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【丁の章】その家族、果報者

 


「アッハッハッハ! 太郎さん、見ましたか、あの乙姫様(ビッチ)表情(かお)! まるでゆでダコが慌てて墨を吐く時みたいな顔でしたねぇ!」

「亀よ、茹でてしまったらタコは墨を吐けないだろう」



 海の中を、太郎さんを背に乗せた亀さんが楽しそうな笑い声を響かせながらスイスイと泳いでゆきます。

 その周囲では真珠のような泡が生まれては弾け、そしてまた生まれ、その度に差し込んで来るお月様の光を反射してキラキラと輝いておりました。

 時刻はもう、夜に差し掛かっていたようでした。


「それにしても……太郎さん、大サービスじゃないですか。宝物をただ奪取するのは気分が悪いから乙姫様にはちゃんとお礼を仰るとは聞いていましたけど……まさか接吻までするとはねぇ。まさか太郎さんも乙姫様の美貌に絆されてしまったクチです?」

「接吻はしてないぞ、亀よ。おれの目には乙姫も他の女たちも同じようにへのへのもへじに見えてらァ。ただ……」


 亀さんの頭を引っ叩きながらそう言って、太郎さんは乙姫様に触れた自分の手をジッと見つめ、呟くように言いました。


「……少しだけ、可哀想な女だな、と思ったのは事実だな。おれにはおっかさんがいてくれるけれど、乙姫の周りにはそんな、無償の愛を注いでくれる存在はいないのだろう。

 傅かれ、持て囃されることだけが幸せじゃない。貧しくても、良い事をしたら褒めてくれて、悪い事をしたら本気で叱ってくれる……ああ、亀よ、早くおっかさんに会いてェなぁ……」


 そうですね、とクスリと笑いながら亀さんが呟き、泳ぐスピードを上げました。

 全く太郎さんはマザコンだなぁ……とは思いながら、やはり何処か、そんな風に親を慕える太郎さんのことも、太郎さんに愛されるおっかさんの事も羨ましく思うのでした。



 そうして一人と一匹が地上に戻ると、とっぷりと日の暮れた浜には既に人っ子一人おらず、波の音だけが静かに聞こえておりました。

 一刻も早く家に帰りたかった太郎さんですが、地上での亀さんの移動速度はひどくゆっくりしたものでしたので、


「ごめんよっ!」

「うきゃっ!?」


 太郎さんが声を掛けて亀さんを抱きかかえると、亀さんは焦ったような悲鳴を上げました。

 それはそうでしょう、亀さんは今までこんな風に人間と関わった事などなかったですし、太郎さんは黙っていれば稀代の美丈夫(イケメン)なのです。

 その顔が吐息のかかる程の距離に突然近付いて来たとあっては、いかに亀とはいえ流石にドキドキしてしまうのです。


「太郎さん……その、優しくして下さい、ね……?」

「お前は阿呆か、亀よ。おれは早く家に帰りたいだけだ」


 つれない事を言いながらも、亀さんを抱くその腕は何処までも優しくて温かで……。

 亀さんは生まれて初めての温もりにドキドキしつつ、時々太郎さんのご尊顔をチラ見しながら、人知れず頬を染めるのでした。



 ─── ●・○・●・○・● ───



「おっかさん、今帰ったよ!」



 太郎さんが元気にそう言いながら扉をバンッと開けると、そこではおっかさんが優しく微笑みながら「おかえり、太郎」と迎えて下さいました。

 月の光の中で弱々しく微笑むおっかさんは、少し体調が思わしくないご様子です。

 それでも大切な息子を迎えようと起き出そうとするのを、太郎さんが慌てて止めました。


「おっかさん、もう夜も遅いんだ、寝ていておくんな。遅くなっちまってすまねェ……」

「大丈夫だよ、太郎。息子を迎えるくらいの事はさせておくれ。竜宮城、とやらはどうだったんだい?」

「ああ、そりゃあ綺麗な場所だったなぁ……。けど、おれにはおっかさんのいるこの家が極楽だ。あんな賑やかしい所、落ち着かなくていけねェや!」


 アハハ、と、太郎さんが年相応の笑顔をおっかさんに向けています。

 眩しい程のその笑顔はごく限られた状況でしか見せない笑顔でしたので、竜宮城ではそんな笑顔は見せなかったなぁ……と、入り口に佇みながら亀さんは少しだけ見惚れておりました。


「ごめんな、おっかさん。特に土産はないんだが……亀と玉手箱、とやらを貰って来たからよ。……おい、亀!」


 太郎さんに呼ばれて、亀さんはハッと我に返り、持っていた『玉手箱』を太郎さんの前に「ははぁ~!」と捧げ持ちました。



「太郎さん、開けて下さい。中身はすり替えて来ましたので貴方が老人になることはありません。

 この中にある私の『核』……。お世話になった貴方様に一番に見て頂くのが筋だと思いますので、お願いします。貴方にこそ見て頂きたいのです」



 真剣な表情で太郎さんに懇願する亀さんの様子に、太郎さんも少しだけ真面目な顔になりました。


「おれで良いのか、亀よ」

「貴方が良いのです、太郎さん」


 そこまで懇願されて、箱を空ける程度の事が出来ない太郎さんではありません。

 中身にはさほど興味はありませんでしたが、そっと、その豪奢な作りの箱の蓋を開けた瞬間。



 ──パァァーーーッ!!



 眩い光が太郎さんとおっかさんの暮らす小さな家を包みます。

 あまりの眩しさに、太郎さんもおっかさんも目を瞑り、暫く動けずにいましたが、やがて光はある一つの場所……箱の中に入っていると思しき何かの中に吸い込まれて行くように消えて行きました。



「太郎さん、おっかさん。驚かせてしまって御免なさい。どうぞ目を開けて私の『核』と真の姿を見届けて下さいませんか」



 亀さんがいたと思しき方向から、鈴の鳴るような可愛らしい女の子の声が聞こえました。

 太郎さんとおっかさんが瞳を開けると、玉手箱の中にあった人の拳大の光り輝く球体がふわりと宙に浮かび上がり、今、まさに亀さんの小さな額の中へ、最後の光を放って吸い込まれようとしている所だったのです。


「亀……」


 呟く太郎さんに、亀さんはニコリと微笑みました。

 ……それが、太郎さんが『亀さん』を見た最後の姿となったのです。



「……ああ、やっと元の姿に戻れます……! この日をどんなに夢見たことでしょう!」



 やがて、完全にその球体が亀さんの中に吸い込まれてしまうと、再び閃光が辺りを包み込みました。

 その光は何処か優しさに満ちた御天道様(おてんとうさま)の光のようで、太郎さんもおっかさんも全く恐怖を感じる事はありませんでした。

 そしてその光が消え、辺りが再び夜の帳に覆われてしまうと、その場には緑なす黒髪を湛えた、息を呑む美しさの少女が立っておりました。



「お前は誰だ?」



 おっかさんを背後に庇う様に立ち、太郎さんが今まで見た事もないような険しい表情でその少女を睨みつけています。

 絶世の美少女に対してこの態度は如何なものかと思いますが……それが我らが浦島太郎さんなのです。



「亀、と呼ばれていた存在です、太郎さん。永らくあの乙姫(ビッチ)に核を奪われ仮の姿──亀として彼奴の元に下っておりましたが、やっと……やっと元の姿に戻る事が叶いました」



 美少女がふるりとその美しい瞳に涙を浮かべて答えます。

 ですが、太郎さんはそんな様子にまるで心を動かされる事なく言い放ちました。


「この家には()る物などないぞ、痴れ者め。痛い目を見たくなかったら早々に立ち去れ!」


 唯の人間とは思えぬ殺気を美少女に放つその様は、流石太郎さん、とでも言うべきなのでしょうか。

 ……ですが、不思議な事に、この少女の姿は太郎さんにもへのへのもへじには見えておらず、その為に太郎さんは不信感を強めていたのです。

 おっかさん以外に興味を持たず、どんな人間も大した違いを感じない太郎さんですが、彼女の姿は確かに今までに関わった人間と違う姿に見えており……それを警戒をしている様子でした。

 容姿など太郎さんにはどうでも良い事だったのですけれど、あからさまに他の人間と違うその少女に対し、流石の太郎さんも少々戸惑っているようです。


「……信じて下さい、としか言えませんね。太郎さん。乙姫(ビッチ)の作戦を逆手に取り、私の核を持ち出そういう作戦に乗って下さり、とても感謝しています。

 私は……亀姫(キキ)と呼ばれ、永らく海の平和を担う存在だったのですが、あの乙姫の口車に乗せられ騙されて、『核』を奪われてしまったのです。

 隠し場所を認知していながら今まで取り返せずにいたのは……私の心が弱く、また、この蓋は決して私の手では空ける事の出来ない呪いが掛けられていたからなのです」


 涙ながらにそう語る亀さん──改め、亀姫(キキ)様。

 そんな彼女に対し、太郎さんの態度はあくまで警戒色を表に出した険呑としたものでしたけれど……何かを察したらしいおっかさんが、太郎さんの肩に優しく手を添えて言いました。


「……話を聞いておやり、太郎。この方は悪い存在でないばかりか……どうやらとても尊い立場の方のようだ。

 そんな方を立たせたまま、おもてなしもせず追い返したとなれば、天国のおとっつぁんもさぞかしお怒りになるだろう。

 ……キキさん、と仰いましたね。今、太郎がお茶を入れます。粗末な家ですがどうぞ上がって下さいまし」


 優しい……けれども有無を言わさぬおっかさんの笑顔を向けられた太郎さんに反抗する術などございません。

「応」と、ふてくされたように返事をすると、お茶の準備を始めたのでした。


「ささ、キキさんや。こちらへどうぞ」

「ありがとうございます、お母様!」

「おい、おっかさんはおれのおっかさんであってお前のおっかさんじゃないぞ!」


 珍しく慌てた様子の太郎さんのツッコミに、おっかさんと元・亀さんはあらあら、まぁまぁと微笑みを返しています。

 その姿はまるで、一つの家族のようで……何処かほのぼのとした雰囲気を醸し出しておりました。



「私の一族は、元々竜宮城に住まう一族だったのです。ところがある日、増長したあの女が周囲の海洋生物達を魅了しまくって侵略して来たのですよねぇ……」



 ズズズ、と、太郎さんが差し出したお茶を美味しそうに飲みながら、寛いだ様子の元・亀さん──亀姫(キキ)様が語り出しました。

 語られた内容は決して幸せなものだとは言えないものでしたけれど、亀姫(キキ)様の整ったお顔に浮かぶ表情には、何処か晴れやかさすら浮かんでいたのです。


「人間の方たちはご存知ないでしょうが、竜宮城、というあの場所は、神を祭る場所として古代の人々が建造し、その美しさから海に関わる八百万の神がたまに訪れる神秘の城。

 私達の一族はそれを護る一族として存在していたのですけれど、乙姫の襲撃によって一族は悉くその命を奪われ、逃げのびた者も離散し、今では行方も知れません。

 そして私は……ハァ、この美貌が災いして乙姫の目に止まり、嫉妬され、核を奪われて今までその手足となって働かざるを得ない状況に追い込まれておりました」


 そう、言葉を紡ぐ亀姫(キキ)様。ですが、言葉とは裏腹に、悲壮感はまるでありませんでした。


「……亀よ。嬉しそうに見えるのは何故だ?」


 ですから、太郎さんがそう尋ねたのも当然の事と言えるでしょう。

 そしてその言葉に、亀姫(キキ)様はふわりと美しく微笑んで言いました。


「……あんな場所はあるべきではないと思っていたからです。私の代でなんとかしようと思っていた所でしたので……乙姫の襲撃は渡りに船でした」


 うっとりするような微笑みに乗せてそう語る亀姫(キキ)様。

 太郎さんもおっかさんも、圧倒されてしまいそうなその美しさの前で、グッと言葉を飲み込みました。

 清々しさの中に凛々しさをも見せる亀姫(キキ)様の雰囲気に飲まれてしまっているようです。


「……ねェ、太郎さん。探せば手の届く場所に、人智の及ばぬ奇跡と秘宝が満載のお城がある事が人間に良い影響を及ぼすでしょうか?

 努力するよりも、今そこにある竜宮城を手中に収めた方が手っ取り早く幸せになれる……そう考える人間がいても不思議はありません。そしてそれは、醜い争いを生み出すきっかけにもなるでしょう。

 確かに竜宮城は人の目には止まらぬように幻術に包まれていて、決して人の力では探し出せないようになってはいましたけれど……永い時間を掛けてそれも綻んで来ていたのです。

 多くの海洋生物が出入りする場所なのです、中には人間に恋をしたり、心を通い合わせたりする存在も、年月を追う毎に多くなっていました。

 ですから、人間に対して深い愛情を抱く住人の手引きで人間が竜宮城にやって来るのは時間の問題でしたし、そうなれば、人間の社会にも良くない影響を及ぼすだろうことは明白でした。

 ……だから私は、乙姫に竜宮城を託した。あの女なら、欲に目が眩んで竜宮城を滅茶苦茶にしてくれると思いましたからね」


 そして亀姫(キキ)様は語ります。

 竜宮城に君臨した乙姫様は、思惑通りに財宝を好き勝手に、大した功績もないくせにおべっかばかりが上手い部下に分け与えまくって財をみるみる減らしていきましたし、大切な意味があって創造された建造物も好き勝手に改造してその意味を無くして行き、竜宮城は嘗ての存在意義を無くして行ったのだと。


「……それで良いと……思っていました。ですが、永い時間(とき)をその守護に当てていた一族の想いが崩されて行くのを見ているのは……少しばかり苦痛ではありましたね」


 フフ、と、少し自重気味な微笑みを浮かべる亀姫(キキ)様の様子に、太郎さんもおっかさんももはや何も言う事が出来ずにおりました。


「私は我が儘な亀ですよねぇ。自らが望んだ結果だった筈なのに……やっぱり少し、面白くなくてね。乙姫に一矢報いたいと思うようになってしまったのです」


 けれど、『核』を奪われた自分では何も出来ないから。

 乙姫様の力を奪い、そして自分も、決して叶う事がないだろうと思っていた願いを最後に叶えたいと思う様になったのだと、亀姫(キキ)様は語ります。


「亀の……願い?」

「はい。永き時間(とき)を生きて来て、私は……『家族』というものに深い憧れを持つようになりました」


 海の生物は、確かに母親が生んだ卵から孵るけれど、それは家族とは言い難いもの。

 特に『姫』の名を持つ彼女達は、神様が気紛れに落とした海の泡の一粒から唐突に生まれ、その瞬間に自分の役目を押し付けられ、その役目の為に生きるのが定めとされているのだと、亀姫(キキ)様は語ります。


「私もその一人です。ですが、私の中には偶然にも、人間に恋をして『神』としての権利を放棄した……周囲が言うには哀れな、けれど私にとっては幸せな『神』の記憶が宿っていましてね。

 結局彼女はその恋が成就せず、海の泡となって消えてしまいましたけれど……人間が好きだよ、『家族』は裏切らないよ、という記憶が受け継がれているのです」


 ですから、と、亀姫(キキ)様は真剣な顔で両手を使い太郎さんと……おっかさんの手を握りました。



「太郎さんの深いおっかさんへの愛情と……その愛情を受けるに足るおっかさん、貴女に私は深く惹かれてしまったのです」



 ……まさかの発言でした。

 今までの言動から太郎さんに惹かれていたと思われた亀さんでしたが、実際は『太郎さんが熱い視線を送るおっかさん』に興味津々だったのです。



「駄目だぞ、おっかさんはおれのおっかさんだ!」

「けれど、私の生み出す薬はおっかさんの病を綺麗さっぱり無くす事が出来るのですよ!? その代償としてお側に置いて下さっても良いではありませんか!」



 視線を合わせる太郎さんと亀さんの瞳の間からは、バチバチと火花が散るようです。

 ……何と言うことでしょう! 今、一人の未亡人を巡って稀代の美丈夫(イケメン)と海洋世界のお姫様が対立しているのです!!



「今直ぐに出て行け、亀! おっかさんの病はおれが治す!」

「無理ですよ、太郎さん。貴方に何が出来ると言うんです? それに、おっかさんには余り時間がないようです。ここは手っ取り早く神の奇跡に頼りましょうよ!」

「イヤだ! おっかさんはおれのおっかさんだ!」

「それは覆せない真実ですから否定はしませんが、病を治し、お側に置いて下さるくらいの漢気(オトコギ)を見せてくれても良いじゃないですか!」



 ギャーギャーと言い合う二人の様子に、おっかさんはハァァ、と深く溜め息を吐きました。



「……全く。太郎の育て方を間違ったでしょうか……。いい加減に親離れをなさい。

 キキ様、お話、良く解りました。貴女様のお考えには深く共感しますよ。私達人間の事を本当の意味で理解し……愛して下さっている事に、私は人間を代表して深い感謝の意を表します」



 そう言って、おっかさんはふわり、と優しく亀姫(キキ)様を抱き締めました。



「……大丈夫、もう一人になんかさせません。

 女手一つで此処まで育てた息子ですから、太郎の事は愛していますし、この命が尽きるまで見守ってやりたい気持ちはご理解下さいまし。

 けれど……キキ様、貴女は本当に美しい。姿形も……それ以上にその心根も。

 そんな貴女が私の側にいたいと言ってくれているのに……拒否出来る人間などいましょうや?」

「……お母様……!」



 麗しき母と娘(仮)のその情景。

 勿論、太郎さんが面白く思う筈もありません。



「駄目だダメだ! おっかさんはおれだけが面倒を見るのだ!」

「漁は週三日に軽減、住まいと食事、おっかさんの健康管理は完備、神の奇跡でこの住居を二階建て、風呂厠(バストイレ)別、乾燥機能付きの洗濯機付きの部屋に改造、漁の無い日は三食昼寝付きの生活を一生保証でどうだァァーー!!」

「手を打ったァァーー!!」

「宜しく、太郎さん!!」



 ガシッ! っと、亀姫(キキ)様と太郎さんが手を取り合いました。

 非常に感動的な光景です、反目し合う二人が理解し合った瞬間なのですから。

 その光景を目の当たりにしたおっかさんも「太郎……」と目に涙を浮かべています。

 ……最もそれは、感動なのか呆れてなのかは誰も判別出来ない涙ではありましたけれど。




 ──とにかくこうして、太郎さんとおっかさんと亀姫(キキ)様という、不思議な共同生活はスタートしたのです。

 四六時中おっかさんを奪い合って喧嘩をする太郎さんと亀姫(キキ)様の様子は、二人にとっては険呑としたものでしたけれど……周囲から見ればそれは単なる『喧嘩ップル』のそれでございました。

 太郎さんに恋焦がれていた娘さん達も、亀姫(キキ)様のあまりの美貌に戦意を喪失し、また、日に日に明らかになる太郎さんのマザコンっぷりに興味を削がれていく娘さんも多かったのです。

 そしてそれは太郎さんにとっては望ましい状況で……二人と(元)一匹は、こうしてその命が尽きるまで、面白ろ可笑しく平和に暮らしたのでした。



「……ハッ!? 亀よ、今、何故だかおれとお前の関係を誤解させるような纏め方で話が締め括られそうな気配を感じたんだが!?」

「偶然ですね、太郎さん。私も何故だかそんな流れに乗せられているような気がしましたけれど……実態は決してそんな事はないのにねぇ」

「全くだ。おれとお前はどちらがおっかさんの愛情を多く受け取る事が出来るかを競い合う好敵手……さて亀よ、今日は沖へ出て鯛を釣って来たのだ! どうだ、この立派な鯛! 今日のおっかさんの添い寝はおれのものだァ!」

「フフ……。太郎さん、万年を生きた私に対してそんなちゃちい鯛で対抗しようなんて底が知れてますよ。今日は既におっかさんと一緒にお風呂に入りお背中を流して差し上げましたし、お天道様の光を浴びたふかふかのお布団でお休み頂いてます」

「なんだと!? こうしちゃいられんっ! すぐに帰って鯛を捌き、おっかさんに美味しく食べてもらって撫でて褒めて貰わねば!」

「だから太郎さん、おっかさんはお休みですってば!」



 ──亀姫(キキ)様という好敵手(ライバル)の存在は、太郎さんを少しだけ真面目に仕事をこなす男へと変え……そしてそのマザコンっぷりにも拍車をかけたようでございます。

 けれども、そんな生活はおっかさんがその天寿を全うした後も思い出話に花を咲かせる事で続いてゆき、太郎さんと亀姫(キキ)様は世間の思う『夫婦』とは違う関係ながらも、確かに『家族』となったのです。

 誰よりも深く『家族』を大切にする太郎さんと、『家族』に深い憧れを持つ亀姫(キキ)様にとってはこの上なく幸せなことであったと言えましょう。




 それでは最後に、竜宮城の乙姫様の様子を覗いてみる事に致しましょう。



太郎さんの物語はこれにてお終いです。

次話、ざまぁのターンにて完結予定です。

一先ず、ここまでお読み頂き、有り難うございました!


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