憎しみの向こう側
2
スラリと伸びた細い脚が、石畳の上を泳いでいく。
両脇には、あまり丈のない木造の建物が建っていて、そのどれもが『住居』という雰囲気を持っている。商いをしている建物は皆無だ。
立ち並ぶ民家を眺め歩きながら、リズ=レシリアは自らの故郷と比べる。
なんてやる気の無い。ここに店を構えないなど、儲ける気が無いにも程がある。さすが貧困の国『シシュバラ』ね。
───しかし、先程から目に映るどの建物にも人の気配がないのは何故だろう。子供のひとりやふたり居てもいいのに。
あたりを見回しても人間と思しき影を捉えることは出来ない。
少し歩くと酒場が見えたので、観音開きの戸を押して入ってみた。
「すみませーん・・・」
返答はない。
「誰かいませんかー」
間延びする声で呼びかけるが、もぬけの殻の店内にはレシリアの声が虚しく響くだけだった。
酒場を出て考える。
もしかして、何か重大な───それも、国民全員が揃って出払わなければならないほどの事が起きている・・・?
考える内に、どんどんと思考がエスカレートしてしまうのはレシリアの悪い癖だが、当の本人はそれに気付いていない。
酒場の壁に寄りかかり、今後の行動計画を考えようとしたその時───視界の端に、チラリと人影が見えた。
その人影は徐々に姿を大きくし、すぐにそれが少年であると認識できるまでになった。少年は顔中に汗を流しながら走っていた。
レシリアはその少年を見ると、すぐに彼の元へと駆け寄ろうとした。
───まずはこの街に関する情報を手に入れなくては。
酒場の壁からから飛び出し、ちょうど向かってきた少年に声をかけようとしたが。
しかし、喉まで上がってきた言葉は吐き出されなかった。
片手を宙に上げ不自然な形で硬直するレシリアを見向きもせず、少年は荒い息づかいと共に走り去って行った。
レシリアは、その後ろ姿をじっと見つめる。
何故、声をかけなかったのか。
それは────
少年の目にあまりにも深い憎悪の色が渦巻いていたからに他ならない。
そう経たないうち、レシリアはそそくさとその日の行動計画を決め、すぐに宿を見つけた。
誰も居ないと思っていたが、幸いにもその宿には店主が一人残っており、夕食をとった後布団に入り考える。
──明日の入団試験は落とせない。
スパイとしての任務を達成する為にも。
そして───薔薇のブレスレットを付けたあの人と再会する為にも。
静かな闘士を心に滾らせ、レシリアは眠りについた。
引き続きよろしくお願いします