月の入口
9
「いやぁ・・・負けちゃった」
肩をがっくりと落とし項垂れる男の横を、スタスタとレシリアは歩いていた。
「凄かったよ、あのフェイントは」
「そんなことないですよ」
落ち込みながらも頬を紅潮させるノーマに、レシリアは謙遜して答えた。
クレセントナイツ入団試験の決勝戦は、ノーマの降参という形で幕を閉じた。
レシリアは表彰式の様なものでもあるのかと思っていたが、全くそんなことはなく呆気なく民衆たちは解散して行った。
ノーマ曰く「この国の人はみんな毎日仕事をしなきゃいけないからね。こういう娯楽の日が結構ある代わりに、丸一日休日にはならないんだ」と。
優勝賞品として煌びやかな武具を、大観衆の前で贈呈されることに密かに憧れを抱いていたレシリアは非常に遺憾であったが、国のルールに従うしか無いと渋々諦めた。
そして、準優勝者が優勝者をシシュバラ国の城に案内すると言う風習の元(準優勝者の悔しさを煽るためらしい)、こうしてノーマを追随しているのである。
徐々に城に近づくにつれ、レシリアの母国ウェデーヴァでも噂されていた『ドラゴン』の威容が見えてきた。
白銀の巨躯。その鱗は、ダイアモンドを惜しみなく砕いて散りばめたような輝きを放つ。
長く伸びた尻尾は先端で金棒のように膨らんでいるが、その最先端はレシリアの愛剣のように鋭く尖っている。
細めの赤い瞳はえもいえぬ美しさを湛えており・・・
生まれて初めて見るドラゴンという生物に、レシリアは息をするのも忘れるほど呑み込まれていた。
しかし、ノーマの軽い口調の言葉によって現実に引き戻される。
「いやー、まさかあそこでレイピアのタイミングを遅らせてくるとは・・・もう流石に負けるしかないって思ったよ」
「・・・? はぁ」
レシリアはノーマの言葉に若干の違和感を覚えた。が、気のせいだ、と追求はしなかった。
「まあでも、勝敗はその場の判断に任せるって隊長も言ってたからね」
「は?」
ノーマの言葉の意図が分からず、歩みは止めずにその横顔を見上げる。
そこには、先刻の様なへりくだった笑顔は無かった。
その瞬間、何か途轍もなく大きな世界に入り込んでしまった様な感覚に陥る。
そう、これは、あの時と同じ──・・・。
歩む先にシシュバラ城の威容が迫ってくる。
そして、城門が開き、ノーマとレシリアはその中へと誘われる。
「・・・・・・」
色々な感情がないまぜになり、言葉を発することも出来ずたどり着いた先には、背丈の低い男女が佇んでいた。
そして、その男の顔に、レシリアは見覚えがあった。
「あなたは入団試験の時の・・・」
その青年は、入団試験前、態度の悪い参加者を片手で吹き飛ばした男だった。
「よぉノーマ、遅かったじゃん」
「あぁ、久々にいい汗を流せたよ」
呆気にとられるレシリアをよそ目に、会話が紡がれる。
「あぁ〜、ノーマ。その言い方、えっちぃ」
「うるさいよエフィ。そっちは随分余裕があるようだけど、ちゃんとやることやったかい?」
「やったやった。なかなかに手強かったけどねぇ〜・・・。って、その後ろの子、誰?」
急に目線を向けられ、レシリアは思わず息を呑む。
状況を飲み込めず、目線で必死に助け舟を乞うレシリアに、ノーマはその柔和な笑顔で「あぁ、言ってなかったよね」と前置きし───、
「ようこそ、我らが『三日月の騎士団』へ」
唐突に、そう告げた。
一章完結です
これからも精進していきます!