【コルエ・メイフィスト】
直接会いに行けば良いとは言ったが、あの店員が言った様に確かにみすぼらしい。
服は所々良く見れば解れが見え、汚れも目立つ。少々強めに服の汚れを払ってみるも、中々取れる様子は無かった。
「……仕方ない。」
俺は裏通りから表通りへ戻り、顔を出すと出来るだけ高級感の無さそうな服屋を探した。
欲する物は旅をするのならいずれ買おうとは思っていた物だ、今買っておいても問題ないだろう。
「此処なら問題ないか…。」
探し当てた店はお世辞にも繁盛しているとは言えないが、外見を見る限り今にも潰れそうな感じはしない…そう、全く以ってパッとしない店である。
対角線上に建てられている同じ店は引っ切り無しに客が入れ替わり、女性は立ち止まり展示品に眼を輝かせている。
とても良い、清々しい位パッとしない。
俺はそのパッとしない店からパッとしない物を選びパッとしない金額で購入する。
服は此方に来た時から使っている薄緑色の服に長ズボンを袋の中へ放り込み、購入した薄灰色のズボンに白を基調にし、首元に薄い赤の帯が入ったシャツを着て、その上に現代のワイシャツの様な白い上着を羽織る。
服屋の店主と服の趣味が合致し少々意気投合して、テンションをそのままに予定より高い外套まで購入してしまったがこれで服装については問題ないだろう。
替えの下着やらタオル代わりの布なども購入し、とりあえず当面の生活が持つようにはなった。
「これなら万が一あの店員と鉢合わせになったとしても服の文句は言われないだろうな。」
まぁ、出来れば鉢合わせる前に事を済ませてしまいたいのだが…。
俺は先程コルエ魔法店を出た際に確認したコルエさんのステータスをもう一度確認し、位置を確かめると人込みへ身を投じた。
◇◆◇◆◇◆◇
この街一番の高級店、その裏手に構える作業場。
あまり大きな建物とは言えず、外見は立派だがたった一部屋しかないので小屋に近い。
窓から差し込む光が家主であろう分厚い本を枕代わりに眠りこける者へ、早く起きろと囁きかける。
「……んぁ? ああ…また寝ちまってたのか。」
日の光に当てられて目を開け、立ち上がろうする。
「ん…あれ、目の前がぼやけて…? ああ、そうか眼鏡眼鏡…。」
私はまだ寝ぼけているのか、自身の目が悪い事さえ忘れてしまったのか。
ゴソゴソと手だけを動かして他の本の上に置かれていた、小さい頃師匠から貰った大事な眼鏡を手に取って身に着けると漸く視界がクリアに映し出された。
「これでよし。」
他に積まれた本の上へ手を置いて立ち上がろうと力を入れる。
ズルッ
「あ。」
そう、まさにそんな感想だ。
手を置いた本で器用に滑ると、そのまま所狭しと積み上げられた分厚い本の数々に当たり、雪崩の様に降りかかった。
ガチャ
扉が開いたのはほぼ同時だ。
朝食?を持って来たであろう我が弟子が崩れた本の音でビクリと飛び上がったのが見えた。
「……。」
「…何やってんですか、師匠。」
呆れた表情で此方を見ながらもしっかりと手を伸ばしてくる辺り、私よりよっぽど出来た弟子である。
「しっかりして下さいよ、師匠。」
「ははは、悪い悪い。」
「それで、王都のレギオ様に注文されていた物は出来ているんですか?」
私は壁に掛けられた白衣に袖を通しながら机に置かれた中身の入った大袋を掴み投げ渡した。
「はっ!?」
弟子は驚きながらも両手で何とか受け止めると抗議の声を上げる。
「取り落としたらどうするんですか師匠!!?」
「取り落とさなかったじゃないか。」
「それは結果です!!!」
怠そうに軽く耳を塞ぐ私は弟子の抗議が終わると注文票に眼を通した。
「それにしても、最上級ポーションが各種50上級が各120か…個人に卸すには異常な量だな。
ナクタリアの最高英雄殿は単独でドラゴンでも討伐する気だろうか。」
「大師匠様と肩を並べられる様なレベルの方ですから、私達には分かりませんよ。」
「確かに、な。」
そう言って注文票をそこらへ投げ出して思考を放棄する。
それでは。と言って出て行こうとする弟子へ注文された他の袋も投げ渡すとまた怒り出した。
「だから商品を投げないで下さいってば!! 師匠がそんなだから、今日も変な客が来るんですよ!!」
「変な客?」
「ええ、清潔の欠片も無い服で何でもエンフィル様の手紙を師匠へ届けに来た!とか言ってましたけど、あれは絶対師匠に近付こうとする不届き者です!!!」
へぇ…ふと自身の師匠であるエンフィル・シャンデールの事を考えてみる。あの人がそんな人物を送るだろうか…?
少し考えただけで確信に変わる、あるな。多分それは"本物"だろう。
「師匠も有名人なんですから、気を付けてくださいよ。」
「ああ」
「それでは今度こそ、私はお店に戻りますから。ちゃんと朝食を摂って、顔を洗って来て下さい、髪もボサボサですよ。」
バタン
言いたい事だけ言って弟子は去ってゆく。
とりあえず持って来てくれたパンを咥えるとそのまま顔を洗う為に私も外へ出る事にした。
作業場と店を繋ぐ裏の庭の中心に水場は存在する。時間、作業場を出て水場まで徒歩20秒。
その時間まで先程の弟子が言っていた"変な客"について考える。これはあれだろう、あの人の御眼鏡に適う者が現れたと言う事だろう。
興味があり、信頼の置ける者だとするなら、あの人は人を選ばない。
だが自身の身内への手紙を任せるとあらばもう1つ、2つ上の信頼を置いているのだろう。
あの人と最後に会ったのは15年前だったかな、それからあの人の噂は聞かなくなった。
正確には彼女の姿を見たと言う情報を聞かなくなった、だ。 あの人の功績や凄さの噂など少なくとも私の生涯聞かなくなる事はないだろうからな。
私と師匠は1つだけ根本から似ている部分がある。
それは"興味"だ。私は自身の興味へ抵抗できない、解明しなければ、成功させなければ収まらない。
ここ数年そんな感覚は無かったが、師匠が"興味"持った者だ…私が興味を示さない訳がない。
私の勘が告げている。一度は弟子に門前払いされただろうが、その者はきっと諦めない。
冷たい水に顔を浸けるとより思考はクリアになる。
水から顔を上げると同時に風魔法を操って長めの蒼髪を整えていく、魔法才能が総じて低い私は何故か魔力操作に恵まれている。
そして、これが応用である。誰よりも低く、少なく、薄く魔力を周囲へ放出。
あまり高くない魔力感知スキルを駆使して意識を集中し、放出した魔力が当たった周囲の存在を感知する。
「ああ―――何だ、もう来ていたのか。」
そう言って私は背後を振り返った。
◇◆◇◆◇◆◇
驚いた、まるで俺が此処に来る事が分かっていたかの様に声を掛ける前に声を掛けられた。
人込みに紛れた後、店の裏手に回り先程の店員が小屋に入って行くのを確認した俺はその店員が外へ出るのを待った。
それはその小屋の中に目当ての人物がいる事は事前にわかっていたからだ。
あの店員が居れば間違いなく事になるだろう、そんな事は火を見るより明らかだ。
だから店員が元の店まで戻るまで人に紛れながら待ち続けた。
半分寝ぼけて出て来た彼女を確認し、顔を洗い始め…終わるまで。
ただ1つとして此方に対して"何かをした"と言う素振りは一切なかったのだ。
「何、驚くことはない。嘗て勇者殿がいた世界にあったと言うエコーロケーション?だったかそれを魔力探知スキルに応用しただけだ。」
目の前の相手は悠然と解を説く。
エコーロケーション。簡単に言えば反響で周囲を把握する方法である、魔力探知のスキルを応用したと言うのなら言葉をそのままに魔力を反響させて俺の姿を捉えたと言う事か。
「ふむ…興味深いな。エコーロケーションがどう言うモノか理解している所を見るに私や師匠に近いしい…勇者達の世界の知識へ興味を持った者達、いや確率としては転生者の方が濃厚だな。」
その推理に至る時間は2、3秒。
「降参だ。」
この際何も考える事も無い。エコーロケーションと魔力探知と言う単語、それを推理出来てしまう自身の知識、それを表情で見抜かれただけだろう。
この人は間違いなくあの人の弟子だろう。…だって似てるんだから
俺は両手を上げて素直に降参の意を見せた。
「御明察の通り。転生人、目黒琥珀と申します。此度はエンフィル・シャンデール様の便りを持ち参上いたしました。」
出来るだけ最高の笑顔で礼節丁寧に装いエンフィルから預かった手紙を差し出した。
「フッ…。無理せず、言葉使いは普段通りでいい。」
「そうか。目黒琥珀だ、宜しく頼む。」
「ああ、そっちの方が先程より余程好感が持てるぞ。」
彼女は軽く笑って見せ、そのまま手紙を受け取るとその場で封を開けて読み始める。
「……成程な。あの人はリエンに居たのか、それは消息分からなくなる訳だ。」
一しきり手紙を読み終えると懐へ仕舞い向き直った。
「手紙の内容は大体承知した。まずは先立つ物として…魔石の買取か。ここでは場所が悪い、店まで来てくれ。」
「ああ、わかった。」
そう言って俺は彼女に連なって店へ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇
「な、ななな―――何で貴方が此処に居るんですか!!!?」
「先程尋ねた時に要件は言った筈だが? 服も新調したし、問題はないだろう。」
案の定である。店の裏口の扉を開けて店に入り、俺の顔を見付けるや否や噛みついてきやがった。
「師匠!!これはどういう事ですか!!?」
「彼は私の大事な客人で私の師匠の友人。目黒琥珀と言う。」
どうやら店員はコルエさんの弟子らしい。
店員は師匠に返された言葉に肩を落とすと俺を睨みつける。
俺は向けられた目線に行儀良く"宜しく"と礼を返すとワナワナと震えだし此方に向かって指を差して来た。
「目黒、琥珀!!!!!私と勝負しろ!!!!!」
店内に少女の宣戦布告が鳴り響いた。




