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目黒琥珀の異世界転生論  作者: ウェハース
第二章【極小国家・シエロ】
18/45

【セーラ・ミルトリア】

忙しさが消えたので再開します。

 


「ハァッ!!!」


 最後に残った狼の突進を躱すとそのまま上段から首筋に向かって振り下ろす。

 ビシャと言う音と共に地に落ちる首が中々に生々しいが流石に数をこなして来たせいか殺した時に起こる特有の気持ち悪さはもう微塵も感じない。

 現代の屠殺場で働く人もこんな気持ちなのだろうか。

 流石に人を殺しても何も思わない様な人間にはなりたくはないとは思うが中々に解せないモノだ。

 

「オウッ!アンちゃんも終わったか。」


 何時の間にか近くまで来ていたドルゲが俺に寄ってくる。

 

「ドルゲ殿、琥珀殿!!」

 

 丁度メイガスさんの馬車も到着し、ジャストタイミングである。

 器用に魔物の死体が無い所を通り此方に向かう馬車捌きは見事と言う他無い。


「お二人共、御無事で何よりです。」

「これくれぇ、オレとアンちゃんが組めばどうって事ねぇよ!!」


 メイガスさんは表情を崩すと『それは頼もしい限りですな』っと言って笑った。


「まぁ、危なっかしい所は昔っから変わらねえけどな。」


 ゆっくり此方に歩いて来るのは灰色の髪をした女性。

 先程俺とドルゲが魔物の群へ突っ込む直前、魔法を撃ちながら突然姿を見せた者だ。

 ドルゲの口ぶりからして騎士の様だが、とてもそうは見えない。美人ではあるものの、髪はボサボサで肩にだらしなく掛かり皺の付いた服。

 そんな姿を見て、『騎士です。』とは通らない。 

 唯一彼女をまともに見せてくれる眼鏡だけがかろうじで知的な姿を保っているが、騎士と言うには程遠いのだ。


 そんな彼女はドルゲに悪態をつくと、唐突に俺達の前に跪いた。


(わたくし)はシエロ騎士団副団長、セーラ・ミルトリアと申します。

 此度(こたび)は私の部下の窮地を救って頂き、誠に感謝致します。」 


 ドルゲを除き俺やメイガスさんに至るまで全員の眼が見開かれる。

 当たり前である。国の騎士団のNo2が地に片膝をつく、しかもドルゲやメイガスさんにならまだ分かるが何処の誰とも知らない俺や奴隷達に対してもだ。

 

「騎士殿がそう易々と跪くモノではありませんよ。」


 一番早く我に返ったメイガスさんは跪く副団長へ向かって声をかけるが、セーラはその言葉に即答する。


「民を人を守るべき騎士が、騎士団が機能せず貴方方を危険に晒した事は事実。

 それに…他の騎士団員ならばいざ知らず、彼等は我ら騎士団に残る少ない希望。

 その彼等の窮地を救って頂いたとなれば、せめて礼を返さねば騎士の名折れとなりましょう。」


 顔を上げて返すその言葉に偽りはないだろう。

 真っ直ぐと見つめるその瞳にメイガスさんは諦めた表情を浮かべる。


 セーラはその表情を見て立ち上がる。

 

「ここでは何ですから、正門の詰所の方へご案内致しましょう。

 メイガス殿とドルゲはともかく、其方の方には入国手続きが必要でしょうし…。」

 

 そう言うとセーラは俺に対して視線を送る。

 

「セーラ、アンちゃんは―――」

「安心しろ、別に取って食おうとは思っておらんよ。仮にも私の部下達を救ってくれた恩人の一人だ、無下には扱わん。」


 ドルゲが言いかけた言葉を遮る様に返答するセーラ。

 

 …少なくとも、悪くは思われてないらしい。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「…成程。ドルゲ、お前…騎士団を飛び出して何処で何をやっていたと思えば森の奥に引き籠っていたのか。通りで足取りが掴めない訳だ。」

「ガハハハハ!」


 大きな門に併設された小部屋で机を隔てて対面に腰を掛けるセーラは呆れた顔をしながら手元の紙へペンを走らせる。

 

「とりあえず…まぁ、ドルゲとメイガス殿は身分の確認が出来るが、其方の相方の方はどうしたい?

 名前と出身地くらいは答えてくれると有難いんだが。」

  

 セーラはメモを書き終えるとペンをクルクル回しながら俺へ問いかける。


「名前は目黒琥珀、出身地は分からない…って事で何とかならないか?」 

「…分からないと来たか。まぁ、見た所名前の方は偽名…では無さそうか。何かしら理由があるのだろう。恩人に深くは詮索はせんよ。」

「助かる。」

「気にするな。実名を明かせるのだから犯罪者の線は薄い、それだけでも此方としては有難い限りさ。…おいリシェル、冒険者ギルドまで使いを頼めるか。」

 

 セーラは部屋の隅に立っていた警備隊の隊長リシェルを呼びつけると何やら一言二言言葉を交わすと、リシェルは頭を下げて部屋を出て行った。


「目黒琥珀、だったか。悪いが身分証の作成の為に今日中に冒険者ギルドに出向き、ギルドカードを作れ。この場は私が証人となりシエロへの通行を許可する。」

「お、良かったなアンちゃん!!」

「ギルドへは使いを出したので着いた際には私の名前を出せば、スムーズに対応してくれるだろう。ギルドカードを作ったからと言っても冒険者としての仕事を強制される事は無いから安心すると良い。アレは世界中に点在する中立施設だからな。」


 イメージするのなら現代で言う所の派遣会社の様な物が一番近いだろうか。

 登録するだけしておけば何時でもしたい時に仕事する事が出来るのなら便利な事この上ない。

 

「感謝するよ、セーラ殿。」

「この程度ならば気にする事はない。感謝したいのは此方の方だからな、君がこの街でギルドに入りのし上がって行ってくれれば我々シエロとしても鼻が高い。」


 セーラは真っ直ぐ俺の瞳を見つめると品定めをしている様な表情をしていたが、スグに微かに表情を崩して見せる。


「長ったらしい話はここまでにしよう。琥珀殿の身元の確認も問題なし、好きにこの国へ繰り出してくれたまえ。但し、大きな騒動だけは起こしてくれるなよ?」 

「了解した。」


 俺は席を立つとセーラと握手を交わし、駐屯所を出て行こうとするがドルゲは壁にもたれ掛かったまま動かない。


「どうしたドルゲ?」

「ああ…アンちゃんは先に出ててくれ、オレはセーラに少し話があんだ。」

「成程。メイガスさんを待たせているから手短に頼むよ。」


 俺はドアを開き、後ろ手に手をヒラヒラと振ると駐屯所を後にした。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「……。」

「……で、私に何か用か?」


 セーラは眼鏡掛け直す仕草をすると、ドルゲへ視線を向ける。


 当のドルゲはと言うと何かを悩むかの様にポリポリと額を掻くと、意を決した表情を固めセーラへ真っ直ぐと視線を返した。


「セーラよぉ…。」

「何だそんな真面目な顔をして…お前らしくもない。」


 そう、らしくない。少なくとも私の知っているドルゲと言う男のこんな表情は過去一度として見た事がない。

 真っ直ぐと捉える瞳は私を捉えて逃さない。

 

 その感覚は時間にして10秒にも満たない時間だろうが、何故か私の額からヒヤリと汗が伝うのが分かる。

 無表情を貫き、視線を交わしながらも考えを幾重にも広げてみるが目の前の男の解には辿り着けなかった。


「確かオメェ…"副長"って呼ばれてたよな?」


 そんな私の思考を他所にドルゲが私へ言葉をぶつける。


「ああ、私は"副長"。シエロ騎士団の副団長をしているがそれがどうかしたか?」


 この問でドルゲの考えの方向性が見えて来たかもしれない。

 ドルゲは"元王国騎士"。そして現在は働き口の無い"無職"である。

 ドルゲの実力ならば冒険者へ転職しても余裕を以て食べて行けるだろうが、腐っても"元騎士"だ。

 喧嘩口で飛び出しはしたが、未だ騎士に未練があるのだろう。


 (…成程、ドルゲはこのシエロで騎士へ復帰しようと考えているのだろうな。)


 正直私としてもアイツが騎士団に入ってくれると言うのなら、万々歳である。

 そう…本来なら、ば


「ドルゲ。悪いが、この国の騎士団に入りたいのなら―――。」

「よっしゃぁあ!!!」

 

 私が思考を読んで、先に忠告を入れようとするとドルゲは思わず耳を塞ぎたくなる様な歓声を上げる。


「オイ、セーラ!!! オメェ俺の仲間になれ!!!!」

「ハァ!!?」


 ドルゲの発言は私の想像の幾つも上を行っていた。思わず素の言葉が出てしまう程の想定外だ。

 

 そんな私の心の内など無視する様にドルゲは私の両肩を掴むとグラグラと揺らす。

 あ…ヤバい、何か気持ち悪く…。


「えぇい、やめんか!!!」

 

 両肩に乗っていた大きな手を身体強化を駆使して振り払うと私は肩で息をする様にゆっくりと呼吸を整える。

 

「お前ちゃんと聞いてたか、私はシエロ騎士団の副団長だぞ? 私に職を放棄しろと言いたいのか!?」

 

 そう捲し立てるとドルゲは不思議そうな顔をしながら此方を見ていた。


「オレが何時オメェに騎士を辞めろなんて言ったよ?」

「仲間になれと言う事はそう言う事だろう!! でなければ、説明がつかん!!

 私は出来るだけ自堕落に生活がしたいんだ、明日も安定しない冒険者などになってたまるか!!!」

 

 思わず本音が漏れてしまったが文字通りの本音であり、冒険者は常に危険と隣り合わせ。最も死亡率の高い職業である。 

 そんな場所に身を置いて暮らすくらいならば、培った実績を利用し騎士であった方がよっぽど安定性があるのだ。


「冒険者…? オレは冒険者になるつもりはねぇぞ。」

「何だと? ならば仲間になれとはどう言う意味だ。ここまで来れば、お前が騎士団を立ち上げるくらいしか――――まさか。」


 そこまで行って漸く私は本当の解に辿り着いた。

 いや、それはない。…いやだがそれを言い切れるか?

 (いな)、否定は出来ないが、確率は極めて低い。

 

 だが、私の目の前でニヤニヤ笑いながら此方を見ている男の表情がそれが正解だと語る。


「どうだ、オレの仲間になる気はねぇか? セーラ・ミルトリア殿ォ。」

 

 冷静になって考える、本気で考える。この男の眼は間違いなく本気である。

 ドルゲの話に乗れば最悪私はこの騎士団を追い出されるだろう…。


 私が何故ドルゲの話を無下にしないのかと言えば一重にこの国の現状を憂いているからだ。

 私と一部の騎士団員以外は団長を含め、昼間から毎日の様に酒を煽り、職務を放棄。

 それだけでは収まらず、守るべき国民への傷害や冒険者達と喧嘩や犯罪を繰り替えす只の屑集団である。

 元々低かった"騎士階位"の降下にも拍車がかかりこの世界で最も弱いとされる騎士団の一つに数えられてしまっている。


「ドルゲ、お前分かっているか?」

「あん…?」

「騎士団の新規立ち上げには団長、副長を含め最低20名の団員が必要だ。私の眼が正しいのならお前はその数の仲間を集めてはいないだろう。」

 

 新たな騎士団の立ち上げには2つ手段が存在する。

 1つは団長副長を含めた20名以上の団員が存在する事。ただしこの場合は所属する国や街が無い場合が多いので無所属となってしまう。

 ドルゲの場合、今現在すぐにこの方法を取る事は出来ないだろう。ならば二つ目の方法しかない。

 2つ目は―――――。


「ならばシエロ騎士団を乗っ取るしかないだろうな。」


 そう、その意味は騎士団長を打倒を意味する。


「元よりそのつもりだぜ!! 相手が騎士団長だろうが何だろうが、腑抜けた屑野郎共になんて負けっかよ。」

「…確かに。」

 

 魔法使い寄りである私には無理だろうが、ドルゲならば十分に勝機はある。

 相手は騎士団長と言えど、私の知る中で最弱であるのだから。


「ドルゲ、もしもの時…責任は取れよ。」

「もしもなんてねぇよ。勝てなきゃそこで終わりだ。」 

「面白い。」

 

 ああ…本当に面白い。割と間近に馬鹿は居るモノだ。

 どうせこのまま腐って行くのならば乗ってみようじゃないか。


「セーラ・ミルトリアだ、改めて宜しく頼む。」


 私はその自己紹介を皮切りに彼と1つの握手を交わした。

 仮ではあるが、新生シエロ騎士団結成の瞬間である。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「オーイ!!!悪ィな、時間取らせちまってよ。」


 そしてシエロの城門前である。

 俺が駐屯所を出ておおよそ20分程待つと、ドルゲが小走りで此方へ向かってくるのが見えた。

 

「やけに機嫌が良さそうだな、ドルゲ。」

「おっ、分かるかアンちゃん!!」


 ドルゲが俺の背中を笑顔でバンバンと叩く。相変わらず衝撃が強く、体力が減りそうなので止めてほしい。


「ドルゲ殿、用事は済んだようですな。」

「おぅよ!!まぁだが、本当にこれから…なんだがな。」

  

 ドルゲは国の中心にある大きな建物の方へ視線を向けて思いを馳せる。

 この規模でも国は国である。あの建物にはこの国の王様でもいるのだろうか…。


 打って変わって、俺達の立っている場所は国の入り口である。

 俺達の前にはあの大きな建物へ続く正面の大通りと左右へ道が3つへ分かれている。

 セーラさんの書いてくれたメモによれば、冒険者ギルドは右の道を進む事になるだろう。

 

 そんな事を考えていると一声を発したのは、メイガスさんである。 


「さて、私も店の開店の準備が御座いますのでこれにて失礼させて頂きますかな。」


 そう言うとメイガスさんは馬車を正面の道へ向けた。


「おぅよ!! ケルンとケリアの事は宜しく頼むぜ!!!」

「お任せください。琥珀殿も是非御用があればお立ち寄りくださいませ、サービスはさせて頂きますので。」


 メイガスさんはそう言うと少しだけ悪そうな顔をする。


「ハハハッ…もしも機会があれば寄らせてもらうよ。」


 現代の感覚が残っているので、きっと奴隷を買う事は無いだろうが…もしも必要になる時が来たら必ずメイガスさんの店へ行こう。

 俺は心の中でそう決めた。


「それでは琥珀殿、ドルゲ殿、お世話になりました!!」

「おじちゃん、後でね~!!」

「こ、こらっケリア!!!」


 メイガスさんが手を振ると、馬車の中の奴隷達が手を振っているのが見えた。

 叶う事なら、彼女達にも幸せになってもらいたいものだ…。

 こうして馬車は早足に駆けて行き、スグに見えなくなってしまった。


「さて…今度は俺達だな、ドルゲ。」

「ああ、多くは話さねえぜアンちゃん。どうせ生きてりゃこの世界のどっかでまた会うだろ?」

「ハハッ…違いない。」


 そこまで言うと今度は俺からドルゲへ握手を求める。

 ドルゲはキョトンとするとスグにいつもの様にガハハッ!っと笑いながら握手に応じる。

 

「また会おう。エンフィルも交えてまた三人で。」

「おぅよ!!! アンちゃんもすぐにおっ死ぬんじゃねえぞ。」

「ああ!!!」


 俺とドルゲは最後に拳同士をゴツンとぶつけると、俺は右の道へドルゲは俺とは反対の左の道へと歩き出した。


 ここからだ、ここから俺の新たな人生が始まる。

 現代よりも命の軽い世界ではあるけれど、精一杯、後悔しない様に生きようか。

 

 



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