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再会(1)

 海中へと潜っていく海亀を見送った浦島太郎は、一刻も早く家族に会いたいという気持ちを抑えつつ、水打ち際沿いに歩を進めた。家族や友人は約200日ぶりの浦島との再会に喜ぶに違いないが、まだ誰にも会うわけにはいかない。背中に背負っている玉手箱の中身がバレてしまったら、村八分では済まないかもしれないのだ。

 幸い、日もすっかり落ちきった時刻に外に出る者は少なく、ましてや海岸沿いまで歩いてくる者などおらず、浦島は誰にも見つからないまま目的地に到着した。



 浦島の目的地は、岸壁に囲まれた洞穴ほらあなだった。子供の頃はよく隠れ家にして遊んだものだが、白昼に見るのと夜に見るのとではだいぶ雰囲気が違う。僅か5メートル程度の深さしかない穴も、暗闇の中では先が全く見えず、中に入るのには勇気がいる。浦島はゴツゴツとした足場に草履ぞうりを引っ掛けないよう気を付けながら、ゆっくりと洞穴の中へと入っていった。



「よっこらしょ…っと」


 浦島は背負ってい2つの玉手箱を地面に置く。若い男であっても思わずを上げるしまいたくなるほどの重さだった。とはいえ、この2つの玉手箱を置いて地上に戻るわけにはいかなかった。そんなことをしたら、せっかくの浦島の計画は水泡にす。



 洞穴の中で浦島がすべきことはただ一つ。時の経過を待つことである。

 浦島の予想が正しければ、待つべき時間はそれほど長くない。浦島は洞穴から波打ち際を見やる。つい先ほど浦島が付けた足跡が波にさらわれて消えていった。そろそろだ。


 浦島は興奮と不安が入り混じった不思議な心地であった。丁半当ちょうはんあてをやっているときに近い感覚かもしれない。大事なものを得るか失うか。その結論を知っているのはもはや神様以外にはいないように思う。



 ただ待っているだけでは落ち着かず、浦島は並べてあった玉手箱のうちの一方の蓋を開けた。



 中に入っていたのは、血液でひたされた人間の四肢、胴体、そして頭であった。それらは決して大きくはない玉手箱の中にギュウギュウに詰められていた。



 部屋に飾ってある日本刀は名刀で、切れ味がすこぶる良い、という乙姫の話は本当だった。

 浦島に心臓を刺されたとき、乙姫は苦悶の表情を浮かべる間もなく即死した。日本刀を引き抜いた際に吹き出た血を浴びながら,浦島はせめて乙姫にこの上なく楽な死に方を与えることができたことを喜ばしく思った。

 乙姫の身体を分解する作業も,この日本刀のおかげでさして苦労をせずに済んだ。弾力のある若い女の身体が、まるで大根かのごとくスパスパと切れたのである。乙姫の身体を15の部位に分けるのに30分も時間を要せずに済んだのは良い意味で誤算だった。



 玉手箱の中身に思わず浦島は見惚れてしまう。こんな姿になっても乙姫はやはり美しい。

 とりわけ頭は芸術品の域である。血がべったりと染み込んだ黒髪は一つの大きな束となり、蛇の胴体のようにつややかに煌めいている。まるで眠っているかのような死に顔には、触れることすら許されないような神聖さが漂っている。

 浦島は今回の自分の決断が正しかったことを再認識する。やはり浦島は何としてでも乙姫を手にいれる必要があった。浦島が欲しかったのはこの美少女以外にありえない。




 ザバーン、と一際大きな波の音が洞穴に反響した。


 その瞬間、乙姫が入っているのとは別の玉手箱が反応した。閃光せんこうが蓋から漏れる。その光は徐々に輝きを増し、やがて浦島の視界を完全に真っ白にした。

 視界が白く染まる直前、浦島にはかろうじていくつもの黒い影が宙を舞う様子が見えた。





 浦島が目を開けられるようになったときには、すでに「再生」は終わっていた。


 乙姫のバラバラ遺体が入っていた玉手箱は空っぽになっており、代わりに、浦島の前には絶世の美女が立っていたのである。



「浦島様、またお会いできましたね」


 乙姫が笑顔を見せる。やはりこの子には笑顔が一番似合っている、と浦島は思った。

 

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