あっちとこっち
いつの間にか通勤カバンの中に入っていた本は何かの動物の皮で仕立ててある。大きさは英和辞典くらいで、なんとなく格式の高い雰囲気を感じる。
一方で、表紙には『アルゴリズム』と下手くそなカタカナが書いてある。本を開いてみたところ、これまた下手くそな横書きの日本語がびっしり書いてある。☆印がついた見出しの下にいくつか箇条書きのされている構成で、☆印の数は1ページにおよそ10個くらい。そんなページが2000ページ近くある。
「なんて書いてあるか読める?」
「一応読めるよ、本の名前はアルゴリズム。内容は、なんとなく……。で、これは何の本?」
「それは、関係学書『アルゴリズム』。僕が書いた最高傑作。電車の中の君は、この本によりここに導かれているんだよ。」
「な、なるほど。つまりは予言書ってこと?」
予言書なんて宗教チックだし、ろくでもないことに巻き込まれそうな予感がする。
「予言書なんて、あくまでも起こり得る未来がいくつか書いてあるだけのもの。警鐘的な意味合いのものが多いよね。僕の書いた『アルゴリズム』は、同じように起こり得る未来を書いてあるんだけど性能が違う。」
「起こり得る未来? 性能?」
「『アルゴリズム』に書いてある未来は必ず起きる。その本は、行動と結果の明確な因果関係を補足するものだよ。」
「つまりはどういうことなの?」
「つまりは……君がつり革を左手に持ち変えると地震の発生が75秒早くなったように、行動と未来は互いに関係して成立している。誰かの些細な行動ひとつで未来はどんどん変わる。この本は、少し先の膨大な未来をタイムリーに文中に反映していく。本というよりは、データに連動したエクセルのようなものと言ったら分かりやすいかな。」
なるほど、だから関係学なのか。正直、マモルの行動で地震発生が早くなる意味がまったく分からないが、現在と未来の因果関係を示す本ならばアルゴリズムという名も頷けなくはない。
つまりは、何をすれば何が起きるかをあらかじめ知ることができるということだろう。
「そ、それは、十分すぎるほどチートなアイテムじゃない?」
「そうなんだけど、関係学は簡単じゃない。だから、困ったことになってるんだよ……。君はいま、なんで僕と会話できているか気にならないかい?」
確かに気になる。どんなファンタジー魔法だ?
「君のカバンをよく見てごらん。」
「うわ!」
カバンに小型のマイクスピーカーがクリップでつけてある。それに気がついて叫んだと同時に、金髪の外国人がこちらに向かって走ってきた。
ぜぇぜぇと息を切らせながら対面したやせ形の彼は、Tシャツとジーパン、ぼろぼろスニーカーといういかにも貧乏学生といった格好だ。 年齢は20代前半くらい。ぼろは着ているが、西欧風の整った顔立ちはモデルも顔負けな美青年だった。
「こんにちは、僕はセドリック。はぁはぁ」
息を整えつつ、セドリックが名乗ってきた。
「え?あんた、異世界にいたんじゃないの?」
「僕はいまこの世界にいる。これが困ったことなんだ……。」
なるほど、こっちの世界にやたらと詳しいわけだ。