【特殊討伐依頼Ⅱ】
森に入った辺りから、俺達の間に馬鹿騒ぎをする声はピタリと消えた。
先導している者の指揮の下周囲を警戒しながらゆっくりとそれでいて確実に進んで行く。
これまでに遭遇した敵はリザードが4体のみであり、いずれも見つかる前に遠距離攻撃を主軸とする後方部隊が殲滅に成功している。
見つかる前に倒せたのは何れもアルセリエの手柄だ。
索敵の為にシャーロットがアルセリエを推薦した事で俺とアルセリエは部隊の中央に移動、道中の戦いには極力参加せず索敵のみに徹する事で周囲の敵をアルセリエが来る前に部隊の皆に伝え、事前に処理が出来る。
「おかしいです。」
ふとアルセリエが言葉を漏らす。
「何がおかしいんだ?」
「森に入って随分経ったと思うのですが、此処に来るまで一度としてゴブリンの気配を一度も感じていないのです。巣も近いはずなのに何ででしょうか?」
確かにおかしい。
統率がある程度取れているのなら偵察の一つや二つ出すのが普通だろう、なのに偵察どころかゴブリン一匹すら此処に来るまで一度も遭遇していない。
(だとするなら…。)
想像する最悪は此方の予想以上にゴブリン達は統率が取れていて、俺達の侵攻が筒抜けになっている場合である。
何方にしろ俺だけで結論を先走る事は無い、先鋒の冒険者達に伝えて判断を仰ぐのが良いだろう。
「少し前に行って伝えて来る、アルセリエはそのまま索敵を続けてくれ。」
「はい、分かりました!」
俺はアルセリエを残して戦列の先頭まで走った。
「おう、どうした琥珀。」
「アルセリエが妙な事に気付いた。」
「ほう…?」
先頭を進む大剣の冒険者を呼び止めアルセリエが不審に思った事を俺が危惧した事を踏まえ伝えると、顎に手を当てて考え込む仕草をする。
「そいつはマズいかも知れないな…。十中八九此方の存在がバレていると見て間違いねえ。
本来巣を成す程の規模になれば琥珀の考えた通り、周囲の偵察も行う筈だが…此処まで来たのに関わらず一体もアルセリエちゃんの索敵に引っ掛からないのは明らかな異常だ。」
「昨日俺達が狩りに来た時はこの辺りでゴブリンを見かけたしな。」
何時の間にか、話を聞いていた前線の冒険者達が集まり互いの情報を照らし合わせて行く。
「ここから先は何時戦闘になっても良い様に後ろの奴等にもしっかりと伝えておいてくれねえか。」
「わかった。」
俺は大剣の冒険者の言った様に後方に待機している冒険者達へ情報を届けようと走り出そうとする。
「琥珀様!!敵襲です!!!!」
後方からアルセリエの叫ぶ声が聞こえる。
その声を聴いた瞬間冒険者達は皆、各々の武器を抜き臨戦態勢を取った。
「数は10、20、30…更に増え続けています!!!」
「チッ、先手を取られたか。」
アルセリエがもたらす情報に大剣の冒険者は苦虫を噛み潰したような顔をして舌打ちをする。
「よっしゃあ!! やるぞテメェ等!!!!」
「うぉおおおおおおおおおお!!!!!」
前線は後方部隊を敵から遮る様に展開すると、後方の冒険者達も前線を援護する為に各々の武器を構えた。
「ガッッ、ギャィァァァアアアアアア!!!」
聞き覚えのある雄叫び。森の奥から飛び出したのは剣や槍を持ったゴブリンが十数匹、アルセリエの話ではこれがまだまだ増えると言うのだ。
ゴブリン達は武器を構え真っ直ぐに俺達の方へ向かって来る。
「魔物の巣は近いぞ! このまま巣まで押し通る、付いて来い!!!」
「「「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!」」」
ゴブリン達に負けぬ雄叫びを上げながら男達はゴブリン達に襲い掛かる。
大剣の冒険者が一番先頭のゴブリンを一撃で叩き潰すと、それを皮切りに大規模な戦いの火蓋は切って落とされた。
「琥珀様!!!」
「アルセリエ、俺達は前線のカバーに回るぞ!」
後方から追い付いて来たアルセリエと合流すると、俺もアルセリエも剣を抜いてゴブリンに襲い掛かった。
戦況を見るとやはり地力の差なのか、冒険者側が圧倒的に優勢である。
前線の冒険者達がドンドン戦果を挙げて前線を押し上げ、俺とアルセリエはその討ち漏らしを処理している。
今の所後方の冒険者達はこれと言った仕事は無いが、此処から更に数が増え続ければ前線の冒険者達も辛くなってくるだろう。
「オラッッッ!!!!」
「ゴブリンがナンボのモンじゃい!!!」
冒険者達の中ではやはり三人組の冒険者が一つ頭抜けた力を持っているのだろう。
迫り来るゴブリン達を次々に自慢の大剣と斧で薙ぎ払い、道を切り開いている姿を見るにオーク相手でも正面切って良い闘いをするのかもしれない。
三人目の相方である弓持ちの冒険者は前線で暴れる二人を見て下唇を噛んでいるに違いない。
「それにしても数が多い、なっ!!!」
「もうすぐ開けた所へ出ます! 先から大量の魔物の気配がするのでそこが巣で間違いないかと!!!」
俺とアルセリエは背中合わせになり巣に近付くにつれ増え始めるゴブリンに対応し、敵が増えた影響か何時の間にか後方の冒険者達も弓矢や魔法でゴブリンへの攻撃を開始し始め、前線への援護攻撃を行っている。
兎にも角にも、アルセリエの言う通りならもうすぐ俺達はゴブリンの巣に突入する事になるだろう。
もう一踏ん張りで戦い難い森から出られるのだ。
ゴブリンを一つ斬って一歩先へ、その死体を踏み越えて更に先へ。
俺達の通った道の後にはただおびただしいゴブリンの死体が転がっている。
「巣に着いたぞ!!!」
前線の冒険者達はどうやら森を抜けた様だ。
俺達と後方組も一歩遅れて前線組に追い付いて森を抜ける、その先は更に数を増やしたゴブリン達が待ち受けていた。
「ミラちゃんキッツいや、こりゃあ百体そこらじゃ利かないぜ。」
「だがやるしかねえだろうがよ!」
「おい、杖持ちが複数居やがるぞ!!」
俺達の前方を囲むゴブリン達の獲物は多種多様。
剣、斧、槍、弓。後方には魔法を使うのだろうか、杖を持ち人の真似をしてローブを羽織ったゴブリンが数体見える。
俺達が足踏みしている間に奥の集落と思わしき場所の家々から次々にゴブリン達が出て来て敵の戦線に加わって行き、時が経てば経つ程劣勢に追い込まれてしまうだろう。
「流石にこの数は不味いな。」
「敵の魔法使い共をどうにか出来れば地力で負けはしねえんだが…。」
流石にこの数は予想外すぎて弱音が出る。
似た戦況はリエンの侵攻戦の時だが、あの時はエンフィルと言うジョーカーが居た為俺達に回って来る敵の数は一晩で百に届くか届かないかくらいで済んでいたのだ。
これは苦境だ。大剣の冒険者や他の冒険者達が一歩を踏み出せない所を見るに敵に魔法使いが居ると言うのはとんでもなく厄介らしい。
そして当の魔法使い達は今尚増え続けるゴブリン達によって固く守られている。
向こうは見えるだけで4体、此方は魔法を使える者がアルセリエを含め他の魔法使いの冒険者を足して3名、弓使いが2名。
一人でも高レベルが混じっているのなら話は別だが、皆レベルは高くて20そこそこで頭打ち。
となれば、眼の前の行く手を阻むゴブリンを無視して後方の魔法使い達を倒す事は不可能に近いだろう。
シャーロットに頼ると言う手もあるが、アレは最後の切札だ。
こんな入り口で使って、万が一途中でタイムリミットが来てしまえばそこから先、彼女からのステータス上昇の援護を受ける事が出来なくなってしまう。
考えれば考える程、無益な時間だけが過ぎて劣勢に立たされる。
ならば今一度覚悟を決めなければならないだろう。
「なあ、あの魔法使い共を始末すれば押し返せるんだな?」
俺は大剣の冒険者に短く問いかける。
「確かに倒せるのならどうにかなるだろうが、まさか琥珀お前。」
「ああ、シャーロットの後押しが掛かるのなら、今見えてる分だけなら何とかなるとは思う。」
大剣の冒険者は俺の眼をじっと見つめ見極める。
「本当なら行くなと言いたい所だが、他に手は無ぇか。
悪いがシャーロットちゃんと共闘した時の実力をアテにさせて貰うぜ?」
「了承と受け取る、死なない程度に頑張って来るよ。」
大剣の冒険者と俺は拳をぶつけ合って互いの健闘を祈った。
「よっしゃあ、突っ込むぞ!!!シャーロットちゃん宜しく!!!!」
「よーし!!任せて!!!」
シャーロットの衣装は大きな返事と共にドレスに変わり、その右手には青薔薇のマイクが出現する。
彼女がマイクに声を通すと辺り一面に透き通った神の歌が響き渡り、歓喜した冒険者達の歓声に包まれた。
(身体が明らかに軽い、これがシャーロットの力か。これなら…。)
「琥珀様、私も付いて行きます。」
アルセリエが俺の服を掴み、心配そうな顔で俺を見上げる。
「アルセリエ、お前は貴重な魔法使いだ。此処に残って皆の援護をしてやってくれ。」
「……わかりました。」
沈黙の後、アルセリエは悲し気な顔をしながら俺の命令に従った。
アルセリエも自分がどうするべきか、何が正しいか分かっているのだ。ただ従者として主人が一人で死地に飛び込む事がとてつもなく心配で板挟みになっているだけ。
「心配するなアルセリエ、こんな所じゃ俺は死なない。」
そう言っていつもの様に頭をくしゃくしゃと撫でてやるとアルセリエは少しだけ笑顔に戻った。
「それじゃあ、行って来る。」
「…お気をつけて。」
離れていく主人の背を見送り、私は主人の背に恥じる事が無い様前を向いた。
・
・・・
・・・・・
進行は正面から少しだけズレて、魔法使いが居る方へ向かいながら"神の瞳"を発動させ、剣を抜く。
「グギャァァァァアアアアア!!!!」
正面に陣取っていた複数のゴブリン達から槍の切っ先が俺の身体に向かって迫る。
「ハァァァァアアアアア!!!!」
槍を躱してゴブリン達の頭上へ跳ぶと順々に頭を踏みつけて敵の真っ只中に着地すると剣で周囲のゴブリンを薙ぎ払う。
敵から振り払われた剣を躱し、死体の上に転がった敵の落とした剣の柄を踏んで宙に浮かせると利き手に持った剣で側面のゴブリンを一体屠りながら空いた左手で宙に舞った剣を掴む。
久方振りの二刀である。
振るわれた斧を一歩引いて躱すと追い縋る様に五本の槍が自身に迫る。
そのまま少しだけ跳び上がると過ぎ去った槍の柄の上に着地、正面の一体を蹴り飛ばすと身体を半回転させ残りの槍使いを片付けた。
(チッ、やはりその場凌ぎの剣じゃダメか。)
その一度で先程拾った剣は砕かれた。
左手の剣を正面の敵に投げ付け、怯んだ瞬間に正面から叩き切る。
今は一歩でも前へ速く進まなければならない。
ゆらりと崩れ落ちる死体を蹴り飛ばして他のゴブリンを巻き込みながら道を拓くと足先で落ちていた槍を打ち上げて掴み、巻き込んで転倒したゴブリンを足蹴にしてまた宙に跳び上がった。
空中でまともに身動きの取れない俺へゴブリン達は下から剣やら槍やらで突き上げる。
俺は直撃以外を無視して身体を捻って回避すると先程手に入れた槍をゴブリンに突き刺し、それを足場にして更に先へ跳んだ。
「まずは一体目だ。」
着地する先に居るのは杖を持ち魔法の詠唱をしていたゴブリンだ。
俺は三度の跳躍でゴブリンの肉壁を突破するとその先に居た杖を持ったゴブリンを着地ざまにその身体を両断した。
休んでいる暇はない。俺は一体目を屠るとスグに身を翻して二体目に向かった。
俺を追いかけて囲もうとするゴブリン達の肉壁はすぐ後ろに迫っているのだ、その前に無防備なもう一体を斬る。
一体でも早く、一体でも多く狩る。
ただそれだけが俺の頭を支配していた。
「グギャァァァアアアアアアア!!!」
二体目は迫り来る俺の姿を見て魔法の詠唱を中断し逃走を図ろうとする。
「逃がすかぁぁああああああああああ!!!!」
俺は利き手に持った剣を投げて背を向けて逃げるゴブリンの頭を串刺しにした。
「…これで二体目、あと半分だ。」
死体から剣を回収して俺は三体目を見据える。
二体目を倒した時点で三体目は新しく成形された肉の壁に隠れてしまっていた。
だが僥倖だ、ゴブリン達は俺一人に魔法使いが二体やられた事を焦っているのか正面で冒険者達と戦っているゴブリンの一部が此方に流れて来ている。
これで向こうの連中にも少しは余裕が出来るだろう。
俺は足を止めず三体目を倒す為に突進を掛ける。
飛び掛かって来たゴブリンを取り戻した剣で突き刺すと武器を奪い、向かって来るゴブリンを斬り伏せた。
「―――なっ!!?」
次の瞬間鈍い痛みが身体を走る。
始めに突き殺したゴブリンの死体の向こう側から鋭い剣が俺の腹部に向かって伸びていた。
俺はすぐに剣を死体から抜き去ると一歩だけ下がって死体の向こう側に居るゴブリンに奪った剣を投げ刺した。
「くそっ…。」
この眼の弱点を完全に突かれた。
痛みには慣れているが、傷が及ぼす影響は頂けない。
俺は素早く鞄からポーションを取り出して飲み干すと完治とまではいかないが、出血は幾分かマシにはなった。
「しかし、これはマズいな。」
足を止めた事により後方から追い縋るゴブリンと正面の敵とで完全に包囲されてしまった。
「形振り構っていられる時間はお仕舞、っと言った所か。」
更に眼へありったけの魔力を流し込む。
シャーロットの後押しがある事だし、此処まで眼の力を上げてもゴブリン相手なら問題は無いだろう。
此処には俺一人、約束を果たす為に俺は立ち上がり包囲に向かって行った。




