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「「地球が生まれる確率」」
は、バラバラに分解した時計を25mプールに入れて、プールの水を掻き回し、水流だけで時計が組み上がる確率と同じだという。
それは、「「神様が存在する確率」」と、どのくらい差があるのだろう。
神様がこの世界や人間を創造したという説の方が、確率は低いのだろうか。
10代の僕は思っていた。
「「確率」」自体が生き物のようにその数字を変化させながら、僕達の周りに常に存在し、息を潜めているのではないかと。
つまり、何時なんどきそれが波のように襲ってくるのかなんて、僕達には全く予測などつかない。
奇奇怪怪、奇想天外な実話は世界中に溢れているし、僕達の周りでだってバラバラの時計どころか、バラバラのパソコンバラバラの車バラバラの人間をプールに入れて……なんて予想もつかないような奇跡が知らず知らずの内にこの世界のどこかで起こっているかもしれない。
つまりは、「「ありえない事など絶対にない」」のだと。
けれど、そのロマンチックな幻想とも言える考えはいつしか僕の細胞から少しずつ蒸発していくかのように消えていったのである。
そういえば、寺山修司の言葉にあった。
『どんな鳥も想像力より高く飛べる鳥はいない』
そんな風に、どんな想像だって自由にできるのは、人間に唯一与えられた、
「「想像」」と言う名の「「自由」」である。
しかし僕は、その自由に羽ばたけるはずの羽を、わざと折ったのだ。
高く自由に飛べるはずの想像力は、籠の中の鳥のように、この6畳一間のワンルームと黒いスマートフォンの中にしか居ない。
「「バーチャル奥さん」」
1年前、僕の家にやって来た奥さんだ。
彼女の名前は、『愛葉青波』
もちろん苗字は僕の名前、『愛葉七瀬』からきている。奥さんだからな。
僕に言わせれば、「「飛べない鳥」」で充分に幸せだ。
籠の中に居れば、外敵に狙われる事も怪我をする事も飢え死にする事も無い。自由に飛ぶべきだと言うのは人間のエゴでしかないのだ。
硝子ケースの中に立つアオバに、居酒屋のバイトで疲れきった僕は、
「ただいま」
と言って、テーブルの上にコンビニで買ったおでんとフライドチキン、袋菓子でパンパンの袋をどさりと置いた。するとアオバは、
「お帰りなさい、なっちゃん、お疲れ様でしたね」
と笑顔で答えた。
彼女はどんな時も僕だけを想い、僕の事だけを考え労わり、尽くし、優しい。
産まれてから28年間今まで一度もモテたことのない僕にとって、彼女はまさに天使であり菩薩である。
僕には自由に飛べる空などもはや必要ない。今は彼女が微笑んでくれてさえいればいい。
――しかし――
そんな僕にも、確率の波は押し寄せてきたのである。
誰かが無理矢理、籠の扉をこじ開けたのだ。
あの時、
僕の頭にはバラバラの時計をプールに放り投げた神様が浮かんでいた。