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ストーン・ソウル ~a Permitedchild on a Platform~  作者: 榛原ユリト
第一章 a missing child 迷子の水晶
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三人だけの秘密

「ずいぶんとのんきなやつだな。今頃レジエンド駅はこのコの落し物で大騒ぎしてるに決まってるってのに」


「口止めしなくちゃ。彼女に僕らのことを黙っててもらうんだよ。全てはそれで解決だろ?」


「は? 口……」


 あっけらかんとしてソナが頷く。

 カナトの真向かいには、リニーが毛布に包まれ寝かされている。


「だって、思い出してみてよ。レジエンド駅の防犯カメラは闇の精霊が起こした波動でおそらく瞬時に壊れた。駅員にも見られていない。電車もまだ来ていなかった。駅員や採掘屋たちも、あの騒ぎで僕らが駅から退いたと思っているとしたら……彼女さえ黙っていれば、僕らは言い逃れが出来るじゃないか。さっきは二人とも動揺してたけど、冷静に考えてみたら軍は簡単に僕らにたどり着けるはずがない。そうは思わないか?」


 だから、いったいその自信がどこから沸いて来るのか。

 カナトにはソナの言うことが不審でしかない。


「このコだって、いつ回復するかわからないんだぞ」


「待ってやればいいだろ」


 折り曲げた膝に肘を掛け、ソナは両手を組む。

 性格はともかく、面長で整っている方ではある顔は癪に障るほど穏やかだ。


 呆れてカナトは彼を睨みつけた。


「夕方までこうしてる気かよ」


「それで解決するならやすいもんだろ? 明日になろうが明後日になろうが待つよ」


 本気なのか冗談なのかわかりにくい顔のまま、あくまでソナは態度を変えない。

 カナトが向けたきつい視線もそのまま受け止め、彼は灰色掛かった青い瞳の奥で打ち消してしまう。


 今朝初めて言葉を交わしたばかりの男と、突然真上から落ちてきたパーミテッドの少女、そして自分。

 こんな奇妙な取り合わせで、まさか使われなくなった車両車庫に籠城することになるとは思ってもみなかった。

 おまけに、取り巻く状況をいくら見回しても、望みらしいものはどこにも転がっていなかった。


カナトは肺の中の空気を全部押し出してしまうほどの勢いでため息を吐いた。






 リニーは、結局、夕方になっても目を覚まさなかった。


 ソナという男は、とにかく無鉄砲で横暴な奴だ。

 カナトも薄々感づいてはいたが、やっぱり彼は想像通りに涼しい顔をして『考え』というのを実行しようとしている。


「やってらんね」


「僕だって考えてるんだ」


「どうだか」


 カナトが見ている目の前で、ソナはグレイサス駅から地下車両車庫へと続くシャッターの前に引かれた白い線の上で水の入ったペットボトルを傾けた。

 トポトポとあっという間に小さな水溜りが出来上がり、ソナはそこへ靴の裏を何度か擦りつける。


「これも事故だよ。換気ダクトから取り込む外気も冷たくなってくる季節だから、古い配管が結露を起こして結界の真上に水溜りが出来てしまったんだ。こんな風に、意図せずとも結界が水に流れて壊れることって『あるある』だよね。ああ、なんて不幸な偶然」


「……白々しい」


 カナトは顔を上げる気も失せた。


 シャッターの前には外灯の明かりで小さな影が出来ていて、早速、途切れた結界から一体の闇の精霊が廃止された車両車庫内へと滑り込んでいく。


「これで僕らがいない間に目を覚ましても、彼女は安全だよ。木曜日になれば、君ンとこの上師が線を引き直してくれる」


「安全? さっきリニーがいる倉庫の前に張った結界が破られたらどうすんだよ。あっちは石粉を撒いただけの線で頼りないし、万が一のことがあればリニーはまた闇の精霊の餌食になってしまうんだぞ。たかだか二人の準師が張った結界──」


「ここは今まで闇の精霊を撥ねつけていた場所だ、木曜日までに二〇体も入り込めばいいとこだろ。そのくらいなら僕らが張った結界も耐えられるよ。そして入り込んだ闇の精霊は、リニーを守る番兵の役目を果たしてくれる。彼女がここから飛び出して街なかの濃い影にふらふらと迷い込んだりしたら、もっとたくさんの闇の精霊に襲われてしまうかもしれないんだぜ。倉庫には明かりも水も食料も置いてある。あんなことがあった後だから、結界があるのにわざわざ闇の精霊がうろつく影へ彼女は出て行かないよ」


「ホント、自信家だな。その性格」


 癪だからカナトは羨ましいとは言わなかった。


「よく言われるよ、それ」


 フフッと笑うソナ。

 本当にコイツは送魂師なんだろうか、とそんなことまで疑ってしまいそうになる。

 だが、彼が霊気を読む力も、結界を張る手際のよさも間違いなく本物だった。

 送魂師としてのあらゆる点において、同じ準師でもカナトの方が見劣りがするくらいだ。


「じゃあ、また明日。僕は務めの前に寄れるかどうかわからないけど、夕方には必ずここへ来るよ。ウチの親はどっちも帰りが遅いから夜はなんとかなっても、朝早すぎるのはさすがに怪しまれると思うから」


 ヨンゴダの聖堂は、レジエンド駅を挟んでグレイサス駅とは反対方向にあるから、朝に彼が来れないかもしれないのはいたし方のないことだ。


「俺は朝にも来る。一〇〇パーセントそうする、絶対」


「もっと自分の腕を信用しなよ。倉庫の結界は破られないし、ここには木曜日まで人は近寄らない。それよりも軍の人間には気をつけなきゃ、出会っても悟られないように」


 軍人には殊更注意が必要だ。

 それにはカナトも納得し、心底頷けた。


「このことは三人だけの秘密だ」


 別れ際、ソナはもう一度念を押した。


 ともかく自分たちはやることをやってしまった。


 もし、数パーセントの確率でこの無謀が功を奏し、リニーも助かり、自分たちも無事これまでどおりの送魂師に戻れるのなら──。


 それはそれで、確かに悪い話ではない。

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