1話 きっかけ
「お前は嘘をついている」
交友関係が希薄な愛葉七瀬にとって唯一の親友で幼稚園からの幼じみ、南沢洸地、あだ名は南洸地は、病院の中の今は誰もいないテラスに生えている大きな木に寄りかかりながら、電話越しに七瀬にそう言った。
「断じて嘘ではない。いたって本気だ。結婚になど、1ッミリも興味はない」
七瀬はそう言って、「これからコンビニのバイトだから、じゃ」と電話を切ろうとした。
「ちょ!ちょっと待ってくれよ、七瀬!わかった、お前が結婚にも女にも興味が無い事はよくよくわかったよ。だけどな、今回はどうしてもお前が必要なんだ。この俺1人で婚活パーティーになんか参加できると思うか!?」
「断ればいーじゃないか」
「そうはいかないんだよ。親父が疑いはじめたんだよ。俺が、その…」
「ゲイだって?本当の事じゃないか」
「ゲイじゃない、バイセクシャルだ。しかも、まだまだ僕は遊んでいたい。28歳で落ち着くなんて願い下げだ。のだがな……どうやら親父が興信所に頼んで雇ったみたいなんだよ。俺の身辺調査をしているようなんだ。偶然、こちらにカメラを向けてる男を見たんだよ」
「勘違いだろ。じゃあ、僕はもうバイトに…」
「いや待て!!それで不安になった僕は、こっちもこっちで調べたんだ。そしたらやっぱり親父の奴、俺の身辺調査をしてやがった。だからな、わざと見せ付けてやろうと思ってだな」
「婚活パーティーにそんな理由で参加して、本気の奴らが可哀想だろ。お前イケメンの癖に、迷惑ってもんだよ」
バイトの時間が刻々と迫ってくる。
七瀬はイライラを抑えるように冷蔵庫の扉を開け、何か口に入れるものがないか探した。
「わかってる、わかってるよ」
「いや、わかってないね」
「頼む!!一生のお願いだ、七瀬!!!」
七瀬は持っていた携帯を顔と肩で挟み、冷蔵庫の上段にあったカロリーメイトを引っ張り出して袋を開けた。
そして、大きな溜息をつく。
「僕は一言も喋らんぞ」
「おーっ!いいよ、大丈夫だ!よし、商談成立だな!今週の土曜の7時だからな、絶対すっぽかすなよ!」
「焼肉奢ってくれよ」
「おうっ!じゃーな!」
ブツッ。 ツ―― ツ―― ツ――。
話しが決まったとたんこれだ。
あいつは人としての何かが欠けている。精神科医の癖に。
七瀬は呆れながら携帯をポケットにしまうと、
「ごめんね。でも、浮気は絶対しないよ。行って来るね」
と、バーチャル奥さん愛葉青波に言って黒縁眼鏡を押し上げ、リュックを肩に掛けた。そして、
「行ってらっしゃいませ、なっちゃん、大好き」
いつものようにその黄色のようなキュートな笑顔を見届けてから、青いスニーカーを履いた。