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目黒琥珀の異世界転生論  作者: ウェハース
第一章 【神域・リエン】
12/45

【旅立ち前夜】

 


「イタタ…やっぱ姐御はアンちゃんに甘いなぁ…。」

「無駄事言っている暇があったらポーションを飲みながらでも良いからこれを使え。」


 表情を歪めながらチビチビとエンフィル特製のポーションを飲むドルゲ。

 その脇からドルゲはエンフィルから鑑定紙を受け取ると魔力を流す。

 

「おっ!レベルが2つも上がってやがるな。それに称号だぁ…?」

「称号については後から私が説明してやる。因みにだが…琥珀はレベルが6つ上がっていたぞ。」

「―――ブッ!?」

 

 ドルゲは飲んでいたポーションを噴き出した。

 

「6ぅぅぅう!?」

「ほとんどのダメージを与えたのは私だが、変異種であるエンシェントゴーレムにトドメを刺した事が主な要因だな」

「確かにレベル50以上の魔物のトドメとあっちゃあ、納得もできるか…。」


 実際の所、どうなのだろう…?

 レベルが一桁であった俺の攻撃がはたしてレベル50を超える魔物相手にダメージなど通るものだろうか。

 異世界でこんな事を言うのも可笑しいが、現実的には通らないと考えるのが当然だろう。

 しかし逆に通る…いや、通す方法があるのならばこれは僥倖だろう。0では不可能であるが1でも通るのならば理論上はいつか倒せることを意味するからだ。

 昨晩のゴーレムの様に堅い外装さえ剥がして核を攻撃すればレベルの低い俺でも大ダメージが期待できる。


 だが所詮は机上の空論と言う奴でステータス、強いてはレベルの壁は大きい。

 レベル1でレベル50の敵の攻撃を避け続けて有効打を撃つのは不可能だ。

 

「―――お――い、琥珀。」

「ああ…すまない、少し考え事をしていた。」

「考え事は良いが程々にな。明日には出立するんだ、その準備もしなきゃならんだろう」


 エンフィルは立ち上がり、ドルゲは自慢の斧を持ち直す。

 背を向けて歩き出すとそれに釣られて俺も立ち上がり歩き出した。



 ◆◇◆◇◆



 そして現在はエンフィルの家だ。元々広々している場所では無かったが、ドルゲが居るせいか普段より部屋が狭く見える。

 

「相変わらず散らかってるなぁ…。」


 ドルゲは家に入り開口一番に部屋の散らか具合をエンフィルに指摘する。

 …割とドルゲはその辺りキチンとしているタイプなのだろうか。


「問題ない。魔法を使えば10分で片付くからな。空いてる所へ適当に座ってくれ。」


 そう言うとエンフィルはベッドへ腰かける。

 ドルゲは溜息を一つつくと身近にあった木製の椅子を俺に向かって寄越すと壁に背を預ける。


「二人とも知っての通り、先程話した称号について私から1つ提案がある。」

「何でぇ改まって…。」

 

 エンフィルが真剣な眼で俺達を見るとドルゲはそれを察して雰囲気を変える。

 

「ドルゲは″称号″について何か知っている事はあるか?」

「ねぇな…。そもそも見た事も聞いた事すらねぇよ。」 

「だろうな。その通りに称号が付くことは非常に珍しい事だ。本来、偉業を成し遂げた者や偉業を成す為のそれに連なる役職の様な物が関連している。しかし生半可では称号などは付かない。少なくとも私の″元々″持っていた″精霊の守護者″と言う勲章は私がとあるエルフの里を壊滅させた時に付いた物だ。」

 

 サラッとエンフィルは言ったが、エンフィル自身がエルフだ。つまりそれは同族の住処を破壊したと言う事。

 ドルゲは此処までの短い話で頭を抱えると「姐御ならやりかねない。」と言って自身に言い聞かせている。

 俺自身はあまりエンフィルのそう言う姿を想像出来ないが、所謂″逆鱗に触れた″と言う奴だろう。

 

「ん…?頭何か抱えてどうした、話を続けるぞ。」


 エンフィル自身全く気にしてない様なのでこの際スルーする。


「話の続きだが。これは後になって知ったことではあるが、″精霊の守護者″と言う称号はエルフの頂点を意味するらしい。壊滅させたついでに前任の保持者を倒してしまった事が原因だろうと私は踏んでいる。」  

 

 つまりこの話は種において一番強い事を示す称号があると言う事だが、いくら強くても前任者を倒さなければ移り変わったりは決してしない。

 そう言う話だ。

 奪い取る事で手に入れる事が出来る称号もあると言う事が分かる。


「そこで今回″私達″に付いた称号に付いてだが…。」

「″私達″って事はエンフィルも新しい称号が手に入ったって事か。」

「ああ、その通りだ。今回私が手に入った称号は″リエンの賢者″。そしてドルゲが″リエンの蛮聖″、琥珀が″リエンの勇者″だ。本来はこの規模の侵攻を防いだくらいでは称号が付くことは無いと思うが、此処が神域である事、そして戦力の低さが関係したのだろう。実際に過去にも少ないが事例があるしな。」


 そう言うとエンフィルは机に置いてあった数十枚の紙をヒラヒラとさせる。


「そしてここからが問題だ。称号付きと言うのは外の世界でも極めて稀な存在だ。私は良いとしても、お前達は他に知れれば大事になる事は避けられないだろう。特に琥珀の″勇者″の二文字は本当に不味い。それに加え、ご丁寧に″リエン″とまで付いている。強制する事は無いが、称号についても同様にお前達が強くなるまで隠蔽してしまう事を勧めたい。」 

「成程なぁ…。確かにこんな称号があっちゃ、これから先何を成しても称号に隠れちまいそうだ。」


 正直な話、勇者など糞くらえだ。面倒極まりない。

 確かにお人好しであると自覚はあるが、別に正義の味方になるつもりもないし、俺はただ普通に暮らしたいだけだ。

 ドルゲの言う様にバレれば勇者様だからと言って次々に面倒事を押し付けられたりするだろうし、勇者様だからと言って目黒琥珀は全て、勇者の二文字の中に隠れてしまう。

 過去に勇者が居ると言うのはエンフィルから聞いているし、勇者を語る狼藉者扱いで処刑される何て事もあり得る訳だ。…なんせ実力が伴っていないから。


「エンフィル、俺の称号を隠蔽してもらえるか。」

「ああ、分かった。ドルゲはどうする?」

「俺も頼まァ…。どうにも堅っ苦しい事と面倒事は苦手でよう。」

「了解した。ついでに他の隠蔽についてもこの場で済ましてしまおうか。」


 エンフィルは懐から先程配当された魔導書を取り出すと手慣れた手つきで十字の封を切る。

 ドルゲの時同様、白い光が魔導書からエンフィルの身体に吸い込まれていく。光りが収まるのを見届けるとエンフィルは壁に立て掛けられていた杖を手に取るとそのまま俺達へ向ける。

 

「よし、終わったぞ。」

「手に入れたばっかのを詠唱無しとは味気ねえなぁ…。魔法使いってのは詠唱がキモなんじゃねえのか、姐御?」

「そんなものは私に言わせれば"無駄"だ。詠唱をしていればそれは少なからず隙になる。

 魔法の根源は"人の想像域"だ。術者がイメージ出来る事がその術者の魔法限界。

 方法、過程、結果さえ正しく想像出来ていれば長ったらしい詠唱など本来は不要なのだよ。」

「それだけ魔法には自由性があるって言う事か。」

「その通りだ。この場でお前の才能値を測定できないのが少々歯痒いが、その辺りは冒険者になった時に嫌でも知ることになるだろう。」


 そこまで言うとエンフィルは杖を元の位置に立て掛け、再度ベットへ座り込むと俺の姿を見据える。


「琥珀、街に着いたら1つ頼み事を頼まれてくれないか。」

「別に構わないよ。ドルゲも騎士団とやらの方で忙しいだろうしな。」


 そう言うとドルゲは俺がそう言うと"悪ぃな"と言いたそうな顔を俺に向ける。


「ふむ、それは有難い。とは言っても、そんなに気負うことじゃないさ。

 ただ、先んじて一通の手紙を届けて欲しい。」

「場所は?」

「"コルエ魔法店"の"コルエ・メイフィスト"と言う人物だ。あの街では一番の魔法店であった筈。

 冒険者になるのならお前も世話になるだろうし、丁度いいだろう。」


 確かに丁度いい。今回の戦いで手に入った魔石があるので売却出来れば当面はお金に困らないだろう。

 他の店に持って行けば何かと疑い事がありそうだが、この店ならばエンフィルの手紙と一緒に持って行けば快く買い取ってくれるかもしれない。


 一方、コルエ魔法店と聞いてドルゲは少しだけ考える様な仕草をする。

 うーんと唸りながら何かを考えている様だ。やがて答えに辿り着いたのか、頭を抱えながらドルゲはエンフィルに尋ねた。


「どうした、ドルゲ?」 

「もしかしなくてもソイツってのは稀代の錬金術師、コルエ・メイフィストの事だよなぁ…?」

「稀代かどうかは知らんが錬金術師で"コルエ・メイフィスト"と言う名は1人だけだった筈、間違い様があるまい。」


 そうエンフィルが言うとドルゲは諦めた様に俺の肩を持つとただ一言"頑張れ"と言った。


 研究者と言うのは変わり者が多いと聞くが、この世界でもやはりそうなのだろうか…。

 会ってみなければ分からないが、ドルゲの顔は少々ウンザリした様な顔をしている。

 それほどまでに何かがあるのか…? 会う前から不安が募るばかりである。 

 


 ―――コンコン。


 話に一区切りがつくと不意にノックの音が響く。

  

「ん…? この魔力は…村長殿か、今開けよう。」


 ドア越しでも相手が分かる辺り索敵関係のスキルは優秀だ。


 少々考査を入れるのなら、今エンフィルが使ったスキルは所謂"魔力感知"の様なスキルなのだろうか。

 周期の前に神の瞳を通して確認したエンフィルのステータスにはスキル及びアビリティが7つずつ表示されていたが、似た様なスキルは無かった。

 これは以前、鑑定紙の説明を受けた時に言っていた"表示限界"と言う奴だと理解出来る。 

 神の瞳は自身のレベルと共に成長する。ならば今使用した場合以前より、より強い効果を受ける事が出来る筈だ。

 まぁ…今すぐ確認する事でもないので、放置する事にする。


 程なくして、エンフィルが家のドアを開き村長を招き入れる。


「おぉ、御三方共お集まりとは…お邪魔しましたかな?」

「いや、問題ない。丁度その話も終わった所だ。」

「それはいいタイミングでしたな。」


 ―――村長には何処か品がある。

 初めて見た時も思ったが…まるでテレビの向こう側の有名人に会った時の様な感覚がある。

 御老体の割にその眼は強く凛としていて、"ただ者じゃない"雰囲気が漂うのだ。


「ドルゲ殿と琥珀殿の姿を探す手間が省けましたな。」

「村長さんよぉ…何かあったのか?」 

「ええ…。明日ドルゲ殿と琥珀殿がこのリエンを旅立たれると言う事で、ささやかながら宴会の席を設けさせて頂きました。」


 宴会と言っても今日の今日、しかも旅立つと言ったのは2時間程前の出来事である。

 それを少ないとはいえ、村人達へ伝え宴会の席を整えてみせる行動の速さは恐ろしい。


「おぉ!ソイツはいいな!!二年も世話になったんだ、積もる話もあるってもんだ!」


 ドルゲは大喜びである。

 エンフィルの表情も少々緩んでいる所を見るにこう言った事は嫌いではないのだろう。

 村長曰く、既に準備は完了しており。後は俺とドルゲの主賓を待つばかりだと言う。


「それじゃ、行こうぜアンちゃん!!」


 ドルゲは俺の肩を抱くとそのまま進みだす。エンフィルも白衣を脱いで壁に掛けるとすぐに俺達へ追い付き、横に並んだ。  

 

 一歩前を歩く村長を見て、すぐ隣を歩くエンフィルへ俺は声を出来るだけ抑えて質問を投げる。


「エンフィル、村長は何者なんだ…?」

「―――前国王の右腕をしていた者だ。」


 エンフィルは少しだけ考える仕草をすると、静かに耳打ちして俺の質問に答える。

 変な汗が出た。日本で例えるのなら、副総理と言う言葉が一番しっくり来るだろう。

 だがそれは雲の上の様な存在だ。格が高すぎてエンフィルの言葉が嘘か本当か分からなくなる。

 俺の表情を見ながらエンフィルは薄く笑うが、エンフィルは無造作に1000万を放る様な女である。 

 

(まさ…か、な…。)


 変な汗が止まらなくなりそうだったので俺は考えるのを止めた。



 ◆◇◆◇◆◇◆



 所変わり、宴会の席である。

 宴会の席と言っても周期の前夜祭同様、大きな屋敷がある訳ではないので外であるが周りには火が焚かれ日が沈み始めた景色を明るく照らす。

 主賓である俺とドルゲの前には大きなテーブルが一つ設置され、近くの家からこれでもかと料理が運び込まれる。

 俺達の周りを囲む様にテーブルが設置され、凄い勢いで宴会の準備が進んでいく。


 積み上げられる料理。野菜料理が多い傾向ではあるが、作り手の腕が良いのだろう…それを感じさせない程豪華さがある。

 出て行く手前の疑問だが、この村はやはり特別なのだろうか。

 たった50人足らずではあるが、腕の良い料理人に元鍛冶師、そしてその全てを取り仕切る村長の存在だ。

 ……あながち、エンフィルの言っていた事も間違いじゃないのかもしれない。


 

 時間にして30分程。

 途中、何かを手伝おうとした俺とドルゲをエンフィルが風魔法で拘束し、無理矢理椅子に座らせられる事態があったが特に滞りなく宴会の準備は完了する。

 机には料理の数々が並び、中央には大きな肉が丸焼きにされ吊るされ、肉の両端に陣取る子分の二人は誇らしげに胸を張っている。

 良く見ると、彼等の腕や顔に軽い掠り傷が見え、この為だけに二人が獲ってきた獲物なのだろう。

 ドルゲは子分達へ親指を立ててその功績を褒めると子分達もニヤリと笑い、ドルゲへ親指を立てて返す。

 

「もう俺はいらねえかなぁ…。」


 ドルゲが漏らした言葉だ。

 俺はこの村へ来て日が浅い為、過去ドルゲ達の間に何があったのか知らない。

 だが想像する事は出来た。師弟関係か…いや、その心は子の巣立ちを見る親の様な物なのかもしれない。

 それだけにドルゲのこの一言は重みのある言葉だと思えた。

 

「何を言っているんだ、ドルゲ?

 これからお前が必要になるんだろう。」

「それも俺次第かぁ…。責任重大じゃねえか。」


 ドルゲはヤレヤレと言った感じに肩を竦めて見せるが、その眼に諦めなど微塵もない事が見て取れた。

 それはそうだ、まだ始まってすらいない。ドルゲは騎士道を駆け上がり、この二人を迎えに来なければならない。

 そう―――大見栄を切ったのだ。


「話し込むのは良いが、皆を待たせているぞ。」 


 エンフィルに指摘され俺とドルゲは目の前に置かれた大きな木製のタンブラーに眼を落す。

 いつの間に置かれたのか、その中には零れんばかりの白い泡が浮かぶ。中身はビール…いや、エールだろうか。


 ドルゲは既にタンブラーを手に取り、他の皆と同じ様に俺の事を待っている状態だ。

 急かされる様に遅れてタンブラーを手に取るとドルゲはニカッっと笑い、人の輪の中央へ村長が進み出ると、特に堅苦しい言葉など発さず"乾杯"とだけ大きく、告げた。


 そこから先はもみくちゃだった。

 乾杯と言う言葉と同時に俺はエールを一気に煽って見せるとドルゲや村の男達から拍手が飛び交い、エンフィルや村の女性達からは呆れた視線が突き刺さる。

 思った以上に度数が高いのか、喉が熱く味は分からない。冷めて来ると、ジワリジワリと舌に苦みが広がった。

 薬の苦みは苦ではないがこれは中々…。変顔で呻いている俺の姿を見てドルゲはガハハと笑い飛ばす。

 初めて飲んだキンキンに冷えたエールの味は酷い物だったが。なんとなく、大人達が仕事の後のビールをこよなく愛す事を少しではあるが、理解出来たかもしれない。

 

 いい感じに時間も経ち、日が落ち焚かれた火が照らす。

 ドルゲを含め、男達はエールをこれでもかと煽ると代わる代わる俺へ絡んでくる。

 これが絡み酒と言う奴か。俺は手近にあったエールが並々と注がれたタンブラーを掴み更に煽る。

 滅茶苦茶苦い。だがこうせねば酔っ払い共の相手は務まらない。

 

 三杯目、四杯目。 視界が揺れてきた。


 五杯目、六杯目。 男達が俺を囲み物凄い勢いでエールの注がれたタンブラーを手渡してくる。


 七杯目。 エンフィルが二人に増えた。


 八杯目。 エンフィルが三人に増え―――


 九杯目。 俺の目の前で男達が次々と宙を舞う。


 十杯目。 エンフィルが―――。

 

 そこで俺の意識は完全に途切れた。

 

 


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