永遠(1)
すでに火照り切った乙姫の中に、浦島の熱いものが入ってくる。触れるだけで声が漏れるほどになった敏感な身体は、壊れそうになるほどの刺激を恐れつつも、徐々にそれを受け入れる。真っ白な意識の中、乙姫は浦島と一つになった。
乙姫は、浦島のことを心から愛おしく思っていた。言葉で伝えても伝えきれない愛しさの表現は布団の中でしか伝えられない。乙姫は浦島の腰の律動に合わせて喘ぎ声を上げながら、唇を浦島の唇に当てる。柔らかな物同士がぶつかり合い、溶け合う。硬度を増した浦島のそれを、乙姫の身体がギュッと抱きしめると、浦島は女子のように高い声を出した。
「あ…乙姫、俺はもう…果てそうだ…」
「あ‥あ…あん、浦島様、い…いいですよ…あん」
本当はもっと合体していたかったが、贅沢は言うまい。乙姫の身体で浦島が満足してくれるのであれば、それが乙姫にとって最大の快感である。
乙姫の胸部を押しつぶすように密着した浦島は、乙姫の唇を貪りながら絶頂を迎えた。
腰の動きは止まったものの、二人の呼吸が整うまで、二人は抱き合った状態だった。時折ついばむような口づけを交わし、二人は笑い合った。
「乙姫…今夜も最高だった」
「浦島様、私もです」
浦島が竜宮城を訪れてから1ヶ月もしないうちに、二人は深い仲になった。云十年ぶりに人間の異性に出会えたことそれ自体が嬉しかったことは否めない。
しかし、それだけではなかった。
乙姫は、朴訥で男らしく、不器用だが優しい浦島の人格に惹かれたのである。男女の仲になってから、乙姫の愛情はさらに深まり、浦島はいなくてはならない存在になった。二人の逢瀬は、酒宴の後に毎晩必ず行われ、熱情は身体を重ねるたびに増幅する一方だった。
「浦島様、愛しています」
「俺も愛してる」
愛の言葉は魔法のように乙姫の頭の先からつま先までを包み込む。決して生活が満ち足りなかったわけではないが、たった一人の人間としての竜宮城生活は孤独だった。魚達には全幅の信頼を置いていたが、完全に心を開いていたかといえば、そうではない。心の奥底にまで入り込んだのは浦島が初めてであった
「浦島様、永遠に愛しています」
ピロートークの続きとして何気なく発した言葉であったが、氷柱でも刺さったかのように浦島の表情が急に強張った。
「永遠か…」
浦島は寝返りを打つと、仰向けになり、天井を見つめた。
「浦島様、そんな遠い目をしないでください。ここでは永遠は存在しているんです」
乙姫は浦島の右腕を掴むと、強引に頭を乗せ、腕枕にする。
「竜宮城では時間が止まっているんです。私と浦島様はいつまでもいつまでも一緒にいることができます」
浦島は口を半開きで中空を見つめたまま、返事をしない。乙姫はいらつきを隠すためにわざと柔らかな口調で繰り返す。
「浦島様、ここでは永遠は存在しているんです」
「永遠か…。分かるような分からないような…」
浦島のぼやきが遠くの天井に吸い込まれて消えた。
「なあ、乙姫、何故なんだ? 何故ここでは時間が止まっているんだ?」
それには心当たりがある。
「珊瑚の力です」
浦島は無理難題をぶつけたつもりでいたのであろう。乙姫の即答に面を食らったようであった。
「え? 珊瑚?」
「そうです。珊瑚です。竜宮城の地下には巨大な珊瑚があるんです。その珊瑚が竜宮城の時間を吸っているんです」
「時間を吸う…?」
浦島は依然として腑に落ちないようであったが、乙姫にもこれ以上の説明はできなかった。
竜宮城の地下に時間を吸う巨大な珊瑚がある、乙姫が魚達から聞いた情報はこれだけなのである。いくら魚達に詳細を求めても、これを超えた情報を与えてくる者はいなかった。魚達が乙姫に何か隠し事をしているとは到底思えないから、魚達もこれ以上のことは知らない、ということに違いない。
「なあ、珊瑚が時間を止めるというのはどういうメカニズムなんだ?」
「分かりません」
そうとしか答えられない。
「俺にも全然分からないんだ。だって、この竜宮城では時間は止まっているが、止まってないじゃないか」
「どういう意味ですか?」
「考えてみろよ。本当に時間が止まっているのだとすれば、俺も乙姫も石像のように固まって動けないはずだろ。木の枝を離れた木の葉がひらひらと宙を舞っていたところでピタリと止まる。それが時間が止まるってものなんじゃないか」
「…浦島様の言っていることは、一理あると思います」
そうとしか答えられない。浦島の言っていることは正しい。ただ、他方で乙姫は、時間が止まっていることの生き証人なのである。
「でも、浦島様、竜宮城ではたしかに時間が止まっています。私がこの竜宮城に来たのは30年も前のことです。その当時、私は19歳でした。しかし、30年経った今でも私は19歳のままなんです」
浦島はうーんと唸る。
浦島が先ほどまで抱いていた女子の肌が10代後半のものなのか40代後半のものなのかを判別できないはずがない。
「分かってるよ。だから、分からないんだ。この竜宮城の秘密が。矛盾してるんだ」
乙姫は浦島の肩まで伸びた髪を優しく撫でると、浦島の顔を自らの方に引き寄せ、長い口づけをした。乙姫が唇を離すと、二人の唾液が線を引く。
「だから、どうでもいいんです。竜宮城で時間が止まっているメカニズムなんて。たしかなことはただ一つ。ここでは永遠が存在しています。私は浦島様を愛しています。永遠に」
「永遠か…」
浦島は腕枕を解くと、掛け布団をはね除け、おもむろに立ち上がった。
「俺が永遠に竜宮城にいれば、という仮定の話だよな」
苦手な濡れ場を頑張って書きました。ノクターンへの道のりは遥か彼方です。