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目黒琥珀の異世界転生論  作者: ウェハース
第一章 【神域・リエン】
10/45

【周期侵攻戦Ⅲ】


 5分ほどだろうか。

 全力で走り、木々を抜け、枝を折って、彼女達が戦っていたであろう地帯に俺は辿り着く。

 眼のおかげでエンフィルの居る方角が分かるので、正道を無視して森の中を突っ切り、真っ直ぐ彼女の下へ向かう。

 巨大なゴーレムがギギギッと音を立てて動き出そうとしているが、飛ばされた影響でエンフィルとの距離は離れている。

 

 「エンフィル…。」

 

 俺は漸く彼女の下へ辿り着いた。

 絶句する。彼女がもたれる大木には大きく打ち付けられた跡が事の壮絶さを想起させる。

 彼女の持っていた杖はどこかに消え、額から血が流しながら気を失っているが俺の眼だけが彼女の安否を教えてくれた。

 すぐに駆け寄ると、揺すって起こそうとするが中々起きない。

  

 ズンッと背後で音がする。…どうやら、ゴーレムが起き上がった様だ。

 ボロボロの身体を持ち上げて起き上がったゴーレムはピタリと俺に視線を合わせると近くの折れた木を投げ飛ばしてくる。 


 「―――っ!!」


 すぐにエンフィルの身体を抱き上げるとそのまま横へ跳ぶ。

 俺達の居た場所には投げ付けられた木が突き刺さっており、身が凍る。

 ギギギッとゴーレムは身体を動かすが、思った様には動けない様だ。

 その内に俺はゴーレム視覚を掻い潜る様、背後に移動し木々に身を隠すとゴーレムは俺を見失った。

 

 エンフィルを草の上に寝かせるとその状態を確認する。

 先程までは必至で気付かなかったが、エンフィルの傷も大概だ。 

 すぐに彼女の持っているポーションを確認するが、大半が魔力回復の物で俺に渡されたものより色の濃い、青色のポーションばかりだった。

 中には紫色の透明なポーションも存在していたが、用途が分からない為放置して俺の持っていたポーションを使う事にする。


 「せめて傷くらいは治すことができれば…。」


 手元に残っているポーションは3本。ポーションは身体に振り掛けても効力を発揮するのだが、それでは効力が弱まってしまうとエンフィルが言っていた。

 持っている物もエンフィル本人と比べ、体力値が約6倍離れている俺用に用意してくれたポーションだ。エンフィル本人に振り掛けて使うには効力が低すぎる。

 本来の効果を発揮させるには飲む事が一番望ましいと言っていた。

 ゴクリと喉が鳴る。だが迷ってなどいられない、あのゴーレムが姿を見失ってくれる時間など極僅かだ。

 俺達を諦めて村の方に向かわれれば多くの被害を被る事になるだろう。

 


 覚悟を決めると俺はポーションの一本を口に含む。

 今から行う行為は…所謂"口移し"。本来ならば気を失っている相手に水物を流し込むなど一番やってはいけない行為だが、ポーションは例外だ。

 曰く、飲み込みさえすれば効力を発揮し体内から消滅するとエンフィル本人が言っていた。

 どういう構造かはわからないが、飲んだ物が気道に入って大変なことになるという事態が発生しない。

 

 エンフィルの身体を持ち上げると唇を寄せる。

 非常事態だと言うのに心臓の高まりが収まらない。これは医療行為だと自身に必死に言い聞かしながら、唇を押し付けると彼女の口内にポーションを流し込む。

 反射と言うやつで喉の奥にポーションを押し込むと少しずつ飲み込んでいっているのが分かる。

 エンフィルに一本目を飲み終わらせた所で背後からズンッと何かが立ち上がった様な音が響いた。

 この音は間違いなく木を一本隔てた背後でゴーレムが立ち上がった音だろう。つまりもう見付かるのも時間の問題と言う訳だ。

 

 俺は素早く二本目、三本目を一気に口へ含む。一本目が問題なかったと確認できたので残った二本を一気に使用する。

 所詮試験管程度の量が二本である、口一杯になったポーションを再度エンフィルの口内へと流し込んだ。


 「やっぱりスグには起きてくれないよな…。」

 

 神の瞳で彼女のステータスを確認すると体力は半分くらいまで回復し、大きめな傷は残っているものの、身体から細かい傷の殆どは癒えている事が伺える。

 ゴーレムに見付かってしまう為大きな声や音は出せない、仕方なく彼女の身体を再度揺すってみるがまだ起きる気配はない。


 「仕方ないか…。」


 そう、これは仕方ない。

 とても小さいが地面から微振動を感じる事が出来る。ゴーレムは俺達を諦めて村の方へ向かう事に決めた様だ。

 

 「ったく、ふざけてるよな…。」

 

 エンフィルのポーチを探り、3本の魔力のポーションを自分の袋に移し替え、俺はエンフィルの身体を木に隠れる様にもたれ掛からせると立ち上がる。

 転生を果たしてたった3日目、いや…もう日付が変わっているから4日目だ。

 たった4日で背負うには軽すぎる、とんでもないお人好しだと笑えて来るな。

 だが、現代に居た頃よりよっぽど充実感が感じられる。生涯の大半を病室で過ごした男にはとんでもなく刺激的だ。

 

 


 俺は今だクレーターが残る広場で姿を晒すと、俺は初めて身体の年齢に精神が追い付いた。 


 「此方だ、ガラクタ!」

 

 声量一杯の上、精一杯の挑発だ。

 俺の声が聞こえたのか、ゴーレムは俺の方へ向き直るとニヤリと笑った…様な気がした。

 まるで取り逃がした獲物を見つけた時の様な感覚がゴーレムから伝わってくるが、この感覚もすぐに薄れる。

 アレの探し物はあくまで、自分をここまで追い込んだ"エンフィル"だ。

 俺はその獲物を隠した憎い奴くらいにしか思っていないだろう。


 「悪いが、お前の様な奴にエンフィルは渡せんな。どうしても欲しいと思うのなら奪ってみせろ。」

 

 俺への憎さも相まって挑発は成功した様だ。

 上等だ。とでも言わん程の雰囲気を醸しながら此方へ向かってくる。


 俺に出来るのはあくまで時間稼ぎだ。

 相手が瀕死の死にかけだったとしても、どんなに背伸びしようが俺一人でこのゴーレムを打倒するのは不可能だ。

 だからこの命を懸けて、エンフィルが目を覚ますまで奴の攻撃を捌き切る。 


 「さぁ、始めようか廃棄(ジャンク)品。」




 【???】




 「神域の修復はどうなっておる!!!」

 

 白い世界で檄を飛ばすのは金髪少女の神様。琥珀をこの世界に転生させた張本人である。


 「あと20分ほどかかると思われます!」

 「待てるか!!!

  このままでは琥珀が死んでしまうではないか!!?」


 今にも飛び出して行きそうな神様を3人の天使達が必死に抱き留める。

 結界修復の作業をしていた天使達からしたらたまったものではない。

 

 「おやめください!今の貴女様が行った所で状況は変わりません!!」


 一人の天使がワシにぼやくが、それは一番自分が分かっている。

 とある理由からワシには神として存在を誇示する為の力はあっても地上に介入して戦う力はもう存在しない。

 天使が三人がかりとは言え本気のワシを止められているのが動かぬ証拠である。


 「ぐぬぬぬ…。」


 ようやく止まったワシを離さない様に抱き留めていた天使達から文句が垂れる。

 

 「よ、ようやく止まった…。」

 「事情は伺っておりますが、神が一人の人間に固執するのはおやめください…!。」 

 「バカ者共め!!ワシもそれくらいわかっておるわ。」

 

 わかってはいるのだ。わかっているのだが止まれない。

 本来神様と言うのは平等だ。この世界においてはその気が現代世界より顕著に出ている。

 だが神々の常識に流されるのをワシは嫌う。琥珀を習う訳ではないが、自由に生きたいのだ。

 

 「転生後4日で死亡など笑えんぞ、琥珀…。」



 ―――――☆

 

 

 リエンの村では今も忙しなく夜明けの準備を進めている。

 今村を出る事は出来ないが、結界の修復が夜明け頃には終わり、それと同時に琥珀達を回収しに行く為だ。

 

 現場を指揮するのは勿論ドルゲ。彼は最悪の事態(・・・・・)も想定していた。

 琥珀やエンフィルが力尽きていた場合だ。その場合、俺達は戦うしか道は残されていない。

 外の世界に逃げようとする事は村人達が承知しないだろう。彼らはもうリエンの村と言う終着点に辿り着いているからだ。


 そして、勿論俺だけが逃げるなんてのは絶対に無い。 

 俺は村の入り口に陣取っていつでも動けるように眼を光らせる。

 今の所来たのは数匹のゴブリンやリザードばかりだ。1匹1匹迷ったように森から出て来た為、明らかな残党だろう。

 大物が出て来てから考えるに魔物の出現も止まっていると見ていい。

 

 だが待っている者として時折鳴る轟音が不安を煽る。

 琥珀は?姐御の状態は?戦っているのか、逃げているのか?考え出すとキリがない。

 

 「チッ…。」


 次の敵だ。森から這い出て来たのは1匹のオークだ。

 鎧を身に着けていないのと所々に傷が残っている所を見ると、どうやらこいつも乗り遅れだ。


 オークは俺の前に立つと自慢の棍棒を両手でガッチリと握り、静かに構える。

 この魔物も感じているのだ。この侵攻の終わりが近い事が…。

 外に生息する魔物は同じ成りをしながら亜人と評される者達がいる。

 姐御と同じエルフはまだ良いが、俺が外の世界に居た頃でさえそいつらは例外なく差別の対象だった。


 こいつは差し詰め一匹の…いや一人の戦士だ。

 気持ちを理解する事も出来ねえ、言葉を交わすことも出来ねえ。

 だが目の前のこいつは言っている、この侵攻の最後に、自身の最期を飾りてえってな

 こいつが亜人であったなら、良い友に成れたかもしんねえなぁ

 

 俺は弓を構えて出て来た子分達を手で制して、一歩前に出る。

 両手で斧を握り直し、目の前の戦士に向かって構えた。

 

 「安心しな。俺は差別はしねえよ。」

 「グオオオオオオオオオオオオオォ!!!」


 叫び声を上げて迫る今宵最期の好敵手になるだろう相手に俺は応えた。

 



 ―――――☆


 


 ―――神の瞳を使い始めて分かった事がある。この力は魔力の流し方で効力の程が変わる。

 体力と魔力だけや視力強化だけ。様々な方法で消費魔力を抑える事が出来る事が分かった。


 振られる岩の腕。それを神の瞳を視力強化だけに集中しスレスレで回避するとまた頬が切れた。

 何度も何度も避け続け時間を稼ぐが増えていくのは俺の傷ばかりだ。

 元々ギリギリだった身体に鞭を打って身体を動かす。攻撃は試したがダメだった。

 ヘイトを稼ぐ事はできてもあの岩肌に俺の攻撃は全て弾かれてしまう。


 これではジリ貧だ。食らえば一撃、掠ってもその攻撃は致命傷になる。

 

 「グォォォオオオオオオ!!!」


 ゴーレムが苦しむ様な声を上げる。……悪寒が走る。これは苦しみもがいている声ではない。

 ちょこまかと逃げ回る俺を追い詰める為に放つ"魔法"の予備動作だ。

 俺では攻撃したとしても魔法を停止させるのは不可能だろう。

 

 エンフィルのいるだろう射線から出来るだけ離れつつ距離をとる。後退を終えた時と魔法の発動は同時だった。

 放たれたのは拳大の弾丸。目視で数は30を超えている、迎撃は出来ない。

 即座に神の瞳を発動し、全力で魔力を注ぐ様に集中する。

 その瞬間、明らかに世界がガラリと変わる。今までは動体視力が少し良くなったくらいの効果しか実感出来なかったが、まるで見ている世界が変わる。

 まず見えたのは透明な射線。これが神様の言っていた"未来視"の一端だろう。

 そして実物の弾丸はスローモーションとまでとはいかないが、十分回避が可能な範囲まで視認できた。


 第一の弾丸を回避する。到達時間は1秒にも満たない。

 第二、第三、第四と次々に飛んでくる弾丸を何とか回避していると、背後では躱した弾丸が木々に当たったのか、バキバキと木を薙ぎ倒した様な音が聞こえた。

 1発の威力が明らかに可笑しい。その音は俺の緊張感を最大まで高める為には十分だった。

 

 問題に気付き始めたのは20発程の回避を終えた辺りだ。

 明らかに回避がギリギリになりつつあり、余裕は完全になくなった。

 原因には初めから気付いていた。別に眼の精度が落ちて来たと言う訳ではない、単に眼の性能に俺自身の身体能力が追い付いていないからだ。

 いくらレベルが上がったと言っても、まだまだ低レベルを脱却したとは言えない。

 

 それから更に回避を重ねる。終わりが見えて来た辺りで回避が間に合わず、俺の身体を弾丸が掠り始めた。

 

 残り三発――――回避。頬に大きな切り傷が出来る。

 

 残り二発――――回避。大きく横腹が削られる。


 残り一発――――回避…は出来ない。

 

 腰に収めていた鉄の剣を勢いよく引き抜く。岩の側面を削る様なイメージだ。

 ガリガリと音を立てながら岩の軌道がわずかに変わるが持っていた剣は岩の勢いに耐え切れず俺の腕から弾かれた。

 だが、全弾回避してやった。これで―――


 「グォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」


 ゾクリとこれまで以上の悪寒が走る。

 一際鳴いたゴーレムが成形していたのは3mほどの巨大な土の槍。

 弾丸の回避に全てを割いていた為、こんな魔法を使っていたなんてまるで気付かなかった。

 土の槍は最後の一発を回避し、完全に体制の崩れた俺の下へ殺到する。

 

 回避は―――不可能だ。腰に残った短剣などでは到底防げない。

 神の瞳の未来視の射線は無慈悲に俺の胴体を示し明確な死を告げた。


 悔しい。力一杯ゴーレムを睨むが未来は逆転などしない。

 こんな所で終わりか。折角良い友が出来たってのにこんな所で―――


 その時聞き覚えのある声色が凛として戦場へ響いた




 『―――(ぜん)を刺し穿(うが)つ風帝の槍、彼の者に断罪の裁きを下せ。』



 極大魔法―――ウィンド・メシア。




 差し迫る土の槍を打ち砕いたのは更に何倍も大きな巨大な風の槍だ。

 風の槍は難も無く土の槍を打ち砕くと大きな旋風を巻き起こし消えていく。

 俺はその風でそのまま後ろへ吹き飛ばされそうになるが、後ろから自分を支える誰かが居た為事無きを得た。

 

 「世話を掛けたな、琥珀。」

 

 ああ…俺の頑張りはどうやら無駄ではなかった様だ。

 

 「ったく…起きるのが遅いぞ、エンフィル。」

 

 声の主に非難をすると、"すまなかった"と軽い謝罪が返ってくる。

 

 「身体の方は大丈夫なのか、エンフィル?」

 「安心しろ。お前の渾身的(・・・)な治療のおかげでどうにか事なきを得ている。」


 一瞬ドキリとしたが、様子を見るに俺がどう言う治療の仕方をしたのかは気付いていない様…

 っと思ったが、今一瞬、小悪魔的な笑みを見せたので間違いなくコイツは確信犯だ。


 「さて、無駄話は後に回してまずは目の前のコイツをどうにかしないとな」


 エンフィルと俺は目の前の敵に向き直る、ゴーレムの外殻の表面が削れ、何とか立ち上がろうともがき、体力も500程減っている。

 どうやらエンフィルの魔法は複数の槍を生成する魔法だった様で、俺の境地を救った1本以外は全てゴーレムに向かって放たれていた様だ


 「体力は500程減っているが、今のをあと少なくとも3発撃てそうか?

  詠唱の時間くらいは俺が稼いでみせるが…」

 「無理だな。」


 エンフィルは考える間もなく即答する。


 「先程お前を助ける為にエリクサーを飲んで体力と魔力が全快したが、魔力の方はもう底を尽きかけている。残ったポーションで先程の様な有効打を打つには杖も無いから2発程度撃つのが精一杯だろう。」

 

 エンフィルのポーチに入っていた紫色の液体の正体はエリクサーだった様だ。

 だが、それでは討伐には至らない。瀕死状態には持っていけるだろうが、その後がどうにもならないだろう。


 「で、何か手があるんだろ。エンフィル?」


 先程から全く取り乱していないエンフィルの姿を見るに何か手が残っているのは確実だろう。

 良くぞ聞いてくれたと言わんばかりに俺に向かってニヤリと笑う。…何だろう、すごい嫌な予感がする。

 

 「突破口は私が作るから、琥珀、お前がアイツを倒せ。」

 

 ほらきた。

 まあ、エンフィルの事だから何か根拠があっての事だろう。この際気にしない。


 「俺の剣じゃどんだけ斬ってもあの外殻にダメージは入らんぞ。」

 「安心しろ。お前はあの堅い外殻の奥、弱点である核を突きさえすればいい。」

 「簡単に言ってくれるが、突き刺したとして倒せる可能性はあるのか?」

 

 例え弱点だと言っても俺はまだまだ未熟な低レベル、それにきっとチャンスは一度きりだろう。

 おんぶに抱っこで例え突き刺したとして、一撃で残りの体力を削りきれるかどうか…


 「一応切り札は使うが、後は琥珀次第だろう。

  アイツの懐に入り込んで核を突き刺してしまうことさえ出来れば間違いなく倒せる。」

 「……わかった。やってみよう。」


 承諾するとエンフィルは1本の魔力ポーションを手渡して来たのでそのまま飲み干す。

 後を追う様にエンフィルは次々にポーションを飲み干していくと、準備整った様だ。

 俺も鉄の剣を拾い、ミスリルの短剣を抜いて二刀に構える。


 「今からお前に使用するのは私の切り札、"禁忌錬成"。私の頭に理解できる理論や構造をそのまま1つの魔法道具として作り上げる能力だ。」

 

 俺は一瞬で理解した。彼女の特殊アビリティ"禁忌錬成"、それは独自の理論を展開させ構造を作る。

 学者思考であり、知識の宝庫であろう彼女にこのアビリティはハッキリ言ってチートだと思う。

 知識があればある程幅が広がる、それは禁忌を冠するに相応しい能力だ。


 「効果の程は保証するが、覚悟はしてもらうぞ、琥珀。」


 最後にそれだけ言うと、エンフィルの手元から淡い青色の光が広がる。

 ―――骨格が現れ、姿を形作る。

 この形は俺も良く知っている物。細長い鏡の筒、所謂万華鏡と呼ばれる物だ。

 

 理屈は単純明解。鏡と言う、物を映し出す物体に更に鏡を重ね映すと言う無限機構。

 当初の運用予定では攻撃魔法を無限に重ねて撃ち出す構造だったが、それは魔法道具の方の耐久の問題で不可能だと結論付けた。

 だからすぐに考え方をシフトした。攻撃性の無い、魔法であるのならば運用は可能―――

 つまりは同一強化魔法の重ね掛けだ。本来は同一強化魔法の重ね掛けと言うのは不可能であるが、この魔法道具の力で1つへ纏め対象へ無理矢理掛ける、エンフィルにしては珍しい力押しである。



 『無限鏡(イマジナリィ・カレイド)

 


 掴んだ魔法道具を砕くと、琥珀の姿を中心に周囲へ複数の巨大な鏡が出現する。

 ―――急がなければならない。この切り札は一度きり、そして展開できる時間は極めて短い。



 『―――万里を往く生来の疾風(かぜ)よ。その生を以て、我に加護を与え給え。』


 『ウィンド・ブーツ』



 魔法の発動が光となり鏡へ吸い込まれ、反射。更に別の鏡を反射させ、その効果を上げている。

 身体が軋む。エンフィルが言っていた覚悟の意味を今理解した。

 それは文字通り身体に無茶をさせると言うものだ。

 だが幾重の風が俺を包む。痛みなど吹き飛ぶほど効果が出ているのだろう、自身のステータスを確認すると笑えて来る光景が目に映る。


 素早さ上昇(大)

 素早さ上昇(大)

 素早さ上昇(大)

 素早さ上昇(大)

 素早さ上昇(大) 

 素早さ上昇(大)

 ……

 

 と言った感じで更に下へとスクロールで続き、数えるのも面倒になるくらいの強化が施されているのが分かる。


 「さぁ琥珀、敵も決着がお望みの様だ。」


 どうやらゴーレムも立ち上がった様だ。既に腹部の外殻は再生しその核の姿は見えない。

 

 強化魔法は俺の許容限界に達したのか追加は無くなり、完全に準備は整った。



 『―――(ぜん)を刺し穿(うが)つ風帝の槍、彼の者に断罪の裁きを下せ。』

 


 エンフィルが先程の魔法を再度詠唱する。

 俺と彼女は目線すらも合わせない、タイミングなど初めから分かっている。聞くまでも無い。

 


 『ウィンド・メシア!!!』



 生成されたのは5本の風の槍。俺を助けた時より数が明らかに少ないが、一本一本から放たれる風が明らかに違う。

 魔法が射出されるのと俺が飛び出すのは同時だった。

 

 全力で一歩を踏み出すと今までの俺の速度が嘘の様に加速した。

 風の槍と並走しゴーレムへ迫る。


 「グォアァアアアアアアアアアアア!!!!!!」


 ゴーレムから放たれるは2本の5mはあろうかと言う巨大な土の槍。

 

 「―――させるか!!!」


 エンフィルが叫び、腕を横へ切ると風の槍が更に加速、その中でも群を抜いて早かった内2本がゴーレムの土の槍へぶつかり相殺すると、魔法を射出前に潰す事に成功する。

 加速した残り三本の槍は自身の槍の破壊に驚くゴーレムの腹部に到達すると、ガリガリと削りながらその外殻を削り取った。

 

 ―――残り2歩。それが俺とゴーレムとの距離だ。

 外殻を削られ露わになった核へ俺は進む。スピードを緩める事はできない。

 この勢い(スピード)を載せてこそ奴の討伐に至る事が出来るからだ。

 

 だからこれは、ゴーレムの最期の足掻きだろう。

 両巨腕をガッチリと握り、そのまま振り下ろす。ただ単純で一番効果のある方法だ。

 間違いなくそれは直撃コース、それでも速度は緩めない。

 

 俺は剣を構える。ドルゲとの模擬戦で一度だけ使った正面からの受け流しだ。

 振り下ろされる腕はドルゲの斧より遥かに巨大で強力だ。それでもやるしかない。

 加速の為の距離を一歩分だけ残して直撃直前に一歩分だけ加速すると神の瞳をもう一度だけ全力で発動する。

 

 迫り来る腕に向かって剣を垂直に当てる。

 俺の加速のせいか神の瞳があっても振り下ろされる速度はあの時と然程変わらない。

 ガリッと音がした。その音は刃が剣に触れた合図だ。剣を岩の腕に向かって並行になる様に滑らせる。

 刀身がガリガリと音をたてるが構うものか。

 

 「ハァァァアアアアアアアア!!!」


 バキンと大きな音が鳴る。どうやら吹き飛ばされずゴーレムの腕を抜ける事が出来た様だ。


 「これで―――終わりだ!!!」


 残しておいた加速の為の最期の一歩を蹴ると、剣をゴーレムの核へ向かって突き刺した。

 核自体は外殻の様に硬くはない。勢いのせいかズブズブと剣が鍔の辺りまで食い込むと俺の勢いは停止する。


 俺と魔物の間に一瞬の静寂が訪れる。

 

 「グォァァァァ…」


 それは最期の悲鳴。光りとなり腕が崩れ出すと徐々にその岩の身体が崩壊を始めだした。


 差し込まれた剣を抜き放ち、崩れ逝くゴーレムを見上げる。

 その姿は頭は天を仰ぎ、崩れ無くなりかけた腕は遠い遠い空へ突き出されている。

 

 「ウ゛ァァァァぁぁ…」

 

 ゴーレムの身体が完全に消える寸前、俺はその悲鳴を聞いた。

 何とも胸糞の悪い、到底魔物とは呼べない"声"だ。


 そう、これではまるで―――"人"ではないか。

 

 

 消えたゴーレムの後には大きな魔石や箱の様な物や紫色の岩が落ちているのが見えた。

 俺は歩き出そうとするが、足が一歩も動かない。

 全身がミシミシと軋む様な音が聞こえて来て、とても立っていられなくなった。

 ピキリと鳴ると全身から汗がスゥーっと引くような感覚が体中を駆け巡る。

 あ、これヤバイ。と思ったが時すでに遅し、目の前が霞みながら激痛が―――来る前に地面に倒れ込んだ。

 意識が途切れる寸前、申し訳なさそうな顔をした白衣のエンフィルが俺の背後に立っていた。 


 「良くやった。今は良く眠ると良い琥珀。」


 そう言った彼女の笑った顔を最後に俺の意識は途切れた―――。



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