【空】
「よいっ…しょ!! これで全部です琥珀様!!!」
アルセリエは地面に落ちた最後の素材を集めると俺に差し出した。
これは昼前に馬鹿になって素材を無視して暴れ回ったツケである。
高笑いしながら迷宮中を駆け回ってレイスを狩っていた頃が懐かしい。
まぁ、つい1、2時間前くらいの事なのだが。
「思った以上に時間を使ってしまったな。」
「仕方ありません、道中に居た魔物も狩っていましたから…。」
まぁ、そのおかげか素材もたんまりと集まった、それこそ落ちにくいとは何だったのかと思わせる位には。
それでも異常発生していたレイスは枯れると言う言葉知らずに際限無く湧き続ける。
あれだけ狩ったと言うのに未だ全く数が減ったと言う感覚がしないのだ。
この調子ならば当分は狩り続けられるだろう。
「アルセリエ、まだ周ってない所を見たら今日はそのまま出口に向かおう。」
「はい!!」
爺さんとこれからの事を話さないといけないからな。
白霊剣の事も爺さんになら話しても良いだろう、と言うか話すべきだ。
何故なら彼はこの迷宮の管理者なのだから。
爺さんなら聞いて驚きはするだろうが、無闇矢鱈に人に話したりはしないだろう。
アルセリエから素材を受け取り、鞄に詰めるとアルセリエの案内の下俺達は未踏の地に踏み入れた。
◇◆◇◆◇◆◇
迷宮第一階層、その未踏の地。
奥へ奥へと進む度にその顔は徐々に変わっていく。
「やぁっー!!」
アルセリエが眼の前に居たレイスに剣を突き立てるとその姿は光に変わり、その場所には白い布が一枚だけ残る。
「アルセリエ、段々と数が増えてないか?」
「…はい。この先には大部屋があるのですが、魔物が多すぎて全容が確認できません。もしかしたらこの先に何かあるのかもしれません。」
流石のアルセリエもこの先は鮮明に見えてはいない様だ。
俺達は敵の居なくなった通路を真っ直ぐに進む。
通路の脇には錆びた剣がいくつも放置されており、この迷宮に挑戦した者達の末路を容易に想像させる。
その痕跡も奥に進めば進む程多くなり、気付けば俺達は通路を抜け大部屋に出ていた。
「多いな…。」
通路を抜けた先、アルセリエの言った通り大部屋に出た俺はその部屋の中を見て驚愕した。
部屋を埋め尽くす程のレイス達がギチギチに詰まり、部屋を占領しているのだ。
どうりでアルセリエでも部屋の全容が見えない訳だ。
「今日はこの大部屋で最後にしよう。」
「はい!!」
俺とアルセリエは剣を構えて部屋の中に突っ込んだ。
中に居るレイス達は俺達の姿を見ると逃げようとするが、俺達が来た道以外道はない。
詰まる所、このレイス達に逃げ場はないのだ。
奥に奥に詰め込まれる様に逃げるレイスを追い詰める様に一体一体確実に処理していく。
「下がれアルセリエ!!!」
レイス達はこのままでは逃げ切れないと判断したのか、反転して俺達の方へ方向を変えた。
だが、それは俺達を攻撃する為ではないのだろう。
レイス達は俺達を避ける様に左右に散ると、俺達の来た道へ逃走を図ろうとする。
「万が一がある。気を付けろよ、アルセリエ!!!」
「はい!!」
レイスが俺達を避ける様に移動する事は確かで攻撃もしてこないだろう。
だが、此方へ側へ向かって来る以上直接身体に触れられれば万が一の可能性もあるかもしれない。
直接加護を受けている俺とは違ってアルセリエは俺が貸し与えている武器のみである。
「やぁ!!!」
アルセリエが他のレイスに弾かれて向かって来たレイスを短剣で突き刺す。
消滅を傍目に確認するとすぐに次の敵へ向かって行く。
2体、3体、4体、5体と順調にアルセリエはレイスを倒して行くが、俺はどうしても心配で仕方なくレイスを捌きながら事ある毎にアルセリエを確認してしまう。
「アルセリエ!!」
アルセリエが自身の背後を通ったレイスを倒した瞬間、前方からまたもや他に弾かれたレイスが正面から向かって来ていた。
咄嗟に叫んだ俺の声が聞こえているのかいないのか、アルセリエは前を向こうとはしない。
レイスが前面に迫り、俺が駆け出そうとした時。
アルセリエの口から思わぬ言葉が聞こえた。
"我は水玉の三珠を以て、暗雲を突き晴らす"
「突き穿て―――アクアランス。」
レイスを突いた短剣をそのままにアルセリエは片手を背後に回すと、その掌からシャーロットに魔法を見せて貰った時に作ろうとしていた水の槍が出現した。
未だ形は歪で今にも壊れそうではあるが、その大きさは拳台であった大きさからその三倍程の大きさに変貌を遂げていた。
水の槍は掌から射出されると前方に迫っていたレイスに突き刺さり、一撃で倒すまでに至らずともその動きを止めた。
アルセリエは短剣を抜き取り反転すると動きの止まっていたレイスにトドメを入れ、俺に向かってニコリと笑った後すぐに別の敵に向かって行った。
(少し心配のし過ぎかな…。)
そもそもアルセリエには周りが見えているのだ、死角がない。
俺に言われずともレイスが迫っていた事は解っていただろう。少し考えれば分かる事だった。
しかし何時の間にか戦闘に魔法を組み込める程に成長していたのは予想外だ。
これでは俺の立つ瀬がない、これではあと5年と言ったがその前にアルセリエに追い越されてしまうかもしれない。
それはまだ俺がアルセリエを迎え入れて三日目の出来事である。
「…負けてられないな。」
俺は脇を通り過ぎて行こうとするレイスを一刀の下に切り裂くと、今一度抜けていた気合を入れ直しアルセリエに負けぬ様レイスに向かって行った。
・
・・・
・・・・・
「…よし、これで全部だな。」
俺は大部屋に残った最後の一体を斬り伏せる。
戦闘を始めて10分も立たない内に大部屋を埋め尽くしていた魔物達は狩り尽くされ、地面に無数の素材を残して消えていた。
「ハァ、ハァ…。」
アルセリエもあれから何度か魔法を使い、どうやら随分と張り切っていた様で随分と疲れ肩で息をしている。
「アルセリエ、飲めるか。」
「有難う御座います琥珀様。」
俺はアルセリエに赤と青、二本のポーションを差し出すとアルセリエは息を整えるて一息にその中身を飲み込んだ。
その様子を確認してから、魔物の居なくなった部屋の中を見渡すと道中同様多くの剣や槍、魔法使いが使っているかの様なスタッフが打ち捨てられていた。
近づいてみると部屋の中心には更に地下へと続く階段が存在しており、その階段は更なる闇へと続いている。
「アルセリエ、この下の状況は見えるか?」
アルセリエは階段の下に意識を凝らすが結果は芳しくない様だ。
「申し訳ありません琥珀様、階段は随分と長く続いている様で次の改装までは確認できません。」
「そうか…。」
少し前にも言ったがそこまで急ぐ必要はないだろう。
未だこの階層のレイスもまだまだ数は多く、かなりの数を倒したものの全体数はあまり減った気はしない。
今は次階層に続く道が見付かっただけで良しとするべきである。
「よし、決まりだな。アルセリエ、素材を拾ったら今日はもう地上に帰るぞ。」
「はい!!」
俺とアルセリエは散らばった素材を集めると、来た道に向かって帰路に着いた。
◇◆◇◆◇◆◇
地上に続く門を叩くとその向こうから声が聞こえ、ズズズッとゆっくり地上への門が開いて爺さんが俺達を出迎えた。
「良く帰って来たのう。」
爺さんは俺達の顔を見た瞬間大きく息を吐き、その表情は安心感を纏わせる。
どうやら爺さんは俺達の安否を随分と心配していた様で、無事に帰って来た俺達の肩を抱くとうわ言の様に『よかった…。』と呟いている。
「そうだ爺さん、アンタに話しておかなきゃならない事があるんだが…。」
「ああ!立ち話もなんじゃ、茶くらい出してるから少し寄って行くがいい。」
俺がそう言うと爺さんはニカッと笑い、俺達を小屋へと誘った。
・
・・・
・・・・・
そして今俺とアルセリエ、対面に爺さんが座る形で机を挟み迷宮内部での話に華を咲かせていた。
「ふむ。わしが知っておるのは第一階層のみじゃから、その先がどうなっておるかは分からん。
もしも進む時があるのなら、入念に準備をして挑むのがいいじゃろう。」
爺さんに大部屋で見つけた第二階層に続くであろう階段の話をするがどうやら爺さんもその先については分からないらしい。
目標を迷宮攻略と謳ったが、前途多難だな。
目下の準備としては俺とアルセリエの防具の調達とレベル上げだろうか。
前者はレイスからの素材を売った金で調達すればいいとして、問題は後者だろう。
少なくともアルセリエは最低12、俺は15くらいまではレベルを上げておきたい。
俺のレベルはこの街に来た時から更に上がり13、アルセリエのレベルは5だ。
このまま順調にレイスを狩り続ければすぐに目標まで到達するだろうが、此処に来るアイバイが必要になる。
一日二日ならば問題無いだろうが、これから潜り続けるのならギルドにバレない工夫をしなければならない。
「爺さん、1つお願い事があるのだが頼めないだろうか?」
「わしにか? わしに出来る事なら協力するが…。」
爺さんは俺の願い事に皆目見当も付かない様で、顎髭を擦りながら俺の顔を見る。
「俺達のアリバイ作りの為に適当な依頼をほぼ毎日一つでっち上げてくれないだろうか?」
「ふむ…構わんが、わし一人で依頼した物を毎日お主等が受けていては不信感を持たれる可能性があるのう。
それなら…。」
爺さんは再度何かを考える様に顎髭を擦ると、何かアテを思いついた様だ。
「それならアテが無い事も無い。」
「本当か!?」
「ああ、ただ…。」
その先を話そうとする爺さんの顔は曇る。
「ただ、お主等が迷宮を攻略していると言う説明をせなならん。」
「…。」
俺は黙る。
この街は国としては酷く狭く、噂が立てばたちまちその日の内に街中にその噂は巡ってしまう。
なので、教えるにしても人は選ばなければならない。
だが、爺さんが言うのならそれは信用足りうる。
「その人が口外しないと信用できる人ならば構わない。」
「その点なら心配はいらん。確かに信頼の置ける人物じゃ、わしが保証する。」
「ならそれで頼む。報奨金については爺さんに渡せばいいのか?」
「どうせ説明するんじゃ、一度依頼を受ける度に"霊府の布"2枚でどうじゃ?」
「乗った。」
素材二つで外に気兼ねなく狩りに行けるのなら、安いものだ。
これで爺さんとの交渉は成立、後は爺さんがどうにかしてくれるだろう。
さて、ここからが一番の問題である。
もう一つ爺さんには話しておかねばならない事がある。
それは語るまでも無くアルセリエが手に入れた"白霊剣"の事だ。
「爺さん。実はもう一つ、アンタに知っておいて欲しい事がある。」
「なんじゃ、改まって。」
「今から見せる物は時が来るまで爺さんの心の中だけに留めて欲しい。」
爺さんのは何の事か分からず頭の上に疑問符を浮かべながら俺がそれを取り出すの時を待つ。
俺は椅子から立ち上がると、鞄の中から霊府の布に包まれた白霊剣を取り出してゆっくり机の上に置いた。
その剣の端は机からはみ出しているが、爺さんは俺が取り出したソレの大きさ、長さにおおよそ俺達が何を手に入れたのか見当を付けた様だ。
未だその布を取った訳でもないのに、眼を見開きその視線は釘付けにされ、ただ唖然としていた。
「まさかお主等…。」
「ああ…。」
俺は机の上に置かれた白霊剣に掛かる布を取り払ってみせる。
そこには相も変わらない真っ直ぐと伸びた白い刀身が光を反射して爺さんの視界に飛び込んだ。
「…。」
爺さんは言葉を失って、何も喋らない。
俺は迷宮で起きた事実を爺さんに有りのままに語った。
「アルセリエ。」
「はい。」
アルセリエは机の上に置かれた白霊剣の柄を握る。
既に初めて触れた時の様な拒絶反応は無くなっており、剣は静かにアルセリエを受け入れていた。
「初めは俺が触れたんだが、残念な事に拒絶されまともに握る事すら出来なかった。
だが、爺さん。現実は今アンタの眼に映る通りだ、この通り俺の従者であるアルセリエが白霊剣を手懐けた。
爺さんの言っていた"この剣は生きている"と言う言葉は間違いじゃなかったよ。」
爺さんは剣を視界から外すと、アルセリエをじっと見つめ始める。
「…。成程のぅ。」
何か知っているのか、爺さんがアルセリエに発したその言葉と表情は今までのどの言葉より優しげだった。
「わしからこれ以上語る言葉は無いわい。
勿論、この子がこの剣を取り戦い始めるまで誰にも話したりはせんから安心せい。
まだ幼いこの子をしっかり守ってやるのじゃぞ。」
「ああ、そのつもりだ。」
その言葉にアルセリエは少々不満気味だ、顔には"私が守るのに…"と書かれている。
そんなアルセリエの頭を諭す様にくしゃくしゃと撫でると、そんな事で私は流されないと言う顔をしながらも机の上に置かれた剣を白い布で包み始めた。
俺は再び包まれた剣を鞄に仕舞い、立ち上がる。
「まだ少し早いが、依頼の完了報告しなくちゃならないから今日はこれで失礼するよ。」
「お世話になりました。」
「ああ、また明日も来ると良い。茶ぐらいは出してやるわい!」
爺さんはニカッと笑い去っていく俺達を見送った。
・
・・・
・・・・・
ガチャリと小屋の扉が閉まる音がする。
この音は、先程まで居た客人が帰って行った事を意味する音だ。
わしはゆっくりと椅子から立ち上がって小屋の中を歩く。
腕を後ろで組みながら歩き、やがて辿り着いたのは"白霊剣のレプリカ"の前だった。
―――少しだけ昔話をしよう。
200年前、王都で行われた勇者召喚。それは彼の様な別の世界の魔法すら存在しない世界から人を呼び出す行為だと聞いている。
向こうの世界で死した人間を神の下から掠めとると言う神をも恐れぬ行為は概念への反逆とも言えるのかもしれない。
魔王討伐の為に集められた数十人の少年少女達は各々例外なく神から特別な力を授けられ、魔王討伐に駆り出された。
勇者達は各地を回り、大きく力をつけて対抗したがその結果は惨敗、討伐に向かった勇者達は死体すら残らずその姿を消した。
その後、王都は更に勇者を召喚しその数はおよそ50人を超えたと言われていた。
その内のたった一人、後に魔王と相討ったと言われる従者の主人。
彼は従者と複数の仲間を連れて各地を回り、前回の勇者よりも強い力を付けて魔王に対抗した。
戦いの中、一人一人また一人と苦難を共にした仲間達は次々に地に倒れついに彼にもその時が来た。
最前線に居た彼等の間に何があったのか伝えられてはいないが、倒れた主人に代わりに指揮を執った従者とその仲間達は多くの犠牲の末に魔王討伐に成功する。
魔王と相討った従者と主人等の亡骸を手に残った仲間達は当時名も無く、辺境にあったこの街へ逃げる様に移り住み、その国の名をシエロと名付けた。
曰く、その名の意味は"空"。勇者達の世界のとある国の言語ではそう言う意味があるらしい。
勇者達はシエロで最期の時までその余生を過ごし、何時の間にか人知れず一人、一人とその姿を消して行った。
「確か、その時の従者の髪の色も"白"だったらしいのぅ。」
"魔物憑き"と呼ばれる言葉は勿論知っている。
だが、その主人である彼は当時の勇者達とは時代背景も境遇も違う。
出来る事ならば、出来るだけ平穏な日常を送って欲しいものだ…。




