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第29話 密入国開始

「第六天満丸」は順調に航海をつづけた。武井は、ほぼ不眠不休で舵をとったが、「嵐にあった時に比べれば屁でもない」と余裕そうだった。 


 対馬を越えてからは、食料を調達できないので、剛士は龍を食べざるを得なかった。ときどき、翔一は剛士に龍肉の味噌漬け焼きを作ってあげた。だんだん剛士の翔一を見る目が変わってくる。剛士は食べ物には弱いようだった。


 翔一は半日ごと、朝晩、剛士と仕合をさせられた。剛士は翔一に「ぶっ殺す」とは、もう言わない。翔一はほっとしたが、本当は戦いたくはなかった。痛いのは嫌いだったし、殴るのはもっと嫌いだったのだ。


「翔一君! 守ってばかりいたら勝てないぞ!」

「翔一! 剛士をぶちのめして!」

「ショウイチ! そこだ! キックだ! パンチだ!」


 そうカザルスたちに言われても、翔一は剛士の攻撃をよけることに徹した。翔一は、ゴーレムとの戦闘訓練をつんで、予測して動くことを学んだ。が、剛士は剛士で、龍の解体作業により、筋力、持久力ともに何倍も倍アップしている。


 翔一は、剛士の攻撃をある程度、避けることができたが、やはり守るだけでは無理があった。少しずつ殴られ、蹴られ、ダメージが蓄積し、そこで寝技や関節技を決められる。が、翔一は「参った」とは言わない。


 勝負は引き分けが続いた。


 ふたりは、みるみる成長していった。今では二人とも戦闘モードのゴーレムを破壊できるほど力をつけている。翔一は、ゴーレム相手の時は、モグラたたきゲームの要領で楽しんで戦っていた。ゴーレムは自己修復するので、いくら壊しても、しばらくすると元に戻るのだ。




 船室。


 翔一たちは皆、思い思いに座り、お茶を飲んでいた。


「これならコンタギオってヤツも余裕で倒せるかもな」と剛士は言った。

「翔一に勝てないくせに何言ってるのよ」


 エラリ―が言うと剛士はムッとする。カザルスが言った。


「剛士君」

「はい」


 剛士はカザルスに対しては礼儀正しかった。カザルスは珍しく重々しい顔をしていた。


「もし、コンタギオ、または、その配下に遭遇したら、躊躇ためらわずに、すぐ逃げろ」

「でも、カザルスさん。俺、戦えます」

「君の目的は、すず殿の救出だろう。それに、奴の配下は一人でも一軍に匹敵する。あの警備用ゴーレムなんて、おもちゃみたいなもんだ」

「でも、もっと強くなれば……」

「彼の配下にされてしまうぞ。奴の種を植えつけられて、生きる屍にはなりたくないだろう」

「俺、絶対に、奴の奴隷になんてなりません!」

「剛士君……、コンタギオは、わしでも勝てるかどうか分からん」


 剛士と翔一はゴクリと、のどを鳴らした。


 時々、カザルスは剛士と翔一の相手をしてくれた。が、二人とも、まったく歯が立たなかった。カザルスはまるで本気を出さない。


 カザルスは、ふざけて、鋼鉄の畳のような龍のウロコを、片手でフリスビーのように投げる。剛士はウロコを持ち上げることすらできない。引きずるのが、せいぜいだ。龍の解体の時も、高い場所のウロコが落ちて怪我しないように、慎重にやっている。


 そもそも、話しに聞いただけだが、あの巨大な龍をひとりで倒せることがおかしい、俺はカザルスさんには絶対に勝てない、剛士は、そう感じはじめていた時だった。


 剛士と翔一の顔に不安の色が現われると、カザルスは愉快そうに笑った。


「なんてな。わっはっはっ!」


 それを聞くと、剛士と翔一は「なんだ」と、ほっと胸をなでおろした。


 彼らは、この時、エラリーとマリオが笑っていないことに、気づいてはいなかった。




 朝鮮半島は、南部から西部にかけて島が多い。三十八度線近辺の島は要塞化されているものが少なくない。「第六天満丸」は透明化されているとはいえ、安全のため海岸から離れ、また北方限界線(NLL)に近づかないように、島の外側を航行した。


 韓国と北朝鮮との間で「平壌共同宣言」が署名され、海上敵対行為の中止や一部海域に緩衝水域が設けられ、軍事演習が中止された。


 とはいえ、2010年には、延坪ヨンピョン砲撃事件があったのだ。その時、北朝鮮から延坪島に打ち込まれた百数十発の砲弾のうち、約半数は海に落ちている。


 武井は、不慮の砲撃に巻き込まれることを恐れていた。



 翔一や剛士たちは操舵室に上り、カザルスの張った透明のヴェールのすき間から外部を眺めた。


 白翎ペンニョン島を越え、北朝鮮の領海に入る。スク島の港には軍艦が何隻も見えた。そこから北東が大同テトン江の河口だ。


 翔一たちは、あちこちの港に小さな潜水艦がたくさん係留されているのを見た。


 ここはもう日本ではない。翔一も剛士も顔がひきしまった。


 河口に近づくに従い、あまりの船の多さに、翔一たちは驚いた。ボートや漁船、運搬船。数百ではない。数千あるだろうか。


 水平線にダムが見えてくる。


 巨大なダムだ。端から端まで六、七キロメートルはある。その前だと、石油タンカーすら、まるで小さな葉っぱのようだった。


 翔一は、秀樹からもらった最後のメールを思いかえした。ダムの南端には西海ソヘ閘門こうもんがある。巨大な閘門で、一度に百隻以上、石油タンカーでも四隻同時に通行できるらしい。


 その南にもう一つ、小さな閘門と、すぐ北にはダムの外側に島が付着して、島は巨大なスロープでダムの上に走る道路と接続されている。一部の船は、その島で積荷を下ろし、陸路で輸送するらしい。また、その島の陰にもう一つ小さな閘門がある。


 西海閘門の南北には、巨大な管制塔のようなものが一棟ずつ建っていて、通行が監視されているようだった。



「いいか?」


 武井は翔一に聞いた。翔一は「はい」と力強くうなずいた。剛士は翔一を見た。


「翔一」

「はい」

「すずを助けて、生きて一緒に帰るぞ」

「はいっ!」


 翔一は、胸を熱くして、剛士と拳をぶつけあった。翔一は剛士が「一緒に」と言ってくれたことが、死ぬほど嬉しかった。



 水曜日の昼過ぎ。「第六天満丸」は西海ソヘ閘門に向かい、まっすぐ進んで行った。


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