再会(2)
計画を思いついたきっかけは、指の怪我であった。一昨日の晩、宴会の料理に舌鼓を打っていた浦島は、貝殻で指を切ってしまったのである。軽症とはいえ、肉はパックリと割れ、傷口が塞がるまでは数日がかかるだろうと思われた。
しかし、怪我はたったの半日で完治した。「完治」という表現は適切ではないかもしれない。怪我は「なくなった」のである。傷口の閉じた跡すら残っていなかった。
指を切ったその日、乙姫との情事を終え、甚平を羽織ろうとした浦島は、異変に気が付いた。傷は行為中にもたしかにあった。にもかかわらず、わずか数分の間に傷がなくなっていた。まさしく怪奇現象である。
ちょうどそのとき乙姫と「竜宮城の時間」について話していた浦島が、この怪奇現象と珊瑚の力を結びつけるのはそう難しいことではなかった。浦島は気付いたのである。竜宮城で起きていることは時間の停止ではない。
生命の再生なのだ、と。
竜宮城の時間は止まっている、とされている。その最大の根拠とは、竜宮城に住む生き物が老いないということである。稚魚は永遠に稚魚のままであり、乙姫は永遠に19歳のままなのだ。このことは明らかに非科学的である。
生物に老いが訪れないことの説明を時間の停止に求めることは、ごくごく自然なことだと思う。生物の時間が止まっているため、老化が一切起きないのだ、と。しかし、実際に竜宮城で起こっていることはそうではなかった。生物は一旦老化するものの、その日のうちに再生していたため、一見すると老化をしていないように見えたのである。毎日必ず訪れる再生、これこそが竜宮城の秘密の正体だったのだ。
少し頭を捻ってみると、珊瑚の力によって生命が再生する、というのはありそうな話に思える。なぜなら、珊瑚は自己再生能力を持つ生物である。その珊瑚の自己再生能力が何らかの事情によって周辺の他の生物によって及んでしまっているのだ。常識的に考えればありえない話である。しかし、竜宮城自体が夢のような空間であったため、「他者再生能力」を持った珊瑚が存在したとしても不思議ではない。少なくとも、「時間を吸う珊瑚」よりはもっともらしい。
珊瑚の力の真の意味に辿り着いた浦島は、この力を使って乙姫を地上へと連れて帰る方法を思いついた。魚たちにバレずに、さらに運搬役の海亀にもバレずに乙姫を連れ出すために、乙姫を殺し、バラバラに分解し、玉手箱に詰めることにしたのである。魚たちも亀も誰一人として、玉手箱の中身が乙姫である可能性は微塵も疑っていなかった。当然である。玉手箱は中に人間が入るような大きさではない。バラバラした遺体をみっちりと詰め込むことによって、ようやく「一人分」が入るサイズなのである。もっといえば、竜宮城の住民は、乙姫は鮫の腹の中だと思い込んでいたから、乙姫の姿が見えなくとも不審に思わなかった。浦島は堂々と乙姫を背負って地上に帰ることができたのである。
もう1つの玉手箱の中身は、竜宮城の中心に位置した庭で採取した例の珊瑚が入っていた。無論、バラバラになった乙姫を地上で再生させるためである。
この計画を乙姫に打ち明けたところ、乙姫は目を輝かせたものの、計画には2つの不安要素があった。
1つ目の不安要素は、珊瑚の「他者再生能力」には死者の復活までをも含むのかどうか、というものである。バラバラになった乙姫の再生は、浦島の指の怪我の再生とは程度があまりにも違う。不思議な力を持った珊瑚といえども、死者を復活させる能力まではないかもしれない。この不安は、計画の成否に直結するものであり、これを明らかにできない以上は、浦島は一旦閃いた計画を諦めようかとも思った。
しかし、乙姫が計画の実行を望んだ。二度と目覚めないリスクがあることを知りつつ、自分の体を日本刀で切り刻むように依願した。このまま永遠に竜宮城で孤独でいるよりも、愛する浦島とともに地上で生きられる可能性が幾分か存在するのであれば、死のリスクをも甘受しようと考えたのだ。
浦島はせめて苦しまないで欲しいという思いで、乙姫の心臓を深く一突きした。
もう1つの不安要素は、珊瑚の能力が発揮される時間がハッキリと分からなかったことである。とはいえ、全く見当がつかないわけではなかった。浦島の指の怪我がなくなったのは夜の遅い時間であった。そのため、具体的な時間は分からなかったものの、再生はまた深夜に起こるだろうと予想した。
陸地に上がった浦島は、海沿いを歩きながらあることに気が付いた。時間が経つにつれて、潮がどんどん上がってきており、ちょうど浦島の指の怪我がなくなった前後の時間に満潮を迎えようとしていたのである。
このことから浦島は、おそらく再生が行われるのは満潮時だろうと予想した。海の生き物が潮の動きに影響されることはよくある。また、潮の動きは月の引力と関係するところ、珊瑚の「他者再生能力」のような不思議な力は月と関係がしていそうだ。結果としては浦島のこの予想は的中しており、玉手箱の中の珊瑚は満潮時に輝きだした。
洞穴の中で乙姫は再生し、浦島に再び微笑みかけてくれた。珊瑚の「他者再生能力」は死者にも及ぶ。最大の不安要素は杞憂だったのである。
このことは竜宮城で鮫も同じように復活したことを意味する。乙姫をバラバラにした後、浦島は鮫を部屋に呼び、日本刀で頭部を刺して殺害した。無論、鮫には一切の罪はなく、「乙姫が鮫に食われた」というストーリーを作り出すために浦島に利用されたに過ぎない。もう二度と会うことはないだろうが、不憫な鮫の命が救われたことは浦島の心を軽くした。
「夢みたいです。地上に戻れるだなんて。しかも浦島様と一緒に」
乙姫は浦島を抱きしめると、感触を味わうようにゆっくりと唇を重ねた。竜宮城で幾度となく繰り返した口づけと、今回の口づけとは違う。一時の快楽を味わうためではなく、この先の幸せを確かめるための口づけだ。
「これですべてを手に入れられましたね。地上での生活も、浦島様も、そして永遠の命も」
乙姫が視線を先ほどまでまばゆい光を放っていた玉手箱へと移す。中身の珊瑚の「他者再生能力」は竜宮城の永遠の命の源である。
浦島は乙姫の柔らかな頬を力一杯つねった。
「痛い…」
「夢見るなよ。玉手箱の中は海水で満たされているとはいえ、珊瑚は長持ちしないだろう。すぐに枯れる。地上には永遠なんてないさ」
「そうですか…」
乙姫が肩を落とす。乙姫は本当に永遠を期待していたようだ。
一方、浦島にとっては珊瑚はあくまでも乙姫を復活するための手段に過ぎない。乙姫が無事復活できた今となってはすでに用済みとも言える。
「いいだろ。俺は乙姫と一緒に歳を重ねていければ、それが一番幸せだ」
浦島は乙姫の腰を抱いたまま、乙姫の耳元で囁く。
「乙姫、愛しているよ。永遠に」
(了)
皆様,ご無沙汰しております。菱川あいずです。
約4ヶ月ぶりの投稿になります。この間,私生活があまりに忙しくと,小説を書くどころか,構想を練る時間もありませんでした。その中で「なろう作家であり続けたい」という思いから無理矢理アイデアを捻り出したところ,本作が出来上がりました。
エロとグロに依存した苦し紛れの本作でしたが,ラストは菱川好みのハッピーエンドとなったので良かったかな,とは思います。
ちなみにあまり知られていないかもしれませんが,竜宮城の中では時間が止まっている,というのは,本家本元の昔話でも同じです。本作の着想はそこからスタートしています。
さて,ショックだった5月のネット小説コンテストの落選
……よりも遥かにショックな3月のHKT48田中優香c(愛称ゆうたん)の卒業の話をします。
菱川は,AKBグループでもっとも巨乳であったゆうたんを推していました。無類の貧乳好きであるにもかかわらずです。ゆうたん推しの9割強は巨乳好きだと思うので,「針を刺して萎ませたい」とか言いながらゆうたんを推していたのは菱川だけだったのではないかと思います。
ゆうたんの性格,そしてセンスに惚れていました。卒業する1,2年前からグラビアの仕事が増え始め,水着で雑誌の表紙を飾るようになったのですが,菱川の求めているものは違いました。ゆうたんの水着には一切興味がありませんでした。ただ,雑誌は買っていました。
ちなみに菱川の二作目のミステリー「アリバイはアイドルだけが知っている」の主人公(御殿谷優華)のモデルは,言うまでもなくゆうたんです。御殿谷優華がめちゃくちゃ良い子に描かれているのは,菱川の溺愛ぶりの表れでしかありません。
ゆうたんの卒業のニュースに菱川は崩れ落ちました。「せめて卒業ライブに行きたい」とヲタ友に声を掛けたところ「もうチケットは買えない」と言われ,項垂れました。チケットを偽造できないか,とか,果てには劇場の爆破予告で卒業を阻止できないか,とも思いました。ただ,ゆうたんのおつむがアレなことは分かっていたので,「学業に専念する」という卒業理由には一切ケチをつけることはできませんでした。
しんみりしてしまい申し訳ございません。皆様にも悲しいことを思い出させてしまったかな,と反省しています。
次回作以降ですが,予定は決まっておりません。仕事に専念する気は毛頭ありませんが,それでも執筆に割ける時間がほとんどないので,短編ミステリーをちょこちょこ書くのが限界かと思います。10作に1作くらいは面白い作品を書きますので,気が向いたときにまた覗きに来ていただけると嬉しいです。