【対加護付き】
「…本当にやるのか?」
「当たり前だ!!!」
店の裏庭にてルシエと俺は対峙する。
壁に背を預けて傍観するコルエさんに眼を向けても含みの有りそうな笑顔を此方に返すのみで取り付く島もなく、目の前のルシエと呼ばれた店員は完全に俺を敵視して今にも噛みつきそうな勢いで此方を睨んでいる。
言うまでも無く、これは望まない戦いである。
そもそも何故コルエさんはこの戦いを止めないのか分からない。
気に食わないのならば、やりたいだけやればいいとだけ残しコルエさんは傍観者になってしまった。
どことなくエンフィルに似た影が見え隠れする所を見るに確かに"弟子"である。
あの手紙に何と書かれていたかは知らないが、どうせ俺の事を"その眼で見極めろ"みたいな文が書かれていたに違いない。
だがそれでもだ。
これはキツイ。
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称号:該当なし
名前:ルシエ
レベル:31
種族:獣人族
職業:獣闘士:Lv30
体力:1990/1990
魔力:870/870
力 B(1100)
防御 B(788)
知力 C(520)
精神 C(320)
素早さ A(1233)
器用さ B
運気 C
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軽く確認するだけでこれでは、戦力が開きすぎである。
向こうもエンフィルの関係者なら、と…俺の戦闘力を過大評価しているのだろう。
残ねん、見当違いである。俺のレベルはここまでの道中で1つ上がり12。ステータスの上りが高いとは言え今現在彼女に勝てるかと言えば100%無理であり一方的にボコられるのが関の山だろう。
そう、このままでは…だが。
現状を打開する為にルシエの性格を信じて一計を講じる。
「コルエさん。」
「何だ?」
「この戦い、俺に危険が万が一及んだ場合。彼女を止めて頂いても?」
「…ほぅ。」
コルエさんは眼を細めると興味深そうに俺を見た。
…この反応は眼を使うまでも無い。鑑定スキルを持っているか、手紙内容で俺の戦闘力がどれほどか知っているだろう。
このレベル差も承知で俺にやらせようとしている事も…。
「情けないわね!!エンフィル様の友人と言ってる癖に始めから逃げ腰?」
こんな発言をすれば彼女の性格上噛みついて来るのは当然である。
「ああ、これからやらなきゃならない事が山積みだし怪我もしたくないからな。
それに俺のレベルは12だ。コルエ殿の御弟子様であるルシエ殿であれば、そのレベルは30を超えているだろう。」
そう言うとコルエさんとルシエの反応は正反対であった。
コルエさんは少々驚いた様な顔をした後思案顔になり、当のルシエは――――
「あははははっ!!エンフィル様の御友人様がレベル12?
この街の冒険者達とそんなに変わらないなんてやっぱり、友人と言う話は嘘っぱちだったのね!!
いいわよ、貴方が嘘だと認めて謝罪すると言うのならこの戦いを止めてあげてもいいわ!!」
完全に調子に乗った。
だが俺もエンフィルの友人なら、その弟子のコルエさんの手前もありあまり引く気にはなれない。
「いや、此方もエンフィルの手前引く訳にはいかん。」
「むっ…そう、まだ突き通すのね。」
ルシエはまた不機嫌顔に戻ると、また俺を指差し叫ぶ。
「…いいわ、なら少し本気で沈めてあげる。」
「それで、俺はお前を倒せば認めてもらえるのか?」
「レベル12が私を倒す?馬鹿じゃないの!?
…でもいいわ、貴方の啖呵を買ってあげる。
私を一度でも地面にでも叩き伏せる事が出来たのなら貴方の"エンフィル様の友人"と言う戯言を認めてあげるわ!!!!」
我、策成れり。
倒す事は不可能でも一撃ならばやれるだろう。
だがチャンスは一度きりだ、外せば警戒され地面に叩き伏せる以前に一撃を入れる事すら難しくなる。
「それじゃあ行くわよ!!!」
対峙したルシアは身を低く構える―――
その瞬間"圧"の様な物が身体を叩いた。
この街に来る道中で会った魔物などでは感じない自身より確実に格上であることを強制的に認識させる様な感覚だ、それでも死に際のエンシェントゴーレムと対峙した時に比べたら幾分もマシに見える。
侵攻戦を経験していなければ確実に圧されていた。
そして次に繰り出すルシエの一歩は少なくとも俺の想像を越えていた。
ただ一歩目から先刻の自身の皮算用を恨みたくなるほどの加速。
何時どのタイミングで来られようとも対処できる心構えは出来ていた。
ルシエが一歩目、地を踏み込むと同時に目黒琥珀は先刻までの皮算用を放り投げて腰から剣ではなくくミスリル短剣を手に掛けた。
二歩目を踏み終わる頃には既に互いの距離は半分まで詰められた。
(速すぎるっ―――!?)
三歩目に入ろうと言う所で短剣を構え"神の瞳"を発動、ルシエの構える爪先を確かに捉えられるラインまで魔力を流し込む。
四歩目―――は、無い。
三歩目でその速度を更に加速し跳んだ。
二人が交わる時、金属同士を擦り合わせた様な音が響く。
突き出された爪先に短剣の腹で滑らせると信じたくは無いが、確かに火花が散る。
交わる際に見えた彼女の瞳は瞳孔が開き鋭く光る眼光はまるで獲物を狙う狩人の様な眼をしていた。
ルシエは後方へスピードを殺しつつもその足を停止させると、かなり驚いた顔をして振り返る。
「へぇ…貴方眼が良いのね。」
「いや、そうでもない。」
右目の下。べっとりと流れる頬の傷が物語る、準備の無い急ごしらえの対応では爪を完全にいなす事は出来なかった。
「それじゃあ、これはどうかしら!!」
ルシエが次の攻撃の為に構えると、茶髪が逆立ち今まで何処に隠れていたのか、先の欠け傷ついた猫の様な耳が現れる。
ただ対峙している此方の身からすれば正に冷や汗モノである。
明らかに先程とは雰囲気が違う、もう計り間違いはないだろう。
今俺が出来る全ての力を―――この眼に。
ルシアが踏み出した一歩、先程の攻撃とは比較にはならない。
地を蹴った瞬間派手に抉れた地面を残し、眼前から消えたかの様に見えた。
傍観者に徹していたコルエさんが驚いた顔をしてルシアの名を呼ぶ声が聞こえた気がするが、そんなもの気にしている余裕はなく、ただ俺の中には危機感しか残っていない。
全力で注ぐ魔力に呼応するように目の前の景色は姿を変える。
ルシエの姿を捉える頃には既に距離は半分まで迫り、構える爪は更に鋭く、その眼には俺の姿しか映っていない。
(まだだ…。)
更に魔力を使うがこれでは彼女を捕えるにはまだ足りない。
更に、更に、更に、更に――――
眼が悲鳴を上げているのか、眼球の奥にピリピリとした強い痛みが走る。
その景色はエンフィルと共にゴーレムを倒した時の景色に追い付いた。
だが、それでもまだ足りない。
◇◆◇◆◇◆◇
コルエ・メイフィストは傍観者に徹する事を後悔した。
ルシエが踏み出した先程の一歩で全てを理解した、それは彼女の"素"の能力を大きく超えている。
とあれば、その原因は1つしかつかない。
それは店の金庫に仕舞い込まれた私が師匠から譲り受けた装飾品の数々を懐に隠して装備しているのだろう。
本来ステータスとは別に装備に付く"加護付き"と呼ばれる物はステータス表示とは別である。
その上エンフィル・シャンデールが持つ"加護付き"の装備類はそこいらの市場で流通している物とは一線を介すのだ。
きっと琥珀は鑑定スキル持ちであり、そのスキルで見たステータスで行けると踏んだ。
だから目黒琥珀の策は"加護付き"のせいで瓦解する。
(あの速度であれば、一撃目に私の攻撃は間に合わないだろう。なら…)
我は謳う、災いの下へ―――
師匠には大きく劣るが高速思考、高速詠唱、更に一部詠唱破棄。これなら二撃目には確実に間に合う。
非戦闘職である今の私が大きな怪我をさせず、ルシエを止めるのなら拘束系統に属する唯一私が得意とする雷魔法で動きを封じる事だ。
(師匠の友人殿だ、一撃くらいは耐えて見せろよ…?)
◇◆◇◆◇◆◇
追い付いた、そして追い抜いた。
自身まであと一歩半の所で眼はルシエを完全に追い抜いた。
漸くルシエを"捕えられる"様になった世界で俺はただ一度の攻勢に移る。
先程と同じ様に残り一歩で飛び込んで来た右手の爪を寸での所まで引き付けて頭を下げて躱し、そのままの通り過ぎていく右手と胸倉を掴み真っ直ぐ飛び込んで来た彼女の力を利用して背で投げる。
「そんなっ――――!!」
ルシエのそんな声が聞こえたのは束の間。
そんな彼女の出した勢いに負け、投げると同時に自身の足も浮いてしまう。
そのままの勢いで地面を自身で投げた彼女と共に土煙を上げながら転がり始める。
手を離して投げ飛ばしてしまえば楽になるだろうが、そうしてしまえば彼女に受け身を取る機会を与えてしまい"地面に叩き伏せる"と言う勝利条件は二度と達成されることは無いだろう。
彼女を掴んだまま何回も地面に激突しながら、裏庭の塀に激突する寸前でその勢いは失われた。
身体中が軋んでいるがそんなモノには構っている暇はない。
押し倒したルシエへ短剣を突き付けようと思ったが腰の短剣も魔法の鞄も結びが緩かったのか転がっている最中に外れてしまった。
…だが、これで彼女の提示した勝利条件を達成した筈だ。
「俺の勝ちだ。」
地面に背を預ける彼女を見下ろして勝利宣言を掲げる。
ルシエはそんな俺を不思議そうな顔で見たと思ったら即一変、その表情は怒気を孕んだ鋭い物に変わる。
彼女はまだまだヤル気満々な様だ。
「悪いがもう無理だ、これ以上やると言うのならそっちに勝ちは譲るよ。」
たった二回打ち合っただけだが二度目に魔力を使い過ぎたせいでカラっからの上に軽い頭痛に眼と身体中の痛み。
当初の勝利条件は達成された、エンフィルへの義理はもう必要ないだろう。
新調した服も埃塗れ、必要以上にボロボロだ。
「……。」
黙りこくりながら此方を睨むルシエを他所に裏庭にパチパチと手を叩く音が響く。
「見事、と言う他あるまいな。」
コルエさんは二つの袋と短剣を拾うと俺達の方へ向かってくる。
俺は身体に鞭を打ってルシエの上から立ち上がり、彼女に向かって手を貸してやると数秒睨んだのち遠慮がちに俺の手を掴み立ち上がった。
「ほら、これは君のだ。」
立ち上がった俺にコルエさんは短剣と魔法の鞄を渡すと、もう片方の袋を出してルシエの方へ向き直る。
「さてルシエ。まぁ…なんだ、怒るとか面倒だからしたくないのだが、一応申し開きは聞こう。」
コルエさんがルシエに目線を向けるとバツの悪そうに目線を逸らしながら眼を泳がせる。
「ルシエ。」
「すいませんでした師匠!!!!!!!!!」
彼女はまだ体力が有り余ってるのか、綺麗な直立不動のまま頭を下げてペコペコ謝り出す。
「大師匠様の友人様が御相手なら、万が一もあるかと思いまして持ち出してしまいました!!!」
「……まぁ、いいか。過ぎた事を考えても仕方ない、次が無ければいい。」
「すいませんでしたァァァァァ!!!!」
あまりに怠そうな師匠と活発な弟子による俺からしたら何の事を話しているか分からない内容の折檻が終ると、少しも申し訳なさそうにコルエさんが俺に向き直った。
「とりあえず店に戻ろうか。事情も説明するし、謝罪も…させる。」
「ヒィッ!!?」
ビクリと身体を跳び上がらせたルシエを置いて店の方へ歩いていくコルエさん。
先程まで逆立っていたルシエの耳も何処かに消え失せ、先程までの激しさが嘘の様になくなりオロオロしだした好敵手を置いて俺もコルエさんの後ろを追った。




