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終幕 ー旅立ちー

 フェニキス……ごめんなさい。貴方を一人にしないと誓ったのに、私はそれを守れなかった。

 貴方には、とても辛い思いをさせてしまいました。謝って許されるようなことではないと、分かっています。


 今の貴方には、きっと迷惑な事なのかもしれません。ですが、こうせずにはいられませんでした。


 恨んでもらって構いません。


 許して貰えなくとも構いません。


 それはとても辛い事ですが、それでも……それでも貴方には……




 日差しが眩しい……太陽が真上に来ているのか……


 何故……オレは生きている。


 ベルゼブアの気配を感じない、倒せたという事だろうか……全てをかけた一撃を放ったんだ。死んでいてもらわなければ困る。


 そう、全力だった筈なんだ。オレの命、全てを注いだつもりだった……なら、何故俺は生きているんだ。



 オレは、大切な人を守れなかった。


 オレは、リンナを殺した。


 オレが、生きていていい筈がない……



 傍に、太陽の剣が突き刺さっているのを見つけた。

 僅かだったが、幸い動く体力は残っていた。


 剣を伝ってなんとか立ち上がり、剣を引き抜いた。


 そうだ……今生きているのは、自らの手で命を絶つ為だったんだ……

 楽には死ねない……自分の手で、自分の腹を貫いて、そして苦しんで死ななきゃいけないんだ。


 剣を逆手に持って、切っ先を腹部に向けた。

 あとは、これで刺し貫くだけ……それだけのに……手が震えて、動かせない。


 オレは剣を投げ捨てその場に膝をついた。


 死ななきゃいけないと、思っているのに、オレは……どうしてオレは、死ぬのが怖いんだ……



「ごめんリンナ……オレは、自分で自分の命を絶つ勇気なんて、なかった……」


 生きているのは、自らの手で命を絶つ為じゃなかった。オレはただ、死ぬのが怖くて、力を出し切らなかっただけだ。



 なんて、無様なんだ。



 一人じゃ何もできやしない……オレは、何のために生まれたんだ……


 力がある癖に、何も守れない……どうしてオレは、カルマじゃ無いんだ……


 オレはこれからどうすればいい……自分で死ぬことも出来ず、目的もない。

 リンナが居なくなって、オレを受け入れてくれる人も、もう居ない……



 そうだ、自分で命が断てないのなら……


 オレは、たった一つ、行くべき所を思い出した。



 気が付いた時には真上に上っていた太陽も、今はもう、ほとんど見えなくなってきていた。

 剣を支えに歩き少しずつ進んでようやく、見えてきた。


 みんなの居る、集落が。


 もう、オレが行くべき場所はここしかない。


 もう少しだ……もう少し……






 辿り着いた集落は、酷い有様だった。

 家屋は壊れ、畑は荒らされ、生きた人がいるのかと疑いたくなるほど人の気配がない。



 そうだ……オレはずっとここに戻らなかった。

 一度も、直接ここを守ったことはない。

 そんなオレが、ここを頼ろうだなんて、虫のいい話だったんだ。


 結局オレは、なんにも……誰も守れなかったのか……


「カルマ……カルマよね?」


 女性の声が聞こえた。この声は、たしか……ああ、やっぱりレイナが居た。

 彼女はオレに気がついて、駆け寄ってきた。


「良かった、凄い激しい戦いだったみたいだから。無事で、本当に良かった」


 安堵した様子で息を吐くレイナ。

 しかしその後、誰かを探す様に辺りを見回す。


「カルマ、リンナを見なかった? 貴方を追いかけるって出ていったのだけど、会わなかった?」



 心臓の鼓動が、早くなるのを感じる。とても、胸が苦しい。



「ごめんなさい……オレは、何も守れなかった……」

「そんな、確かにこんなになっちゃったけど、でも、生きてる人も居るわ。貴方は、たった一人で多くの命を救ったの。たった一人でそれだけ出来たのなら充分よ……」



 違う、カルマだったら、こんな事にはなっていない筈だ……全部俺のせいだ……オレは、カルマにはなれない……



「オレは……カルマじゃないんだ……」

「え……何を、言っているの?」


 声が、震える。言葉を紡ぐのが、怖くて、怖くて、仕方がない。


「オレは……リンナを、守れなかった。それだけじゃない……オレが……オレがリンナを殺したんだ」

「ちょっと待って。何を言っているの? ねえ、落ち着いて……ちゃんと話して?」




 レイナに宥められながら、オレは今までの事を話した。


 カルマが太陽の剣を手にして、オレが生まれた事から、魔王との戦い……そして、リンナがその身を持って魔王を抑え、それでようやく勝つ事の出来た事を、出来る限り、全て……



「こんなオレが、生きていていい筈がない。……だけど、オレは怖くて……自分の命が断てなかった……」


 そう言うと、レイナはオレを怒りの籠った目で見ている。



 当然だ、許せる訳がないだろう……自分の娘を手に掛けた相手なのだから。

 ……この人になら、オレは殺されても構わない。覚悟も、出来てる。



 気がつけば、オレは頬を思いっきり、強く叩かれていた。

 そんな事されるとは思っても見なくて、オレはその後呆然とレイナを眺めた。


「貴方は何を言っているの?! 何が『生きていいはずがない』よ! 貴方はただ、辛いことから逃げたいだけじゃないの!」


 レイナは涙を流していた。そして、オレの胸ぐらを掴みかかる。

 悲しいのか、怒っているのか、どうしてなのか、オレには分からなかった。


「よく考えて! リンナは、貴方の命を守ろうとしたの! 貴方が生きていくために、命を張ったの! それなのに貴方は……ふざけないで! 死ぬなんて、許さない!」


 ようやく分かった。どちらか、じゃなくて、どちらもあって……そしてそれは、オレに向けられたものなんだ……って。


「いい? 貴方は、生きなければいけないの。たとえ、どれだけ辛くても……貴方が、償いたいと思うのなら生きなさい。その辛さを背負ってでも、生きるの」


 涙を拭い、落ち着いた様子で彼女はそう言った。

 そして、今度はそっと、オレの頬に手を添えた。


「もう、貴方の命は、貴方一人の命じゃない。その命には、カルマと、リンナが居るの……二人が生きる事の出来なかった分を、貴方が生きて」

「オレが、二人の分を生きる……?」

「そう。カルマではなく、貴方が居るのは、きっと貴方にしか出来ない事だったの。それはカルマが貴方に託した命。そして、リンナは貴方の命を救った。今こうして貴方がここに居るのは、二人のお蔭……だから、貴方はその命を、全うしなきゃいけないの。それが多分、二人の願いよ」


 そう言って、レイナは優しくオレを抱き寄せた。


「ごめんね、私達は守ってもらう事しか出来なかったから……一人で戦って、悩んで……大変だったよね、辛かったよね……私は、リンナみたいに傷を癒すことも出来ないし、貴方を助けられる力もないけど、せめて、受け止めるから。本当に辛い時は、泣いていいから……」


 気づけば、頬を雫が伝っていた。


 胸の奥底から溢れる何かをせき止めてたものが無くなって、止まらなくなって、オレはそれからしばらく、涙を流し続けた。 




 どれ程時間が経っただろう。

 ようやく、気持ちが落ち着いて、オレはレイナから離れた。


「ありがとう。気持ちの整理がついた気がする」

「いいのよ、それくらい。貴方にしてもらったことに比べれば、まだ返し足りないくらいだと思うわ……それより、これからどうするの?」

「さあ……ずっと、魔王を倒す事だけを考えていたから、これから何をしたらいいのか、分からなくて」

「それなら、もしよければ、ここで暮らさない? 何もなくなっちゃったけど、人は居るから、これからまた新しく作り直すの。貴方も一緒にどう?」

「そうだな……どうせオレにはもうやる事は無いし、まずはそこから……」


 「そこから始めよう」そう言いかけた時、剣が輝きだした。


 剣を手に取ると、それは空に向けて光を放ち、オレに何かを語りかけているように感じた。


 光の刺している空へと顔を上げると、まだ開いたままの門が目に入った。


 きっと、あの先へ行けと言うのだろう。まだ戦え、オレがやるべき事は……まだ終わってはいないのだと……


「行ってしまうのね」


 どうやら、レイナはオレの様子を見て気づいたらしい。


 オレは彼女に頷いて返す。


「そんな傷だらけの体で、まだ戦いを続けるの?」

「これがオレの、やるべき事らしい。大丈夫、貰ったこの命、簡単には捨てはしない」

「そう……気を付けてね。辛くなったらいつでも戻ってきていいからね? 貴方の帰る場所は、私が守るから」

「ああ、分かった」


 レイナに背を向け、剣を天に掲げる。


 巨人となって飛び立とうとした時、


「待って! 一つ、教えて欲しい事があるの!」


 レイナに呼び止められ、オレは彼女の方へ振り向く。


「貴方の名前、教えて?」

「フェニキス……貴方の娘から貰った名前だ」

「リンナが名前を……フェニキス、いい名前ね」


 そして、レイナはオレに笑みを向けてくれた。


「フェニキス、行ってらっしゃい」


 それに、オレは頷いて返した。


 それからオレは剣の導く先を見据え、その場から飛び立った。






 オレが何のために生まれ、これからどこへ向かい、何をするのか、何一つ今は分からない。

 ただ一つだけ、分かる事がある。


 オレはこの戦いで大切な人を失い、辛くて、悲しくて、絶望を味わった。

 レイナも、オレの前では強く居てくれたが、きっと同じだったはずだ。


 こんな事、もうこれ以上、繰り返したくない。

 だからオレは、この生まれ持った力で……いいや、より強くなって、守りたいものを守ってみせる。






 その為にオレは、これからもずっと、戦い続ける。

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