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目黒琥珀の異世界転生論  作者: ウェハース
第一章 【神域・リエン】
11/45

【魔導書とそれぞれの道】

 

 ドカンッ!!!


 村の広場で大きな音が鳴る。

 

「まてまてまてまてまて!!!!!」

「アハハハハ。三日も眠っていたにしては良く避けるじゃあないか!!!」

「鬼か!お前は鬼か!!?」


 魔法を放ちながら、逃げる俺を追いかけるエンフィルが追い詰める。

 遠目から先程エンフィルによってボコボコになったドルゲや村人達が声を上げて応援してくれている様だが全く内容が耳に入ってこないくらいには必死になって逃げている。

 右に左へ時には飛び上がりギリギリで風の玉を躱すが、エンフィルの魔法が途切れる事は無い。


 何故こんな事態に陥っているかと言えば、遡る事1時間。



 ◇◆◇◆◇


 

「……どこだここ。」


 眼を開けるとそこに見えたのは木製造り天井。

 むくりとまだ怠さの残る身体を持ち上げて辺りを見回すと積み上げられた本、散らばった紙。

 見慣れた景色が俺の頭に飛び込んできた。


「ここはエンフィルの家か…。確か俺はゴーレムを倒した後、どうしたんだっけ。」


 まだ覚醒しきらない頭をフル回転して思い出す。


「ああそうか…エンフィルにまた眠らされたんだったな。」


 ゴーレムが消えた後、突如襲った倦怠感や激痛の予兆が出た所でエンフィルが俺を眠らせた。

 倒れた所で特徴的な白衣を目にしたのでまず間違いないだろう。


 俺はベットから身を起こそうとするが身体が、主に下半身が動かない。

 ……理由は分かる。重いからだ、物理的に。


「……はぁ。」


 溜息をつきながら被されていた薄いシーツを持ち上げると、案の定予想通りの光景が目の前に広がっていた。

 透き通るような長い金髪が乱れるのもを気にせず静かに寝息をたてる人物が俺の身体にそのまま乗っかっている姿を見ると頭を抱えたくなる。

 現代ならば"昨夜はお楽しみでしたね"と言う奴だろうが、ことエンフィルに限ってそれはない。

 と、言うか、前夜祭後の朝の件から思ってはいたが無防備すぎる。

 信頼と言えば聞こえは良いが、俺が彼女を襲った所で風魔法で細切れにされるのがオチだろう。


 俺がアレやコレやで頭を抱えていると目の前の原因は眼を擦りながら静かに起き出した。

 

「……んぅ? ああ、ようやく起きたのか。」

「それはこっちの台詞だエンフィル。

  要らん心配だと思うが、もう少し自分の行動に自覚を持ってだな―――」

「頼むから、寝起きから面倒な説教はやめてくれ。頭が痛くなる。

 あと、私も相手くらい選んでいるぞ。少なくとも今まではここまで人に踏み入ったことがないからな。」


  自覚有りとはこれ如何に。


「これが所謂"惚れた"と言う奴なのだろうな。

 其方で言う所のなんだったかな…ああそうだ、ふぁーすときすだったか?

 私も長い事生きているが、唇奪われた事などなかったし。そもそも守られた事が無かったからな。

 こう言うのも其方で言う所の"吊り橋効果"と言う奴か。身を以て理解したぞ。」


「…は?!」


 自身の唇を指でなぞって感触を確かめる様に此方へ近付くエンフィル。

 目の前に居るエンフィルは現代で言う"絶世"など鼻で笑えるレベルの美人だ、からかっているのなら早くそう言って欲しい。

 でないと前向きに検討してしまいそうになる。


「ふむ。私もまだまだいけるのか。」


 エンフィルは体制を持ち直すと普段通りに戻り、ニヤついて此方を見ていた。

 

「外の世界に居た時は街に出向く度に声を掛けられたモノだが、ふむ…そうだな、この感覚は悪くない。

 エルフの外見は人間にとって目を見張る程の美人に映るとは言うがまだまだ私も現役と言う事か。」

「は、はぁ…。」


 エンフィルは呑気にそんな事を言っているが、俺は気が気でない。まだ心臓が鳴って、鼓動が落ち着かない。

 

「あはは、とりあえず眼は覚めたかな琥珀くん…?」

「ああ…おかげ様でな。」

「それはよかった。私は村長にお前が起きた事を報告しに行くとする、スグに帰るから適当に過ごしていてくれ。」


 エンフィルは優しく俺に微笑むとベットから立ち上がった。

 朝っぱらからとんだハプニングだが、確かにエンフィルの物腰は当初より柔らかくなっているのは分かる。

 あの戦いを経て、少しは俺を認めてくれたと言う証拠なのだろうか。

 俺は口元が緩むのを抑えながらベットを立ち上がる。


 この時俺は気付いていなかった。エンフィルはただの一度として"冗談"などと口にしていないことに。


 

 ◆◇◆◇◆



 俺とエンフィルは軽い朝食を取ると村長の家へ向かった。

 道中何度も引き止められ感謝され、心配されたが悪い気はしない。

 むしろ精をつけろと言われて渡された食べ物の処理に困ってしまう。

 途中、元鍛冶師と名乗る村のお爺さんに整備しておいたと言われて渡された俺の二本の剣は新品同然に綺麗になっていた。

 流石は元最上級鍛冶師。専用の工房がなくとも整備や簡単な武器制作はお手の物らしい

 工房があれば上等な剣の一振りでも打ってやるんだが…と言っていたがまだまだ俺には宝の持ち腐れになりそうだ。


 そんなこんなで村人達と会話をしている内に村長の家に着く。

 村の中では一際大きな家だ、村人全員が入れるくらいのスペースが確保されている。

 エンフィルを先頭に家の中に入ると、既にそこにはドルゲや子分達の姿があった。

 

「おぉ!姐御とあんちゃんも来たか!!!」

「済まない、遅れたか。」

「いえいえ、エンフィル殿。琥珀殿も今だ病み上りの身、そんな急ぐ事もありますまい。

 どうぞ御二方もお座りください。」


 村長の向かいに座るドルゲがバンバンと床を叩き、ここに座れと急かす。

 ……そんなに強く叩いて、下は木製だが壊れないのだろうか。

 俺はドルゲの隣へ、俺の隣にはエンフィルが座ると村長が話を切り出す。

 

「まずは感謝を。皆様方のお陰で此度の侵攻も無事乗り越える事ができました。

 私共の村には皆様方の働きに報いる事が出来ぬ事が何よりも歯痒く思います。」

 

 そう言って俺達に向かって頭を下げようとするがそれをエンフィルが制す


「村長殿。私は好きでこの村に居付き、琥珀やドルゲも自身の意志でこの戦いに参加した。

 初めから私も琥珀もドルゲも見返りなど求めてはおらんよ。」

 

 エンフィルの言葉に続き、ドルゲも俺も軽く頷く。

 

「それに、だ。

 私達にはこの戦いに参加し乗り越える事にこそ意味があった。」


 確かに意味があった。俺やドルゲ、エンフィルでさえもこの戦いで少なからず成長しているからだ

 だが、エンフィルならそんな分かりきった意味を言葉になんてしない。

 多分別に意味があるのだろう。


「……左様で御座いますか。」 


 エンフィルの表情から何かを読み取ったのか、村長は短く答える。


「して、村長殿。変異種のドロップ品については?」

「それでしたら既に回収済みで御座います。これ、お前達。」


 そう村長が言うと、ドルゲの子分二人が立ち上がり村長の背後にある大きな箱を二人で持ち上げると

 俺達の近くまで運んでくる。

 ドスンと床に降ろすと俺達の前に敷かれた小奇麗な布の上に蓋を開けて戦利品を並べていく。

 純粋に青く透き通った拳大魔石が6つと青の魔石の二倍程の大きさがある赤色に透き通った魔石が1つと良く分からないが十字の金の装飾で封がされた本が2冊出て来る。


「純度の高い青の魔石が6つ、赤の魔石が1つ。それに魔導書が2冊で御座います。」

「魔導書…?」

「ああそうか、琥珀は見るのが初めてだったな。」 


 エンフィルが俺に魔導書について説明する。

 端的に言えば封を開ける事で一度だけ誰でも本に対応したスキルを取得できると言う物だ。

 だが、中には対応した職の経験を積まなければ空ける事が出来ない魔導書も存在するらしい。

 

「そもそもボス級も魔物でも魔導書をドロップする事は極めて少ない。

 となると、琥珀がトドメを刺した事でAランクの幸運が作用したのかもしれないな」

「姐御よぅ…俺にはそう言う小難しい事は分からねえんだけどよぉ

 その魔導書に価値はあるのか?」


 エンフィル曰く、魔導書も需要と供給がモノを言う物らしい。

 だから値段帯もピンからキリまで幅広く存在する


「ふむ…そうだな例えば此方―――」


 そう言ってエンフィルは右の本を手に取る


「此方ならば働かずとも切り詰めて生活すれば、人間が一人で一生を過ごせるくらいの価値がある。

 値段で表すのなら白金貨で3枚、オークションにかけるのなら4枚を超える値が付く程度だ…。」


「うへぇ…三百万ステラ以上といやぁ確かに貧困層の生涯収入と同等の価値があらぁな。」


 ふと懐から1枚の金貨を出す、ゴブリンの討伐報酬で貰ったものだ。

 この金貨が一万ステラ、つまり金貨換算で300枚と言う事になる。

 貧困層の年収が金貨3枚程となるが、ここでのゴブリン討伐で貰った報酬は明らかに多い事になる。

 それともこの手の冒険者みたいな職業は命を張っている分給金がいいのだろうか…

 

「この魔導書の中身は"隠蔽"。文字通りステータスを隠すスキルだ。」 

「隠蔽…なぁ。何か(わり)ぃ事してるみてぇだなぁ」

「時には隠しておいた方が良い事の1つや2つあるさ。なぁ…琥珀?」


 そう言ってエンフィルは俺に眼を向けと釣られてドルゲや村長達も一斉に此方へ視線を向ける。

 ドルゲは俺の事情を知っているので、すぐに理解し「なるほど!」と言った感じで自身の足をバシンと叩いていたが村長と子分の二人は何を言っているのか分からないのか、首をかしげていた。


「確かになぁ…アンちゃんのは隠しておいた方が良いなぁ…。

 知られるとすぐに面倒事に巻き込まれそうだ。」

「事情がお聞きしませんが、琥珀殿が…。 エンフィル殿ではなく?」

「ああ、私より琥珀だ。」


 俺の場合持っているスキルのせいだろう。

 グレイスは国に交神は良いとしても、神の瞳など神殿で神の使いとして祭り上げられかねない物だ。

 そんな面倒事に巻き込まれ続けていたら俺の第二の人生は自由などない滅茶苦茶な物になってしまう。

 

「ふむ、この村の周期で集まる者達は変わり者が多いのが通例ですが…なるほどなるほど。

 琥珀殿のこれからに期待。と言った所でしょうかな。」

「まぁ、そんな所だ。

 と、言う事で。この魔導書は私に譲ってほしいのだが、ダメだろうか?」

「ん…? この話の流れから、アンちゃんが使うものじゃないのか?」 


 村長が言っていた通り俺よりエンフィルに使った方が効果的なのだろうか?


「すまない。私とした事か、説明不足だったな。

 隠蔽と言うスキルは自身のステータスを隠す事が全てではなく、拒絶さえされなければ他の者のステータスを隠す事もで出来る。

 ここまでは良いか…?」

「あ、あぁ…。」

「まぁ…ここからが一番の問題なんだが。

 隠蔽スキルの一番の特性として、術者よりレベルの高い者からの鑑定を受けるとその隠蔽が露呈してしまう。」


 成程。つまり低レベルである俺が使用した所で効果は薄い。

 だが高レベルであるエンフィルが使用する事によって、まず簡単にはバレなくなる訳か。

 

「確かにそれならばエンフィル殿が一番の適任でしょうな。

 エンフィル以上のレベルとなれば外の世界にもそう数もいない筈。」

「こんな事ならもう少しレベルアップに力を入れて生活するべきだったか…。

 まぁそれはこれからの課題だな。……で、どうだ二人とも。」

「どうもこうもねぇよ姐御。姐御以外の適任なんか居ねえじゃねえか。なぁアンちゃん。」

「それもそうだ。エンフィルがそこまで考えててくれるなら俺も嬉しいよ。」


 俺がそう答えるとエンフィルはそそくさと魔導書を懐に入れる。

 入れ終わると残ったもう一つの魔導書を掴みドルゲに差し出した。 


「残った魔導書だが。これはドルゲ、お前が使うと良いだろう。

 中身は"鼓舞(こぶ)"パーティを組んだ者達、自身と繋がりがある者達のステータスを引き上げるスキル だ。」

 

 エンフィルはドルゲにそこまで伝えると一呼吸置いて言葉を繋げる。


「これから世界最強の騎士に成り上がるには上等なスキルだろう?」


 普通に驚いた。ドルゲは元騎士だが、もう騎士に未練はない物だと思っていたからだ。

 だがその予想も俺の想い違いだった様だ。


「……やっぱり姐御は何でもお見通しかぁ。」

「3年近くも同じ村で顔を合わせていれば嫌でもわかるさ。

 だから受け取ってくれ、琥珀も構わないだろう?」

「勿論だ。」


ドルゲは無言で魔導書を受け取ると、その場で十字の封を解いた。

本から発せられる白い光はドルゲの身体へ吸い込まれてすぐに消える。


「二人の想い、身に染みたぜ。

 このドルゲ、必ず世界最強の騎士…いや、世界最強の騎士団を作って見せるとここに誓わせてもらう!」


その瞬間、子分二人から歓声が飛んだ。


「親分、俺達もいつかその騎士団にいれてくだせえ!!!」

「親分っ!!!」

「何言ってやがる、当ったりめぇだろうが。

 その時まで精々腕を磨いて待ってやがれ。」

「「押忍!!!」」


そうと決まれば特訓だ!!!っと言いながら家を出て行った子分達を見送りながらドルゲは満足そうな顔を浮かべる。

やれやれと言った感じで見ていた村長もドルゲと子分達の熱さにあてられたのか口出しはしない。


「特別な配当が無くてすまないが、この魔石は全て琥珀が持っていくと良い。

 街の冒険者ギルドで売れば、当分お金に困る事は無いだろう。」

「ああ十分だ。」


 実際、先立つ物が俺には少なく困っていた所だった。

 魔導書を貰うより気軽に売り払う事が出来る魔石が手に入ったのは俺にとっては幸運だ。


 俺は目の前に置かれた7つの魔石を手に取って自身の袋に入れると、村長が切り出す。


「時に皆様方、御出立の時期はもう既にお決まりでしょうかな?」


 "出立"つまりは俺達三人がこの村を出て、外の世界に帰る日付の事だ。

 俺にとっては長い人生の始まり。王都とやらを目指して世界中をのんびり旅しようかと思っている。

 ドルゲにとっては騎士としての新たな一歩。

 エンフィルもここを出れば自身の本来の居場所、本拠地がある筈だ。


「私はまだもう一月程先になりそうだな。

 今の家も片付けなければならんし、この神域の研究も一段落着く頃だ。」

「俺はまだ決まっていないが、日付はエンフィルかドルゲのどちらかの出立に合わせようと思う。

 一番近い街くらいまでは案内して貰わねば行き倒れる可能性さえありそうだ。」


 出来るのなら初めの街くらいまではエンフィルがドルゲに付いて行きたい。

 如何せん、道はおろか方向さえわからないからな。

 折角苦難を越えたと言うのに行き倒れなど笑えない。


「俺ァは明日出立しようと思う。」


 ドルゲの口から案の定、予想はしてたが"明日"と言う言葉が飛び出した。

 流石に今日の今日とは言わなかったが、ドルゲは一日でも早く出て騎士になろうと思うのだろう。

 燻っている時間が勿体ない、今すぐ行動に移したくてウズウズしてしまっている状態。

 俺もエンフィルも村長さえもあの宣誓の後だ、想定範囲内なのか余計な口は出さない。


「で、だ。アンちゃん。

 急で申し訳ねぇんだが、俺の出立に合わせる気はねぇか?」

「ああ、いいぞ。」

「そうだよなぁ…いきなり明日なんて言われたら困―――えっ?」

「俺も外の世界を早く見てみたいとは思ってたからな。

 どうせだ、街の分かれ道まではこれから始まるドルゲの騎士道を見届けさせてもらおうかな。」

「ォ、ォ、オオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」


 ドルゲが俺の肩を抱く、筋肉モリモリの山賊風の男に抱かれても嬉しくも何とも無いが悪い気はしない。

 ドルゲが街に着けば騎士になる様に、俺も街に着けば冒険者になるだろう。

 お互い違う道を進む事になるが何処まで行っても俺もドルゲもエンフィルも掛け替えのない友である。


「私を仲間外れにして楽しそうだなお前ら。」


 俺とドルゲの肩が置かれたエンフィルの華奢な手がミシミシと鳴って俺とドルゲは痛みに呻く。

 

「丁度良い、琥珀、ドルゲ。

 外の世界に出る前に私がお前らの力を見ておいてやろう!」

「おいドルゲ、どうにかなら―――イタタタタタタ!!!」

「こうなった姐御は止まらねえからなぁ…。」

「世話になったな村長殿!!」

「いえいえ」


こうしてミシミシを音を出しながら肩を掴まれて外へ引きずられて行った俺とドルゲを村長は生暖かい眼で見送った。


「また外の世界は賑やかになりそうですな、彼等の神々の導きがあらん事を―――」



◇◆◇◆◇◆



そして現在に戻る。



「ヒェッ…。」


 時折チラチラ見える魔法の着弾点を見ると情けない声が漏れる。

 だが、逃げてばかりでは埒が明かない。反撃の時だ。

 こんな考えが浮かぶ所を見ると、自分もかなり異世界に慣らされてきた証拠だろう。

 

 剣に手を伸ばしながらスピードにブレーキを掛けて、停止と共に抜き放つ。

 その先で悠然と歩いているだろうエンフィルに向かって剣を構えるがそこにエンフィルの姿は無かった。

 降り注いでいた魔法も嘘の様に無くなって、ドルゲ達が何か叫んでいるが距離のせいで何を言っているのか分からなかった。

 

 俺の周囲はただ静かな風が流れるのみだ。

 ただ何故だろう絶対に気を抜いては行けない様な感覚が身体中を支配している。

 少なくともこの辺りに身を隠せる障害物は無い。ならばこれは魔法か何かの迷彩だ。


 ヒュンッ。

 そんな普通なら絶対に聞き逃している様な音が本当に一瞬だけ左から聞こえた。

 即座に神の瞳を全力で発動させ防御の体制を取―――


 バキンッ!

 

「……ッ!!」

「ほぅ、良く防いだな。」

  

 何もない所から現れたのは細い銀の剣を持ったエンフィルだ。

 

「防いだ?馬鹿を言うな。もう少し遅かったら斬られる所だった…ぞ!!」

 

 持った剣を力の限り振り払う事でエンフィルを押し退ける。

 ……事が本来なら出来る筈がない、力任せで振り払えるほど俺とエンフィルの力の差は埋まっていない

 俺の力でも振り払えてしまったと言う事は、それは目の前のエンフィルが"偽物"だと言う証拠である。

 詰まる所本物は何処に居るか、と言う疑問にシフトする。

 しまった。と思ったが時は既に遅かった。


「また私の勝ちだな。」


 背後からそう声が掛かると首に両腕を回される。

 俺が押し退けたエンフィルは風となって消えており、そこには銀の剣とマントだけが落ちていた。

 

 現在の状況、現代で言う"あすなろ抱き"と言う奴だ。

 男として非常に嬉しい状況なのだが、なんだろう。

 自身が生きていると言う心地がしない。例えるなら断頭台に固定された罪人の様な心境だ

 いつ何時刃が落ちて来るかわからない、いつ何時エンフィルがこのまま首をへし折ってくるかわからない。

 ほら似てる。まぁ…それくらい怖い状況だと言う事だ。


「エンフィルさん、御機嫌は治りましたかな?」

「ボチボチだな。それにしても強くなったな琥珀。

 起きてからステータスの確認はしたか?」 


 そう言えば一度も確認していなかった。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


称号:リエンの勇者

名前:目黒琥珀

レベル:11

種族:人

職業:―――

体力:1175/1175

魔力:551/551

力  C(366)

防御 C(330)

知力 C(371)

精神 C(440)

素早さ C(651)

器用さ B

運気 A


スキル

交神

水歩


アビリティ

柔術:Lv1

剣術:Lv2

グレイス



特殊アビリティ

神の瞳

■■■神の加護


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 

 ステータスを見た瞬間、変な顔になったのが自分でもわかる。


「エンフィル…称号が増えてるんだが。しかも勇者と来た。」

「ああ…その事については後回しにしよう。まだドルゲのステータスを確認していないからな。」


 これだけ目立つ称号は見るだけで気だるくなって面倒臭くなって来たので、他の変化へ眼を向ける事にする。

 他と言えば、レベルが一気に6つ上がっていた。エンフィルの分身に反応できたのは上昇した素早さのおかげだろう。

 一晩中引っ切り無しにレベル上は格上の相手を倒し続けた成果かもしれない。

 ほぼエンフィルの功績だったが、あのゴーレムにトドメを刺せたのも大きいだろう。


「あとは…レベルが6つ上がってるな。」

「まぁスキルの事も考慮すれば妥当だろう、素早さの成長が特に著しい。このまま伸びて行けばいいのだがな。

 確かレベル20からは10レベル毎にレベルが異様に上がり難くなった記憶があるが、無理せず身の丈に合った相手を選んで戦えば順調にレベルが上がっていく筈だ。」


 やはりレベルアップに必要な経験値は一様に壁がある様だ。


「ドルゲの奴も騎士では無く、冒険者であったなら30台後半くらいのレベルにはなっていただろうか。」

「やはり理由があるのかエンフィル?」


 ドルゲのステータスを確認した時、レベルは16だった。

 このレベルは今思うととても低く感じる。なんせ特殊なスキル持ちではあるが、俺が既に追い付きそうであるからだ。

 

「騎士は訓練しかしない。そして有事の時以外魔物を狩る事は殆どないんだ。

 しかもドルゲの居た騎士団は王都の騎士団だ。その団員数もさることながら、下の者まで獲物が回る事も少ない。

 かと言って、自身でダンジョンに潜る事も外へ獲物を狩りに行く時間も無いから悪循環の始まりだ。

 その中で彼はようやく得た自分の地位を必死に守りながら、血反吐を吐きながら自身を鍛え上げたのだろう。」


 確かに俺のステータスの上りが高いと持て(はや)されているが、それを基準にしても

 ドルゲの一部のステータスには同レベルで追いつけるかと言われればそれは無理だ。

 彼には文字通り力がある、そして何より上に立つ力があると俺は感じる。

 あくまで、このドルゲの努力話はエンフィルの想像の域を出ない。

 だが俺は思う、それ以上の苦難を彼は乗り越えて此処に来たんだろう、ってさ


「さて、戻るぞ琥珀。 ドルゲや村の者達が待ちくたびれているからな。」


 俺達が元居た方を見ると大声を張り上げて手を振るドルゲ達の姿が見えた。




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