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聖女として召喚されたので、取り急ぎ騎士団で内勤します!

カッとなって以下略。

テンプレを書きたくなったのです。


 この世界では、魔獣という生物に害をなす存在がいる。

 人間や亜人と呼ばれるモノたちは種族という垣根を越えて結束し、多くの魔獣を屠ってきた。

 しかし、彼らがどれほど鍛えても魔獣は日々出現し、生きとし生けるものに牙を剥く。

 学者たちが研究した結果、魔獣が湧き出すのは「魔素」が原因だと特定できた。世界を流れる魔素が何らかの理由で滞った時に、魔獣は発生するのだと知る。

 

 ある時、神殿の神官たちに神々からのお告げがあった。

 それは高次元の魂を「召喚」し、「勇者」や「聖女」となってもらい魔獣を倒す助けをさせるというものだった。


 神託があってから間もなく勇者と聖女は召喚され、特に多くの魔獣を屠る存在として世界に平穏をもたらす「勇者の血」は、この世界の人々を強化するという恩恵もあった。

 彼を求める者は多くいたが、元々あった神の制約により伴侶は一人のみと定められていたため、それは叶わない。

 なにより「本人が求めなければ世界から去る」という制約もあり、歴代の「勇者」に対してどれだけご機嫌とりできるかが、世界を強化させる勝負となっていくのだった。


 対して「聖女の血」は一代限りのものだった。

 それでも彼女たちの癒しの力は強く、勇者よりも多い割合で召喚されるため、各国の権力者がこぞって求める存在ではある。

 勇者は百年に一度に召喚されるかどうかに比べ、聖女は十年に一人は召喚されているのだ。

 日々魔獣と戦う人々にとって、彼女たちは貴重な癒しの存在であるのだが、昨今の聖女たちの多くは有力者に囲われるという悪い流れになっているそうで……。


「昔は屈強な男たちにも聖女様方は恐れずに癒しを与えてくださったのですが、先代の聖女様も王家に取られましてな」


「はぁ」


「そこで、今代の方々には期待をしておるのですよ」


「なるほど」


「ありがたいことに御三方もいらしていただけるとは……これもきっと神のお導きです」


「そうですか」


 そう。私たちは聖女として異世界に召喚された。

 事前に「神」と名乗る存在からこの世界について予習し、意思確認やら何やらを取られ、何度も面接をして選ばれたのが私たち「聖女」だ。


 そして、これまでは自由に選べたらしい「進路」も、決まった状態で召喚されていたりする。

 このことを異世界の人たちは知らない。なぜならば、神っぽい存在ひとに口止めされているからだ。

 なんか「様式美」とか「お約束」とか言ってたから、ネット小説などによくある異世界ものの鉄板ネタを壊してほしくなかったのだろう。たぶん。


「おひとりは神殿で神と添い遂げることとなり、おひとりは王家に嫁ぐとのことですが……」


「はい。私は騎士団で働きます。戦うことはできないので内勤希望です」


「もちろん聖女様を騎士として……などと思ってはおりませんが、本当によろしいので?」


「はい。できればちゃんと働くので、お給料をいただけるとありがたいです」


「いえそこではなく……むしろ働いていただかなくとも、国が衣食住の保証をいたしますのに……」


「働かざるもの食うべからず、ですよ」


「さ、さようでございますか……」


 聖女として召喚される女性は、必ず十五歳と決まっている。

 この世界で成人とされる年齢だからとされているけれど、実は必ずしも中身が同じ年齢とは限らない。

 私はアラサーだったし、他二名は大学生だったからね。


 一人目の聖女が神殿での引きこもりを決めたのは、神っぽい存在ひとに一目惚れしたのが理由だったりする。この世界で生涯独身を貫くのを条件に神っぽい存在イケショタに娶ってもらえるとのこと。


 王家に嫁ぐ聖女については、もともと金髪碧眼にとてつもなく強い憧れを抱いていたところ、王太子がドストライクの外見をしていたというのが理由だ。

 彼女には金を貯め込んでいる貴族たちの尻を叩き、神殿へのお布施を多くするために動いてもらうとのこと。


 もちろん二人とも聖女の仕事をするけれど、前線で戦う人たちにまで癒しが届くかといえば難しいところだ。

 そこで中身がアラサーの筋肉スキーな私が登場ってわけ。


「では、今代の聖女様方は、このエルトーデ王国でお過ごしいただくこととなります。何かあれば側仕えの者に何なりとお申しつけくださいませ」


「了解です!!」


 神様仏様ご先祖様、ありがとうございます!!

 春野凛音はるのりんね、この世界でしっかりと聖女として(おもに騎士団のイケ筋肉騎士さんをメインに)お勤めをさせていただきまっする!!!!







 それでも他の二人とは違って、私が召喚された神殿で待機する時間は長かった。

 後から聞いた話では、どこの騎士団に所属させるかを連日連夜議論していたとのことだ。

 最終的には「本人に決めてもらおう!」ということになったのだけど、それならもっと早く私に聞いてくれれば良かったのでは? と思ったりする。

 もし所属したところで気分を害しても別のところに異動させればいいし、常に本人の希望を優先すれば最悪なことにはならないだろうってことみたい。

 私は自己中心的じこちゅーな性格じゃないんだけどなぁ……。


 実のところ、この滞在期間延長については私にとって好都合だった。

 国や王家について、騎士団の成り立ちや神殿についても事細かく勉強できた。

 なによりも側仕えのフィオと仲良くなれたのは大きい。

 フィオは金色の髪に空色の瞳を持っている細身の青年だ。神殿所属の騎士であり、癒しの力を持っている彼は、常にほんわかした空気をまとっているが相当強いらしい。聖女である私の護衛も兼ねているんだって。

 ちなみに旦那が騎士団にいるとのことで、色々な意味で安心できる存在だね。


「私たちは聖女様の側仕えとして専門の教育を受けておりましたが、リンネ様付きになれたのは幸運でございました」


「どうして?」


「夫が騎士団に所属しているのです。ですので、リンネ様が騎士団の方々を助けようとする姿勢が、私にとって誇らしく嬉しいものなのです」


「そう言ってくれると嬉しい。ありがとうフィオ」


 正直、国の中でも指折りの筋肉たちを拝みたいという己の欲望から決めた選択で、ちょっと後ろめたい気持ちになる。

 それでも喜んでくれる人がいるなら、WIN-WINってやつだよね!! 


 ねっ!!!!(圧)







 今回、三人のうち二人の聖女の情報は秘されている。

 公開されたのは王家に嫁いだ聖女のみ。他は「神の御心」によって非公開とされたのだ。

 もちろん、ちゃんと神っぽい存在ひとが関与しているから、各国の神殿に御告げがあったからなのだけどね。


 騎士団の選定は密やかに行われることになり、私とフィオは王宮へ向かうことになった。

 月に一回開かれる騎士団会議に参加して「どこがいいのか」を決めることを勧められたのだ。


「はじめまして! 辺境騎士団の内勤として所属します、リンネ・ハルノです!」


「同じく、フィオ・マルクスです」


「……よろしく頼む」


 私が選んだのは、エルトーデ王国内でも随一の戦力を誇る『辺境騎士団』だ。

 頬に傷がある強面の黒髪騎士団長と、切れ者っぽい金髪副団長というコンビが私の性癖にクリティカルヒットしたというのもあるけど。


 何よりも騎士団長様の美しきご尊顔というか、素敵すぎる体格というか、筋肉というか、筋肉がとても素晴らしすぎるのだ。

 辺境騎士団のカラーである、黒色の軍服を押し上げる筋肉たちよ。もはやこれは芸術です国宝ですありがとう。

 むしろ人類の宝とは彼のことに間違いない。だって私の推しですしおすし。


「……フィオは副団長のシオン・マルクスの伴侶と聞いているが」


「フィオで大丈夫です。夫がいつもお世話になっております」


「神殿付きの騎士団からの異動だと聞いているが、本当にうちでいいのか?」


「ええ、リンネさ……んと二人で、精一杯勤めさせていただきます」


「……そうか」


 この辺境騎士団を選んだ理由のひとつに、フィオの旦那さんがいるっていうのもある。

 私が聖女だと知っているのは基本フィオだけということになっている。

 でも、何かあった時には彼の伴侶である副団長シオンさんも助けてくれるよう、内々で話を通してくれているとのこと。ありがたいことです。


 騎士団に異動する神殿の騎士は珍しくないらしいけど、その中でも辺境勤めを望む人材は少ないんだって。

 英雄と名高い騎士団長を慕う騎士がいるから、かろうじて戦力は保たれているのは幸いだという話だ。

 なにせ辺境には強い魔獣が多く発生するから、戦力は多い方がいい。もちろん内勤や回復要員も欲しいみたいだけど、環境的にもなかなか厳しいようです。はい。


 危険と隣り合わせ、という環境がネックになっているのだろう。

 人が多い場所は魔素も流れるし、戦える人もいるから魔獣は都度駆逐されている。でも、辺境には人が少なく魔素が溜まりやすいから魔獣も強くなる。

 何よりも強い魔獣に対抗するための戦力を、王都からいちいち派遣しづらいというのもあると思う。

 この国の守りは王都が中心となっているらしい。国の中枢から遠方まで守りの手を伸ばすのいうのは物理的に難しいからね。

 なんて、これはあくまでも私の想像だから、もしかしたら他にも理由があるかもしれない。


「リンネ嬢も、本当に辺境所属で大丈夫なのか?」


「もちろんであります! 騎士団長殿!」


「カイル・シュタイナーだ。カイルでいい」


「はい! カイル団長! よろしくおねがいします!」


「……よろしく頼む」


 もちろん、私が聖女ということは団長さんにも内緒だ。

 この世界では聖女以外にも癒しの力を持っている人たちはいるから、癒しの力をもつごく普通の一般人として雇ってもらうことになっている。


 すごく気遣われている感じがするけれど、辺境行きを許可してもらえて良かった。

 なにせ、軍服を着ていてもわかるほどの鍛え抜かれた肉体、分厚い胸板にある勲章の多さと、厳ついけど整った顔(頬傷あり)の騎士団長は私の推しなのだから。


 そう! 彼こそが、この世界における私の『推し』だ!!


「リンネさん、お口元が」


「じゅるっ……失礼」


 同僚兼側仕えのフィオが、完璧なフォローをしてくれる親切設計でございます。ありがたや。







 さてさて、この世界は魔獣からとれる魔石と呼ばれるものを使って、トイレやお風呂などの水まわりなどの動力にしているそうな。

 魔素を使って事象を起こす魔術や魔法もあるから、現代日本人でもなんとか生きていける優しい異世界だと思う。


 ちなみに、他二人の聖女も日本人だ。

 ここに来る前に受けた面接では日本以外の国の人もいたけど、残ったのは私たちだけだった。噂によるとネット小説の履修が必須だとかなんとか。


 この世界には魔法があるし魔道具と呼ばれる便利なものが多くあるけれど、移動はもっぱら馬車とのことで……。


「疲れてはいないか?」


「はい! 大丈夫です!」


「リンネさん、クッションを用意しますか?」


「……できればお願い」


 小声で気をつかってくれるフィオの優しさよ。


 現代日本人である私の甘やかされた尻の筋肉は、異世界の馬車に適応できていないようです。

 ちなみに団長さんは馬に乗っているため、外から声をかけてくれている。ゆえに私のお尻事情について明るみに出ておりませぬ。

 ああ、どこかのネット小説に「異世界の馬車に乗ったら尻をシックスパックにされてしまいそう」なんてあったけど、本当だったんだ……。


 王宮からは団長と副団長、その他数名の騎士が付いてくれていて、全員が辺境騎士団という編成だ。

 実はフィオの旦那さん……副団長のシオンさんや騎士さんたちとは会っていないし、話も出来ていない状態だったりする。なんで?


「夫はともかく、他の騎士たちとの接触は辺境に着いてからでお願いします」


「何かあるの?」


「彼らは興奮してしまうのですよ」


「興奮?」


 その理由は、辺境に着いてからすぐに判明した。

 というよりも、目の前で見せつけられることとなった。




「うおおおおおおおおん!!!!」

「内勤んんんんん!!!!」

「来たああああ!!!!」

「これぞ癒しいいいいい!!!!」


 カオス。混沌と書いてカオスと読むやつ。

 目の前にあるのは、ムッチリと鍛えられた各々の筋肉。先ほどまで彼らが身につけていた布は、すでに塵と化している。


「リンネさん、お口もとが」


「じゅるりっ……失礼」


 差し出されたハンカチでヨダレをそっと拭いながら、目の前で狂喜乱舞する騎士団の皆さんたちに笑顔で一礼する。


「初めまして、神殿から異動となりましたリンネ・ハルノです。よろしくお願いします」


「同じく、フィオ・オルクスです。よろしくお願いいたします」


 一応、目の前の肌色たちに挨拶をしておく。

 副団長のシオンさんはニコニコしているだけだし、団長さんは「こうなると思った……」と眉間にシワを寄せているため顔の厳つさが倍増している。


「なるほど、筋肉で辺境騎士団の強さをアピール……伝える流れですか。さすが騎士団の皆さん鍛えてらっしゃる」


「そういう問題ではないと思いますが」


 ここに来る道中、パンイチ(パンツ一枚の意)状態にならなくて何よりです。はい。


「このように、辺境はお二人を歓迎?している。よろしく頼む」


「はいっ!! がんばりまじゅるっ!!」


「リンネさん、お口もとが……」


 まずは団員の方々のアピール方法について慣れていかないと。じゅるり。







 それからの私は、一般人のフリをしながら辺境騎士団の内勤という名の雑務をこなしている。

 異世界人特典の魔力の多さをフルに活用し、イメージを魔法にするというお約束チート?を駆使し、炊事洗濯掃除を片っぱしからこなしていったのだ。

 フィオも家事全般できるタイプだったから一緒に仕事をしてくれるし、私の身のまわりに関しての世話もお任せしているよ。(主に口もとの管理とか)


 そして仕事の合間に、至福のひとときである訓練をしている騎士団の筋肉……もとい、団員さんたちを鑑賞……じゃなく、交流させていただいております。ゲフンゲフン。


「訓練は薄着でやってるのね」


「発奮すると服が破けるからでは?」


「それほど激しい訓練なのね。軍服は高価だし、それを想定した上であえての薄着かぁじゅるり」


「リンネ様、お口もとが」


「ありがとー」


 二人きりだと様付けで呼ぶフィオ。いつも同じ「リンネさん」呼びでいいのに、そこは側仕えとしての矜持?だそうな。


「団長さんも服が破けるのかなぁ」


「あまり訓練場でお見かけしないので、どうでしょう」


「もし見たらハンカチ一枚じゃ足りないかもなぁ」


「……予備も用意しておきます」


 さすが仕事が出来る子、フィオだね☆




 ところが、若い団員さんたちから衝撃の事実が知らされる。


「え? 団長さんも訓練に参加してるの?」


「は! 我らの団長は毎日訓練してるであります!」


 おかしい。私は訓練場で団長さんを一度も見たことないぞ。

 そして若い団員さんたち……と言っても、今の私は花の十六歳なので同い年くらいかもしれない。

 彼らは肌色アピールすることをやめたらしく、やっと普通に会話できるようになっていた。ちょっと残ね……ゲフンゲフン。


「団長さん、癒しとか必要にならないのかな?」


「我らの団長は、毎度の訓練でかすり傷ひとつ負わないです!」


「接点がなさすぎる!!」


 よくよく聞いたところ、私が訓練場から去ったタイミングで団長は現れるとのこと。

 まさかこれは。


「もしや私、避けられてる?」


「そうですね」


「フィオ……そういう時は嘘でも『そんな事ないですよ!』と言ってくれないと」


「事実を申しました」


 相変わらず口調は崩さないフィオだけど、話す内容は容赦なくなってきたよ。

 な、仲良くなってきたってこと、だよね?(ビクンビクン)


「私、団長さんに嫌われているのかなぁ……」


「いや! それはないかと!」

「団長殿はリンネ殿を常時気にかけておられます!」

「入団された当初、リンネ殿の食事量が少なすぎるのを心配するあまり、団長の体重が激減したこともありました!」


 私の食は細くないし、むしろ普通だと思うよ。そんな筋肉モリモリ男子たちと同じ量を食べると思われても困る。


「夫から説明させていただいたので、その件は解決済みです」


「そ、そうなのね」


 心配されているってことは、嫌われていないってことで認識は合っているよね?

 それなら何で会ってくれないんだろう。


「大丈夫ですよ。そろそろ嫌でも会うことになりますから」


「団長さんと会えるの!?」


「はい。辺境騎士団の年間予定の中に『大規模演習』というものがあります。ここの広大な土地を利用し、今年は王都にいる近衛騎士団と合同で演習することになっております」


「それなら、私たちも癒し手として控えていないとね!」


「はい。もちろんです」


 よし!! ならばそれまでに『癒し』の力をレベルアップさせて、団長さんに私の出来る女っぷりをアピールしないと!!

 それで団長さんとの距離が縮まったら、あの魅惑の大胸筋様をちょいちょい拝ませてもらえるかもしれない!!


「リンネさん、お口もとが」


「助かりますフィオ」


 待っててね!! 愛しの団長きんにくさん!!




◆ ◆ ◆




 私の名は、カイル・シュタイナー。

 元々下級貴族の三男だった私は、魔獣退治で武勲をあげたことにより、現在は国王陛下から辺境騎士団の団長という役職をいただいている。

 これまで生傷絶えない騎士団員たちだったが、私が赴任してから訓練内容を変更し、体づくりと無理のない編成を心がけるようにした。

 その結果、大きな怪我がなくなったことは嬉しく思っている。


 癒し手が不足しているのは分かっていた。

 それでも、聖女様が召喚されたという報せが来た時、うちに来てもらえたらありがたいと強く思ったのは仕方のないことだと思っている。

 辺境では、少しの怪我でも命に関わることがあるからだ。癒し手がいることで、生存率は大幅に上がる。


 結局、聖女様は王家に嫁ぐことになったが、ありがたいことに神殿から癒し手の補充を出してもらえることとなった。

 王都は王家の聖女様がいるから、騎士団を優先して癒しを与えるよう、おそれ多くも国王陛下からのお達しである。以前から内勤の補充を申し出ていた甲斐があったというものだ。


 ところが……。


「ひとりはいい。お前の伴侶だからな」


「そうですね。ああ見えてフィオは強いですから」


「もうひとりは成人……していると聞いたが本当なのか? あんな小動物のような愛らしいご令嬢が、むさ苦しい辺境騎士団へ異動希望しているとは信じられん」


「何度も言いますが彼女は十六で、立派な成人女性です。神殿が証明しております」


「それは何度も聞いた」


「では何度も同じことを聞かなければいいでしょう?」


 呆れているシオンには悪いとは思っているのだが、私はとにかく不安なのだ。

 彼女のような愛らしき無垢なる乙女を、むくつけき男どもの中に放り込むなど鬼畜の所業ではないか。


「本人が希望しているのです。観念してください」


「……わかった」


 先祖に勇者の血でも入っているのか、真っ直ぐな黒髪と焦げ茶色の瞳をしている彼女。まるで少女のような小柄な体は、抱きしめたら折れてしまうのではないかと思うほど。

 王家に嫁いだ聖女様よりも、彼女のほうが聖女の名に相応しいのではないか。不敬だから口には出さないが……。


「それで団長は、いつになったら訓練場へ行けるようになるのです?」


「……ダメだ。彼女が怖がるだろう」


「団員たちから聞きましたが、怖がっているよりも会いたがっているようでしたよ」


「初めて会った時お前も見ただろう? 私を見て怯えていた、頬を染めて目を潤ませ、震える小鹿のごとき愛らしい乙女を」


「確かに震えていましたが、あれは怯えているというよりも……」


 シオンの慰めはありがたいが、自分のことは自分がよく分かっている。

 幼い子や婦女子に恐れられるのには慣れているのだ。


「彼女の負担にならぬよう、傷ひとつ負わずに魔獣を駆逐してみせる。私を見なければ辺境に長く居てくれるだろう」


「リンネ殿の視界の外から常に見ている団長よりも、普通に会ったほうが怖くないと思いますが。色々な意味で」


 最近、呆れ顔が標準装備になってきたシオンを無視し、溜まっていた決裁書類に手をつける。

 書類仕事は苦手だったが、これは彼女が手に取るものだから正確かつ読みやすくしようと心がけた結果、短時間で仕上げられるようになった。

 副団長が遠い目で「愛の力が怖すぎる」などと言ってたが、愛らしい彼女の手に薄汚れた書類を持たせるわけにはいかないからな。当たり前の行動だ。


「まぁ、もうすぐ団長の隠密生活も終わりますね。大規模演習がありますし」


「……なん、だと?」


「嫌でも会って話す必要があるでしょう? 事前の打ち合わせもありますから」


 しまった。すっかり忘れていた。

 毎年この時期になると、王都や他国の騎士団と大規模の演習を行うのだ。


 思わずシオンをじっと見る。


「ダメですよ。私には別の仕事があります。団長の仕事はご自身でやっていただかないと」


「……分かっている」


 あの時は冷静でいられた。

 しかし今は、辺境の地で健気に振る舞う天使を、私は毎日ずっと見てきたのだ。


「軍服は高価なので、お気をつけください」


「……分かっている」


 団員たちのように、徐々に会話して慣れていけば良かった。

 今さら後悔しても遅い。


 私の名は、カイル・シュタイナー。

 辺境騎士団の長として、常に冷静であるよう己を高めていたはずだ。

 いくら愛らしい乙女がいるからといって、心が乱れるようなことはない。絶対だ。


「団長、ボタンがひとつ飛びましたよ」


「……すまん」


 演習の打ち合わせまでに何とかしよう。絶対に。




◆ ◆ ◆




 日頃の行いは良かったほうだと思う。

 突然の事故は不運だったけど、元々天涯孤独の身だったからショックは少なかった。

 だから神様っぽい何かから「勇者と聖女をやってくれる魂を募集してます。アットホームな異世界です」というブラック臭ただよう文言で誘われた時も、深く考えずにOKを出した。

 だってあの神様しょた、困っている感じだったし。


「……異世界の神様に感謝」


「リンネさん、お口どころかお鼻も危険です」


「いつもありがとう。フィオ」


 差し出されたハンカチで鼻と口を隠す私。

 そう、今とても久しぶりに騎士団長さんが目の前にいるのだ。分厚い軍服をムチムチ筋肉でピチピチさせながら。

 前はここまでじゃなかったのに、いつの間にここまでお育ちになったのでしょうか。まるで親が子の成長を見逃したような悔しみがありますね……。


「以上で演習の説明は終わりだ。何か質問などあるか?」


「えっと、大丈夫だと思います!」


 キリッとした団長さんの顔に見惚れていた私は、慌てて背筋を伸ばす。

 するとフィオがいつものようにフォローしてくれる。


「リンネさんは女性ですし、こちらでは気付かないことがあるかもしれません。何かあれば遠慮なく申し付けてください」


「うん。ありがとう」


「他はいいか?」


「あの、団長さんに質問なんですけど」


「なんだ?」


 プチンッと音がして、目の前にいる団長さんの喉仏から鎖骨までがあらわになる。

 ふぉっ!? とうとつに何のご褒美ですか!?


 内心の動揺や動悸息切れを気力で押し殺し、淑女モードで微笑みを浮かべる私。


「いつも訓練場にいらっしゃらないので……もしかしたら差し入れがご迷惑だったのかなと」


「差し入れ? まさか乙……貴女の手作りか?」


「はい……」


 ほら、手作りって微妙だと思う人もいるだろうし。

 焼き菓子とかレモンっぽい果物の砂糖漬けとかだから、悪いものじゃないとは思っている。


「演習もあるから、これからは頻繁に訓練場を出入りすることになるだろう。……手作りの差し入れも楽しみにしている」


「はい!!」


 やったー!! これで団長さんの至高の筋肉を拝めるぞー!!


 打ち合わせ終了とのことで、立ち上がって背を向けた団長さんからブチブチという音がしたけど、副団長シオンさんが笑顔でマントを羽織らせていた。

 軍服とマントの合わせも素敵だよね!!


「フィオ、私がんばるよ!!」


「ほどほどでよろしいかと」


 鼻に熱いものを感じている私に、そっと追加のハンカチを差し出してくれるフィオさんなのでした。







 そして大規模演習を三日後に控えた辺境の地に、近衛騎士団が到着した。

 今回は王太子も来られるとのことで、辺境の町は例年以上の盛り上がりをみせているようだ。


「これは疲れがとれるという果実の砂糖漬けです」


「すまん、今は手が汚れているのだが……」


「ほら団長さん、あーん」


「あーん……うむ、リンネ嬢のおかげで疲れがとれたぞ」


「もー、団長さんったらいつも私を喜ばせることばかり言うんですからー」


「本当のことだ」


「……カイル・シュタイナー騎士団長?」


 訓練場で剣を振るっていた団長さんに差し入れをしていたところ、副団長シオンさんと一緒に見慣れない金髪碧眼青年がいることに気づく。

 えーと、誰だっけ? どこかで見たことがあるような……。


「リンネ嬢、もうひとついただきたいのだが」


「はい団長さん、あーん」


「あーん」


「それはもういいから」


 なんですかさっきから、失礼な金髪碧眼王子フェイス男子ですね。

 見かねたシオンさんが小さな声で


「団長、王太子がご挨拶をと」


「後でいいだろう」


「よくないよ!?」


 どこかで見たことがあると思ったら、王太子だった模様。

 長い金髪は軽く三つ編みにされていて、一緒に来た聖女の子が「三つ編み金髪男子は至高!!」と叫んでいたのを思い出す。

 王太子の横にいる副団長シオンさんに睨まれた団長さんは、渋々といった様子で向かい合い敬礼をする。


「訓練中でありまして、この格好のまま失礼いたします」


「失礼はそこではないのだけど……まぁいいよ、それだけ神殿からきた彼女が魅力的すぎるということかな」


「そうですね。確かに我らは鍛えられました」


「鍛えられた? 癒されたのではなく?」


「癒しの力はもちろんのこと、我ら騎士団はご覧の通り、常に衣服を塵とせぬよう細心の注意をはらっております」


「うん。何を言っているのかさっぱり分からないよ」


 王太子の言葉に同意見です。

 たまに団長さんの言っている言葉の意味が分からない時があるんだけど、シオンさんもフィオも「お気になさらず!」の一点張りなんだよね。

 あれかな? 騎士団員にしか通じない暗号みたいなやつとか?


 色々と考えている私の前に、突然飛び込んでくる白色の軍服。

 王子ほどではないが、やたらキラキラしているイケメン二人組が現れた。

 赤髪、青髪、そして王子の金髪が目に入ったところで吹き出しそうになる。


 あかん。

 三人合わせて信号って気づいてしまってから、腹筋におかしな負荷がかかっているんですけど。

 これ、絶対に笑ってはいけないやつでしょ。もはや苦行レベル。


「このような辺境に咲く、愛らしき花の乙女よ!」

「さぁ! このようなむさ苦しい場所ではなく、我らと共に参りましょうぞ!」


 ひぃっ!? とうとつに何かが始まった!?

 思わず団長さんの逞しくも広い背中に隠れると、ブチブチっと何かが切れる音がする。


「これはこれは遠路はるばるようこそ、近衛騎士団の方々。彼女は辺境騎士団に所属する者だ。勝手をされては困る」


「くっ、軍服の胸元を開くとは野蛮な!!」

「これだから辺境の田舎者は!!」


 なに!? 団長さんの胸元が見えている……だと!?

 本気を出す準備なの?


「やめないか二人とも! カイル団長、この者たちは教育させるから引いてくれる?」


「殿下のご命令とあらば」


 広い背中から恐る恐る顔を出すと、赤青はキラキラ笑顔の王太子にヘッドロックされているのが見える。

 こうやって並ぶと、なおさら信号機すぎるっ……腹筋がっ……!!


「ところで、なぜこの二人を近くに置いたのです?」


「なぜかうちの聖女殿が勧めてきてね……」

「きゅぅ……」

「ぐぇぇ……」


 ちょっと王家所属の聖女!! 笑いに走るのやめてもろて!!


 笑いそうになるのを何とか抑え込んでいると、団長さんがそっと抱きしめてくれる。

 日本人の平均以下の身長しかないから、すっぽりと包まれてしまう。


 そう、尊き推しの筋肉にね……!!


「震えている。怖かったのだろう」


「い、いえぇ……だいじょうぶれすぅ……」


 鼻の奥が熱くなっていくことに恐怖を感じる。

 最悪、黒色の軍服だからなんとかなるだろうけれど、今の私は団長さんの胸元にムギュッと顔が挟まれている状態なのだ。

 エマージェンシー! エマージェンシーなのであります!


「団長、リンネさんが窒息してしまいます」


「む、そうか」


 筋肉って熱量がすごいのですね。

 のぼせるところでしたよ……本望ですが……ははは……。


 すかさずフィオから差し出されたハンカチを鼻に当てたら、ギリセーフでした。(何がとは言わないスタイル)







 演習当日、観覧する王太子は遠目からも信号機で吹き出しそうになることはあるけど、私に近づくやからは一応いなかった。

 なぜ「一応」なのかというと、辺境騎士団の皆さんが都度対処してくれたからだ。


「近衛騎士団ってバカなの? 私なんかを引き込んでどうするつもりなの?」


「リンネ様は愛らしいですからね」


「愛らしいって……私が低身長だからじゃないの?」


「他の聖女様の誰よりも、リンネ様は愛らしいと思いますよ」


「フィオのは、親の欲目ってやつじゃない?」


「私は親ではないので」


「じゃあ兄妹? お兄さんはどう?」


「それは光栄です」


 フィオと雑談をしていると、演習開始のラッパが鳴らされた。

 怪我人がここに来ないことを祈っている私たちは、観覧席と演習場所の間にある天幕で待機している。控えの団員たちもここにいて、ついでに護衛も兼ねているとのこと。

 ある意味、演習風景を見学するなら特等席だと思う。


 町から少し離れた場所にあるこの草原に、王都から来た近衛騎士団の青色の制服がズラリと並んでいる。

 対する辺境騎士団の黒色は、隊列を組んでいるけれど真ん中はガラ空きだ。


 勢い付く近衛騎士団の突撃に、ふんわり囲んでいくような辺境騎士団。

 団体の模擬戦みたいなものらしいけど、本物の武器を使うから怪我だけじゃなく命の危険もある。


「団長さん、大丈夫かな」


「どちらかといえば近衛騎士団のほうが心配ですが」


 たしかにフィオの言う通り、辺境騎士と近衛騎士の筋肉量は比べるまでもない。体つきから違うのだよ。ふはは。

 いつもは薄着で訓練している団員さんたちだけど、今日はしっかり軍服を着ているから

窮屈そう。


 すると突如、轟音と共に土煙が上がった。


「い、今の何!?」


「あれは……」


「あれは団長でしょう」


 フィオの言葉にかぶせるように、シオン副団長が説明してくれる。

 いやいやいつからいたの? あっちはいいの?


「私はここの守りを仰せつかってますから」


「それはお疲れ様……じゃなくて、今のは団長さんがやったことなの?」


「はい。実は演習開始直前に、少々揉め事がありまして」


 やれやれと肩をすくめるシオンさん。

 その間にも地響きはすごいし、土煙で見えないけど爆発音みたいなのが何度も聞こえてくるの怖すぎる……。


「いったい何があって、あんな事になっているの?」


「ちょっとバカが……いや、近衛騎士団の無能どもが、騎士としてありえない発言をしたからです」


「なるほど……?」


 きっと団長さんは真面目なんだろう。

 その「ありえない発言」とやらが何かは分からないけど、騎士道に反することを団長さんは絶対に許さない気がする。


 気づけば爆発音が止み、土煙が徐々におさまっていく。

 あの様子だと団長さんはともかく、辺境側の団員さんたちは巻き込まれてしまったのではなかろうか。


「終わりましたね。さぁ、行きましょうか。癒しが必要かもしれません」


「は、はい!!」


 そうだ。こう言う時のために、内勤(聖女)が頑張らないと。

 まだまだ土や砂が舞っている中、シオンさんの背中を追っていく。


 見えてきたのは……。


「……肌色?」


 そう、この場に多く見えるのは肌色だった。

 地面にある青色は土にまみれており、人らしきものは皆、肌色だったのだ。


 土煙がおさまり陽光に照らされるのは、鍛え抜かれた筋肉。中でも、ひときわ目をひく美しい芸術のような筋肉を持つのは、もちろん団長だ。

 全員が後ろ姿誰もが衣服を身にまとっていない。


 いや、違う。


 風にたなびく長い布たち。

 辺境騎士団をあらわす黒色の布が、風にたなびいているのだ。


 団員たちの下半身から。


「う、うそ……まさか異世界の下着って『フンドシ』なの……?」


「おや、よくご存知ですね。我ら辺境騎士団ではフンドゥシを身につけることが決まりなのです。初代団長に嫁がれた聖女様が広めたそうで」


「リンネ嬢!!」


 誰よりも長い布をたなびかせている団長さんが、巨大なクレーターの中心から手を振っている。

 え、これ大丈夫なの? フンドシの人たちは元気そうだけど、土にめり込んでいる服を着ている人たちとか……。あ、ちょっと動いてるから大丈夫かな。


 なぜか他の団員さんは背を向けていて、皆がフンドシ一丁のためキュッと締まったお尻が並んでいる状態だ。

 そしてクレーターから駆け登ってきた団長さんが、目の前で片膝をつき、熱い眼差しで私を見上げる。


「我らの乙女、貴女のために勝利を捧げます」


「ふぇっ!?」


 そっと私の手を取り、指先に口付けるのは……フンドシ姿の美丈夫。

 周囲を取り囲む団員さんたちのお尻も、団長さんが何か言うたびにピクンピクンしている。


 なにこれシュールすぎる。そしてなんの儀式なのか。


「もし叶うのならば、私からの愛を受け取ってほしい」


「ふぇぇっ!?」


「これは伝統的な辺境騎士団の『求愛の儀』です」


「私も夫から受けた時は驚きました」


 え? これ副団長さんもやったの? そしてフィオも受けたの?


 一瞬意識が遠くなった私だけど、団長さんからの熱い視線と期待に胸を高鳴らせているのかピクンピクンうごいている大胸筋が目に入ってしまうと、もうダメだった。


「……よろこんで!!」


 推しの至高の筋肉を前に、私は無力だった。


 居酒屋の店員のごとく元気に挨拶した私は、駆け寄ってきた王太子たち(信号機)が声を揃えて「お前ら全員服を着ろ!!」と叫んでいることに安心したよ。

 いくら異世界でも、やっぱりこれはおかしかったんだね。そうだよね。




 その後、聖女だとカミングアウトしたら、テンパった団長さんに「駆け落ちしよう!」と熱烈に口説かれて愛の再確認をしたり。

 結婚後も辺境騎士団の内勤を続ける許可を得るため交渉したところ「貴女に愛を刻み込んでおかねば」などとアレやコレやされてしまったり。

 それでも訓練場で団員さんたちの筋肉を鑑賞することをやめられず、団長がさらなる至高の筋肉にレベルアップしたり。


 色々あったけれど、異世界に聖女として召喚された私は、騎士団の内勤であり団長さんの妻として、幸せに生きております。


 神様ありがとう!!!!




お読みいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大笑いツイートなう
[気になる点] フィオは金色の髪に空色の瞳を持っている細身の青年だ。神殿所属の騎士であり、癒しの力を持っている彼は、常にほんわかした空気をまとっているが相当強いらしい。聖女である私の護衛も兼ねているん…
[気になる点] 神殿騎士のフィオさんは彼と書いてありますが、辺境騎士団の副団長さんが夫と言う事ですが、この2人は男同士の結婚なのでしょうか? [一言] フィオさんと副団長さんが気になってしまいました。…
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