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目黒琥珀の異世界転生論  作者: ウェハース
第二章【極小国家・シエロ】
19/45

【冒険者ギルド】



 まだ現代に居た頃、殆どが病院生活で外へ出る機会は多くは無かったのだが不思議と方向音痴ではなかった。

 地図はキチンと読めるし、余程入り組んでいなければ迷った事すらない。

 此処が初めて来る場所であっても正確な地図さえあればきっと俺は迷う事は無いだろう。


 ドルゲと別れ、時間にして10分程。

 冒険者ギルドとやらに向かう俺が進む道は割と背の高い石と木造の建物によって道を挟んでおり、落ち着いた雰囲気が漂う。

 道は中央通りから外れているからだろうか、人の通りは余り多くなく時折眼を向けると立ち止まって談笑している人や背中や腰に剣を担いで歩く者の姿も見える。


(現代に居た頃は海外なんて画面の向こうの世界だったけれど、いざこうして街並みを眺めていると風情があるな。)


 地図によれば目的地は二つ目の角を曲がった先らしい。

 もう少しゆっくりと街並みを見て居たかったが、どうせこらから当分はこの街に滞在する事になるだろうし後回しでも良いだろう。


「おばちゃん、そのパンを一つくれ。」

「はい、200ステラね!!!」


 だが、空腹は別である。俺はふと目に入ったパン屋でパンを1つだけ購入する。

 エンフィルから教わった通貨の知識を思い出しながら袋から銅貨をを二枚取り出して手渡すとパン屋のおばちゃんは笑顔でパンを1つ紙に包み、そのまま持たせてくれた。

 食事と言えば、この国へ入る前に少し食べはしたが、戦闘があったせいで無駄に腹が減ってしまっていた。

 腹が減ってはなんとやらだ。別に戦いに行くわけではないのだが…。


 買ったパンは焼きたてなのかまだ暖かい、形はフランスパンを小さくしたような形をしていて大きく膨らんでいて、仄かに香る甘い匂いに立派なキツネ色に染まった表面は口にするとカリカリ…中はモチモチ…。

 思わず食レポをしてしまう位には美味しかった。

 

 パンを頬張りながら道を進めると地図に示された曲がり角に差し掛かった。

 冒険者。まぁ…現代人のイメージとすれば依頼を受けるカウンターと酒場が合体している様なイメージである。職種としては派遣業に近いのだろうか。

 好きな時、好きな時間に好きな仕事をこなして生計を立てる。

 無駄に夢と想像を膨らませながら俺は曲がり角を曲がった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「……。」


 まぁ…確かに期待はしていた。

 身体が若いからか異世界の冒険者ギルドに無駄にワクワクしたのはある。

 RPGのゲームだってかなりやった事があるし、その手の本だっていくらか読んだことがあり、子供の頃ながら想像を膨らませ夢にまでみて胸を熱くしたものだ。

 だからこそ、異世界感の無さ過ぎる目の前の光景を見て唖然とする他無かった。


 目の前の建物は作りこそ木製造りで雰囲気としては完璧なのだ。

 遠目から見える冒険者達もガラが悪そうで今にも喧嘩を吹っ掛けられそうでワクワクすらする。

 だからこそ入り口に貼られた"冒険者大募集"などと書かれていて何処かの政治家のポスターの様な張り紙が無数と張り付けられていて、入口前の小階段の両サイドには"冒険者強化月間"、"今なら期間限定で~"などと謳い文句の書かれたのれんがいくつも立っている。

 

 これではデパートのセールだ。異世界の雰囲気ぶち壊しである。

 

「何だろう…急に胃が痛くなって来た気がする。」


 だが折角セーラさんが自分を信用してくれたのだ、その信用を裏切る訳には行かない。

 そう…例え入りたくなくともだ。


 俺は意を決して止めた歩みを再開すると冒険者ギルドの中へ入って行った。


 

 ◇◆◇◆◇◆◇



 ガコンと腰開きの扉を開くと中の内装は想像していた通りだった。目の前は長いカウンターが並び、入り口から見て右側は酒場になっていている。

 やはり昼間、外の襲撃で冒険者達が出て来なかったのは出払っているからだったらしい。

 その証拠に酒場には誰もおらず、カウンターには暇そうにしている受付嬢とせっせとテーブルを拭いている兎耳の女の子のみである。


 カツン


 入り口から一歩を踏み出すと、ガッチリとカウンターで暇をしている受付嬢と目が合った。

 それと同時にテーブルを拭いていた兎耳の女の子の耳がピクリと反応する。

 

「かっ…。」

「か?」


 緑色の制服を着た受付嬢はバッと立ち上がると長すぎる服の袖からちょこんと指を差して此方へ向ける。


「確保ォオオオオオオオオ!!!!」


 いや、それはおかしい。


 俺は咄嗟に身構えるとテーブルを拭いていた兎耳の女の子がテーブルをそのままに物凄い速度で飛び込んでくる。

 

「ありゃ?!」


 思った以上に速かったので思わず神の瞳を行使しながら半身を引いて飛び込みを躱して見せた。

 勢い余った女の子はそのままズザッーと言った感じで後ろに倒れ込んで行った。


「うおっ…危ねぇ。」

「中々やるニャ。」


 声がしたのは背後からだった。

 スグに振り向こうとしたが向こうの方が少しだけ早く、そのまま羽交い絞めにされてしまう。

 この眼の欠点である、見えていない部分は本当にどうしようもない…。


「逃がしちゃダメよ!この街の新しい冒険者になってくれる方かもしれないわ!!」


 これが冒険者ギルドのする事か。


「なぁ…放してくれないか。」

「放したら逃げるニャ」


 そらそうよ。

 俺を羽交い絞めにしている後ろの存在はどうやら話してくれる気は無い様だ。

 仕方ないのでこのまま要件を伝える事にする。


「セーラさんに紹介されてここまで来たんだ――――」

「セーラ様ッ!!!!!!!!????????」


 セーラの名を出した瞬間後ろの拘束は緩んだ。

 ふと後ろを見ると猫耳の少女が申し訳なさそうな顔をして此方を見ていた。

 その更に後ろの床には紙袋が置かれている所み見るに、買い出しの帰りに丁度背後を取られた様だ。


「あ、あの…まさか、先刻来られた騎士団の方が言っておられた"目黒琥珀"様でしょうか…?」

「ああ、そうだが…。」

「申し訳ありませんでしたァァァァアアアアア!!!!」


 緑服の受付嬢は俺の前まで大急ぎで来るとそのままの勢いで頭を下げる。


「いや、別に怒っている訳じゃ…。」

「本ッ当に申し訳ありません!!!見慣れない方だったので、つい何時もの癖で拘束してしまいました!!!」

 

 このギルドはいつも拘束しているのか。先行きが急に不安になってきた…。


「冒険者登録をしたいから案内をしてくれると嬉しいか、な…?」

「は、はい!!それでは此方にお越しください!!!」


 名も知らぬ受付嬢は自身の職務を思い出したかの様に顔を上げると、正面のカウンターへと俺を誘導する。


「私は名前はミラと申します。セーラ様の使者の方から既に伝わっておりますので、此処にサインだけ宜しくお願いします!」

 

 妙にテンションの高い女性である。

 

 机の上に置かれた紙へ自身の名前をフルネームで書き記す。

 ふと思ったが、日本語で大丈夫だったのだろうか?

 此処は異世界だ、使用される言葉が、文字が別の言語であったとしても可笑しくはない。

 それを気にし始めてしまっては会話さえも成り立たなくなるのだが、今更か…

 今の所普通に会話も出来ているし、何故か文字だって読める。

 あの神様の加護の特典だと考える事でとりあえず自分を納得させよう、そうしよう。

 考えすぎてもそれは俺の理解の出来る範疇ではないだろう。


「目黒…琥珀様ですね、失礼ですが琥珀様は―――東国の方でしょうか?」


 東国と来たか。

 必死に頭の中の辞書を引くと一番東国の印象に近いのは昔の日本だろう。

 この受付嬢…ミラが俺の名前を見て判断したのなら、ほぼ間違いなく日本に近い国があると言う訳か。


「悪いが、東国出身ではない。」


 俺は無難にそう答える事にした。

 間違ってはいないのだから良いだろう。


「こ、これは失礼致しました!! それでは登録に移らせて頂きます!!!」


 受付嬢ミラはワタワタと取り乱しながらカウンターの下からサッカーボール程の大きさの水晶を机の上に置いた。

 

「これは…?」

「あれ…ご存知有りませんでした?

 一応説明させて頂きますね。この水晶は魔導水晶(まどうすいしょう)と言い、使用者の魔法の才能を数値化して見る事の出来る"神器(じんぎ)"です。」


 確かリエンでエンフィルが魔法の才能の測定がどうとかと言っていた様な気がする。

 

「遥か昔、未だ人が皆魔法の才能など知らずに過ごしていた頃の話ですが。

 当時の人々は多くの者が剣を以て戦い、魔法を扱う者は少なかったと聞いております。

 魔法の才能を持った者が魔法を使わずにその生涯を終える事が非常に多く、そこに苦悩した神々が全てのギルドに魔導水晶を授けたと伝えられています。」

「神々…がねぇ」


 ふと俺を転生させた神様を思い浮かべてみるが、腰に手を当ててドヤ顔している姿が容易に想像できたが

 そんな微笑ましい姿を想像できる少女の姿をした神様がそこまで世界を考えて動いている様には想像できなかった。

 どう考えても思いつきで実行して後からアタフタしている姿が容易に眼に浮かぶ。


「準備が整いましたので、水晶に手を。」


 俺は言われた通りに右手を水晶の上に乗せると、透明だった水晶が真っ黒に染まった。


「わぁ、これは珍しいです!琥珀さんの得意魔法は"闇魔法"なんですね!!!」


 そう言って受付嬢ミラは驚いた顔をしているが、当の本人である俺はとても微妙な顔をしているのが自分でもわかった。

 学生時代は右手が疼いたりしていた訳だが、身体の年齢に精神が引っ張られているとは言え中身は二十台中盤に差し掛かろうとしていた立派な大人な訳である。

 嬉しさ半分、大人としての気恥ずかしさ半分。とてもじゃないがどういう顔をしていいか分からない。


「そ、それで、闇魔法とは凄いのか?」

「えぇ、とっても珍しいです!!!基本的には皆、火・水・風・雷・土の五大属性のどれかですから、光や闇属性持ちはとても貴重なんです!!!一応7つのどれにも属さない"特殊性質"と言うものもありますが、あれはピンキリですからよっぽど光や闇属性の方が安定性があります!!」


 ミラは鼻息を荒くして、カウンター椅子から立ち上がる様な勢いで俺へ捲し立てる。

 そして勢いそのままにミラは水晶を覗き込むと何かを用紙に書き綴っていった。

 

「琥珀さんの気になる才能値は~!! え゛ぇ゛…。」

 

 笑顔だった彼女の顔が一瞬にして凍った。

 俺はと言うと、ころころ変わる彼女の表情に振り回されながら半ば諦めた様な表情をしていることだろう。

 

「こ、琥珀さん…いえ、琥珀"様"!!!近い将来婚約の御予定は…?」

「まて、何がどうなった。とりあえず状況を説明しろ。」


 俺の中の申し訳程度の敬語は儚く砕け散った。

 

 ミラは用紙をカタカタ震える手で俺に向かって手渡してくるので、俺は何食わぬ顔で受け取って確認する。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 登録名:目黒 琥珀


 火 40/100

 水 58/100

 風 55/100

 雷 70/100

 土 21/100

 光 100/100

 闇 87/100

 特 0/100


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 目が点になるとは正にこの事だ。確か俺の得意魔法は闇魔法であるはずである。

 確かに100中87と言われれば高くは感じるがこの光魔法の数字はなんだ、俺の得意魔法は闇魔法ではなかったのか?


「俺の得意魔法は闇…だったよな?」

「ハ、ハイ…。基本的には得意魔法=自身の最大才能であるのですが、この様な事態は今まで過去にも事例はなく…。」


 本当に困れ果てた顔をしている姿を見るに本当に事例がないのだろう。


「で、ですが!!琥珀様がこのシエロ支部始まって以来の超大型新人である事は確かです!!!

 本来魔法は40からが実用レベル。80を越えれば基本的には才能の塊、90近くならば順調に育てて行けば最上位の冒険者にだって…。」


 ミラは真剣な顔で俺を見つめて手を握ってくる。


「ですからどうか、命を落とさぬ様慎重な行動をお願いします。

 才能の高い者は先走り、短命の方がとても多いですから…。」

 

 そこまで言うと、ミラは手を離し、打って変わってアタフタしだした。


「ぁ、いや…急に申し訳ありません。」

「いや、忠告は有難く受け取っておくよ。俺だってそんな簡単に死にたくはない。」


 そう言って返すとミラに笑顔が戻る。

 

「さて…それでは、新人冒険者のランク査定の日程は…そうですね。一週間後と致しましょうか。」

「ランク査定?」

「ええ、基本的には皆最低の"F"ランクから始まるのですが、ギルド側から新人の力量を確認しその実力に応じて多少ではありますが上のランクからのスタート出来る場合が御座います。実力の確認も兼ねていますから、どうかご参加ください。」

 

 成程。確かにギルドとして必要性は高いだろう。

 例えばレベル50の新人が居たとして、最低ランクスタートでは勿体ない。

 実力に見合った仕事をするべきだろうし、それに見合った実力もまたギルド側が査定する。

 適材適所と言う言葉が一番ぴったりと来るだろうか。

 

「一週間後ギルドの裏手の演習場で行いますので、此方を持ってお昼頃にお越しください。」


 カウンタの上に差し出されるのは長方形の木の板だ。

 そこには既に俺の名前が刻まれており、上部には小さな穴が開いていて赤い紐が結ばれていた。

 

「其方は仮の冒険者証で御座います。査定後、冒険者証と引き換えに返却して頂く事になっていますので大切に保管してください。」


 受け取った仮の冒険者証を袋の中へ仕舞う。

 これでもう怪しまれる事も無いだろう、当たり前の事なのだが中々に感慨深い…。


「それと…正式な冒険者証の発行まで冒険者ギルドから依頼を受ける事は出来ませんが、討伐された魔物の買取は此方の仮の冒険者証でも手続きが可能ですので是非御活用ください。」

「ああ、此方も生活がかかっているからな。是非活用させてもらう。」


 そうか…依頼は受ける事が出来ないのか。

 まぁだが一週間である。持っているお金とリエンの侵攻で得た魔石がある為余裕だろう。 


「まぁとりあえず、これから宜しく頼むよ。」 

「ハイ!! それでは琥珀"さん"、一週間後にお待ちしております。」


 そう言ってカウンターから立ち上がって去ろうとする俺をミラは頭を下げて見送った。


 この後は宿を探す必要もあるだろうし、エンフィルから頼まれている手紙を届けなければならない。

 中々に充実した一日目だ。



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