あなたが伯爵1
「………。」
俺達は下水道に3日間籠もっていた、生活は最悪というか、なんというか、いちおう汚水が流れていない比較的きれいな場所を選んでの話だが、それでも異臭が鼻につく。
これも仕方のないことだ、またあの化物が実体化したら地上に居続けては一掃されてしまう、その気になれば下水道まで大穴を作り出せることはわかっているが、それでも身を隠せるだけマシだ。
「………マリアはいま、どこにいるかな。」
俺はそう言って起き上がる、あいつに刺された傷はもうだいぶふさがった。
「………。」
「下水道探索?」
「あぁ、マリアと、マリアのお兄さんをそろそろ探しといたほうがいいかと思ってな。」
マリアとその兄は、ずっと気になっていた黒いフードの男達の手がかりを知っている人間だ、彼らがなんだか知らないが、人を襲ったりするような集団なんて、俺はただの一つしか知らない。
「………伯爵の襲撃を企てた集団と、二人をおそった集団が同一であると?」
「そういうことだ。」
この事件のすべてあるいはほとんどを唯一理解し得る存在、伯爵、そしてそれを付け狙っていた謎の集団。
彼らは、いま一体どうしているんだろうか。
「………正直なところ、ほとんど瓦解してしまった俺達が、生きてかえるにはこの事件を解決するしかない、そして、俺達が探し回った先には、その事件の鍵を握る人間が三人もいるんだぞ。」
「ちゃっちゃと逃げるという選択肢はないんですか?」
そう言ったのはカイレンだった、かれがその言葉を口にした瞬間あたりはいっきに静まり返る。
「………ええと、なにか悪いことを言いましたか。」
「………いや、そうかもしれないな、本当はそうなんだ………だが、いま都市の変質はどんどん進んでいる、もういつ取り返しのつかないことになってもおかしくない、きっともどって体制を立て直してから来るのは、遅いんじゃないかと思う………。」
「………。」
みんながみんな、思索に夢中でだんまりを決め込み、そしてハンスが思い出したように、というよりは思い出したために尋ねる。
「カイレン殿、そういえば、例の伯爵邸の研究資料についてはどうだったのかね。」
「あぁ………あれですか、やっとわかったのはわかったのですが………。」
「なんだって!!」
みなが食い入るようにカイレンを見つめる。
「………前に、正しい世界とガリルヤの世界を、電流の直流と交流に例えましたね、あのあと私はもっと深い部分まで理解できるようになりました、結論から言いましょう。」
「………。」
「世界はかつて、あらゆる可能性が一つの世界に押し込められていた世界でした、いわばりんごがない状態とある状態が重なり合っているようなそんな状態があらゆる現象で起こっていたのです、では、一体今の世界は何なのか、この大樹のモデルケースを見てやっとわかりました、世界は可能性ごとに無限の枝分かれを始めたのです!!」
「難しいかもしれませんがようは簡単なことです、りんごがないならない世界が、りんごがあるならある世界で、可能性ごとに様々な世界に別れていったのです、この研究資料を書いた人間は、原始の世界をカオス世界、枝分かれを始めた世界を大樹世界と読んでいたようです、世界はこうして聖書の神々のおこした天地創造の編のように、正常で清い世界にたどり着いたのです。」
「………………つまり、なんだ、平行世界というか、そういうたぐいの話かね。」
そう子爵が言うとカイレンは肯定する。
「えぇ、そんなものです、これが研究資料に載っていた全てです、しかし、これでは説明できないことがあります、それは、いまのガリルヤの異変の原因です。」
「………そうか?ようはこういうことでは無いのかね、今のこの世界線は、別の世界線とぶつかり合ってできていると、そういうたぐいの話では無いのかね。」
「そう、そうなんです、おそらく、この世界線は他の世界線とぶつかり、その世界の可能性と混同し、一種のカオス世界と化しているのです、ですが、なぜ、いったいなぜぶつかったのか、それが全く不明なのです、この研究資料のモデルケースと方程式では、本来世界線がぶつかり、カオス世界が再来するなんてことはありえない事柄だったはずなのです、しかし、事実起こっている、これがいつまでたってもわからないのです。」
体内時計が朝になったことを知らせる。
俺はもぞもぞと起き上がると、ソルバルトとハンスを起こす。
「やることはわかっているな。」
「あぁ………。」
「もちろん。」
エヴァンズには子爵とカイレンの護衛があるから連れてはいけない、俺達は下水道の水路の方に向けてあるき出す。
「………マリアーッ!!いないのかー!!返事をしてくれーっ!!」
俺達はそう下水道で叫びながら歩いて回る。
マリアは、おそらくそう遠くにはいっていないはずだ、探し出して、彼女からもっと話を聞き出さねばならない、黒フードの男たちについて。
俺達はそうしてマリアを探して回る、回る。
「………くそ、いない。」
「いまは実体化してないんじゃないか?」
「………かも、しれない、のか?」
だが、俺達はそれでも探すのをやめず、いつしか今まで立ち入ったことのない区画に入り込んでしまった………。
「………マリアーッ!!!」
俺がそう叫んだあと、ソルバルトが肩を叩く。
「もうだいぶ遠くへ来たところだ、そろそろ戻るか休むかしたほうがいい。」
「………。」
そうして踵を返したその時だった。
「………!!!」
俺は水路のはるか先、暗闇で見えるはずのない場所を見つめる、戦場で培った五感が教えてくれる、足音が確かに向こうから聞こえた。
「………マリアさんですかな?」
「それとも黒フードか………。」
俺達が出たのは、広い、とても広い空間だった、壁は汚れや苔で緑色に変色して、鉄パイプや配線で入り乱れている。
「………いない。」
俺達が、一歩進んだ瞬間。
ドサッ。
上から、人が落ちてきた。
「!!!」
「………ぐ、ぐぐぐ………ぅ………。」
それは、年端も行かない男の子だったが………明らかにそれは、普通の様子ではなかった。
「ぐ………ぐぉぉぉぉぉぉ!!!」
男の子は立ち上がり、俺達の方を振り向く。
その顔の、右のあたりが真っ赤に変色して、不気味だった。
「ぐぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁ………ぐぉ、ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」
奴は奇怪な動きをして、俺達に飛びかかってくる………。
「フン!!」
ソルバルトは盾で軽く弾くが、その子は宙で軽く1回転して着地する、そして。
「………ま、【魔導破弾】。」
「なんだと!!」
俺達はザザッと逃げるとそれは地面で炸裂した。
「子供があんなの使えるんですかハンスさん!!」
「いや、魔導破弾は軍用魔法の一種で、必要魔力も子供が使えるよう類ではありませんよ!!」
彼は凄まじいスピードであたりを駆け回りながら魔法を次々と撃ってくる。
「くそっ!!」
「ソルバルト殿、ローレンス殿!!壁際に追い詰めてください!!」
それを聞いた俺達二人は超スピードで動き回るやつを妨害するように立ちふさがり、だんだん壁に追い詰めていく。
「………そこだっ!!」
俺はハルバードの石突でやつをつくが、次の瞬間視界からかき消える。
「なんだとっ!!」
「ぐるるるるるるるるるぅ!!!!」
やつは垂直の壁を駆け上がり、飛び回り、縦横無尽に三次元の動きで奔走してくる。
「なんてやつだ!!」
「魔導、破弾っ!!!」
空中から魔法を撃ち続けてくる。
「くっ………。」
俺は一か八かのかけに出る。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
ハルバードを巧みに使い、自分の体を脚力と腕力の2つで宙に押し上げる。
高さ5mほどの、巨大ジャンプ、自慢じゃないが、かなり鍛えた俺のような人間以外は何したってできないね。
そして、俺は空中にいるやつに飛びついた、空中で組み伏せ、そのまま下敷きにして落とす。
「ぐ、ぁぁぁぁぁぁぁあ!!!?」
「捕まえたぁ!!」
だが、やつは恐ろしい力で跳ね上がり、俺と取っ組み合う。
「う、うぉぉぉぉぉ!!?」
なんちゅう力だ、とてもじゃないが………。
「ローレンス!!!」
ソルバルトが俺の加勢をしてなんとか形勢が互角ほどになる。
次の瞬間。
「………!!離れろ!!」
「うぉっ!!?」
光球が地面を吹き飛ばし、間一髪で俺達は避けることに成功する。
「貴方達なら避けると思ってましたよ!!」
「「ふざけんな!!」」
やつは、俺のジャンプが届かない、さらなる高みから魔法をうち始める。
「ここからどうします!!」
「ローレンス、私を使え!」
ソルバルトさんがかがみ込み、俺は何をしたいのか一瞬で察して、ソルバルトさんの両手に片足を乗っける。
「かなり強引だが………いけぇっ!!」
ソルバルトさんの腕力が加わった結果、さらなる跳躍を可能にした俺は、再びやつに肉薄、だが、今度は読まれている。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
空中で、掴んで蹴って殴り合っての激しい肉弾戦が展開される。
それから俺達は急速に落下を始め、こんども勝ったのは………!!
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺はやつを組み伏せた、瞬間凄まじい腕力で逃げようともがいてくるが、ソルバルトさんが加勢して、ついに捕まえることに成功する。
「ぐ………うぅ…………。」
男の子は顔を地に伏せて、こう語りかけてきた。
「殺し殺して………僕を………殺せ………。」
「悪いが、子供と女は殺さないのが男ってもんだぞ。」
「男でも殺さないのが人ってもんだぞ?」
「今更か。」
「お願い………殺し、て………殺………し………!!ぐうゔゔゔゔゔ!!!!!!」
「!!!?おいっ!!」
俺はやつの頭を思い切り殴りつける、やつは地面に頭を叩きつけ、昏倒した………。
「………野郎、舌をかみ切ろうとしやがった、なんてやつだ………。」
「とても子供とは………うん………?うぉっと!?」
刹那、俺は男の子を抱えて飛び退り、元いた場所は炸裂したのだった………。