【疑念のメイガス】
暗い森の中を走る、速度は出来るだけ緩めない。
神の瞳を行使すると少しだけではあるが、夜目が利く様になったのは幸運だった。
後から来るドルゲが分かる様に出来るだけ草木を散らし、目印を作りながら走る。
神の瞳を使い続け、近くに魔物のステータスが表示される度に闇夜に紛れてすれ違い様にその首を落とす。
昼間の様な猪の魔物は居なかったが、周期の時からの馴染みであるリザードやゴブリンが奥に進むにつれて多くなる。
眼に使用していた魔力を上げてて更にステータスの表示範囲を上げて、人の気配を探す。魔物と人の見分け方は簡単だ、魔物は名前と体力くらいしか見えないが人には細かいステータスまで表示されるので見分ける事が出来る。
いつか魔物も細かいステータスまで見る事が出来る様になる気がしないでもないが、今はこれで十分。
索敵をしながら森の奥へ奥へと進むと魔物達の鳴き声が大きくなりおおよそ30を超える魔物のステータスが表示され、その更に奥には10人程の人のステータスが表示される。
だが戦況は悪い。名前からして一人を除いて全員女性だろうが、10人の内の半分は既に瀕死状態で倒れており、残り5人のうちの4人も半分ほど体力が減っており危ない状態だ。
一番奥に表示された男は殆ど体力が減っていない為、他の者に守られているのだろう。
(くそっ…!長くは持ちそうにないな、急がないと。)
「ギャギャッッ!!!」
一分一秒を争うそんな時、そういう時にこそ運の悪い事は起きる。
俺の行く道を塞ぐ様に現れたのは3体のゴブリンだった。
(こういう時に限って…っ!!!)
速度を緩めず、俺は剣を構えるとそのまま三体のゴブリンに向かって突っ込んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇
一人の男が大きな一台の馬車を背に声を張り上げて指示を飛ばす。
その指示の内容は的確なモノで、自身の保身だけを見据えたモノでないことがすぐにでもわかり、決して魔物相手に戦っている者を見捨てて逃げ出す様な言葉ではなかった。
「メリィはケルン達を魔法で援護しながら馬車の後足部へ後退しなさい!!」
「ですが、それではメイガス様が!!」
「私の事は良い、今は馬車を優先なさい!!私も一人の男です、己の身を守る術くらいは心得ています!」
そう檄を飛ばすとメリィと言われた紺色の髪をした少女は後退しながら前線で今だ剣を振るう仲間の周りへ魔法を飛ばす。
殺到していた魔物達がメリィが魔法を飛ばした事で浮足立った。
それを見たメイガスと言われた男はすぐに前線の女性達へ指示を飛ばすと大剣を振り被った赤髪の少女を中心に3人の女性が戦線を押し上げる。
地に伏して倒れている他の仲間達はこれを機に何とか上体を起こすと、馬車の方へ這って後退していた。
敵を押し留めたのはそれでもそれは正面からだけであり、戦線を押し上げた今では新たに来る左右からの敵には人数的にも対処が出来ない。
何とか生き残ろうと地を這う女性達をメイガスと言われた老輩の男は絶対に見捨てはしない。
数は前線に比べるまでも無いが、倒れている彼女達を何とかしようと左右から迫り来るゴブリン達へ向かってメイガスは剣を手に御者台を勢い良く飛び降りると既に後退を終えていたメリィへ更なる指示を飛ばす。
「メリィ!何とか、馬車を持たせて下さい!!!」
メリィと呼ばれる少女はその指示を聞いて更に気を引き締める。
馬車の中には金品は勿論、自身より年増もいかない者達が身を寄せ合って襲撃の恐怖に怯えているのだ。
メイガスは必死に剣を振るう。本来、1匹2匹程のゴブリンならばモノともしないのだが複数の誰かを守るとなれば話は違ってくる。
「ハァァァァァ!!」
一匹のゴブリンを一刀の下に斬り伏せるとすぐに別の個体へ意識を映す。
次の敵へ足を走らせながら一瞬、前線を脇見して状況を逐一把握する。
「ゴァァァァアアア!!!!」
突如の咆哮。
足が止まる事は無かったが、冷や汗が出て来る。前線を押し上げ切った三人の女性達の前現れたのは"オーク"である。
赤髪の大剣使いであるケルンは他の二人へ他の魔物を相手する様に指示をすると、即座に大剣を振り被って"オーク"へ挑みかかった。
遠目でそれを見たメイガスはケルンの機転の効いた行動を見て任せる事にし、意識を目の前の敵に移すと自身もゴブリン達へ躍りかかった。
ガキンッ!!!
「ゴァアアアアアアアア!!!!」
「ハァァァァァアアアアアア!!!!!」
オークの剛腕から振るわれる棍棒を相手にケルンは正面から一歩も引かず大剣で打ち合う。
上中下、様々な角度から振られる剛腕を大剣でなんとか打ち払えてはいるが、ただそれだけだ…。ただの一度として攻勢に転じる事が出来ず徐々に押し込まれている。
だが、此処で引く訳にはいかない。この場で私以外、このオーク相手に戦える者はいないからだ。
つまり、私の敗北は即ち全滅を意味する。
ブンッ!!!
オークが振った棍棒を初めて剣で受けずに態勢を低くしてスレスレで躱し、懐に潜り込む。
そのまま下段から大剣へありったけの魔力を込めて掬い上げる様に斬りつけるとオークは黒い血を噴きながら後ずさる。
「逃がすかァァァァァァ!!!!」
後退し、よろけるオークへトドメを刺す為に追撃を開始する。
追い縋る様に走り込み大剣を上段から全力でオークの頭上に向かって振り下ろす。
「「「ギャギャァアアアア!!!!」」」
―――ケルンは眼を見開いた。突如として自分とオークの間に現れたのは数匹のゴブリン。
振り下ろした大剣の切っ先はオークではなく、割り込んで来た数匹のゴブリンによって阻まれたのだ。
振り下ろされた切っ先は割り込んで来たゴブリンを全て真っ二つへ切り裂いたが、その刹那…ケルンは確かに見た。
ゴブリンの切り離された肉片と舞い散る血の向こう側。オークは確かに構えていた。
ニヤリと口が裂けそうな程の醜い笑みを浮かべて、まるでこうなる事が分かっていたかの様に。
オークは腹部の傷を圧して両腕を以ち、渾身の力を込めて棍棒を今だ大剣を振り下ろし切れていないケルンへ向かって振り抜い――――
「ゴアァアアアアアアアアア!!!!!!!」
オークは突如として悲鳴を上げ、漸く剣を振り終えたケルンは呆気に取られている。
悲鳴の原因。横腹には一振りの剣が刺さっていた。
「ゴ、ゴゴァ…ゴボァァァァ。」
オークは怒りのまま叫ぼうとするが、その声色は途中で水色へ変わる。
青白い刀身、ミスリル製の短剣が突き立ち、喉を裂いていた。
「あ、えっ…?」
ケルンは未だに理解が追い付いていなかった。
オークが振った棍棒を見た時、私は確かに死を覚悟した。
だが、突如としてオークは悲鳴を上げたのだ。横腹に突き立てられた剣を発見した所で次はオークの咆哮が逆流した血で掻き消えたと思ったら首へ突き立てられた短剣だ。
未だオークはもがいているものの、倒れるのは時間の問題だろう。
(一体誰が…。)
その疑問はすぐに解消された。
何時の間にか自分の横へ立っていた青年が私へ語り掛ける。
「トドメを頼む。」
ただ一言だった。
ハッと現実に戻った私は言われた通りに大剣を振り降ろすと今度こそオークを絶命させる。
私は礼を言おうと青年を探すが、既にオークから二振りの剣を抜き取り苦戦を強いられていたメイガスの下へ駆けて行った。
(敵…ではなさそうだな。)
私は大剣を構え直すと他の魔物と戦っている二人へ加勢に向かおうとした所…
バキャァァァァァアアア!!!
(!?)
他の二人へ殺到していた魔物達が吹き飛んだ。
森の奥から現れたのは大きな斧を担いだ見るからに悪人面の山賊装束の男である。
彼が斧を振るう度に魔物達は胴体を切り裂かれ、吹き飛んでいく。
良く見ると彼の後ろで首に手を回してしがみ付きながら一方的な狩りを楽しむ赤髪の少女の姿が見えた。
「ケリア!!!!」
思わず私はその名を叫んだ。
それはその筈だ。彼女は私達が襲われた際、助けを探しに出て行った…私の妹である。
仲間内では"諦めろ"だとか、こんな辺鄙な場所に運良く他の者が居る筈がないと言っていたのだがそれでもケリアは止まらなかった。
当のケリアは男の背から手を振りながら"お姉ちゃーん!"と手を振っている。
(全く…心配していた此方の身にもなって欲しいモノだな。)
そう心の中で悪態をつきながらその男の下へ加勢した。
「私は名はケルン。その背中に居るケリアの姉だ。皆を代表して貴殿の助力を感謝する。」
彼の背に迫っていたゴブリンを斬り捨てて、背中合わせに短く自己紹介と礼を述べる。
「俺ァ、ドルゲってんだ。悪ィが話はこいつ等の始末が済んでから、だな―――っっ!!!」
男は端的にそう返し、向かって来た敵を両断すると、他の敵へ斧を構え向かって行った。
「ま、待たれよ!!!」
私は剣を持ち直すと必死に自身の妹を背負う男の背を追い掛ける。
男の向かう先は未だ魔物に囲まれながらも戦う少女達の下だ。
男は目の前を遮る魔物を物ともせず次々に屠って行き、彼女達の下へ辿り着くには然程時間はかからなかった。
「オラァァァァ!!!大丈夫か、テメェ等!!!」
「「ヒィッ!!!」」
先程まで真剣な顔で戦っていた少女達の表情は目の前に現れた男を見て顔を青くする。
それはそうだろう。斧を担いだ山賊装束の男が魔物の返り血を浴びながら此方を見て笑っているのだ
驚くなと言う方が無理な話である。
やがて二人の少女はカタカタ震え、ポロポロ泣きながら男へ剣を向ける。
「ゴメンねケルンちゃん。どうやら私達はここまでみたいだよ…。」
二人はそれを口切りに男へ斬りかかろうとする。
「待て二人とも!!! その方は我々を助けてくれた方だ、敵ではない!!!」
間一髪だった。流石に恩人に斬りかかるなどあっていけない。
ケリアも漸く男の背中からひょっこり顔を出すと二人へ笑いかけた。
「あ、えっ…?」
男との間に立ち塞がった私とケリアの姿を見て少女達は動きをピタリと止めた。
二人はまだ信じきれてないのか、コソコソと私とケリアが籠絡されたとか話し合っている。これは心外だ。
「フン…大きな怪我は無さそうだな。
まだ魔物共が残ってやがるから、元気が余ってンなら手ェを貸してくれねえか?」
未だ困惑している二人に向かって男はそれだけ言うと、魔物達に向かって斧を構え少女達へ背を向ける。
その姿を見てか、とりあえず今は信じてみようと考えたのか分からないが、少女達は残っている魔物達へ剣を向けた。
とりあえず一件落着である。
私は一息つくと、遅れながらも剣を構えて男とケリア元へ急いだ。
「凄まじいな…。」
大斧を振り回す男をチラリと見てメイガスは唸る。
その戦いはまるで嵐だ。大斧を振り回す男はゴブリン達を物ともせず次々に斬り飛ばしていく強さにも勿論眼を瞠ったが、それより更に驚いたのはケルン等がその男と共に戦い始めた時だ。
まるで今までの苦戦が嘘の様な快進撃をが繰り広げられ、先程まで満身創痍であった者達には見えなかったからだ。
大斧の男は素の強さもさることながら、その男は味方を引き入れる事で更に強力になった。きっと彼の本質は集団戦にあるのだろう。
それに、この上だ…。
ふと私は眼前に眼を向ける。目の前には剣とミスリル製の短刀を持った男が次々に倒して行く。
確実に致命を狙い、時には剣で斬り倒すその器用さには眼を瞠る者がある。
メリィに彼の援護を命じたが、彼の足は速くメリィの援護は殆ど意味をなさず、しぶしぶと彼女は孤立している他の敵へ向かって攻撃を始めていた。
(やれやれ…先程までの私達の狂騒はどこへやら。)
彼は他の傷を負った者達を襲う敵へ私が苦戦を強いている時にやってきた。
私を囲んでいたゴブリン達を的確に倒すと私の横へ立った、そしてただ一言「手を貸す」とだけ言って来た。
私の中にあった疑いと言う文字はあっさりと崩れ去る事になる。
彼は真正面の敵へ向かい、同時に私は他の者達を馬車の元まで後退させる為彼とは正反対の方向へ走ったのだ。
馬車まで彼女達を護衛し送り届けると、私は馬車の警護に戻る事にし突如として現れた二人の味方を見定める事にしたのだ。
そして夜が明ける、そんな頃…私の中の疑念は嘘の様に消え去った。