4話 第一の美女、雪平伊吹の場合
対面トークタイム、一人目は、出っ歯の明るい女性だった。
この突き出た真っ白な歯さえ引っ込めば、素晴らしい美人になるだろう。けれどサバサバとした性格には好感が持てる。無口な七瀬を飽きさせないように努力しよく喋ってくれていた。しかし七瀬は「ああ、はい、うん」と相槌しか打たず、3分と言う短い時間でさえ、彼女は長く感じていたに違いない。
「………」
「………」
ついにラスト三十秒はお互い無言で過ごした。
二人目。
少しふっくらし、胸の谷間を強調している癒し系だったが、会話を自分からするのが苦手なのか、それとも七瀬の容姿に喋る意欲を失くしたのか、そのダイコンのような足を組み、胸元の髪を指でクルクルさせながら、
「………」
「………」
なんと最初の挨拶以外はずっと無言でただ時間だけが過ぎていった。
バカバカしい、こんなに無駄な三分は他になかろう、と七瀬は思っていた。それから、その口元の大きな黒子むしりとってやるぞという暴言すら心の中で出てしまうほど敵意を感じる始末だった。ずっと変わらなかった彼女の態度のせいだろう。
三人目、すでに七瀬は喉がカラカラだった。
「初めまして」
「初めまして」
もう相手の女性とは目も合わせず、名詞交換を行う。
それから座ろうとしたその時、
カタン。
持って来た水を零してしまった。
「あ、ご、ごめんなさい」
七瀬があたふたしていると、相手の女性はすぐにカウンターからお絞りを貰い、テーブルの上を拭く。
「いや、僕がやりますから」
「いえ、いいんです。私、猫カフェに勤めてるんですよ。だから零されたり壊されたりするのには慣れてるんです」
そう言われて、初めて七瀬は彼女の顔を見た。
それこそ猫っ毛で栗色の髪の毛はショートで、その小さな顔に良く似合っている。
こんなに可愛い子がなんで婚活パーティーなんて……。と暫し見とれた後ガタガタと倒れるように椅子に座り、今までろくに見ることのなかった名詞を見た。
【雪平伊吹】
薄桃色の名詞には、そう書かれていた。
「手、冷たくないですか」
「え? 手? 大丈夫ですよ。愛葉さん、優しいんですね」
雪平伊吹はそう言って、くすりと笑った。
その時唇にあてた指は白く華奢で、小さな肩はいかにも守ってあげたくなるような子猫のようで、猫とずっと一緒に居るのが仕事になると似てくるのかなと思ったのと同時に、優しいと言われた事に驚いていた。
皮肉屋、根暗、キモオタ、デブ、眼鏡、など後半はもう見た目をディスってるだけだろうという事ばかり言われてきたが、優しいと言われるのは初めてだったからだ。
でもすぐに思い直した。
女って生き物はこうやってすぐ男を騙すんだ。
七瀬は相変わらず黙り込むと、
「婚活、つまらないですか?」
と、単刀直入に聞かれ、七瀬はギクリとし目を見開いた。
「いや。いや、そんなこと…」
「嘘。 嘘つくの、下手なんですね」
猫のように大きな鋭い目で七瀬の事を見る。
「嘘って……。うん、まぁ……確かに、僕は今日、誘われてきたんだ。親友にね」
「親友?」
「ほら、あそこにいるイケメンだよ。それでいてお洒落で爽やかな」
七瀬はそう言って、南沢の座る方へ目を配らせると、「ああ」という風に伊吹は頷いた。
「友人さん、婚活に? モテそうですけどね」
「まぁね、モテると思うよ。でもいろいろと…結婚には向いてないんじゃないかな」
「そうなんですか?」
「いや、僕よりは向いてるかもしれないけどね」
「? どうして?」
「どうしてって、見たらわかるでしょ。この体と顔だし」
「そんなこと、関係ないですよ。男の人ってそんなに容姿、関係あると思います?」
「あると思うよ。それか、金。僕は未だフリーターで、金もそんなに持ってないからね」
「お金なら、どうにかなるじゃないですか」
「ならないだろ」
「いえ、なります」
「そんなの綺麗事だよ。どうにかなったら世の中みんなもっと気楽に生きてるだろ。それに女は結局金が一番大事なくせに」
そこまで言って、七瀬はつい口をついて出た皮肉にハッとした。彼女、怒ったかもしれないな。でもまぁ、仕方が無い。結局そういうことなんだ。僕には生身の女など必要ない。
「あの……」
彼女が何か言いかけたところで次の席に移動する時間が来た。
「じゃあ……あ、水、拭いてくれてありがとう」
七瀬はそう言って、席を立った。