大食いガールズ、年末編?
「流石にキツいわね……」
山と積まれたお皿のてっぺんにさらに積み重ねると、
「えーっと、これで……」
「もう数えなくてもいいわよ……」
げんなりしてみのりちゃんを上目遣いに睨む。
「うぃー…………あたしも限界…………」
向こうでは下村さんがバタッと床に大の字になって、その横では下村さんの連れが同じように床に倒れ伏している。
…………一体どうしてこうなったの…………?
「もう今年も終わりね」
望乃夏の横を歩きながら、吹いてくる北風の寒さに顔をしかめる。
「だねぇ。……ほんと、色んなことがあったよ」
「そうね、例えば……」
私のポケットの電話が鳴って会話が止まる。…………何よもう、こんな時に……
「はいもしもし? 」
『あっ、先輩ですか? 今はこっちに帰ってきてると聞いたのでお電話しました、ちょっと手伝って欲しいんですけど…………』
この声はみのりちゃんね。ってことは……
「……何人前かしら? 」
『えっと、一応10人前なんですけど……』
10人前? 随分と少ないわね、それぐらいみのりちゃん1人で片付けられるんじゃ……
「分かったわ、月見屋食堂でいいのね?」
『はい、助かります』
それだけ言うと電話が切れる。さてと、
「望乃夏、悪いけど……」
「はいはい、またお腹いっぱい食べに行くんだね」
もうしょうがないなぁ、といったように望乃夏が苦笑する。
「ごめんなさい、卒業してからやっとタイミング合わせて、せっかくこうして一緒に街を歩けたのに……後できちんと埋め合わせはするから……」
「はいはい、早く行ってあげて」
「それじゃ、行ってくるわね」
そう言うと手を振って走り出す。…………さて、今日のご飯はなにかしら♪
「こんにちは〜」
「あっ、先輩お久しぶりです」
テーブルについて頭を抱えていたみのりちゃんの顔が明るくなる。
「それで? 10人前ってどれかしら?」
「えと、これなんですけど…………」
と、持ってきたのは二段重ねの重箱で、
「これは? 」
「おせちです、一人用の」
ぱかっとフタを開けると、そこには色とりどりのおかずがちょっとずつ入っていて、
「これがあと9セット18個です」
「これだけなの? 」
「だけって………………先輩、これ一応二段ひとセットで1人の一日分なんですけど」
「ちょっとずつしか入ってないじゃないの」
「まぁ確かにそうですけど…………」
その時私のお腹が「早くしろ」と催促するように鳴る。
「ま、早いとこ食べましょ」
その辺のテーブルに腰掛けておせちを広げる。まずは栗金団から。
「それで、どうしてこんなに余ったのかしら?」
「そこのお惣菜屋さんが毎年売り出してるんですけど、今年はそこの百貨店が出張売り出しに来て…………はい、シェア持ってかれたらしいです」
「ふぅん、大変ねぇ」
そんな会話をしつつ1箱目を終わらせて2箱目に手を伸ばすと、みのりちゃんが一瞬固まる。
「……流石ですね」
「ちょうどお腹も空いてたし」
伊達巻を3ついっぺんに口に放り込む。甘さが丁度いいわね。次は昆布巻……これも柔らかくて美味しいわね。うちのより美味しいかも。
そんな感想を抱きつつ2箱目を終わらせる。
「この調子だと余裕そうですね」
みのりちゃんがそう言うと同時に、食堂の戸が開く。
「おーい、みのりちゃん居るかい?」
「あ、はーい」
ぱたぱたとみのりちゃんがかけていく。そして戸口のところで何事か話し込むと、困った顔で戻ってくる。
「すいません、まだお腹余裕ありますか? 」
「たっぷりと」
「良かった…………実はですね、そこの鉄板焼きのお店でドタキャンがあったらしくて……」
「行くわ」
空になった3箱目を置いて立ち上がると、みのりちゃんと共に食堂のドアを出る。すると、
「あれ? 食堂さんと白峰先輩じゃないっすか」
「あら、下村さん」
それと……お連れさんも居るわね。
「今日は食堂お休みっすか?」
「一応やってますよ。…………そうだ、下村さんもお腹空いてませんか? 」
「ええ、めっちゃ空いてます!! なのでメシ食わせてくださいっ」
「あら、それなら丁度いいわね。そこの鉄板焼きのお店で食材が余ってるんですって」
「鉄板焼き、、、にくっ」
いい反応ね。
「そうと決まれば善は急げっす!ほら行くぞワンちゃんっ」
下村さんがお連れさんを強引に引きずって行く。…………いいのかしらね、なんだか不満げだけど。
「こんにちわ〜」
鉄板焼き屋さんの扉を開けると、早速奥の個室へと案内される。
「あら、広いわね」
畳敷きで、20人ぐらいは入れそうな部屋。
「もともと13人で予約してましてね、それがパーですよ。まぁ後できっちり払わせるつもりですが……」
店主と思しき人が指を鳴らしてる。…………ご愁傷さま、ね。
「その代わりお代要らないとか太っ腹っすねぇ、いやータダ飯最高っす!!」
すかさず頭にチョップ。
「いてえっ!?」
「そんなに喜ばないの、向こうだって大変なんだから…………」
「ですよ! 私たち料理店にとって食品のロスがどれだけ大変なことか」
「みのりちゃんも落ち着いて?」
…………先が思いやられるわね。お連れさんの方も不満げだし。
「はいよっ、一人分でまとめておいたから」
と持ってこられたのは、野菜と薄切りの肉のボウル………………って、多いわね。
「あれ、こんなに多かったですっけ…………」
みのりちゃんも首を傾げている。
「ま、いいじゃないっすか!! 早く焼きましょうよっ」
下村さん達は気にせず焼き始めてる。…………そうね、考えてもしょうがないわ。焼きましょ。
「ところで下村さん、進路はどうするの?」
一通り鉄板に載せ終わったあとで聞いてみる。確か今年で卒業よね。
「そこ聞かないでくださいよー」
と苦笑いする下村さん。あまり芳しくないのかしらね…………
「その点白峰先輩はいいっすよねー、バレーやってお金貰えるんすから……」
「あのねぇ、私もまだ控え中の控えよ? あなたのお父さん達と違ってそんなにお給料出るわけじゃないし……」
ご飯代もバカにならないのよ?
「あ、もう野菜とか焼けたんじゃないですか?」
とみのりちゃんが教えてくれる。
「おっ、本当だ。ワンちゃん、先に食っとけよ」
と、お連れさんに対して下村さんがよそってあげている。…………ふぅん、少しはいいとこあるじゃない。
「しかし13人前なんて、この3人ならすぐ無くなっちゃいそうね」
しっかり火の通った野菜に舌鼓を打ちながら言うと、お肉をつけダレにくぐらせていたみのりちゃんの動きが止まる。
「…………皆さん、黙っていてすいません。実はですね…………13人の予約だけど、実は40人分用意されてまして…………」
一斉に箸が止まる。
「…………どういうことなの?」
冷ややかな声で返すと、
「そのドタキャンした客ってのがな、〇〇大のアメフト部御一行様なんだよ」
と、店主さんが次のボウルを持ってきながら言う。
「あの歩く冷蔵庫達か」
下村さんがやさぐれる。…………なるほど、確かに普通の1人前じゃ足らなそうね。そして前言撤回、キッチリ店主さんにシメられてきて欲しいわね。
「ん、待てよ? ってことは…………一人あたり15人分食えるって事じゃないっすか!」
13人分です、とすかさずお連れさんからツッコミが飛ぶ。けど、
「そうね、確かにそういう事よね」
私も沢山食べられるのなら不満はない。
「この1人前がいつものより多いんですよね、食べられるかなぁ…………」
なんてみのりちゃんが心配そうにしてるけど、その時は私が食べるだけ。何も心配しなくてもいいのよ?
なんて考えてたのは最初の5人前ぐらいまで。さっき食べたおせちが地味に重たくなってくる。
「わたし、ギブアップです…………」
ついにみのりちゃんも床にバタンキューする。リタイアした人達で35、6は稼いだかしらね……
「これで最後だけど…………本当に大丈夫か…………」
遂には店主さんからも心配されたけど、私は最後の力でなんとかかんとかお腹に詰め込もうとする。…………物足りないからってご飯頼んだのが間違いだったわね…………
最後のピーマンを強引にご飯の残りと水で流し込むと、私もまた畳にごろんと大の字になった………………
「うっぷ…………食いすぎた……」
「………………」
「もうやだ…………」
「流石に食べすぎたわね…………」
どよーんとした空気をまとってお店を出る。しばらくお肉と野菜はいいわ…………うぷっ
「そ、それじゃああたし達はこっちなんで……」
よろよろと下村さん達が離れていく。……大丈夫かしらね…………
「白峰先輩……一応聞きますけど、おせちの残りは……」
「流石に要らないわ…………でも一応、望乃夏のために一つ貰ってくわね…………」
いつもより重い足取りで、商店街を歩くのだった。
【後日談】
あのあと聞いた話によると、
下村さんはお連れさんにしばらく口を利いてもらえなかったと言い、
「ワンちゃんに無言でお腹を見せられたっす…………」
「………………(責任取って)」
みのりちゃんはお風呂場で絶叫し
「そんなぁぁぁぁぁぁっ!?…………うう、まこねぇにまたイジられる…………」
私は望乃夏に、久しぶりにおせちより甘い『夢』をご馳走になった。
「雪乃、なんだかニンニクの味が」
「しないわよっ!?」