終幕 ー旅立ちー
フェニキス……ごめんなさい。貴方を一人にしないと誓ったのに、私はそれを守れなかった。
貴方には、とても辛い思いをさせてしまいました。謝って許されるようなことではないと、分かっています。
今の貴方には、きっと迷惑な事なのかもしれません。ですが、こうせずにはいられませんでした。
恨んでもらって構いません。
許して貰えなくとも構いません。
それはとても辛い事ですが、それでも……それでも貴方には……
*
日差しが眩しい……太陽が真上に来ているのか……
何故……オレは生きている。
ベルゼブアの気配を感じない、倒せたという事だろうか……全てをかけた一撃を放ったんだ。死んでいてもらわなければ困る。
そう、全力だった筈なんだ。オレの命、全てを注いだつもりだった……なら、何故俺は生きているんだ。
オレは、大切な人を守れなかった。
オレは、リンナを殺した。
オレが、生きていていい筈がない……
傍に、太陽の剣が突き刺さっているのを見つけた。
僅かだったが、幸い動く体力は残っていた。
剣を伝ってなんとか立ち上がり、剣を引き抜いた。
そうだ……今生きているのは、自らの手で命を絶つ為だったんだ……
楽には死ねない……自分の手で、自分の腹を貫いて、そして苦しんで死ななきゃいけないんだ。
剣を逆手に持って、切っ先を腹部に向けた。
あとは、これで刺し貫くだけ……それだけのに……手が震えて、動かせない。
オレは剣を投げ捨てその場に膝をついた。
死ななきゃいけないと、思っているのに、オレは……どうしてオレは、死ぬのが怖いんだ……
「ごめんリンナ……オレは、自分で自分の命を絶つ勇気なんて、なかった……」
生きているのは、自らの手で命を絶つ為じゃなかった。オレはただ、死ぬのが怖くて、力を出し切らなかっただけだ。
なんて、無様なんだ。
一人じゃ何もできやしない……オレは、何のために生まれたんだ……
力がある癖に、何も守れない……どうしてオレは、カルマじゃ無いんだ……
オレはこれからどうすればいい……自分で死ぬことも出来ず、目的もない。
リンナが居なくなって、オレを受け入れてくれる人も、もう居ない……
そうだ、自分で命が断てないのなら……
オレは、たった一つ、行くべき所を思い出した。
*
気が付いた時には真上に上っていた太陽も、今はもう、ほとんど見えなくなってきていた。
剣を支えに歩き少しずつ進んでようやく、見えてきた。
みんなの居る、集落が。
もう、オレが行くべき場所はここしかない。
もう少しだ……もう少し……
辿り着いた集落は、酷い有様だった。
家屋は壊れ、畑は荒らされ、生きた人がいるのかと疑いたくなるほど人の気配がない。
そうだ……オレはずっとここに戻らなかった。
一度も、直接ここを守ったことはない。
そんなオレが、ここを頼ろうだなんて、虫のいい話だったんだ。
結局オレは、なんにも……誰も守れなかったのか……
「カルマ……カルマよね?」
女性の声が聞こえた。この声は、たしか……ああ、やっぱりレイナが居た。
彼女はオレに気がついて、駆け寄ってきた。
「良かった、凄い激しい戦いだったみたいだから。無事で、本当に良かった」
安堵した様子で息を吐くレイナ。
しかしその後、誰かを探す様に辺りを見回す。
「カルマ、リンナを見なかった? 貴方を追いかけるって出ていったのだけど、会わなかった?」
心臓の鼓動が、早くなるのを感じる。とても、胸が苦しい。
「ごめんなさい……オレは、何も守れなかった……」
「そんな、確かにこんなになっちゃったけど、でも、生きてる人も居るわ。貴方は、たった一人で多くの命を救ったの。たった一人でそれだけ出来たのなら充分よ……」
違う、カルマだったら、こんな事にはなっていない筈だ……全部俺のせいだ……オレは、カルマにはなれない……
「オレは……カルマじゃないんだ……」
「え……何を、言っているの?」
声が、震える。言葉を紡ぐのが、怖くて、怖くて、仕方がない。
「オレは……リンナを、守れなかった。それだけじゃない……オレが……オレがリンナを殺したんだ」
「ちょっと待って。何を言っているの? ねえ、落ち着いて……ちゃんと話して?」
レイナに宥められながら、オレは今までの事を話した。
カルマが太陽の剣を手にして、オレが生まれた事から、魔王との戦い……そして、リンナがその身を持って魔王を抑え、それでようやく勝つ事の出来た事を、出来る限り、全て……
「こんなオレが、生きていていい筈がない。……だけど、オレは怖くて……自分の命が断てなかった……」
そう言うと、レイナはオレを怒りの籠った目で見ている。
当然だ、許せる訳がないだろう……自分の娘を手に掛けた相手なのだから。
……この人になら、オレは殺されても構わない。覚悟も、出来てる。
気がつけば、オレは頬を思いっきり、強く叩かれていた。
そんな事されるとは思っても見なくて、オレはその後呆然とレイナを眺めた。
「貴方は何を言っているの?! 何が『生きていいはずがない』よ! 貴方はただ、辛いことから逃げたいだけじゃないの!」
レイナは涙を流していた。そして、オレの胸ぐらを掴みかかる。
悲しいのか、怒っているのか、どうしてなのか、オレには分からなかった。
「よく考えて! リンナは、貴方の命を守ろうとしたの! 貴方が生きていくために、命を張ったの! それなのに貴方は……ふざけないで! 死ぬなんて、許さない!」
ようやく分かった。どちらか、じゃなくて、どちらもあって……そしてそれは、オレに向けられたものなんだ……って。
「いい? 貴方は、生きなければいけないの。たとえ、どれだけ辛くても……貴方が、償いたいと思うのなら生きなさい。その辛さを背負ってでも、生きるの」
涙を拭い、落ち着いた様子で彼女はそう言った。
そして、今度はそっと、オレの頬に手を添えた。
「もう、貴方の命は、貴方一人の命じゃない。その命には、カルマと、リンナが居るの……二人が生きる事の出来なかった分を、貴方が生きて」
「オレが、二人の分を生きる……?」
「そう。カルマではなく、貴方が居るのは、きっと貴方にしか出来ない事だったの。それはカルマが貴方に託した命。そして、リンナは貴方の命を救った。今こうして貴方がここに居るのは、二人のお蔭……だから、貴方はその命を、全うしなきゃいけないの。それが多分、二人の願いよ」
そう言って、レイナは優しくオレを抱き寄せた。
「ごめんね、私達は守ってもらう事しか出来なかったから……一人で戦って、悩んで……大変だったよね、辛かったよね……私は、リンナみたいに傷を癒すことも出来ないし、貴方を助けられる力もないけど、せめて、受け止めるから。本当に辛い時は、泣いていいから……」
気づけば、頬を雫が伝っていた。
胸の奥底から溢れる何かをせき止めてたものが無くなって、止まらなくなって、オレはそれからしばらく、涙を流し続けた。
どれ程時間が経っただろう。
ようやく、気持ちが落ち着いて、オレはレイナから離れた。
「ありがとう。気持ちの整理がついた気がする」
「いいのよ、それくらい。貴方にしてもらったことに比べれば、まだ返し足りないくらいだと思うわ……それより、これからどうするの?」
「さあ……ずっと、魔王を倒す事だけを考えていたから、これから何をしたらいいのか、分からなくて」
「それなら、もしよければ、ここで暮らさない? 何もなくなっちゃったけど、人は居るから、これからまた新しく作り直すの。貴方も一緒にどう?」
「そうだな……どうせオレにはもうやる事は無いし、まずはそこから……」
「そこから始めよう」そう言いかけた時、剣が輝きだした。
剣を手に取ると、それは空に向けて光を放ち、オレに何かを語りかけているように感じた。
光の刺している空へと顔を上げると、まだ開いたままの門が目に入った。
きっと、あの先へ行けと言うのだろう。まだ戦え、オレがやるべき事は……まだ終わってはいないのだと……
「行ってしまうのね」
どうやら、レイナはオレの様子を見て気づいたらしい。
オレは彼女に頷いて返す。
「そんな傷だらけの体で、まだ戦いを続けるの?」
「これがオレの、やるべき事らしい。大丈夫、貰ったこの命、簡単には捨てはしない」
「そう……気を付けてね。辛くなったらいつでも戻ってきていいからね? 貴方の帰る場所は、私が守るから」
「ああ、分かった」
レイナに背を向け、剣を天に掲げる。
巨人となって飛び立とうとした時、
「待って! 一つ、教えて欲しい事があるの!」
レイナに呼び止められ、オレは彼女の方へ振り向く。
「貴方の名前、教えて?」
「フェニキス……貴方の娘から貰った名前だ」
「リンナが名前を……フェニキス、いい名前ね」
そして、レイナはオレに笑みを向けてくれた。
「フェニキス、行ってらっしゃい」
それに、オレは頷いて返した。
それからオレは剣の導く先を見据え、その場から飛び立った。
オレが何のために生まれ、これからどこへ向かい、何をするのか、何一つ今は分からない。
ただ一つだけ、分かる事がある。
オレはこの戦いで大切な人を失い、辛くて、悲しくて、絶望を味わった。
レイナも、オレの前では強く居てくれたが、きっと同じだったはずだ。
こんな事、もうこれ以上、繰り返したくない。
だからオレは、この生まれ持った力で……いいや、より強くなって、守りたいものを守ってみせる。
その為にオレは、これからもずっと、戦い続ける。




