魔王代理は悩ましい
<投げやりな説明>
魔法、魔物、亜人、獣人、人間が登場します。
<簡素な用語説明>
【魔法】
【基礎的な魔法】
熱気、冷気、電流などを操作する魔法。今回は電流系魔法が使われます。
【封印魔法】-【解除魔法】
箱や扉の開閉する為の鍵、簡単なものから複雑な設定ができます。
【道具】
【水晶玉】
魔力をこめる事で色々できる、センサーやスイッチのようなもの。監視カメラとして、つかうためには移したい場所を記録する必要があります。
「……さて、うまくいくかな?」
机の上に置いてある水晶玉を、ロングストレートの黒髪の黒いドレスの女性が、椅子に座ってのぞいていた。
水晶玉には別の部屋の映像が映っていてそこにはローブを着た【少年】。
羊皮紙に書かれた文字を読んで、周りにいる【人型の生物】に何かの指示をしていた。
【人型の生物】は、人間ではなかった。
身長二メートルはある、牛の頭と足をした牛人、虫のような関節の腕を左右二本づつと背中に虫の羽もつ虫人間、その他にも人狼、鳥人などの亜人、獣人、魔物がいた。
彼らは【少年】の指示で、大きな木箱や石柱、麻袋を運んだり、【少年】と談笑している。
そこに牛人が<少年>に近づき――、
『あの荷物は、どこに?』
と、【少年】より少し大きな木箱に指をさす。
「……ちゃんと届いてるな」
そう言いながら、女性は口角を少し上げて笑みをこぼす。
彼女もまた、人間ではなく、こめかみよりやや後ろに灯り光が当たると、ほんのり紫色に光る黒髪。
その髪の間から、頭のまえを覆うように、ねじれた黒い角が生えていた。
少年の指示で、木箱が小部屋に運ばれていくのを、ニヤニヤしながら眺めていた。
「……これで、全部ですね」
少年はそう言うと羊皮紙のチェックをして、眼鏡をかけた蜥蜴人に、確認のサインが入った羊皮紙を渡す。
「はい、それじゃあ、私らはこれで」
蜥蜴人は一礼して、他の獣人達と共に帰っていく。彼らは配達の作業員だった。
少年は彼らを外まで見送り、見えなくなると今、自分が出てきた建物を見上げる。
その建物は、大きな石壁で出来て見上げると後ろに倒れそうなほど高かく、横も先が見えない位長く、その建物の周りは森が生い茂ていた。
しかし、その建物は至る所が崩れていて、見るも無残な姿だった。
「……まさか、魔王様の下に勤める事になるなんてなぁ」
少しため息を吐いて、少年はここに来た時の事を思い出す。
少年は、冒険者たちのパーティーの一人として旅をしていた。
しかしパーティーは壊滅、一人残った彼はここに迷い込み、結果として魔王の配下になった。
今、水晶玉で少年を覗いている女性がその魔王である。
(でも、魔王様って呼ぶと怒るだよなぁ。)
彼は、あの頭に角のあるが美しい顔がムッとしてをして気迫で気圧されるのは怖かった。
少年にとって魔王はおとぎ話の存在だった。魔王は数百年も昔に倒されて、人間達にとって伝承でしかなかった。
彼女は魔王と呼ばれるのは好んでおらず、呼ぶときは名前か魔王代理でよばせていた。
そんな彼女がなぜ少年を覗いているかというと――。
先ほど箱が運ばれた部屋に少年が入り、
「封印解除の魔法は……、え~と……」
そう言って箱に向けて手を伸ばして、魔力をこめ小さく呟く。
すると箱の板に光が走り床にバタンと広がり、中から灰褐色をしたゼラチン質の大きな塊が現れる。
「ぅわ……でかぁい……」
その塊を見て声をもらし、ハッとして持ってきていた羊皮紙を取り出し、
(――このスライムは岩陰などの隙間を好み、岩に張り付くため壁の衝撃吸収材として重宝されます。又、一か所に集まると一つになる生態を持っています。その為、壁のすき間に移住させるには分裂させる必要があり、その方法が……)
ここまで読んで、彼は数枚の葉っぱを取り出す。
「これを嫌って分裂して、すき間に逃げると」
葉っぱを指先で扇状に広げて、スライムの目の前(?)でゆっくりと振る。
するとスライムは、ぷるぷると震えだして少年に飛び掛かった。
「ぅええっ!!?」
驚愕の声を上げて彼は逃げようとするが、そのままスライムに包まれてしまう。
『話が違うよおー!?』
魔王様と、言いかけたところで完全に包まれてしまう。
それを水晶玉で眺めながら当の魔王の彼女は、声が出ないように堪えながらお腹を抱えて笑っていた。
しばらく眺めていた彼女だったが、そろそろ助けに行こうかなと思っていると――、
少年+スライムの近くで、
「……この状況は何なんだ?」
下駄をカラカラと、鳴らして近寄ってきた甚平を着た骸骨が、彼に聞くとスライムの中から
『スケずぁん!ばふけて!』
がぼがぼと、音と立てて少年が助けを求める。
骸骨はポリポリと、自身の頭蓋骨を掻くと、
「またルナテアの仕業……かっ!」
そう言いながら白い手袋を付けた手でスライムの中の少年を掴み、一気に引きずり出す。
床に引きずり降ろされた少年は、全身にぷるぷると震える小さなスライムをへばり付けたまま、せき込んだあと、
「スケさん、ありがとうございます」
と、お礼を言うと、スケさんと呼ばれた骸骨はスライムの中で薄っすらと浮かぶ葉っぱを見て――、
「ファム、お前まだ葉っぱ持ってる?それ、このスライムの好物」
そう聞くと、ファムと呼ばれた少年は、慌てて持っていた残りの葉っぱを取り出して捨てる。
すると、ファムの全身にへばり付いていた、小さなスライム達が床に落ちた葉っぱに集まっていく。
大きな塊の方も、体内に残った葉っぱを消化し終わったのか、そちらにぷるぷると近寄っていく。
再びスライム達がひとつになると、スケさんがスライムの表面に手で触れて魔力を込めると、
パリパリと音をたてて、スライムの表面に電気が流れて、それに驚いたスライムがバラバラと小さな粒状になる。
そして、散り散りと床や壁のすき間へと逃げていく。
静かになって、ファムが立ち上がると、
「とりあえず、これで近くに餌とか置いときゃ、勝手に増殖して建物全体に住み着くだろ」
と、軽く説明する。
「あっはい、説明書にも書いてあります」
「ん?セメントスライムの説明書あんの?」
ファムが羊皮紙(湿り気)を出すと、スケさんがそれを見て、文章の一部を読むと、怪訝な表情(筋肉がない為、骨に変化は無し)をして、
「……ここの好物の所、変えられてるな、苦手どころか寄ってくる」
「……はぁ、やっぱりそうですか」
ファムが、ため息をつく。
「資材にはイタズラ出来ないと思ったのですが、文章を変えてくるなんて……」
「まぁ、今頃はルナテアも、忙しいことになってるぜ」
そう言いながらスケさんは水晶玉でこちらを見ているはずの彼女の視線の気配が無い事に気づいていた。
(セメントスライムか…昔、よく石にさせられたな……)
ファムがため息をつき、スケさんが物思いにふけているその少し前。
「あぁ!先を越された!」
そう言いながら、彼女は水晶玉の前で座っていた椅子から立ち上がる。
「助けに行って、もう少し脅かせようとおもってたのに!」
彼女がムスッとしていると、部屋のドアの外からノックの音がして
「ルナテア様、どうなさいましたか?」
ドアを開けて、長い髪を頭の後ろで丸く纏め眼鏡をかけたメイド服の女性が入って来る。
ルナテアが、あっとして、
「あっこれはね、サボってたわけじゃなく、ちゃんと終わらせてから……」
「今度は、どんなイタズラしたんですか?」
ルナテアが焦っていると、眼鏡の女性はため息をつき質問する。
彼女の気迫に押され、ルナテアは事の流れを説明し、
「今回のはちゃんと資材になるイタズラだから……ね?ミリオ?」
親に怒られている子供みたいに小さくなっていた。
「そうですねぇ……確かに今回の件は復旧にもつながりますし」
ミリオは胸の前で腕を組み、片手の指先で自分のあごを押す。
その姿を見てルナテアはみるみるうちに明るくなったが――、
「ただ、説明書の再発行の為の依頼書と、スライム達の餌代等の書類へのサインをお願いします」
言いながら、手でこのぐらいとジェスチャーをする、その高さは、彼女の腰の辺りから肩の辺りだった。
「えぇ!そんなに!それに説明書って、書き直すだけじゃないの!?」
ルナテアは、目を丸くする。
「そうですよ、ただでさえ建物が大きいですから餌だって一か所からともいきません。説明書だって書くだけでも責任が伴いますので一から書き直しなんですよ?」
ミリオが人差し指を立てて、語る。
「とりあえず、書類の準備をしてきますので大人しく待っていてくださいね?」
彼女が部屋を後にする。
(後で何か甘い物でも用意しようかしら……?)
そこが、彼女の甘いところだった。ミリオが退室して、ドアがしまると。
「はあー……」
ルナテアは、長く息を吐くが、
(ちょっと失敗したけど驚いたところ見れたから結果オーライね。次はどんなのを仕掛けようかしら?)
ほとんど反省していなかった。これが、彼女の性分なのである。
湿ったローブを脱ぎながらファムは悪寒を感じたのか――、
(次はどんなイタズラがあるだろう…)
――と、思い身震いする。
そして、ファムとルナテアの二人は、
「魔王様のイタズラは……」
「次のイタズラは、どうしようか……」
それから、同時に、
『悩ましい……』
――と、同じ言葉でも互いに違った感情を含ませて、呟くのだった。
「今回はこれで終わり」
『はい、……それで続きは?』
「過去話を書くかな」
『もう過去バナかぁ…』
次回、過去話の予定です。