベッドに寝ころび、白いタブレットで小説投稿サイトを眺める。
4ヶ月ほど前からわたしはこのサイト『小説家になってみる?』に投稿をはじめていた。
知らない人達に自分の書いた物語を読んでもらい、知らない人達の書いたものをわたしも読む。
なんだか色んな人がいて、楽しい。
初めて投稿した自分の小説に感想をくれた人がいた。あの時は飛び上がるほどに嬉しかった。
でもわたしはまだ一回も、他の人の書いた小説に感想を書いたことはなかった。
ポイントさえあげたことがない。
理由はポイントをつけても自分には何もいいことはなかったからだ。
でも、自分がもらって飛び上がるほど嬉しいものなら、自分も他人にしてあげようとは思ったこともあった。
それでも、ポイントさえあげたことがない、いまだに。
怖いからだ。
この怖さをどう説明したらいいのかわからない。
たとえば喫茶店に一人で入る時のような、たとえば見知らぬ人に話しかける時のような、そんな怖さだ。
喫茶店に一人で入って、変な人を見るような目で見られたらどうしよう。
見知らぬ人に話しかけて、冷たい目で見られたらどうしよう。
知らない人にポイントをつけて、迷惑がられたらどうしよう。
そんなわけはないのだが、なぜか気後れしてしまうのだ。
わたしが人見知りすぎるからなのかもしれない。
ストリートでギターを弾きながら歌っているミュージシャンに、賛辞を贈りたいと思っても、わたしはいつも終わってからの拍手しかできない。しかもみんなにまぎれてだ。
楽しい曲だと思っても、わたしから手拍子を開始するなんてできない。ましてや演奏が終わってから「よかったです」とか話しかけるなんて、絶対にできない。
怖いのだ。
小説投稿サイト『なってみる?』に気に入った作品を見つけても、ブックマークは相手に気づかれないように、ブラウザのブックマーク機能を使う。相手に知られるのが怖いから。
ブックマークしていた連載作品の一つが今日、完結を迎えていた。男性の作者さんのもので、モテない男の子が成り行きでかわいい女の子に恋人のふりをしてもらうという、いわゆるラブコメだ。
おもしろかった。よかった。
主人公の男の子が期間限定で恋人のふりをしてもらっていた女の子のために頑張って、最後にその娘からキスされて、本当の恋人同士になって終わった。ニヤニヤしてしまった。
「あ~、おもしろかった」
わたしは一人でそう言うと、タブレットをベッドに放り、枕に頭をぽすんと埋めた。
「あの、彼女のお父さんの前で、堂々と彼氏を名乗るとこ、よかったなぁ……」
一人で感想を頭の中で呟いていると、それを作者さんに伝えたくなってきた。
でも、やっぱり怖かった。見知らぬ人にそんなことを伝えても、自分にはなんにも得することないし。
そうだ。ポイントだけでもつけよう。
わたしは起き上がり、再びタブレットを手にもつと、今読み終えたばかりの作品の一番下に並んだ五つの☆をタップし、五つの★に変えた。
ポイントだけなら相手がわたしのマイページを開き、確認でもしない限りはつけたことを知られない。そしてそんなことはありえないだろう。だから、そんなに怖くなかった。
ポイントをつけたらなんだか気が軽くなった。おもしろかった作品に自分も参加しているような気分になった。ストリートライブでいえば現場に自分もいて、拍手してるみたいな気分だ。
今度から読み終えた作品にはポイントをつけよう。拍手をしてあげよう。そう思った。
でも、拍手はしたけど、ギターを弾き語っていたミュージシャンの顔は見えなかった。
わたしはその人の顔が見たくなった。
ポイントをつけた勢いで、わたしは感想を書きはじめた。
『おもしろかったです。
2人が最後にほんとうの恋人同士になれて、よかった(彼女が最初から主人公さんのこと好きなのバレバレでしたけどね~)
彼女のお父さんの前で堂々と主人公が彼氏を名乗るとこ、かっこよかった!』
ここまで書いて、魔が差した。
わたしは今日の昼休み、あの体育館の裏で、先輩に言えなかった言葉を、なぜかそこに書いてしまった。
『好きです!』
つき合ってください、まで書いていたらさすがに送信しなかったが、わたしは自分の書いた感想を読み返すと、えい!と勢いをつけて送信した。
ドキドキした。
返事が来るのだろうか。
『勘違いした感想つけやがって! 俺はそんなつもりでこの作品を書いたんじゃねえ!』とか言われたらどうしよう……。
そう思っていると、すぐにタブレットに返信メッセージが入っていた。
『感想ありがとうございます! めっちゃ嬉しいです! おまけに"好き"だなんて言われて、幸せな気持ちになりました。パワーのある言葉ですね、"好き"って』
ほっこり……。
自分が誰かに元気をあげられた。
たぶん、彼はわたしがポイントをつけただけでも喜んでくれたのだろう。
でも、感想のことばを送ったら、彼のその喜ぶ顔まで見えた気がした。
わたしはデメちゃんの言葉を思い出した。
『好きって言われて嫌がる人はいない』
なんだかデメちゃんからも、感想の返信をくれた作者さんからも、逆に元気を貰った。
明日、わたしは海原先輩に、言う。
『好きです』って。
絶対、言うぞ。
もしかしたら断れるかもしれないけど、それでもきっと先輩は喜んでくれる。
自分のためじゃなくて、先輩のために、言うんだ。
わたしもきっと、告白したことを後悔しない!
☆ ★ ☆ ★
また昼休みに体育館の裏に呼び出すのはさすがに嫌がられそうで、わたしは放課後を待った。
先輩の帰り道は知っている。
自転車を漕いで、3人の先輩が並んで坂道を登って来た。
頂上に立って待ち伏せていたわたしを発見すると、なんにも言わないのに気を利かせるように、連れの2人の先輩は、ニヤニヤした表情で海原先輩を残し、先に走り去った。
「……俺に用?」
海原先輩はつまらなそうな顔で、自転車に跨ったまま、聞いて来た。
自転車に乗ってるのに、今日は先輩の顔がなぜだか近く見えた。マスクもしていない。
わたしは自分のためでなく、先輩を讃えるつもりで、大きな声を出した。
「先輩! わたし、先輩のこと大好きです! よかったら、素晴らしい先輩の彼女に、わたしなんかを、してほしいって思うぐらいです! よかったら……っていうか、彼女にしてほしいです! そのっ……! 好きです!」
先輩は呆気にとられた顔でわたしの告白を最後まで全部聞いた。
わたしは耳まで真っ赤になっていたと思う。
『変な告白しやがって! 俺はお前みたいな地味な女に好かれたって嬉しくねえ!』とか言われたらどうしよう。
先輩は少しの間をおいて、頭を下げた。
「ごめん」
「え……」
「俺のほうから言えなくて……みのりちゃんのほうから言わせてごめん。実は俺も、みのりちゃんのこと、いいなって思ってた」
「え……?」
「いっつも見てたんだ、君のこと。告白しようと思ってたけど、勇気がなかった。君のほうから話があるからって言うんで……もしかしたらって、思って、期待して、待ってた。俺……卑怯者だ」
「ええっ?」
「ごめん。改めて俺のほうから言わせてもらうよ。君が好きです。つき合ってください!」
わたしはその場で倒れそうになるほど嬉しかった。
☆ ★ ☆ ★
それからわたしは先輩の自転車の後ろに乗り(ほんとうは違反だけど)、2人でにっこり微笑みながら、帰った。
わたしに改めて告白をしてくれた先輩の顔は、いつものちょっと怖い感じがまったく取れて、かわいいぐらいだった。
わたしは先輩にポイントをつけた。5点満点中の5点だ。
先輩もわたしにポイントをつけた。何点かわからないけど、たぶん間違いなく5点満点だと信じてる。
この先つき合って行くうちに、それは変わって行くかもしれない。
嫌なところを見つけてしまって1点に下がるかもしれない。それでも0にならない限りはつき合って行くつもりだけど。
逆に5点では足りなくなって、チートしちゃって、ゴールインとかしてしまうかもしれない。
いいのだ。つけたポイントはあとからでも変更できる。
今は5点だ。あとでどうとでも変えられるので、早めにつけておく。
五つ並んだ星はわたしの微笑み。
ずっと変わらないことを願ってる。
※イラストは空野奏多さまより頂きました。
この作品は、空野 奏多さん主催の『ブルジョワ評価企画』参加作品です。
『なろう』でポイントをつけると、どんないいことがあるか? みたいなことを作品で書いて、競作しようみたいな面白い試みだと思い、参加しました。
『なろう』でポイントをすると、彼(彼女)に告白する勇気が出るかも?