第二話 ー預言ー
リンナが成人(?)してから一週間程が経った。
彼女は成長と同時に、治癒をする力に目覚めたらしい。それ以来、その力を使って傷ついた者を治癒する日々を送っていた。
「ようリンナちゃん、今日もお疲れさん」
昼頃になり、怪我人の治療が落ち着いた頃。狩りから戻ってきたリオが、リンナに声を掛ける。
「あら、リオさん。そちらこそお疲れ様です」
「リンナちゃん。今日リィザって奴見てないか? 狩りの途中ではぐれちまってさ」
「いえ、こちらには来てないと思います」
「分かった。ありがとな」
「お役に立てず、申し訳ありません」
いいのいいの。と手を振りながら、リオは立ち去っていく。ただ、ふとある事が気になって彼を呼び止める。
「リオさん、こちらばかり頼って申し訳ないのですが、カルマはどこに居るか分かりますか? 狩りに出たわけではないようですが、姿が見当たらないので」
「カルマ、居ないのか? ……あ、そっか、今日はあの日か」
リオは懐かしむように空を見上げ、それを見たリンナは意味が分からず首を傾げる。
「もうすぐ帰ってくると思うぞ。入口の方で待ってればいいんじゃないか?」
「そうですか、ありがとうございます!」
リンナは、その場で一礼すると直ぐに集落の入口へと走っていった。
リオに言われた通り、集落の入り口でカルマの帰りを待っていたリンナ。
暫くして、遠目に彼の姿が見えると、リンナは彼の元まで駆け寄った。
「カルマ、お帰りなさい!」
「ああ、リンナ。ただいま」
はにかみながら答えたカルマだったが、その声にはあまり力が入っていなかった。
どことなく笑顔もぎこちなく、様子がおかしい。
「どうかしたのですか? ……あ、もしかしてどこかお怪我でもされたのですか? もしそうなら、私が……」
リンナが言い終える前に、カルマは首を横に振った。
「違うんだ、別に怪我をしたわけじゃない。ただ……いや、気にしないで」
気にしないで……そう言われると、何があったのかと、リンナは不安になる。
だが、これ以上聞いても何も答えてはくれないのだろう。そう思ったリンナは、何か手がないかと考えた。
「カルマ! お昼ご飯はもう、召し上がられましたか?」
「え、まだ、だけど……」
リンナは、「それなら良かった」と心の中で呟き、拳を握った。
「今日は私がご飯を作っているんです。もし宜しければ、食べてみて頂けませんか!」
「まあ別にいいけど……」
「良かった! それでは、私は一度家に戻りますので、ここで少し待っていてください! 約束ですよ」
そう言って、リンナは家へと戻っていった。
ほとんど勢いに押されたような形ではあったが、約束をしてしまったので、カルマはこのままこの場所で待つことにした。
しばらくして、リンナは大きめな弁当箱を持ってやって来た。
それから、二人は集落から少し離れた所にある原っぱへと移動し、並んで座った。
そしてリンナは、持ってきた弁当箱の蓋を開ける。
「見た目は……ちょっと不格好ですけど、味は保証します。お母様に習った通りに作りましたし、ちゃんと私が味見もしましたから」
と自信有り気に胸を張るリンナ。
「そうか、それじゃあ……」
「はい、どうぞ」
頂きます、そうカルマが言いかけた所に、リンナがおかずを掴んだ箸を、カルマに向ける。
「ええっと……これは……」
「やってみたかったんです。一口だけでいいですから……ね? 他には誰も見ていませんし」
「……分かった。それじゃあ、頂きます」
少し恥ずかしかったが、他に人も居ないので思い切って食い付いた。
「あ、おいしい」
その一言を聞いて、リンナはホッと胸を撫で下ろした。
「良かった。もしお口に合わなかったらと、ちょっと不安だったんです」
「そんな事ない、凄く美味しいよ」
「ありがとうございます。とても、嬉しいです。お腹を空かせているかと思って、多めに作ったので、沢山食べてください」
「ありがとう。頂くよ」
とても美味しそうに弁当を食べるカルマを見て、リンナは微笑んだ。
「少しは元気になったみたいですね。良かったです」
「えっ……ああ、さっきの、事? ごめんね、気を遣わせて」
「いいんです。私は自分の料理を、カルマに食べて頂きたかっただけですから。ですが、やっぱり今のカルマの方が、素敵ですね」
カルマは、心臓がドクンと、大きく跳ね、少し顔が熱くなった。
それをリンナに悟られまいと、黙々と弁当のおかずを食べ始める。すると、急ぎすぎて喉を詰まらせてしまった。
リンナは慌てて水の入った水筒を差し出した。
「そんなに急いで食べなくても……カルマったら、意外と落ち着きがないところもあるんですね」
落ち着いたカルマは、笑って誤魔化した。まさか、少しリンナの事を意識してしまったのを、誤魔化そうとしたとは流石に言えない。
あの日以来、彼女を異性として意識し始めている事は、カルマ自身も分かっていた。
ただ、それでもカルマなりに、彼女の親としての気持ちがある為か、リンナの告白を受け入れることが出来ないでいた。
「カルマ、ずっと私の顔を見ていますが、どうかしましたか? 流石にちょっと照れてしまいます」
「ああ、ごめん」
カルマはすぐに顔を逸らし、渡されていた水筒に口をつける。と、その時、ふと昔の事を思い出した。
「あ、ちゃんと水だ」
カルマの言葉に、リンナは首を傾げた。
「ええ、それはそうですが……他に何を入れるんですか?」
「ああ、ごめん。昔の事を思い出しちゃって……精霊界に来る前の話なんだけど、水筒に悪戯でお酒を入れられた事があってね。酷い話だろ?」
「そんな事があったんですか。カルマ、お酒は苦手ですもんね。でもその割には、なんだか、楽しそうに話してくれますね」
まあね。とカルマは頷いた。そして、精霊界に来る前の夜の出来事をリンナに話した。
それを、リンナは真剣な表情で聞き入っていた。
「精霊界に来る前日の事で、少し不安だった僕を、彼なりに励ましてくれたんだと思う。……今日はね、人間界と繋がる門が開く日だったんだ。それで、リクトが来ていないかと思って、見に行ってみたんだけどね」
「まだ、こちらへは来ていらっしゃらなかったんですね」
頷く彼の表情は、どこか寂し気だった。
そんなカルマの肩に、リンナはそっと手を置いた。
「精霊界が人を選ぶのは、一つの門で十数年に一人と言われています。カルマとお母様の年は三人でしたが、そちらの方が珍しいのですから。必ず来る、と無責任に断言は出来ませんが、そのリクトという方が努力を続けているのなら、いつかきっと」
「……そうだよね。今日は、励まされてばっかりだね。ありがとう、リンナ」
「それでは、あとで何かお礼をしてくださいね」
「大きな借りになっちゃったな」
二人は、互いに顔を見合わせて笑いあった。
それから食事を終えて、二人で片付けを始めた時だった。
突然、リンナが頭を抱えてしゃがみこんだのだ。
「リンナ、大丈夫か?」
カルマが声をかけても、苦しそうに呻くだけだった。
ただ事ではないと思ったカルマは、リンナを担ぎ、彼女の家まで運んでいく。
彼女の家へと送り届け、寝床で寝かせる。
母親のレイナと共に、しばらく様子を見ていると、段々と落ち着きだし、状態は良くなっているようだった。
そして、リンナはゆっくりと瞼を開き、起き上がる。
「もう起きて大丈夫なの?」
「ええ、お母様。それにカルマ、ご心配をおかけしました」
「いいんだ、気にしないで。それより、無理はしてない? 最近よく働いていたみたいだし」
そうではありません……とリンナは首を横に振った。
そして、リンナは起き上がり、二人を正面に向きなおす。
「二人共、お話したい事があります。とても、大切な事なんです」
リンナの話とは、そう遠くない時に邪悪な存在『魔王』が現れ、人間界と精霊界を滅ぼしてしまうのだという事だった。
そして、その先駆けとして、魔王の先兵がこの集落を襲うという光景が頭の中に鮮明に映ったという事だった。
それを聞いたカルマとリンナの二人は、困ったように顔を見合わせる。
「突然こんな事を言われても、信じることは出来ないと思います。ですが、お母様とカルマなら、信じるとは言わなくても、きっと真剣に話を聞いて頂けると……そう思ってお話させて頂きました」
「そうだね。正直、受け入れられるような話ではないね」
「リンナ、貴方はどうするの?」
「集落の皆さんに、話してみようと思います。信じていただくことは、難しいとは思います。ですが、何もしないよりはきっと、良くなると思うんです」
リンナは、集落の者達にも先程二人に話した事と同じ事を伝えたものの、やはり、信じる者は殆ど居ない言っていい状態だった。
分かってはいた事、とリンナはカルマとレイナに対し、気丈に振る舞っていた。だが、やはり誰にも信じて貰えなかった事に、かなり落ち込んでいるようだった。
今リンナは、先ほど二人で昼食を食べた原っぱで、膝を抱えて座っていた。
そんな彼女の姿を見るのがいたたまれなくなり、少しでも元気づけられないかと、カルマは声をかける。
「リンナ、今ここは全くの平穏で、みんなこれから災いが起こるなんて、思えないんだ」
「そう、ですよね。分かっています。私だって、何も知らずにこんな事を言われれば、信じることなんて、できないと思います。だから、本当に気にしていません」
と言って、リンナははにかんだ。
……何も考えずに下手を打ったと、カルマは反省する。
「リンナ、本当にそんな悪い奴が現れるのかは、僕にはわからない。だけど、平穏って、絶対にいつまでも続くものじゃない。だから、何かあった時の為の備えって、しておくべきだと思うんだ」
「えっ……?」
それまで顔が下がっていたリンナだったが、カルマの言葉を受けて、ゆっくりと顔をあげた。
「何かできる事があるなら、教えて欲しい。僕達で準備するよ」
「僕達?」
「二人共、お待たせ」
集落の方から近づく、二つの人影。
一人はレイナ、そしてもう一人はカルマの同居人リオだった。
「お母様、それにリオさん……二人共どうして」
「リンナ、私はあなたのお母さんなのよ。親の私が、一番にあなたを信じないでどうするの」
「俺は暇だったから手伝いに来ただけ」
リオはレイナに脇腹に肘を入れられ、痛みに苦しんでいるのをよそに、リンナは嬉しそうに顔を綻ばせ、頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございます」
*
それから一か月程の月日が経ち、これまでの間、魔王が現れるという予兆のような物は特には起きてはいなかった。
そんなある日の事、ソレは現れる。
集落を照らす日の光が、突然遮られた。
いったい何事かと、住人達は空を見上げる。そして、光を遮る怪物の姿を目の当たりにする。
その姿は、紫色の鱗をした巨大なトカゲのようだったが、前足の部分は大きな翼になっていた。
精霊界の住人達でさえ、初めて見る……だが、あえてそれに呼び名を付けるなら、存在だけは語られていた伝説の獣、「竜」と呼ぶに相応しい姿だろう。
禍々しい雰囲気を放つその怪物の姿を一目見て、カルマ達は恐れていた事態が起きたのだと理解し、すぐにその場から立ち去った。
竜が耳を塞いでも防ぎきれない程、大きな雄叫びを上ると、辺りが揺れる。
そして、住人達が身動きをとれない内に、竜は降り立つ。翼を畳んで前足の様に使い、集落を駆け回る。
人の何倍もあるその巨体は、駆け回るだけでも大きな被害をもたらした。
あまりにも大きな竜に対して、太刀打ちは出来ないと、ただ絶望が広がり出したその時……
どこからか投げられた一本の矢が、竜の目に突き刺さる。
「みんな! ここは僕達に任せて、逃げてくれ!」
声のする方を向くと、そこには弓を持ち、数本の矢を腰に携えたカルマの姿。その隣にはリンナも居る。
流石に痛むのか、竜が悶えだす。
そこに、カルマだけでなく、別の位置から、リオとレイナが矢を放っている。合計三方向から絶え間なく矢が放たれて、全てではないが、竜の体に突き刺さる。
「皆さん、目を伏せてください!」
響くリンナの声に、皆思わず言葉通りに目を伏せた。
リンナは両手を胸の前で合わせ、目を瞑る。
すると、その直後、竜の体の矢が刺さった個所が光り出し、強い発光が周囲を包む……竜の苦しむ声が暫く続き、竜の声が聞こえなくなると共に発光が収まった。
発光が収まると、住人達は伏せていた目を開く。
そこには竜の姿は無く、竜が居たはずの場所には、誰か精霊らしき者がうつ伏せ倒れていた。
それを見つけて、駆け寄る人影が一人……リオだった。
倒れた精霊の顔をみて彼は驚愕する。
「リィザだ……どうして……」
リオがそう呟いた直後だった……空にどす黒い雲が立ち込め、辺りは夜になったかのように暗くなった。
そして……
『初めまして、精霊界の諸君』
低く、ドスの利いた男のモノらしき声が、響き渡る。
空を見上げると、黒い人影がこちらを見下ろしていた。
『我が名は……ベルゼブア。君達へ送った贈り物は楽しんで頂けたかな?』
「贈り物? まさか、あのバケモノの事か」
「カルマ……」
リンナが、そっとカルマの服を掴んだ。
彼女の顔を見ると、あの黒い影に対して、とても怯えているようだった。
「間違いありません……アレが、魔王です」
「アレが魔王……魔王、ベルゼブア」
『さて、それでは本題に移ろう。……実は、探し物をしていてね。君達の世界にあるはずなのだ。〈運命の巫女〉と言う人物を探している。一月の内に、我に差し出せ。そうすれば、他の者の命は助けてやろう。それが出来なければ……まあ、君達は賢い選択をすることが出来ると、信じているよ』
そう言い残すと、黒雲は一瞬にして消え去り、元の青い空が広がった。
「あれが魔王だっていうのか! あんなのと、いったいどうやって戦えっていうんだ!」
住人の誰かが言った。すると、一斉に他の住人達もざわめきだした。
あんなバケモノが送り込まれたら勝ち目なんてない、そう言いだした。
「運命の巫女……そいつを差し出せば助けるって言ってたじゃないか! みんなで探し出して……」
「何を言っているの! 誰かの命を犠牲にするような、そんなやり方で、貴方達はそれでいいの?」
「だったら、どうしろっていうんだ! たった一人犠牲になるだけで、他のみんなは助かるんだぞ!」
住人達の提案に、レイナは抗議すると、一触即発の危うい空気になりだした。
「やめてください! こんな事で争わないでください」
「リンナ……!」
と、住人達の前に出ようとするリンナを、レイナが引き留めようとするが、
「いいのですお母様。身内で争って滅びるくらいなら……魔王が探している、運命の巫女というのは……私の事です。皆様が魔王に差し出すと言うのなら、それに従います。私の命、皆様にお任せ致します」
そう言って、レイナの制止を振り払い、リンナは皆の前に出て行った。
「リンナ、それはどういうことだ!」
問いかける……というより、怒鳴るように、カルマは言った。
「なぜ自分の命を投げ出すような事をするんだ!」
「巫女を差し出せば他のみんなは助けると、奴が言ったではないですか……」
「あんな奴の言葉を信じるっていうのか! 僕らの仲間の命を、平気で奪って! 僕にするような奴だぞ!」
カルマは、顔を背けるリンナの両肩を掴み、自分の方を向かせようとして、気が付いた……彼女は震えていた。
本当は、リンナも死ぬ事は嫌なのだ。それでも、それがみんなを助けられるなら……と、命を投げ出そうとしている。
「ごめん、リンナ……」
「いえ……そんな……謝らなくて大丈夫です」
カルマは深呼吸をして、頭を落ち着けた。
そして、住人達の方へと体を向ける。
「みんなも聞いてくれ、本当に奴を信用できるか? リンナを差し出して、それでも奴が僕らを攻撃してきたらどうする?」
「そうかもしれないけど……他に、頼れる方法はあるのか?」
誰かが言った。その一言が広がって、皆を不安にさせる。
多少は揺らいでいた人々の心は、恐怖の方へと傾く。
「出来る……かもしれない」
ざわつく住人の中から、一人、前に出てきた。
「迷いの森の奥深くに……魔を祓う太陽の剣があるって、聞いたことがある」
「バカ、それはおとぎ話の事だろ」
別の住人が、そう言って引き戻そうとするが、彼は戻ろうとしなかった。
「だけど、魔王が本当に居るんだとしたら、もしかしたら……」
「だとしても、それは剣に選ばれなければ死ぬっていう曰く付きじゃないか!」
その一言で、名乗り出た住人は黙り込んだ。
そして、他の住人に連れられて引き下がっていく時……
「カルマなら……出来る気がしたんだ……」
そう、呟く声が聞こえた。
*
その日の夜、カルマは剣と盾を携えて、たった一人旅立とうとしていた。
「こんな夜遅くに、どちらまで行かれるおつもりですか?」
集落の出入り口に近づいた時、正面に誰かが居ることに気が付いた。
雲に隠れていた月がその姿を現し、辺りを照らすと、そこに居た人物が分かった。
「リンナ、どうしてそこに?」
「どうせ、例の剣とやらを取りに行くのだろうと思いまして……」
「止めに来たのか?」
リンナは首を横に振る。
「どうせ止めても無駄な事は分かっています。それで、カルマはもしお怪我をされた時はどうなさるおつもりか、確認をしたかったのです」
カルマは答えに詰まった。その事まで頭が回っていなかったのだ。
そんな彼の反応を見て、呆れた様子でため息を吐くリンナ。
「そんな事だろうと思いました。ですので、私も付いていきます」
「でも、リンナが居なくなったら、あの怪物が現れた時どうするんだ?」
「その事なら問題はありません。お母様とリオさんには戦い方は伝えてあります。二人に任せておいたので、きっと大丈夫です」
きっと、何を言っても引き下がる気は無いのだろう。
「君も、言い出したら聞かないな」
「誰に似たんでしょうねえ?」
とぼけた様子で首を傾げ、リンナは言った。
「本当、誰に似たんだろうね」
カルマが苦笑すると、リンナはそれを見て勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
進みだしたカルマの後ろを、少し離れて付いていくリンナ。
彼女は、真剣な表情でカルマを見つめ、
「死なせはしません。カルマの運命は私が変えてみせます」
と小さく呟いた。




