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目黒琥珀の異世界転生論  作者: ウェハース
第二章【極小国家・シエロ】
17/45

【無援の騎士】



 馬車は走る。その速度は速く、歩いて向かっていた俺達がバカらしくみえるくらいには早い。

 既に地平線の向こうには目的地であるシエロの国は見える。あの街一つで国だと言うのだから驚きだ。

 メイガスさん曰く、私が知る中で最も小さい国であるとのこと。


 国の周りは堅そうな城壁に囲まれて、大きく掘られた堀には桟橋が掛かりその奥には更に門を構えている。

 人が引っ切り無しに行き来しているが、どうやら少しばかり騒がしい様だ。

 軽装備ではあるが騎士の様な者が剣を抜いて桟橋まで出てきている。


「ありゃやべぇな…。多分、魔物の襲撃だ。」

「あんな近くまで来るものなのか…?」

「あんまあることじゃねえんだがなぁ。街道を歩いてた奴を追いかけて来たんだろう。」


 魔物の襲撃がある様に、魔物は人を襲う。

 魔物も1つの生き物だ、ならば腹は減るし餓死で死ぬ事だってあるだろう。

 食料の一つとして人があるとするなら追われるのは当たり前なのだ。何故なら生き物は皆生きるのに必死なのだから。


 現在、遠目から見てもその戦況は人側の劣勢だ。

 桟橋では5名程の若い騎士が門へと避難を急ぐ人々の後ろに立ち剣や槍を振るっている。

 

「クソ野郎がッ!!冒険者ギルドや他の騎士共は何してやがる!!!」


 激昂するドルゲ、あっという間に5名の若い騎士達は魔物達へ囲まれてしまう。

 数十頭の狼の様な魔物に犬顔の人型の魔物…コボルトと言う奴だろうが、総勢20後半に届きそうな程の魔物が騎士達を囲い今にも襲い掛かろうとしている。


「ドルゲ殿!行って下され!!」


 状況を見かねたメイガスから声が上がる。


「私共は遅れて行かせて頂く。ドルゲ殿は騎士達を優先してくだされ!」

 

 この判断は正しいだろう。ここで止まってしまうのは非常に不味い。

 止まっていれば他の魔物に襲われる可能性すらあるのだ。

 馬車のスピードを落として少しでも進む方が外で止まっているよりよっぽどいい。

 そしてこれはメイガスによるドルゲの実力の信頼とも言い換えられる。馬車が門に辿り着く前には先行したドルゲが既に魔物達を殲滅しているだろうと言う確信だ。

 

「ケルン、メリィ!馬車の護衛は頼みましたよ!!」


 馬車の中から顔を出したのは杖を持ったメリィと剣を持った数人の女性達である。

 既に馬に乗り外へ出ているケルンは馬車の前に立つと馬車を囲む様に他の女性達が守りの陣形を成形させる。


「さぁ、ドルゲ殿!」

「おうよ!!行くぜアンちゃん、力を貸してくれ!!」


 馬上のドルゲから腕が差し出されるので掴まると一気に馬の後部へ跨る。

  

「よっしゃあ!!!」

 

 ドンッと勢い良く馬の腹をドルゲが蹴るといきなりトップスピードで馬は走り出す。

 スピードが徐々に上がるだろうと思っていたので少しだけ転げ落ちそうになった…。


「大丈夫かアンちゃん!!」

「ああ、何とか問題ない…。」


 転げそうになった身体をドルゲの肩を持って持ち直すと、ドルゲへ疑問をぶつける。


「それにしても、これは明らかに騎士の数が少ないだろう。それに冒険者が居るなら出て来ても良いモノだが…。」

「確かにアンちゃんの言う通りだ。冒険者の方は何かしらどうしようもねえ事情がありそうではあるが、騎士はおかしいな…。

 普通騎士ってのは集団戦が基本だ、明らかに数と実力が見合ってねえ…。正直思い当たる節がねぇ訳じゃねえんだが、クソッ。」


 冒険者は何かしらの理由があるのは何となく分かる。

 既に出払っているとか、冒険者のそもそもの数がこの国にはいないとか、考えればいくらかは考えられる。冒険者とは騎士とは違いどこまで行っても"個人"のモノである。

 だが他の騎士が出て来ないのはおかしい…。騎士は責務があるし、安易に仲間を見殺しにしていい物ではないのだ。


 来て早々嫌な予感がする。


(国を守るべき騎士がこうでは先が思いやられるな…。) 



 ◇◆◇◆◇◆◇



「死守しろ!!!この桟橋から先へ魔物を通すな!!!!」


 私は力の限り声を上げる。我々はつい10日程前に門の警備を任された者だ。

 最年の私を筆頭に五名で成形された正門警備部隊で、二年目になる私を除き皆騎士になり一年も経っておらずまだ月日が浅い者が多い。 

 何故そんな者達が国の要である正門の警備をしているのかと言えば答えは一つ。

 ―――この国の騎士団が腐っているからである。


 日が高い内から多くの酒を煽り、眠りこけて、真っ当に職務に準じる先輩騎士は誰一人も居なかった。

 この小さな国を治めている方は聡明だと言うものの、騎士団の者達を職務怠慢で裁いてしまえば今度は代わりが居なくなってしまう。

 大昔は多かった様だが、今この国は冒険者の数も少なく質も悪い。

 この国にも迷宮(ダンジョン)が存在するのだがとある事情から誰も入ろうとはしないので必然的に少ないこの国の冒険者も外の森へ出払ってしまう訳だ。

 そして、この辺りに現れる魔物の強さは他の地域に比べれば弱く、まともな新人である自分達ならばと王様は自分達を信じてこの門を任せられたのだ。 

 職務怠慢甚だしい騎士団の面々は元々まともな事を吐く私達を毛嫌いしていたので向こうにとっては丁度いいのかもしれないが…。


「リシェル隊長!!国民の避難が終わった様だぜ!!!」


 剣を構えた部下の一人が私を呼ぶ、リシェル。それが私の名だ。

 

「とりあえず、一難は去ったが…どうするかねえ隊長?」


 槍を構えた他の部下が私に指示を仰ぐが、既に魔物達による包囲は完成しつつある。

 軽装備であるものの、門まで走って逃げても魔物には追い付かれてしまうのがオチだろう。

 ならば戦わなければならない。

 訓練のみで実際の実戦経験はゼロに等しいがやるしかないのだ。


「このまま逃げても追いつかれるだろう。これより魔物の掃討を行う!!!」


 この言葉に意を反する者は誰一人いなかった。

 実際この中の一人、誰かを囮にすれば逃げる事は可能かもしれない。

 だが彼等は愚直に自身の思い描く騎士を貫いた。

 あるものは剣を手に、あるものは槍を手に、盾を手に。さながら冒険者のパーティの様に戦いを始める。


 始まってみれば数の差と言うのは圧倒的である。

 組織力で勝っていても、単純な数の差はどうにもならない。

 ワイルドウルフに腕を噛みつかれる者、コボルトに迫れられ鋭い爪で斬りつけられる者。

 自分を含め無傷の者はおらず次第に皆疲弊していく。

 

(クソッ…セーラ副長の耳にお声が届きさえすればっ!!)


 この国の騎士団は腐っていると言ったが、そんな騎士団が未だ騎士団として成り立っているのは全て副長のおかげなのである。

 誰もやらない事務仕事や見回り。それらをたった一人で回している元王都騎士団の女騎士である。

 日頃から面倒くさい面倒くさいと言うものの、全てをこなしてしまうこの国では女神の様な方だ。

 我々が逃がした誰かが師団長や他の騎士ではなく彼女に知らせてさえくれれば間違い無く助けに来てくれるだろう。


(だが…これでは持たな―――。)


 バキンと音を立てて左腕に付けていたバックラーが割れる。

 ワイルドウルフの突進やコボルト達の爪や短剣を何度も受け続けて壊れてしまったのだ。

 元々安物ではあったのだが、無理してでももう少し良い物を買うべきだったとこの時になって後悔した。

 

「隊長!!!」

「くっ―――!!!」


 目の前まで迫っていたワイルドウルフを剣で斬り倒した。

 同時に左側面から迫っていたもう一匹のワイルドウルフがバックラーの無くなった左腕へ噛みつく。


「ぐぁ…。」

「ギャギャガギャァァァァアア!!!」

「隊長!!!」


 これが好機と群がるコボルトを二人の部下が自分の前に立ち塞がり斬り倒す。

 噛みついていたワイルドウルフを剣でどうにか処理するが、噛みつかれた跡からドクドクと血が流れていく。

 

「間一髪だったな…。」

「ありがとう、何とか助かった。」

「だがこの包囲をどうやって―――。」


 グギャアアアアアアアアアアア!!!!


 魔物の包囲の後方から大きな声が上がる。

 コボルトもワイルドウルフも背は高くないので目を凝らすとよく見える。

 一頭の馬が大柄な山賊装束の男とその後ろに青年を乗せて魔物の群の中を突っ込んでくるのだ。

 それだけでも十分に驚いたのだが、更に驚いたのは山賊装束の男である。馬上で大きな斧を振り回して、その度に魔物達が吹き飛んでいくのだ。

 

 あっという間に包囲を切り崩して自分達の前まで辿り着くと後ろの青年が馬から飛び降りて、山賊装束の男が問う。

 

「テメェ等まだ死んじゃいねえな?!」 

「何処の誰か存じませんが助かりました。私はシエロ騎士団正門警備隊小隊長―――」

「そんなこたぁ後で良い!!俺達が蹴散らしてやるから、テメェ等は休んでろ!!!」 


 自分が紹介を行う前に言葉を断ち切られた。


「よっしゃあ!!暴れるぞアンちゃん!!!」

「最近戦い続きな気がするなぁ…。そろそろ暖かいベットで眠りたいよ。」


 山賊装束の男の後ろに乗っていた青年、お世辞にも強そうだとは思えなかった。

 腰から抜いた剣を右手へ不釣り合いなミスリル製の短剣を左へ持つ。これと言った構えと言うモノは無く、言うなれば隙だらけに見えたのだ。

 

 青年が構え終わると馬上の男も共に敵へ突っ込んで行こうとする。

 そこへ自分達の聞き覚えのある声が木霊する―――


 "願い断つは絶海の彼方"―――フリージング


 その声と共に馬上の男と青年の足はピタリと止まる。

 敵の最前線に氷の飛礫(つぶて)が降りかかると十匹程の魔物が凍り付いた。


 魔法詠唱の第一章破棄。

 こんな芸当が出来るのは、少なくともこの国では一人だけである。


「セーラ副長!!!!」

「ああん、セーラだァ?」

 

 山賊装束の男が睨みを利かせるが知った事ではない。

 門の方を見るとコツコツと歩いてくる一人の女性の姿が見える。

 ただ、その恰好は騎士とは程遠く…上下だらしない私服姿で髪も乱れていて剣も持っていない。唯一彼女のかけている眼鏡だけがまともに見える。

 この登場ももう少しだけ恰好に気を使っていれば、カッコいい登場になっただろうが台無しである。


「…ったく。折角の休みだってのに襲撃かよぉ、面倒くせぇ。

 それに何だぁ…?懐っかしい顔が居るじゃないか。」

「何だ、まだオメェ此処で騎士やってやがったのか。」


 馬上の山賊装束の男が気安く自分達の騎士団の副長へ向かって話しかけていた。


「貴様ッ!!!副長に向かって―――」


 リシェルはそこまで言いかけてセーラに片手で制される。

 正直リシェルは口に出す前に思った。あんな登場をしておいて、擁護する意味はあるのだろうかと

 だがセーラは雲の上の様な存在であり、自分たちの憧れでもあった。その為、発言に至ったのだ。


「コイツは私の知り合いだ。そして、元同僚で幼馴染でもある。」


 セーラ副長の発言に我々全員が唖然とした。それはそうだ、セーラ副長は元王都騎士。

 詰まる所、この山賊装束の男は王都騎士なのだ。とてもそうは見えない。


「おうセーラ!!そいつらの治療を頼まァ!!お前確か回復魔法が使えたろ。」

「ったく…相変わらず人をコキ使いやがる。」


 そう言いつつ私達の前まで歩いてくると回復魔法をかけ始める。

 既に男達は敵陣に突っ込んで戦いを始めている所を見るにセーラ副長とは縁も浅からぬ関係だと言う事が見て取れた。

 

「副長。あの方は…?」

「言ったじゃないか、元同僚。そして私と同じ元王都騎士だ。」 

 

 自分の問いに副長は同じ様に答える。


「どうにも騎士の様には見えないのですが…。」

「まぁ、確かになぁ。それを言ったら私も大概か…アイツ、師団長をブン殴って辞めたから基質は普通の騎士とは大きくかけ離れてるかもなぁ…。」


 全員がさらに凍り付いた瞬間だった。

 王都の騎士と言うだけで箔が付き、あまつさえそのトップの一人を殴ったと言うのだからその驚きは想像するに容易い。

 少なくともセーラ以外の騎士全員はガクガクと震えながら馬上で今も尚暴れる男を恐れの念を抱いてみていた。


「それにしても、今の今まで何処に居たのやら…。新しい仲間まで作って…息ピッタリじゃないか。」


 セーラは元同僚が背を任せ戦う青年の姿をその瞳に映す。

 

「まぁ…及第点って所かな」


 即座に謎の採点を降すと、ズレた眼鏡を直した。

 正気を取り戻した騎士達もその青年の戦い振りに眼を瞠り、"隙だらけ"だと言う見解は間違いだったと気付く。

 先読みかの様に躱す動きも、相手の命を刈り取る器用な切っ先も今だ新人である彼らにとってとても眩しい物に見えた。

 


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