プロローグ『野良猫と魔王』
同一世界観で、今作よりもほんの少し未来の短編があります。よろしければそちらもどうぞ。
(――憎い)
青年は、自らの心にそう刻み込んだ。
黒い言葉だ。
憎悪と嫌悪を煮詰め、それを押し固めて形を作った結果の、醜い言葉だ。
その色は紛れもなく黒。漆黒とさえ言える、奈落を見下ろしたかのような真っ黒。
ただの光の不在ではなく、光そのものを拒んだが故の闇。
闇という色をまとったなにか。
――それこそが、青年の力。
目の前の敵を、世界を呪うことで行使を可能にする、破壊の力だ。
世界を救う存在として存在する、〝救世主〟……その内の一人に数えられる、滅びの黒勇者としての力。
「――――」
「グッ、ギィ……!?」
青年が引き金を引けば、それに呼応して力が動いた。
地面から杭のように突き出す闇。青年の手のひらから飛び出し、敵を貫く闇。宙から降り注ぎ、敵を押し潰す闇。
闇、闇、闇。
闇に囲まれた、ただひたすらに黒いその力の中心。力の標的になっている〝敵〟――人々に魔王と呼ばれたソレは、くぐもった悲鳴を漏らす。
「貴、様ッ、これは……!」
その力を目にし、その身に痛感することで確信を得た魔王は、悲鳴の合間にそんな声を上げる。
――この力は、自身と同一のもののはずだ、と。
「……ああ」
魔王の眼前。前身に闇を滲ませた青年は、興味なさげに口を開いた。
細められた目は、全方位に向けた警戒を宿し。全身に闇をまとう青年の姿は、正しく〝拒絶〟。拒絶と憎悪を同義とした、真っ黒な勇者だ。
――誰かを憎むということは、感情を持つ者ならば誰しもが持ち合わせる、最も簡単な呪いだ。
そんな呪いを、先天的な才能と、世界から課せられた役割によって形にしているのが、青年の力であり。
自らの執念のみで、青年の力を模したものを用いるのが、今にも息絶えようとしている魔王である。
――同質の力であるが故に、力の強弱は明白だった。
世界から認められた青年と、認められずに自身で至った魔王。スタート地点が違う以上、地力の差は埋められない。
だから、勝敗について魔王に疑問はなかった。しかし彼には、納得できないことが一つだけ。
「な、ぜ……! 志は、同じのはずだッ……!」
そう。――世界を呪い、憎悪することが力の本質なら。
生まれながら持ち得た力とはいえ、青年だって、魔王と同じく世界を呪う者のはず。でなければ、魔王が負ける道理がない。
世界を嫌い、恨んだからこそ、その絶対的な力があり得るのだから。
――なればこそ、志を同じくする盟友となることさえ、できたのではないか。
それがなぜ、自身を阻んだ挙句命まで奪うのか――それが、魔王には疑問だった。
「……志?」
問いの答えを聞くまでは死んでも死にきれない。そんな思いだけを胸に、魔王は踏みとどまりながら青年へ問うた。
青年は、小首を傾げる。
「んなもん、あるわけないだろ。お前を殺すのは、そう言われたからだ」
「な――!?」
青年は、こともなげにそう言い切った。魔王は驚愕を隠せない。
――力を行使する原動力が憎悪のはずなのに、こうして行使できている以上は憎悪しているはずなのに、どうして自身と同じ考えを抱いていないのか。
今度はそう疑問を抱く魔王。しかし肉体の限界が訪れる。
「だいたいな……救世主が世界を救うのは、当たり前なんじゃないのか?」
魔王は最期に、青年のそんな言葉を聞いた。
あらすじの「野良猫系」という表現が気に入っています。