花の気持ち
『花の気持ち』
白蓮の君が微笑み、我が胸を熱く焦がす。
花びらのごとき可憐な口元から紡がれる声を聞き、
胸の高鳴りは、おだやかな波のような、ゆったりとした想いへと変わりゆく。
そのたおやかな仕草を見つめ、我がこころは、はるか昔の貴女と出会いし時へと戻りゆく。
はるかな時を超え、遠き遠き、思い出のなかへと。
◇◇◇
「白蓮の君よ。
そろそろ色よい返事をいただけないだろうか?」
わたくしの親しき相手である大王さまは、
もう何度目になるのかわからなくなってしまった婚姻の申し出を、わたくしの手をそっと握りながら、そんなふうに告げてきていたのであります。
「わたくしはあなた様に、
いつか婚姻を受けるとは申しておりませんけれど」
わたくしのそんな言葉に、動揺される大王さま。
「しかし白蓮どの。
断ってもこうしてお会いしてくれるからには、幾ばくかの望みがあると期待してしまうものです」
わたくしはにっこりと笑って、
「あなた様とは十年にも渡る親しき友でありますから、無碍にはいたしませぬ。
あたりまえではありませんか」
わたくしの手を握ったまま、
大王さまは次の言葉を探し、黙しておしまいになりましたが、
なんとか、
「私は貴女が好きなのです」
そうお言いになって、
やっと、わたくしの手をお離しになられ、
この場を辞されておしまいになられてました。
良い方なのですけれど、やはり少し困ってしまいます。
-◇-◇-◇-
わたくしが、新たに種より目覚めてからの十数年来の親友、稲荷の巫女の絢葉狐さまは、
苦笑いと共に、大王さまのことを、
「あの人わ、まるでお天気のことを話すみたいな気安さで、白蓮さんを口説いてくるよねー」
と、そう申しておられましたけれど、
ほんとうにあの方ときたら、
わたくしの顔をみるたびに、そのように申してくるのでありますのね。
永き深き眠りの前の世、
あのお方が生きておられたときのことを語り合えるものなど、
現在は確かに、わたくしくらいしかおりませぬでしょうけれども、
わたくしのどこがそんな風に気に入ったのやら、まったく判らぬことでありますね。
わたくしは、しがない花の精。生まれは千の時の彼方、あの方と同じ頃の生まれなれど、一度は種へと還り、
この地の古墳より見いだされ、
新たに人の手によって目覚めてから、まだ十数年ほどしか経たぬ、力も無き只の白蓮でありますものを。
-◇-◇-◇-
あれからいくつかの季節が、時に寄せる波のようにゆったりと、時に矢のようにはやく、過ぎてゆきました。
ある時、大王さまは、迷ったかのように口ごもりつつ、
「白蓮の君、私のことを覚えておりませぬか?
はるか昔、貴女が種に戻り、我が友の一族の墓へと、供を申し出られた前のことです」
「あなたに始終まとわりついていた子どもがいたことを、覚えておられますか?」
さて、
大王さまのような偉丈夫のかたは知らないと思うのですが?
昔を懐かしく思い出すようにしておられたあの方は、
わたくしを見つめて、こう話されました。
「わたしが幼き頃、あなたの花を見たのです。
白く、優しく、可憐で、
何よりも美しかった」
あの方は少しだけ苦笑いのような表情をされて、
「わたしはあの白く美しい花が欲しくて、
こっそりと手折ろうとしたところを、美しい女性にたしなめられて謝ったことがあります。
あの方は貴女ではないのでしょうか」
そう申された大君さまは口を閉じられ、
こたえを求めるようすでわたくしを見つめております。
わたくしは、あの方の問いに応えるものをもとめて、
はるか彼方の、いまより前のわたくしの思い出へと分け入り、
ふかくふかく、むかしへと戻りゆきました。
現在に生まれる以前の自分を記憶を覗き、
わたくしはその中に童の姿を、大王さまと思しき子を見いだしました。
「すると、あの幼き童が大王さまだったのですね(微笑)
ほんに大きく立派になられたのですねぇ」
懐かしき想いが心のうちにあふれてまいります。
「やはり貴女ですね」
あの方はそう言って、お笑いになられました。
そうして微笑みながら、
「あの時は申し訳ありませぬ。
私の遊び相手をしていただき本当にありがとうございました」
大君さまは、うれしい気持ちを隠さずそうおっしゃられたあと、
少し緊張した面持ちで、童が呼んだ名でわたくしを呼ばれたのです。
「白さま。
あの日の約束を叶えて頂きとう存じます」
「種へと戻られてしまう前に、約束をしていただきました。
もしもまた逢えたなら、目覚めた後の時を、私にいただけると」
-◇-◇-◇-
なんともはや、奇縁にてごさいますね。
わたくしは少し可笑しく感じて、
小さく、そんな想いをつぶやいていたのですけれど、
「奇縁などではございませぬよ」
大王さまはそう申されて、
「これは運命です。私は、そう信じております。
だから厚かましくも、こうして口説くことを続けさせていただいているのですよ」
あの方は、はっきりとそのように申されて、
少しだけはにかむように、穏やかにお笑いになられたのでありました。
なんともあの方らしい、はっきりとした物言いでございましたが、
照れたように笑われたあの方のお顔は、
昔々、はるか遠いときの彼方に、あの童がはにかみ笑った顔と同じでありました。
わたくしの胸は、少しだけあたたかさを増したように思えました。
あのはるか昔の頃、
わたくしは、慕ってくれるあの童が大好きだったのでした。
だから、泣きそうな顔で約束を申し出てきた童に、
叶わぬ約束と思いつつも、申し出を受け入れたのでありましょう。
忘れてしまっていたそんなことを、あの頃の想いを、やっと思い出したのです。
さて、この気持ちは、
わたくしはどう片づけてゆくのがよろしいか、
今までよりも、いろいろと深く思う必要があるようですね。
さて…。
―おわり―
注釈.
このお話は、拙作の『ろーぷれ日記』 番外5 −鍋パーティーをしよう?− に、端役として出した、
古墳の主と、蓮の花の精『白蓮』との結婚ばなしを振り返って、物語として再構成したものです。
あの時の文章は今よりさらに未熟で、読みづらいとは思いますが、
興味がおありでしたら、よろしくお願いいたします。
みなはら
-◇-◇-◇-
『ろーぷれ日記』 番外5 リンク↓
https://ncode.syosetu.com/n3504et/12/
※ 注意、本当に読みづらいのです。申し訳ありませんm(_ _)m
-◇-◇-◇-
うらばなしへとつづきます
裏話的な創作時のネタなどは、
長くなりましたので、別枠で投稿致します。