【特殊討伐依頼Ⅲ】
俺は斬る、無我夢中に敵を斬る。
スローモーションに変わった視界をツテにゴブリンの包囲の中を突き進んでいた。
迫り来る剣を砕き、突き迫る槍を躱す。
刺して斬って刺しては斬って、四方八方から迫る死の脅威から命を守る為ボロボロになりながらも敵中を突き進む。
「ハァアアアアアアアアアアア!!!!」
振り被られた剣を振り下ろされる前に左手で掴み取るとそのままゴブリンの首を撥ね飛ばして前方へ蹴り飛ばす。
刃を握ったのにも関わらず傷一つ無く無事な掌はゴークさんの防具に感謝しかない。
おかげで物を介す事無く刃を掴む事が出来、少ない選択肢が広くなるのだ。
胸の防具にしてもそうだ、これだけ刃物に晒されても一撃も致命傷を受けず振るわれる刃から俺を守ってくれる。
蹴り飛ばしたゴブリンの手から離れた剣を掴み取ると更に前へ、行く手を遮る魔物を次々に薙ぎ払った。
「グ、グガァ…。」
「チッ!!」
剣を振って休む事無く斬り進むと、胴が裂かれ地に伏して虫の息であったゴブリンが俺の肩足を掴んだ。
「邪魔、だっ!!!」
残った片足でゴブリンの頭蓋を踏み砕く。
「グャァァァアアアアアアア!!!!!!!」
「こんな所で!!」
俺の動きが一瞬止まった所を奴等は逃しはしなかった。
左右から剣を持ったゴブリンが俺に襲い掛かる。
俺は両手に持った剣で左右から迫る刃を受け止めるが、息のつく暇はない。
剣を止めた俺を射抜くかの様に手製の槍が隙間から突き出された。
ゆっくりと迫る穂先をギリギリで身を逸らして回避すると反転、左右のゴブリンと突き出された槍の柄を確実に切り取った。
またもや使い物にならなくなった剣を前方のゴブリンへ突き刺して放棄すると、俺は再度進撃を再開した。
◇◆◇◆◇◆◇
「…もう二体も斬っちまいやがった。馬鹿みたいな強さをしてやがんな。」
「アイツが頑張ってくれてんだ、手ェ動かせ手ェ!!!」
琥珀の頑張りにより、敵は二分とまではいかなくとも軽口が叩ける程度には余裕が出る。
「少しでも早く打ち破って琥珀の方に向かうぞ、テメェ等!!! 仲間を死なせるな!!!!」
「「「うぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!」」」
大剣が何体をも薙ぎ払い、斧が剣が鎧ごと両断し、吹き荒れる矢が確実に敵の動きを止める。
敵の魔法使いが二人も斬られた事によりアルセリエを含む魔法使い組三人が敵の魔法を遮断し、味方への被害を抑えていた。
「アルセリエちゃん、魔法の精度が乱れてるぞ!!!」
「は、はい!!!」
戦う冒険者の中で、アルセリエだけが気が気でなかった。
それこそ魔法が乱れてしまう程に幼い少女の心の内は乱れに乱れている。
アルセリエはこの戦場の中ですら、主人の存在を身近に感じていた。
全身ボロボロな所も腹部を刺された事も明らかに異常な程眼を酷使している事も、全てアルセリエ本人が意識せずとも自然に頭の中へ転がり込んでくるのだ。
だからこそ焦る。自身が助けに行かなければ、その為に私は此処に居るのだと。
「よし、抜けたぞ!半分は琥珀の援護に迎え!!!俺達は敵の頭を取ってやる!!!」
「琥珀の援護に行くぞ、俺に付いて来い!!!!」
前線の冒険者達は敵の壁を突破した。
大剣の冒険者は他の冒険者に指示を出すと、斧を持った冒険者が数人の冒険者を連れて琥珀の援護に乗り出した。
「アクア・ラン―――」
「お、おい大丈夫か、アルセリエちゃん!!!」
「だ、大丈夫です。ただの魔力切れです。」
膝を着いたアルセリエに隣で魔法を撃っていた冒険者が驚いてその身体を支える。
シャーロットも心配そうな顔をするが今歌うのを止める訳には行かない。
もう一人の魔法使いの冒険者が飛んで来た火の玉を打ち落とすと、苦虫を噛み潰した様な顔をした。
「お、おい、あのゴブリンの詠唱何か長くねえか!!?」
残った二体の内、一体の魔法は撃ち落したがもう一つが飛んでこない。
「魔力が集まって行くのが、見えます…。大きな魔法が来るのかもしれません。」
「オイオイマジかよ! 俺達皆初級、下級程度の魔法しか使えねえぞ!!!」
「一か八かだ。一度も成功した事は無いが魔法を初めて使った時から詠唱は知ってんだ、間に合うか分かんねえがぶっつけ本番で中級魔法をぶつけてやる!!!」
魔法使いの冒険者は杖を構えると魔力を集中させていく。
(ダメだ、多分その魔力じゃ発動しない…。)
アルセリエは魔力感知により魔法使いである冒険者が募らせる魔力を見て、一目で発動しないだろうと踏む。
(私なら…。)
自分なら発動と言う部分だけなら成功はするだろう。
だが今からポーションで魔力を回復させて詠唱を始めても相手の攻撃には間違いなく間に合わない。
せめて今撃てる魔法をぶつけてせめて威力を殺す事くらいは出来るだろうか。
(それくらいなら。)
やる事は決まった。
主人が無茶をしているのだから従者である私がしないのは有り得ない。
私は身体に鞭を打って立ち上がると詠唱を始めた。
"我は水玉の三珠を以て――――
「お、おい、大丈夫なのかアルセリエちゃん!!!」
「お二人共聞いてください!!その魔法は魔力足らずで発動しません!!!
ですので、相殺は諦めて出来るだけ魔法の勢いを削ぐ為に従来通り下級魔法をぶつけて下さい!!」
「お、おうよ!!!」
二人共私の見ている物は知っている。
中級魔法の詠唱をしていた冒険者は素直に詠唱を中断し、二人共私の指示通りに下級魔法の詠唱に入った。
「!!?」
「おいおいおいおい、あのデカさはヤバくねえか!!!」
冒険者が驚くのは無理はない、私ですら驚いているのだから。
ゴブリンの出現させた火の玉は自身の身体より大きく、未だ膨らみ続けている。
(何処からそんな魔力を捻出して…。)
集中してゴブリンの身体を探ると答えは簡単に見付かった。
奴は自身の核である魔石を文字通り削って魔力に変換しているのだ。
「ははは、流石にありゃ無理があるぜ。」
隣の冒険者は笑う。その気持ちは十分すぎる程に分かる、冒険者が言う通り"無理"なのだ。
あの規模に自分達の魔法を当てた所で焼け石に水だ。
だが…。
―――暗雲を突き晴らす"
無理だとしても諦めない。
魔力を使い過ぎて身体が悲鳴を上げているが、知った事ではなかった。
「ハァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「……!!!」
魔法使いであるゴブリンがその火球を放とうとした瞬間、戦場に主人の声が響いた。
◇◆◇◆◇◆◇
眼の前で巨大な火球がアルセリエ達を襲おうとしている。
敵中を切り裂いて進む俺の視界の隅にその光景が映った。
魔法を使えない俺でも分かる程にアルセリエ達が放とうとしている魔法では自身に放たれようとする魔法の規模に力が全く追い付いていない。
「チッ、退け!!!」
俺は剣に付いた血を払いながら真っ直ぐアルセリエ達を脅かす敵へ身体を動かした。
振るわれる刃を碌に躱しもせず正面から叩き斬り、道を塞ぐ肉塊共を先程以上のスピードで片づけて行く。
振るわれた剣先が自身の頬を掠り、突き出された槍が鎧を付けていない脇腹を切り裂く。
今までの俺からしたら形振り構わない信じられない戦いぶりだ、それでも一秒でも一瞬でも早く辿り着かねばならない。
今ならまだ間に合うのだから。
道を塞ぐ様に飛び出した一体を斬り捨てる。
返す刃で更に一体。
両側から振るわれる剣を前方に進む事で無理矢理躱すとそのまま前方の敵の首を掴んで蹴り飛ばし足場を作る。
転倒した敵を足場に飛ぶと、包囲の出口までゴブリン達の頭を蹴って一歩でも先へ進む。
無くなった勢いを取り戻す為に頭を踏み台にするが、その衝撃に身体の小さなゴブリン達は耐えられないのでその身体を揺らし、徐々に徐々に俺のバランスは崩れていく。
(あと一歩!!!)
ほぼバランスを崩しながらも無理にゴブリンの頭部を蹴って包囲を抜ける。
その勢いのまま地面に頭から激突しそうになるがなんとか身体を逸らして背中から激突し転倒する。
息が詰まり、全身の傷が軋むがその痛みに悶えている時間すら惜しい。
転倒した身体を勢いそのままに持ち直すと、傷だらけの身に鞭を打って敵へ向かい疾走した。
「ハァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!
させるかァァ!!!!!!」
俺は大声を叫び斬りかかる。
魔法を放とうとしていたゴブリンは俺の声に驚いた顔をして振り向いた。
だが遅い。ゴブリンの瞳には既に俺が振り下ろした剣が映っており、逃げ場など何処にもない。
両手持ちに切り替えた剣は振り向いたゴブリンの肩から袈裟斬りに身体を両断した。
術者を失ったからなのか、放たれる前未だ手の内にあった魔法は何も無かったかの様に霧散する。
「あと…一体。」
無事なアルセリエ達を一瞬視界に収めて確かめると俺は未だ無防備である最後の一体に向かって駆け出した。
距離にして50m程だろう、今の俺なら一息で到達できる距離だ。
だが、当の魔法使いもただではやられはしないのか駆け出した頃には既に俺への攻撃の準備を始めていた。
ゴブリンが放ち迫るは4つの火球。
真っ直ぐと飛んで来るが俺の眼にはまるで止まっている様にしか見えないので、ただの動かぬ障害物と変わりない。
1つ、2つと走る速度を落とさずに半身を逸らしただけで躱していく。
そして3つ目4つ目と――――
「―――っ!!」
回避行動を取ろうとした時、俺の視界は酷く霞み、思わず眼を手で抑えてしまう程の痛みが走った。
『マズい』そう思ったが視界はスグには回復はしない。
(こんな時に…!!)
視力が戻ったのは火球が回避出来ない位置に迫った後だった。
この距離では見えていても身体は追い付かない、剣を盾にしようとも間に合わないだろう。
俺は剣を離すと頭の前に両腕を交差させ、少しでも生存の確立を上げる事しか出来なかった。
「アクアッッッ、ランス!!!!!!!」
その聞き覚えの声は俺の上空から木霊した。
少女の掌から放たれる小さな三本の水の槍、あの時とは違い歪みが無いれっきとした槍である。
内二本は俺の眼前に迫る火球を打ち消し、もう一本はゴブリンへ突き立った。
動きの止まったゴブリンの前に少女は着地すると突き立った水の槍を掴む。
すると、ゴブリンの声は水を含む悲鳴に変わり次第にその口から血液が漏れ出てピクリとも動かなくなった。
「琥珀様!!!」
アルセリエが一目散に俺の下に駆け寄って来る。
どうやって俺を助けに来たか謎だったが、ふと少し前までアルセリエの居た場所に眼を向けると魔法使いの冒険者二人が両腕を振り上げて筋肉を誇張している。
どうやら彼等がアルセリエを俺の下に投げ寄越したらしい。
俺は後方から敵が来ないか心配だったが、どうやら他の冒険者達の頑張りでその心配はない様だ。
全身傷だらけの俺は鞄からポーションを取り出して飲み干すと、眼を擦り出来るだけの笑顔でアルセリエを迎えた。
「おかげで助かったよ、アルセリエ。」
「"助かったよ"じゃありません!!! 全身傷だらけじゃないですか、眼だって…。」
アルセリエにそう言われて眼を擦った服の袖を確認すると、べっとりと血液が付いていた。
どうやら力を使い過ぎたらしい。
「でも生きている。お前との約束は果しただろ?」
「でも、でも!!!」
その言葉を遮る様にアルセリエの頭に手を置いた。
「心配してくれてありがとうアルセリエ。
だが、今は戦いの最中。その話は戦いが終わった後にしよう、その時ならアルセリエの言葉を幾らでも受け止めてやる。」
俺はポーションのおかげで幾分か回復した身体を持ち上げて立ち上がる。
戦況は勝敗が決する程優勢になったが、まだ戦いは終わってはいない。
「今度は私もお供します。帰ったら覚悟しておいてください!」
「ああ、勿論だアルセリエ。」
どうやらアルセリエは今回の無茶に随分とお怒りの様だ。
それもこれも俺が無茶したせいなのもあるし、そこは素直に受け止めるとしよう。
(私が、私がもっと強かったのなら琥珀様にあんな傷を負わせる事もなかったのに…。)
少女の胸の内には自身の力不足だけが深く心へ突き刺さっていた。




