自信のない雪也
吐きそうだ。
思わず胃の辺りを押さえると後から痛みがやってきた。
向かないなぁ……
出世した俺は部下と残業と休日出勤が増えた。とんでもないくらい増えた。
もとより人当たりは良い方で、若い頃から上司や目上の人に良くしてもらっていたのは自覚している。
だからこそ、人の上に立つのは性分に合わないというか、まぁ、苦手なのだ。
しかし、上司に気に入られるというのは期待されるという事とほぼ一緒なのだ。あくまで自論だが、実際に出世してしまったのだから間違いなさそうだ。
目の前には綺麗なデスク。しかし、その上にはパソコンとほんの少しの書類、それから社用電話しかなく、俺は椅子に座ってパソコンのなかで部下達のスケジュール確認と仕事の配分を考えていた。
やっぱり向かないなぁ……
また吐きそうになる。
元々現場で働いていた俺は20代中頃に本社に引き抜かれてオフィスワーカーになったのだが、そこからも現場と同じくらい厳しく叩き上げられたため、必然的に仕事ができる人間になっていた。
今の俺は偉そうに部下達に仕事を割り振り、上がってきた仕事に不備がないか最終確認をするだけ。
要するに、やり甲斐が無いのだ。
今年入った新入社員はすでに半分も辞めてしまった。根性がないだの、ゆとりだから仕方ないだのと同僚達はぶつくさ言っていたが俺はそんな事を言う気にすらならなかった。
もしかしたら、俺が仕事を回し過ぎたのかもしれない。俺や教育係の説明が伝わっていなかったのかもしれない。
新人達が辞めてしまった原因は自分の力不足のせいなのではないかと思えてしまい、なんだか無性に居た堪れなくなるのだ。
「平沢課長!」
俺はハッとして顔を上げると目の前に作業服の青年が立っていた。歳は上の娘と同じくらいだろう、とても若い。
本社の人間ではないようだが、一体なぜこのような場所にいるのだろうか。それより、この青年は誰だったか……
「平沢課長! 01工場の坂本です!」
青年は作業員用の帽子を握り締めた手で自分を指差して言った。
そうだ、彼は新入社員で数少ない現場作業員の1人だ。昔お世話になっていた工場長が歓迎会の席でよく働く好青年だと絶賛していた。
「あ、あぁ……何かあったのかい?」
俺は極力穏やかに聞いた。現場で怪我人が出たのか、取引先からクレームが入ったのか、考えれば考える程胃がキリキリする。
青年は快活な笑顔で答えた。
「差し入れです!」
差し出された袋には缶コーヒーとメロンパンが入っている。まさか、殆ど接点のない新入社員から差し入れをもらう日が来るとは思わなかった。
「ありがとう、この後も君は現場に戻るのかい?」
「はい! 工場長から預かった今月の機械点検の申請書を持ってきただけなので!」
「そうか、頑張れよ」
「ありがとうございます!」
青年は嬉しそうに退室した。色々と疑問に思う事はあるが、気がついたら胃痛が治っていたので書類整理に集中する事にした。
結局会社を出たのは定時を3時間過ぎてからだった。