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第47話 独裁者

 パパパパパン!!


 独立戦闘旅団の兵士全員が銃を撃ったわけではなかった。味方や観客に被害を及ぼすことのない安全な射角射線を確保できた数十人が自動小銃をセミオートで撃った。


 人々は銃声に身をすくめた。目を閉じた者は、静かになると、恐る恐る指の間からフィールドを確認した。が、立ち上がる硝煙の間にあるはずの、黒服に包まれた人間、血だらけで蜂の巣になっているはずの男の姿は、そこにはなかった。


 いつの間にか、カザルスは、今まで彼を取り囲んでいた兵士の間に立っていた。


「連射できるのか。わしの世界には、このような武器はなかったが……」


 カザルスは片手に持った自動小銃を物珍しそうに眺めていた。兵士たちがそれに気づくや、芝に浮かぶ円の外周で銃を撃った兵士たち数十人が、次々に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。


 恐怖を感じた別の兵士たちが自動小銃を掃射する。が、カザルスは流れるように動き、弾丸は当たらない。代わりに味方の兵士が次々に負傷した。


「撃つな! やめろ!」


 桂養沢ケヨンタクは慌てて叫んだ。


「自動小銃は使うな! 取り囲んで押し殺せ!」


 兵士たちは隙間なく並び、カザルスを取り囲むと、徐々に距離を詰めていく。スタジアムの誰もが固唾を飲んでそれを見守った。翔一は、必死にカザルスの無事を祈る。


 カザルスは止まらない。消えたかと思いきや、兵士にタックルをする。それだけで百人が後ろに吹き飛んだ。細い道が出来ると、その間を風のように駆け抜ける。両脇の兵士たち二百人が次々に倒れていく。観客にとって、それはまるでヒーローアクション映画であり、兵士たちにとっては悪夢のようなホラーだった。


 中にはカザルスの一撃を防いだ兵士もいたが、彼に追いつくことは出来ない。どんな攻撃も彼には届かない。立っている兵士たちはみるみる数を減らしていき、あっという間に、兵士の絨毯ができあがった。ある者は骨折しているのか、起き上がれず、倒れたまま苦しみ、またある者は気絶しているのか全く動かない。


 ついに、立つのはカザルスと、養沢とその部下数人だけになった。養沢は信じられない表情でカザルスに尋ねた。


「貴様、何者だ」

「カザルス・ヘンドリクス・セゴビアだ」

「カザルスか……。どこから来た」


 そう聞かれると、カザルスは人差し指を空に向けた。いつの間にか、空は厚い雲に覆われていた。


 養沢や兵士たちは空を見上げた。養沢は、視線を戻して言った。


「本当か」

「わしは、嘘は言わん」


 養沢は少し考えた。彼の強さは人間のものではない。そして、彼は天から来たと言っている。


 天使だろうか。西洋風の名前と、無国籍な顔貌はそれで説明がつく。であるなら、あの金月成キムウォルソンは本当に復活し、天から降臨されたのか……。


 養沢は考えを巡らした。


 彼が思案している時だった。貴賓席から「パパパパン!」と銃声がした。


「そこの男! 動くな! 動いたら、ここにいる全員を射殺する!」


 カザルス、養沢、人々は一斉に貴賓席を見た。旅団の副団長が演説台の上に立ち、翔一に拳銃を向けていた。また百人の兵士たちが、晶勇ジョンウンたちを整列させ、その前で自動小銃を向けている。


「団長! 今です! 殺ってください!」

「馬鹿! よせ!」


 養沢が叫んだ時だった。副団長は空を飛び、エラリーが「かぎ屋ぁー」と叫んでいる。またドロップキックしたらしい。彼は、下の客席に墜落すると、顔を椅子にひどく打ちつけ、悶絶した。


「貴様ぁ!」


 晶勇たちに銃を向けていた兵士たちが、銃口をエラリーに向けようとした。


 その時、翔一は意外にも冷静だった。


 自分の姿――変身したエラリーなのだが――を前に、客観的になっていたのかもしれない。瞬時に重心を落とすと、カザルスから預かっていた小太刀を抜き、兵士たちの前を駆け抜けた。


 誰もが何が起こったのか理解する前に、翔一は小太刀を鞘に戻した。旅団員の持つ百丁の自動小銃はキレイに半分に切断されていた。


 それに気づき、百戦錬磨のエリート兵士たちは戸惑いを隠せない。


 養沢が命令を下した。


「そこまでだ! 全員、武器を捨てろ!」


 異議を唱える兵士は誰もいない。みな次々に銃を床に捨てた。翔一は近くの護衛に「怪我人をすぐ手当するように」と命ずると、彼らは「はっ!」と尊敬の眼差しで敬礼し、怪我人を止血して担架で運んでいった。


 翔一は演説台に戻り、カザルスを見た。彼は、「良くやった」という顔で微笑んでいた。


 養沢は、翔一を見あげて尋ねた。先ほどの見せた不遜な態度とうって変わって、瞳は清々しく澄んでいた。


「偉大なる主席……。恐れながら、最後に一つだけ、お尋ねします。あなたはこれから独裁者として何をされるつもりですか」


 翔一は養沢に目を向けた。エラリーが、いそいそとマイクを元の位置にセットし直した。


「すまないが、わたしは独裁者になるつもりはない……」


 その言葉に、スタジアム中のすべての人が耳を疑った。


 首領制をしき、世襲制の独裁国家を作り上げたのは、外ならぬ金月成キムウォルソンである。


 長続きしたあらゆる国家の初代が、その手を血で染め、汚いことをしてきたように、彼もまた、多くの政敵を闇に葬ってきた。綺麗ごとしか行わない人間は、すぐに敵に潰され、短命で終わる。さらなる混乱を引き起こし、多くの血が流れる。それは歴史が証明してきたことだった。


 人々は、今、何が起きているのだろうか、主席は何を言わんとしているのかと耳を傾けた。クーデターが起きた時、スタジオの放送室で、咄嗟に外部への放送を切った責任者は「はっ」と思い、部下たちに再開するようにあわてて指示を出した。



 翔一は、ここで演説の続きを読もうとした。が、『ステータス1』は動作不良で固まり、これ以上、原稿は読めなくなっていた。激しく動いたのが原因かもしれない。


 が、翔一は慌てなかった。静かに電源をオフにすると、原稿はすべて忘れ、静かに語りはじめた。


「それは、わたしの仕事ではない。わたしは支配も征服も殺戮もしたくない。出来る事なら、わたしは皆を助けたい。朝鮮人も、アジア人も、白人も……」


 スタジアムの外に設置されていたスピーカーから、再び音声が流れはじめる。平壌中の人々、養沢も、晶勇も、泰南テナムも、誰もが翔一の言葉に聴き入った。


「わたしたちは、お互いに助け合いたいのだ。それが人間だ。わたしたちは、お互い幸せに生きていたいのだ。惨めにではない。お互いに憎み軽蔑したくない。この世界には、皆の場所がある。この大地には皆を養えるだけの富がある。生命の道とは自由で美しいものだ。だが、わたしたちは迷子になった。貪欲は人の魂に毒を塗り、憎悪に満ちた世界が、国家に壁をもたらし、悲劇と流血をもたらした。わたしたちはスピードを手にしたのに身動き出来なくなった。わたしたちは機械から豊かさを得たのに欲望の中で孤独になった。知識は、わたしたちを皮肉屋にし、冷酷で不親切にしている。わたしたちは頭を使って考える。しかし胸で愛を感じることは少なくなった。わたしたちに必要なのは兵器ではない。カネでもない。わたしたちに必要なのは愛だ。必要なのは知識ではない。科学でもない。仁恕と礼儀だ。これらがなければ、生命は荒れ、全てを失ってしまう。テレビ、携帯電話、インターネットは、わたしたちの距離を縮めた。これらの発明は、人の良心を強く求める。もし良心が欠如していれば、それらは大きな災厄となる。わたしたちは、一つになるために、全世界と兄弟とならねばならない。現在も、私の声は世界の数百万に届いている、数百万の失意の男に、女に、子供たちに。無実の人々を拷問し、投獄するシステムの犠牲者たち、わたしの声が聞こえる人たちよ、わたしは言う。希望を失うな!」


 すべての人の眼に光が宿った。ある人は泣き、ある人は手を合わせて神に感謝した。


「現在は惨めだが、貪欲は過ぎ去る。人類の進歩の道を恐れている者による苦しみ、憎悪は過ぎ去る。独裁者は滅び、彼らが奪った力が人々に戻ってくる。自由は決して滅びることはない」


 翔一は、フィールドに立つ軍人たちに目をむけた。


「兵士たちよ、獣になるな。独裁者はあなたたちを軽蔑し、奴隷にし、あなたの命を統制する。何を考え、何を感じ、何をするのかを彼らはあなたに言う。あなたを訓練し、痩せ細らせ、家畜のように扱う。不自然な人間、機械の頭と心をした機械人間にあなたを渡すな。あなたは機械ではない。あなたは牛ではない。あなたは人だ。胸に愛を抱いている。憎んではいけない。愛さないことだけを憎むのだ。愛さないことだけ、そして不自然だけを憎め。 兵士たちよ、奴隷制度のために戦うな、自由のために戦うのだ」


 フィールド上の軍人たちは頭を振り、そして両手で自分の頬を叩く。半分死んでいた眼の中で、意志の炎が燃え始めた。


「神の王国は人間の中にあると言う。一人ではない。一集団でもない。すべての人間の中にある。あなたの中にある。誰もが、あなたたちの誰もが力を持っている。機械を創る力を、苗を育てる力を、幸せを創る力を持っている。人生を自由で美しくする力、この生命を素晴らしい冒険にする力を」


 人々は周りの人を見た。お互いに微笑み合い、手を握り合った。人と人の鎖はみるみる長くなる。


「民主主義の名のもとに、この力を使うのだ。その力でわたしたちを一体にし、新しい世界のために戦おう。良き世界では、人に仕事の機会を与えよう。未来を与え、生活の安全と安心を与えよう。こんな約束をして独裁者は力を得た。それは我が国でも彼の国でもだ。しかし、独裁者は嘘をつく。約束を守らない。彼らは決して行わない。独裁者は自身だけを解放し、人々を奴隷にする」


 翔一は拳を振り上げた。


「今、約束を果たすために、わたしたちは戦おう。自由な世界に向けて戦おう。心の国境をなくすために戦おう。貧欲と憎悪と不寛容に別れを告げよう。科学と進歩は、全ての人を幸せに導かねばならない。わたしたちはそのために戦おう。兵士たちよ、この星のすべての人たちよ、民主主義の名のもとに、わたしたちを一つにするのだ!」


 平壌全体が人々の大歓声に包まれた。


「うおおおおお!!」と叫び、大気が震え、高層ビルや、巨大な橋すらビリビリと揺れた。それはまるで地震だった。誰もが立ち上がり、繋いだ手を高く掲げた。その目は希望と決意に満ちていた。まるで人々の魂から羽が生え、自由な未来に飛び始めたようだった。


 晶勇も泰南も立ち上がり、涙を流して一生懸命に拍手をしている。


 それを見て、翔一は、ほっと胸を撫で下ろした。彼の震える足に気づいたものは誰もいない。カザルスとエラリーは、翔一を見てニッコリと笑っていた。




 養沢は、歓声の中、その光景を満足そうに見つめていた。目尻は微かに濡れている。彼は、翔一と、足元に倒れている部下たちに敬礼すると回れ右をした。


 そして腰の拳銃を抜き、自分のコメカミに当てると、引き金を引いた。


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