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第64話 大列車襲撃

 話は少し戻る。


 すずは佐々木と順子の取材を受けた。彼女の狭い車室でだ。すずは、昨日から立て続けに大臣や日本政府関係者からいろいろ話を聞かれ、とても疲れていたが、苦にはならなかった。


 日本の人たちは、みんな自分を心配してくれていた。忘れられていなかった。


 そう実感できて嬉しかったのだ。


 取材中、順子は、すずの無事な姿を間近で見て感極まったのか、終始、号泣していた。涙と鼻水を流しながら質問しようとしたが、何を言っているのか分からず、すずは、そんな順子と手を取り合って泣きじゃくった。


 なので、佐々木が、すずに質問をぶつけていた。実は、この列車に乗れるように交渉し、すずの取材をセッティングしたのは彼である。


 すずにとって聞かれると嫌な質問が沢山あった。特に、翔一が金月成キムウォルソンに変身して会談に臨んだことは極秘だ。 


 彼女は、「よぐ……分がりまじぇん……」「りまじぇん……」と答えて、なんとか凌いだ。




 列車が瀋陽の市街地に入る前、車内は騒然となった。


 突然どこからともなく、女の子が列車に乗りこんで来たのだ。何人もの警備員は彼女を捕まえようとしたが、彼女は小さな体でちょこまかと動き、翔一のいる主席専用車両までたどり着くと、カザルスを呼び出した。


 エラリーだった。


 彼女は、カザルスと翔一の三人だけになると、平壌に現れた魔人の件を説明した。


「すぐに行ってください!」翔一は言った。

「ここは良いか」カザルスは翔一のまなこを見た。

「大丈夫です!」すぐさま答える。


 カザルスは翔一を頼もしく思い、「行ってくる」と言って窓を開けると、エラリーと列車を跳び降り、星空に消えて行った。


 翔一は、カザルスとエラリーを見送り、みんな無事でいてほしい、と祈った。




 その後、列車には特に何事もなく、平壌から特に異常事態が起きたとの連絡もなかった。


 翔一は金月成キムウォルソンの姿でベッドに横になっていた。カザルスがいないので、いつ誰が部屋に入って来ても良いように変身していた。


 翔一は夜中に起きてしまい、その後、寝付けず、寝ころんで、すずのことを考えていた。


(先輩……、どんな服で寝ているかな……)


 パジャマ姿のすずが「翔くん……、来て……」と両腕を広げて微笑んでいる。


 翔一は、そんな妄想をしてムラムラしてしまった。つい、エッチなことを考えそうになったが、すぐに罪悪感を感じ、ベッドの上で正座をすると、「ダメだダメだ」と言いながら、頭を壁に打ち付けはじめた。


 防弾仕様のぶ厚い鋼鉄の壁がガンガンと音をたてる。


「主席!! 大丈夫ですか!?」


 頭突きの音を聞き、ドアの向こう側からカン警備副部長が叫んだ。


 翔一は、正座したまま首を動かした。


「なんだね」

「その、妙な音が聞こえましたが……」

「気にするな。煩悩だ」

「あ、ボンノーでしたか。お騒がせして申し訳ございません」


 副部長は、ボンノーの音とは何なのか分からなかったが、主席が言うのなら問題はないのだろうと思った。



 北朝鮮に入り、新義州シンウイジュを過ぎた頃だ。列車はゆっくりと停車した。この辺は畑ばかり。満月は西に傾きかけていた。


 翔一は、なぜ停まったのだろうと思った。報告がないので車室を出ると、通路に起立していた副部長が、あわてて敬礼をした。


「何があった」

「は! この先の線路上でトラックが立ち往生しているとの報告がありました。すぐに退けますので、ご安心ください」


 翔一は「そうか」と思い、それなら発車するまで、夜風にでも当たろうかと思った。


 月成の姿だと目立ちすぎるので、部屋に戻ると、今度は、黒服の自分の姿に戻り、それからまた車室を出た。いつも通り、念のため、懐にはカザルスから預かっている小太刀を忍ばせ、メガネ「ステータス1」をかけた。


 主席の部屋から出てきた翔一を見て、副部長は彼に声をかけた。


「ミ? ミスランディア殿か……」


 平壌に来てから、翔一が月成でいる間は、エラリーが翔一に変身していたのだが、本名を名のる訳にもいかず、とりあえず、MOTAのユーザーネームを名のっていた。


 副部長は、「彼、この列車に乗っていたっけ」と思ったが、翔一の事を、無敵のカザルスと同様、主席の守護天使だから神出鬼没なのだろうと、自分を納得させた。


「様子を見てきます。ここは頼みます」


 翔一が言うと、彼は「了解した」と神妙に答えた。主席の密命を受けたと思ったらしい。



 警備は車両の両端と重要人物がいるコンパートメント前に立っている。彼らは翔一が通ると、姿勢を正して敬礼をした。


 翔一が、日本の政府関係者、順子と佐々木、すずのいる八輌目の車両に入った時だった。


 突然、ドアが開き、カメラを持った順子が飛び出してきた。翔一はとっさに身をひねって避けた。


 順子は「失礼!」と言って、前の車両の方へ駆けて行こうとしたが、二三歩進むと、足を止め、ふり返ると、翔一を見た。


「日向……翔一くん?」


 翔一は「やばっ、楠田さんだ」と思った。


 自分はスイスに行っている事になっている。朝鮮にいる事は極秘だ。法律だって、いくつ破っているか分からない。翔一は、朝鮮語でとぼけることにした。


『誰のことですか』

「誰のことですか、じゃないわよ……日向くん……よね?」


 順子は翔一に近寄って日本語で言った。


 その時、前の方のドアが開き、ワイシャツ姿の体格のいい男が出て来た。ネクタイはしていない。大門文太だった。彼は二人を見ると、目を見開いた。


「日向翔一!? なぜ君がここにいる!?」


 翔一は、一瞬、「誰だっけ? このオジサン」と思ったが、すぐに、首脳会談で矢部首相の隣に座っていた大臣だと、思い出した。


『これは大門大臣。誰ですか。そのヒナタという方は……』


 流暢な朝鮮語で答えると、大門は眉をひそめた。順子は矛先を大臣に変えた。


「大臣、日向翔一くんについて、ご存知なのですか?」

「君は……確かヨンケイの……」

「楠田と申します。なぜ彼のことを知っているのですか? 調査していたのですか?」


 彼女は、大門に質問を浴びせた。


 三柱町で密かに動いている公安についても根掘り葉掘り聞こうと目を光らせた。大門は、若い女性記者とはいえ、金月成キムウォルソンに直接指名された彼女を邪険に扱うわけにもいかず、お茶を濁して部屋に戻ろうとしたが、順子はしつこく食い下がった。


 翔一は、今のうちだと思い、『失礼』と言って、二人の脇をすり抜けると、先を急いだ。



 車内の通路を進み、先頭車両へとたどり着くと、翔一は列車を降りた。


 満天の星空。辺りは外灯ひとつない広大な畑である。


 深緑色の列車の先頭は、赤と金色の槌と鎌の紋章で飾られていた。線路上には、軍用トラックが停まっていた。列車のライトに照らされている。


 翔一はあたりを見回したが、どう見ても、ここは踏切ではない。停車が遅ければ追突していただろう。こんな闇の中、よく停まってくれたと、翔一は運転手に感謝した。


 何人もの鉄道員や警備員、役人たちが、そのトラックを取り囲んで騒いでいる。


 翔一を見ると、数人いた警備のうち一人が敬礼をした。


「どうしました」

「完全にイカれて、あ、いえ、故障しとるようです。無人で放置されていたのですが、鍵もなく、いくら押してもビクともせんのです」


 線路と並行して道路がある。舗装はされていない。


 遠くの方から、車が走って近づいてくる。ヘッドライトがゆらゆらと動いていた。


 それを見た数人の役人たちは、トラックで踏み均された鉄条網を越え、道路へと出た。車を停めようとするらしい。


 トラックを牽引させようとするのか。もしかしたら、彼らが呼んだ応援かもしれない。


 近づいて来たのは軍用トラックだった。停車すると、役人は運転席にいる者に降りるように声をかけた。



 翔一は嫌な空気を感じた。


 どこからか分からないが、薄気味の悪い、まるで巨大な蛇に見られている心地がした。


(何かいる?)


 翔一は列車の周りの田園に目を凝らした。月の光に揺れる稲穂。虫や蛙の声。彼は背中に冷たい汗をかいた。


 暗黒の広大な畑の中、立ち往生する列車。


 まるで宇宙に漂う一隻の船だ。


 平壌には魔人が現われた。この場にカザルスはいない。


 早く部屋に戻ろうと思った。その時、道路のトラックの方から、役人たちの叫び声が上がった。


 見ると、トラックの前の役人たちが地面に崩れ落ち、トラックの荷台からは、続々と兵士たちが降りてくる。数十人いるかと思われた。


「何事か!」


 警備たちは拳銃を抜いて兵士たちに向けた。「止まれ!」と叫ぶも、兵士たちは何も言わず、無言で列車に近づいてくる。


 警備の一人が兵士の足を撃った。兵士は一瞬ぐらついたが、そのまま平然としている。


 突然、兵士たちは一斉に走ってきた。鉄道員や役人はあわてて車内に逃げようとする。警備は列車を守ろうと、襲い来る兵士たち銃を撃つが、兵士は倒れない。


 大混乱に陥った。



 列車の外側を、後部車輌の方に走っていく兵士がいた。翔一はその兵士たちを追った。


 二十一輌の編成の八輌目にすずの個室がある。翔一は、彼女だけは絶対に守ろうと思った。


 兵士たちは人間のスピードではなかった。馬よりも早い。後ろの方から、銃声がひっきりなしに聞こえて来る。


 翔一は必死に彼らを追い、兵士の一人の肩を掴み、止めようとしたが、ナイフで胸を突かれそうになったので、咄嗟にその兵士をバラストに組み伏せた。


 その間に、別の兵士たちがどんどんと先に進む。彼らは、あちこちの入り口を破り、列車に侵入しようとする。


 すでに全ての車室の電気が灯されていた。窓のブラインドには慌ただしく動く影が映る。


 翔一は、地面の兵士から手を離すと、八輌目まで全力で走った。列車に飛び込むと、すぐに施錠をする。その車両の警備は翔一に言った。


「大丈夫ですか」

「ええ」翔一は答える。


 大門や、官僚、通訳たちが「いったい何が起きてるんだ」と部屋からぞろそろと出て来た。


 警備は「何度も言わせないでください。部屋に入っていてください」と叫んだ。

「説明をしてください」と彼らは詰め寄る。

「何者かの襲撃を受けています。危険ですから外に出ないでください」と翔一。

「誰ですか」


 翔一は、「そんなのこっちが聞きたいよ」と思う。とりあえず彼らは放っておいて、すずの安否を確認したいと思い、大門たちの脇をする抜けるや、すずの部屋をノックした。


(先輩……)


 ひょっとして、いないのでは、と不安になったが、鍵を開ける音がすると、ドアが開いた。私服を着ている。すずはびっくりして目を見開いた。


「翔くん!」


 翔一は「げっ」と思い、あわてて彼女の口を手で押さえると、部屋に突入した。


 大門たちが「翔くん?」と首を伸ばす。


 翔一はドアを閉めると、声を押し殺して言った。


「先輩、その名前はダメです」


 すずは首をコクコクと動かした。翔一は彼女の口から手を離す。


「えーと、ミスター、ランディアさんだっけ?」すずは上目遣いに翔一を見た。

「ミスランディアです」

「でも、男でしょ」


 翔一は「ちくしょー、先輩かわいいな!」と思ったが、それどころではなかった。


「避難します。ついて来てください」

「どこへ?」

「特別車両です。あそこなら、きっと安全ですから」


 そう言って、すずを連れ出そうとすると、彼女は足を止めた。


「待って」

「何です」


 翔一は「先輩、早く」と思った。


「新聞記者の楠田さんたちが、いないらしいの……」すずは心配そうに言った。

「分かりました。先輩を先に避難させたら、オレ、探して連れてきますから」


 すずは、かむりを振り、真剣な目をして言った。


「翔くんだけ危険な目に遭うなんてダメ。わたしも一緒に探す」


 翔一が困った顔をした、その時、車両のドアが破れる音とともに、銃声が響いた。



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