【闇奴隷商】
メリィに手を取られ店へ入ると、そのまま一番奥の部屋へと進む。
部屋に入ると何も無い開けた部屋に出た。そこには入って前方と左右には扉があり、左側の扉は空いているが前方と右の扉は閉まったままの様だ。
俺達が部屋に入ると前方の扉の前でメイガスさんが真剣な表情をして何やら座り込んで作業をしている。
「メイガス様、琥珀さんをお連れしました。」
メイガスさんの集中力は凄まじく、俺達が扉を開けて部屋に入っても気付く事は無かったがメリィがメイガスさんに声を掛けると俺達に気付いた様で作業を止めて立ち上がると申し訳なさそうに迎えてくれる。
「おや、琥珀殿良くぞ来られました。お見苦しい所をお見せして申し訳ない。」
「いや、此方もお忙しい所に申し訳ない。何やらメイガスさんが困っているとメリィに聞いたので手伝いに参りました。」
俺がそう言うとメリィが説明を続ける。
「琥珀さんはどうやら何かしらで扉の向こうを確認できるスキルを持っていると仰っていたので、ここまでお連れしました。」
メリィが俺のスキルの有無について説明するとメイガスさんは驚いた顔をして俺を見ると、有無も言わさず俺の肩を掴む。
「不躾ですが、今すぐにでも見て貰いたい物が!!!」
「構いませんが、メリィにも説明した通り俺が見えるのは人や魔物のステータス。無機物を確認する事は出来ませんがそれでも?」
「ええ結構!!事情は事が済んでから説明致します。」
何時もは冷静であるメイガスさんが必死になりながら俺を見る。
メイガスさんとメリィを連れて、急いで前方の扉の前まで来ると、"神の瞳"を発動させた。
「―――!!」
扉の向こうに見えたのは3つのステータス。
何れも体力は削り切られ、今にも息絶えそうな程に衰弱しきっていた。
「メイガスさん、扉の向こうには三人いる!!!急がないと不味いかもしれない。」
そう伝えるとメイガスさんの表情は苦虫を噛み潰したような顔に変わり、その声は怒りに変わる。
「あの下種め…本当に閉じ込めておったのか!!」
そして握った拳を血が滲む程握り締めて、メリィに命令した。
「メリィ、今すぐ力のある奴隷達を数人此方に寄越して下さい。そして暖かい食事と寝床の用意を。」
一息に言い切ると、メリィは急いで部屋を出て行った。
「琥珀殿、少々退いていて下さい。」
メイガスさんはそう言うと扉の前に立ち、腰を落とす。
「私が愚かでした。初めからこうするべきだった…。」
それだけ言い残すと、メイガスさんはとある魔法の詠唱を始める。
"―――山河を崩し、地を這う蛇よ 我が身に全てを砕く隻腕を宿し給え"
「ブロス・ガントレット!!」
詠唱を終えると、メイガスさんの右腕に寄り添う様に巨大な岩の拳が姿を現す。
「ハァアアアアアアア!!!!」
メイガスさんは声と共にその拳を大きく振り被ると、正面の扉に向かって拳を突き出す。
扉には何か細工がされているのか、岩の剛腕が迫ると赤くボンヤリと光りその攻撃を防ぐ様に紫色に光る魔法陣が展開される。
メイガスさんの魔法と扉から展開される魔法陣がぶつかるとバチバチと雷に似た様な衝撃が走り、徐々ではあるが岩の拳が魔法陣を押し込み亀裂が入って行く。
「くっ!」
魔法陣の全体に亀裂が入る頃、メイガスさんはその衝撃に耐えかねて弾かれ後方に飛ばされる。
ゴロゴロと転がって壁にぶつかるとメイガスさんは呻きを上げ、その苦痛を物語っていた。
「もう少しの所で…。」
どうやらこの魔法は負担が大きいらしく、徐々に岩の腕は形を崩れ崩壊の一途を辿り始めている。
俺は何とか出来ないかと"神の瞳"を使いながら扉を見ると、その扉は全壊一歩手前まで持って行かれながらも既にその修復が始まっていた。
遅れて見える世界で俺は考える、きっとメイガスさんが立ち上がり次の攻撃を加える頃にはこの修復は完全に完了するだろう。
ならば、今現状メイガスさんには期待できず間に合うのは俺だけだが俺は魔法を覚えておらず強力な攻撃を持っていない。
俺に出来る事と言えば剣を振る事だけ。だがそれでどうする?
剣を何回叩き込んでも一発一発の威力が魔法に比べて低い為、メイガスさんの様な攻撃力は生み出せずきっと傷一つ付ける事は叶わない。
ならば、考え方を変える。
壊すのではなく、止める。
中心に見える一際大きな亀裂へ剣を突き刺せば壊せはせずとも修復は止まるかもしれない。
「考えるまでも無い。」
決断は即決だ。、
俺はこの日二度目の剣を抜くと、同時に自身に出せる全力で床を踏み抜いて亀裂に迫る。
「ハァ!!!」
亀裂の中心へ剣を突き立てると、ソレを拒絶するか様に内側から剣を押し出す強い力と剣先から身体に向かって紫色の雷の様なモノが伝って向かって来る。
その雷が指先に触れるであろうその瞬間ギリギリまで内側から剣を押し出そうと力へ反発する様に全力で剣を押し込むと、限界を見切り剣の柄から手を離して紫色の雷を回避した。
もちろんこれだけでは終わらない。
そのまま一歩だけ後方に下がりながら、一歩目の左足を軸に後退へブレーキをかけるとそのまま半回転して柄の先を思いっきり蹴りつけた。
するとガキンと言う音と共に完全に壊れた訳では無いが、剣先が魔法陣を貫通し扉を串刺しにする。
「よし、メイガスさん今だ!!!」
メイガスさんの名を叫ぶと、彼は崩れかけた岩の剛腕を持ち直して扉へ走り込む。
俺はそれに巻き込まれぬ様に素早く扉の前から飛び退いた。
「ハァァァアアアアアアア!!!!!」
メイガスさんが剛腕を扉に向かって再度振り抜くと店全体を揺らす、ドシンと言う振動と共に先程の抵抗が嘘の様に扉に施された魔法陣を砕いた。
「琥珀、殿。…感謝、致します。」
どうやら相当無茶をした様でメイガスさんの息は切れて、魔力もほぼ枯渇しきっている。
俺が鞄からポーションを取り出して差し出すも、彼は中の者達が先だと言って決して飲もうとしない。
「メイガス様、今の音は!!!」
俺達が扉を破壊するのとほぼ同時に三人の少女達が到着する。
よく見れば彼女達は俺とドルゲがメイガスさん達を助けた時に赤髪の少女ケルンとその仲間達である。
「中にまだ息のある人がいる筈です!!!今すぐ連れ出して治療を!!!!」
彼女達は分かりましたと言って扉の奥へ入って行く。
俺は今にも膝を着きそうなメイガスさんに肩を貸して、ゆっくりと扉の向こうへ向かう。
扉の中が見える所まで来ると、そこには現代社会を生きて来た俺には刺激が強く思わず目を背けたくなる状況が広がっていた。
「琥珀殿、辛いのは分かりますが眼を逸らしてはなりません。そして出来れば覚えておいて欲しいのです。」
中に居たのは今の俺と変わらないくらいの若い青年と二人の男性。
三人共壁際で檻に入れられ、檻の中に関わらず四肢には鋼鉄の枷が嵌められて壁に繋がれていた。
体は限界まで痩せ細り、腹部から浮き出るあばら骨がそんな彼等の現状を物語っている。
三人共一体どれだけの間食事をしていないのか何て想像したくない、それはまるで次の瞬間にでも死んでしまいそうな病気の末期患者の様だった。
メイガスさんが持つ俺の肩に掛かる力が強くなり、そこから彼が抱く憤りがヒシヒシと伝わって来る。
部屋の中に入ったケルン達三人は男達を担ぎ上げると、メリィが用意しているであろう寝床へ向かって急ぎ足で部屋を出て行った。
「さぁ、琥珀殿…まだもう1つ残されています。」
メイガスさんはそう言うと、魔力が尽きかけた身体に鞭を打つ様に俺の肩から腕を離し、自分の力で立ち上がる。
正直に言うと、俺はもう一つの扉を見るのが怖くなった。
あんな状態で人が監禁されている所を見て、ああも人は人を家畜の様に扱えるモノなのかと。
その感情は逆に怒りまで届かずに何故かと言う問いが俺の頭の中で何回もループした。
俺は頭を疑問を振り切る様にブンブンと振ると、"眼"を残った扉へと向ける。
それでも頼まれた事は果さなくてはならない。
・
・・・
・・・・・
「はぁ…大丈夫です、此方の扉の向こうには誰も居ない様です。」
メイガスさんにそれだけ伝えると、安心したのか彼は膝から崩れ落ちる様に床に座り込む。
そして俺は"誰も居なくてよかった"ただそれだけが胸を支配し安堵する。
あんな酷い物を何度も何度も見たくはない…。
生前は生活の殆どが病院の中だったので、病気で苦しみ息を引き取る者達を何人も見て来たけれどそれは基本的に手を尽くされた結果であるがこれは違う。
手を尽くす所か何もされず何も与えられず、死を待つだけの悪意しかない所業である。
「琥珀殿、手を貸して頂き有難う御座いました。まさかこの店の前任者がここまで非道だったとは思いませんでした。」
「いや、俺も貴重な物を見させてもらったよ。少し休憩にしましょう。」
そう言って俺はメイガスさんの隣に腰を下ろすと、先程渡し損ねたポーションを渡す。
メイガスさんはもう一度のお礼と共に一気にポーションを煽ると、あの独特の"苦み"に顔を歪ませた。
「市販の物とは随分と味が違う様ですが、これは…。」
「良く効くでしょう? 俺の友人が作ってくれた物なんですよ。」
「確かに、回復速度も量も市販の物と一線を介しておりますな。」
"苦みはさて置き"と言う前置きをメイガスさんはしっかりと置くと、エンフィルの持たせてくれたポーションを素晴らしい物だと褒め称える。
そしてメイガスさんは空の試験管をじっと見つめると何かを呟いた気がしたが、俺の耳には届かなかった。
「さて、琥珀殿。今回お手伝い頂いた事情について御説明致しましょう。」
メイガスさんはそう言うと今回この店で起きていた事件について語り出した。
「この店は元々、私が奴隷を扱う闇商を摘発した物を譲り受けた物でした。
今は既にこの店の前任者は王都の牢獄へ送られ、罰を受けるだけの身でありますが…
彼等は摘発された際、最後の抵抗に抱えていた全ての奴隷を巻き込んで自害を図りました。
その際、店の全てを複雑に構成された魔法で封鎖し派遣されて来た他国の騎士や魔法使い達を拒んだのです。
幸い騎士達の働きにより魔法の大部分は破壊され事なきを得、その後すぐ私が後に付き。
此処に着いてからすぐにこの店に残った魔法術式の解除に乗り出したのですが、その作業の最中にある大変な事に気が付いたのです。」
「大変な事?」
「ええ、闇商の者達の作った物なのであまり正確性は無いのですが…救出された奴隷達の数と名簿に残されていた数が全く一致しなかったのです。
私は焦りました。正確性に欠くとは言えこの閉まった扉の向こうにまだ残された者達が居るのではないかと。
魔法の知識がある私とメリィの二人で徹夜で解除作業をしましたが今日までの三日で全てを解除する事は出来ずに2つの扉が残ってしまった。
それでも大部分の解除が終わり取り残された者達が居なかったので、不安が私の杞憂であったと心の何処かで安堵していた頃
そこに琥珀殿が訪れたのです。」
成程、そこに来た俺がこの扉の先を見てその不安は現実に変わった。
「それにしても、本当に良かった。閉じ込められていた者達が子供達であったのなら最悪の結末もあったのかもしれない。闇商の名簿には子供の名は無かったですが、万が一も有り得ますからな。」
確かに子供であったのならあの状況で生きて居られる可能性は大人達に比べ低く、更に酷い物を見る羽目になったのかもしれない。
「さて、琥珀殿は私に御用事があって来られたのでしょう?
今回の件のお礼もしたいので、此方へどうぞ。」
メイガスさんはポーションのお陰か、先程の疲れも見せずに立ち上がると別の部屋に俺を案内する。
俺はメイガスさんの後に続くと、この部屋を後にしようとしていた。
しかし、どうも違和感が残る。
メイガスさんが"閉じ込められていた者達が子供達でなくてよかった"と言った時、何故か寒気が背中を駆け抜けたのだ。
だが、メイガスさんが子供の名は無いと言うのなら居ないのだろう。
だが俺とメイガスさんが部屋を出て行こうと元来た扉を通り過ぎようとした時、それは聞こえた。
"コツン"、"コツン"と他の音があれば容易く掻き消えてしまう様なか細い音だった。
俺とメイガスさんの動きは不自然にピタリと止まる、きっとメイガスさんも同じ気持ちだろう。
背筋に寒気が走り、最悪のケースを想像している。
「琥珀、殿。今の音、聞かれましたか?」
「ええ…。」
俺とメイガスさんは先程まで救出作業を行っていた部屋を振り返っていた。
そこには派手に壊れたドアと壁があり、右手には誰も居ない部屋の扉があるのみだ…。
右手側の部屋は解除作業は済んでいないが、確かに誰も居ない。
何故なら音は右側からはしなかったからだ。
俺とメイガスさんの動きは完全にシンクロする。
音のした方向。前ではなく後ろでもない、…それは、下だ。
メイガスさんにはきっと見えては居ないだろうが、俺の表情を見て全てを理解したのか。
俺とメイガスさんは顔を見合わせる事も無く剣を抜くと、それを使って床の板を一枚一枚外し始める。
半分くらいの数の板を剥がした所で、地下に続くであろう鋼鉄で出来た扉が姿を現す。
俺とメイガスさんは焦りながらも鋼鉄で出来た扉を開くと、その先は石で出来た階段が続いていた。
メイガスさんは魔法で指先に小さな炎を出すと、それを灯り代わりに階段の奥へ進み、俺も置いて行かれない様にメイガスさんの肩を掴み共に地下へと進んでいく。
「「…」」
階段を一番下まで降り終えると、そこには古ぼけた小さな机と椅子が設置されておりその上に何枚かの紙が置かれていた。
メイガスさんはその紙を手に取り、中身を確認している様だがその内容の奥に進めば進む程その顔色は真っ青に染まって行く。
ふと俺もその紙へ眼を落すと人の名前がズラリと書かれている。きっとこれは上には無かった部分の名簿だ。
メイガスさんは焦りながら机の隣にある木製の扉に手を掛ける。
この扉は閉まっているが、きっとメイガスさんの見ている物と俺の見ている物は間違いなく同一だ。
メイガスさんが意を決してその扉を開く。
そこに居たのは、名簿には無かった筈の子供達だった。
俺はその光景を見て立ち尽くし、メイガスさんはその表情を何度も歪めながらも感情を殺し今しなければならない事を貫いた。
「琥珀殿、私はすぐに上に戻り人を連れて来ます!!! 琥珀さんは現在お持ちのポーションを使って治療をお願いしたい!!!!」
呆然と立ち尽くす俺の返答も待たずに踵を返すと、メイガスさんは急いで階段を駆け上がって行った。
「これは…一体―――。」
石造りの狭い地下の部屋、部屋の隅には地下水が落ちて水たまりが出来ている。
どうやら、この水のお陰で子供達はかろうじで"生きている"様だ。
子供達は土に汚れた布を例外無く羽織り、水溜りの近くに身を寄せ合って倒れている。
その状況を呆然と見つめると、俺はハッとして意識が現実に戻る。
すぐにメイガスさんに頼まれた言葉を思い出し、エンフィルから持たされたポーションを全て袋から取り出すと部屋の中に一歩を踏み出した。
部屋の中まるで掃除がされていなく酷い匂いだが、当たり前の様に全く気にはならない。
俺は子供達の前まで来るとエンフィルのポーションを1つだけ残して全てを子供達へ振り掛けた。
神の瞳を即座に発動し子供達のステータスを確認すると、徐々に体力が回復して状態が安定して行くのを確認した。
「さて」
俺は回復の一途を辿る子供達から離れると、反対側の壁へ向かう。
そこには一人の少女が壁に背を預けて倒れていた。
その少女の身体を見ると、他の子供達よりも一回り以上痩せ細り、羽織っている布は所々が破れている。
汚れに汚れたその身体とは不釣り合いなくらいに腰まで伸びた真っ白な髪だけが不思議に清潔感を保っていた。
当たり前ではあるが、彼女の容体は他の子供達より更に悪い。
ならば流石にエンフィルが作ったポーションと言えど、振り掛けただけではダメかもしれない。
俺はエンフィルにした時を思い出しながら口にポーションを煽り、彼女の身体を抱き起すと唇を重ねて直接口へと流し込む。
彼女がポーションを全て飲み込むまで吐き出してしまわない様に唇を塞ぎ続けていると、漸く全てを飲み込んだのか彼女の体力は徐々に回復を始める。
俺は彼女から口を離し回復を確認すると安心感で不思議と涙が出て来る。
「―――助かってよかった。」
そしてこれが、俺とアルセリエの初めての出会いだった。




