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第14話 置いて行くなんて言わないよね

「わっはっはっ、マジで死ぬかと思ったぞ!」


 カザルスは、赤ワインをジョッキで飲み干した。巨龍バハムトを倒した後はお祭りだった。横たわる龍の近くにキャンプを張り、火を焚き、飲めや歌えの大騒ぎだった。


「カザルスー」


 女の子、エラリーはカザルスの腰に抱きついた。


 マリオは、船上では、島から轟音が聞こえてくるたびにビクビクしていたが、今は「おれは、ぜんぜん心配してなかったからな」と胸を張っている。


クラロ(・デ)・ルナ」のメンバーたちは笑っていた。火傷の痛みは完全に忘れているようだ。


 ディルダム王からたんまりと報酬が出る。倒した獲物は山分けだ。最大の功労者、カザルスが龍のほとんどを持っていくだろうが、ウロコ一枚売るだけでも、数年、遊んで暮らせる。ジャクリーヌは「来てよかった」と舌なめずりしていた。


 船乗りたちは、酒を飲みながら、肩を組んで歌を歌っていた。「新しい魚、焼けたぞー」と船乗りのアーネストじいさんが言うと、エラリーは「キャー、食べるー」と走っていった。




 副船長のゾランは愉快そうに酔っぱらって言った。


「三千年以上生きる伝説をやっつけるとは、さすがはカザルス殿」


 船長のウルバーノはカザルスに酒を注いた。白い豊かな髭を生やしている。


「カザルス。バハムトはコギトエルについて何か言ってたか?」


「いやぁ、アイツ、わしに全然口をきかんかった。話しかけても、まったく反応せん。わし、独り言してるみたいで寂しかったぞ。わっはっはっ」

「魔法を使うのなら、知性は高いはずじゃがのう。変わった龍じゃ」


 クラロ(・デ)・ルナのリーダー、アンリは、「人間を食べ物くらいにしか思ってないんじゃないですか」と言った。


「わしも魚と会話せんからな。わっはっはっ」とカザルスは焼き魚に噛みつく。

「あたしは別でしょ」


 エラリーがスカートの下から猫の尻尾を出して、ぴょこぴょこと振った。


「エラリーは魚じゃないだろ」とマリオ。


 エラリーは猫人だ。


 見た目はふつうの女の子だが、獣人の中でも希少な種で、尻尾が九本あるので、九尾の猫と呼ばれている。以前、飛竜ワイバーンに襲われていた時に、カザルスに助けてもらい、それ以来、一緒に行動していた。年齢は百五十歳以上。実はこの中で一番の年長である。


「奴の情報が聞けると期待していたんじゃがな。残念じゃ」


 ウルバーノは、家族をコギトエルの手下に殺されていた。コギトエルに恨みを持つ点でカザルスと同じだ。マリオもそうだ。マリオは、今はまだ稽古でも木剣に振り回されているくらい幼いが、カザルスのもとで強くなって復讐をすると息巻いていた。


「地道に探すさ。龍を倒したんだ。きっと良いことあるぞ。わっはっはっ」


 カザルスは愉快そうに笑った。




 カザルスが言った通りだった。


 彼らがディルダム王国へ戻り、半年ほど経ったころだ。このころには、もうバハムトを倒した戦勝祝賀ムードは落ち着いていた。


 カザルスはギルドの酒場で、冒険者ギルド長、レメディオス・サンティシマがまとめた、コギトエルについての報告書を読んでいた。


 コギトエルは不定期に潜伏する集落を変えるらしい。


 24エクエスを産み出すことに成功した時、村に自分の種を植え付ける候補者がいなくなった時、そして敵が近づいた時などと推測された。コギトエルは決して好戦的ではない。強大な力を持つ一方、リスクを少しでも感じれば逃げることを厭わない。プライドというものをまったく持ち合わせていないようだった。


 カザルスほどの冒険者が十年以上にわたって追い続けているにも関わらず、彼を捕まえることが出来ない最大の理由がそれだ。


 コギトエルの顔は知られていない。それ故、各地の町や村の不審な死亡、行方不明、病死などの数の変動情報、それに加えて、エトセトラ出現の情報。それらを分析して、はじめて彼の動きが観えてくる。普通の人には見えない。レメディオスだからこそ発見できた動きだった。彼の結論はこうだ。


 コギトエルは、ディルダム王国のあるアポルエ大陸から、海を西に渡り、アキリマ大陸南方へ移動している。


 植民地政策に力を入れ、海外の情報を集め管理する大国ディルダム。その冒険者ギルドのトップ、レメディオスの推察。疑う理由はない。


 しかしカザルスには納得がいかなかった。アキリマ大陸南方は、ほとんど未開の地である。人間はほとんどいない。小さな植民地がほんの少数ある程度だ。


(常に自分の配下を増やすために、数多くの人間を犠牲にしていたコギトエルは、あの地で何をするのか……)


 カザルスはレメディオスのまとめた報告書を何度も読みかえした。


 非常に字がきたない。「もうちょっと丁寧な字なら読みやすいんだが」と、頭の疲れたカザルス思った。レメディオスはいつも「読めりゃあいいんだよ」と言うが、一行読むにも大変だった。




 カザルスが目頭を揉んで休んでいると、ギルドの入り口の扉をバタンと開け、エラリーがテケテケと走って来た。


「ほうこく、ほうこくー!」

「お、どうした?」

時の精霊スピリット・オブ・タイムが仕事したよ」


 時の精霊スピリット・オブ・タイムは時と空間をあやつる精霊である。カザルスは話の続きをうながした。余計な言葉は使わない。興味深い目で見つめるだけだ。


大自然の叡智アーカイブ・オブ・ザ・グレートが教えてくれた。誰かが時空を移動したみたい」


 大自然の叡智アーカイブ・オブ・ザ・グレートとは、エラリーが意思疎通できる神らしい。古今東西のさまざまなことを教えてくれる。ただし、それが教えてくれるのは、非常におおざっぱなことだけで、いつもこんな感じだった。


 エラリーによると、それは無限とも思えるほど膨大な知識を持っているらしい。もっとも、ほとんどが理解不能で、ほとんとが役に立たないものだと、エラリーは言う。


「そうか、ありがとう」


 カザルスはエラリーの頭をなでた。彼女はうれしそうに笑った。


「エラリー、時の精霊スピリット・オブ・タイムの生息する場所はどこだったかな?」

「トセレーヴェ山とぉ、ガイアナの大穴とぉ……」


 トセレーヴェ山は、はるか東方の高山。ガイアナの大穴はアキリマ大陸南方で発見された巨大な穴だった。


「懐かしいな。ガイアナは、以前、シンがそこから来たって言ってたな」

「あの頭のいい冒険者ね。元気かな。そう言えば、彼、昔、普通に暮らしていたら突然あの場所に飛ばされて、そこで人間に何かを植えつけて殺す化け物を見たって言ってたね」


 カザルスはそこで「はっ」と気づいた。


 コギトエルは、ガイアナの大穴で、時の精霊に誰かを転移させたのではないか。しかし、いったい何をしたのか。あるいは自分が転移したかもしれない……。


「エラリー、ガイアナの大穴に行く、と言ったらどうする?」

「決まってるでしょ」

「今度は、かなりの遠出だな。マリオをどうしようか?」


 直後、空の椅子が「ガガガ」と動き、カザルスのテーブルの下からマリオが飛び出て来た。


「置いて行くなんて言わないよね!」


 マリオの顔は、たとえ棺桶になってついて行くと語っていた。カザルスとエラリーは「いつから隠れていたんだ」と大笑いした。


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