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ストーン・ソウル ~a Permitedchild on a Platform~  作者: 榛原ユリト
第一章 a missing child 迷子の水晶
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リニー

 彼女についてひっかかる点はいくつもあった。

 獣術士部隊は選抜きの戦闘部隊のはずだが、彼女が着ているのは戦闘服でもなんでもない太腿丸出しの軍服だ。

 武器になりそうなものもなにひとつ身につけていない。

 彼女の持ち物といえば、カナトたちが持っているようなショルダーバッグがひとつだけ。

 それも布がペラペラでいかにも使い勝手が悪そうな。


 なにより、彼女がなぜレジエンド駅の真上から落ちてきたのかが一番の謎だ。


 やはり任務途中の事故とはとても思えない。


 駅の真上から落ちたというのに、五分やそこらの時間が経っても追ってくる軍人さえいなかったのだから、ひとりで行動していたことは間違いないだろう。


「だったらいったいどうするっていうんだよ。早く手当てしてやらないとマズいだろ」


 カナトたちにはもう抜け道がないということなんじゃないだろうか。

 いくら体面を取り繕っても、霊気の状態まで易々と自分の思い通りにはならない。


 カナトの口から、自然と重くため息が漏れた。


「隠しきれるわけないよ。おかしな真似をしようと考えてるなら、俺、抜けるから」


「どういう意味さ? ここで抜けようが同じことだよ、だって君の精神はすでに彼女に乱されてるんだから。言葉にしなくたって、君の霊気がそう伝えてるよ」


 ソナは、同情するよとでも言いた気な目で哀れそうに肩を竦める。

 そういう彼を包む霊的な輝きも、会ったときと比べると格段に弱々しいオレンジ色になっていた。






 まるで釣られたかのように、ソナも小さくため息をついている。

 それから、いつまでたっても目を開かない彼女を覗き込んだ。


「とにかく外傷を見てみよう。買いに行くにしても、どんな薬がどれだけ必要かわからないから」


 ソナの提案にカナトは頷きかける。

 が、次の瞬間には、ふたりとも視線を合わせたまま黙り込んでいた。


「変な想像しないでくれよ、カナト。今の僕らに癒せるのは、彼女の体の傷だけなんだから」


 戦地で戦い抜いたパーミテッドたちの魂や報われなかったイクシーディングたちの魂を天へと送る祈りのイメージから、カナトたち送魂師はよく『癒しの送魂師』という言われ方をされる。


 長いローブにベル型のケープ、それに額から眉間にかけて入れ墨された紋様という彼ら特有の格好も神秘的な印象を後押しているのだろう。

 が。


「あ、あたりまえじゃないか。俺だって獣術士相手に本当はこんなことしたくないよ」


 この場合は、真面目に変な想像は抜きだ。

 相手はただの少女じゃない。

 変な想像がどうとか言っている時点で次元が違っている。


 ソナがシャツのボタンをはずそうが、獣術士の少女はピクリとも反応しない。


 カナトはハラハラしながら、控えめに彼女のブーツを脱がせた。

 そして、隠れていた部分を見てギクリと息を飲んだ。


 半ズボンの裾から覗いていた毛皮と同じもので包まれているのは承知のことだ。

 が、足首から下は特に人間のものとも獣のものともつかない形をしていた。

 獣のものにしては広すぎる甲の先に、人のものにしては丸みを帯びすぎているずんぐりとした指が四本ついている。

 ブーツの足先がやけに丸みを帯びた作りなのはこのためだったらしい。

 足の裏には、薄っぺらではあるが肉きゅうらしいものもある。


 こんな脚で、彼女は人間と変わらない体を支え、真っ直ぐに立っていられるのだろうか。


 立ち上がるときは、歩くときは、いったいどうやって動かすのだろうか。


 つい、カナトはそんなことを考えてしまった。


 脚には大きな怪我は見当たらない。

 ただ、もしかすると折れていたりするかもしれない。


 恐る恐るそっと触れる。

 もちろん、髪の毛の手触りとはまったく違っていた。

 もっと柔らかくて、それでいてしっかりと脚部を覆い尽くしている。


 素人の触診に過ぎないが、骨の位置がおかしいと思われる箇所もなかった。

 やはりソナが言ったとおり、闇の精霊がクッションになったのかもしれない。


 ひとまずホッとしてカナトは顔を上げる。


 ソナの方は淡々と作業をこなしていた。


 彼女の開いた襟元からは、ピンク色の石飾りをつけたペンダントがこぼれ出ていた。


「これだったのか、胸元にあった小さな霊気の正体は」


 ソナを手伝い、邪魔になっていたペンダントを持ち上げて、ああ、とカナトは気がつく。


 カナトもいくつかの石をお守りとして身につけている。

 彼女がつけているのは、親指の先ほどのピンクの石を針金のようなワイヤーで括って鎖に通したペンダントだ。

 特に磨かれていない原石に近い石は、色づいた氷砂糖みたいに見える。


紅水晶(ローズクオーツ)だね。軍人が持つのは碧玉(ジャスパー)赤鉄鋼(ヘマタイト)ばかりだと思っていたけど」


 一番下のボタンまではずし、ソナは半分透き通ったピンク色の石を一瞥した。


「このコにとっては意味があるのかもしれない。じゃなきゃ、こんな風に首から提げたりしないよ」


 言いながら、カナトはそれに触れてしまったことを少し後悔していた。


 石には人の念がこもりやすい。


 紅水晶が放つ霊的な波動は決して激しいものではなかった。

 けれどカナトは、このペンダントが彼女にとってどれほど大切なものであるかを、僅かながらその波動から伝え知らされてしまった気がした。


 カナトの手の中にある紅水晶は冷やりと心地よく、伝わってくる波動は温かだ。


 冷たいのに温かいなんて、おかしな石だ。


 カナトはそれを静かにそっと彼女の胸元へ戻した。

 早く持ち主の元へ返してやれと、強く訴えられている気がしたのだ。


「まぁ、このコが抱える事情なら数え切れないほどありそうだしね。──あぁ、どうしようこれ」


 振り向くと、ソナが少女の髪をうざったそうに持ち上げていた。


「長すぎて邪魔だ。彼女の荷物になんか入ってないかな、輪ゴムとかピンとか」


 少女の腕をシャツから抜こうとしていたソナが、自分は今手を離せないと必死にそれらを催促してくる。

 血の滲んだシャツを取るのは一苦労らしい。


 仕方なくカナトは彼女のショルダーバッグを開いて覗いたが、中はほとんどスカスカで使えそうな物はなかった。

 入っているのは、手袋がひと組と、軍の身分証、携帯食の小袋がいくつか──。


 ──『リニー』──。


 身分証を取り上げるとネームのところにそう書かれてあった。

 ラストネームはない。

 軍の基地内にあるカプセルの中で生まれたリニーはただのリニーで、それより血筋をさかのぼる必要はないからだろう。


「なにか見つけた?」


 ソナが首を傾げて覗き込んでくる。


「リニー……このコの名前だよ。軍の身分証がここに」


「見せて」


 頷いてカナトは身分証をソナに渡してやった。


「意外と質素なんだな、もっといろいろ書かれてるのかと思った。『エクセラント軍獣術士部隊飛行小隊三等士』──ふうん……飛行小隊──え、飛行! 飛べるのか彼女?」


 ソナは細い目を最大限に見開いて身分証を見直した。


 軍が飛べる獣術士を欲しがっているのは、送魂師の知るところでもある。

 けれど、飛行に成功した獣術士が実在するかどうかは疑問だった。

 獣術士とはいえ、人の形をしたものが宙を飛び回るのは難儀らしい。

 送魂師の多くは、飛行という武器は軍が抱いている幻想なのだと思い込んでいる。

 が……。


 カナトも今一度少女──リニーの身分証を覗き込んだ。


「どこ?」


「ここだよ」


 ソナの指した場所には、確かに『飛行』の二文字があった。

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