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ストーン・ソウル ~a Permitedchild on a Platform~  作者: 榛原ユリト
第一章 a missing child 迷子の水晶
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『姫』

「俺はカナト・ラストン。こっちへ下りてきてくれてよかった、正直なところひとりじゃ手に余るかもしれないと思ってたんだ」


 彼が線路へ下りて来てくれたことは、とても心強かった。


「癒着して巨大化する前に散らしてしまおう。二人いればそれほどの大仕事でもないよ」


「そうだな、とっととやってしまおう」


 闇の精霊は濃い影に巣食い、天へと昇れずにいる迷子の魂や同士を食い物にして巨大化する厄介ものだ。

 巨大化して力を得た闇の精霊は、霊魂たちが昇りゆく天への道を妨げとなるので、送魂師の勤め上最も困った存在でもある。


 人間の生活にだって悪い影響を与えることもある。

 そうならないように闇の精霊を鎮めるのも、送魂師に与えられた勤めのひとつだ。


 カナトはひとつ頷き返してから、改めて意識を目前の闇の精霊たちに集中させて、右手の指先を額の紋様に触れさせた。

 気配でソナも同じように祓いの構えをするのがわかった。


 カナトは空いた左手で小さく印を結び、額の紋様に触れさせていた右手を胸の前で素早く薙いだ。


(散れ……っ!)


 ズ……ズズズォ──……ッ


 人の頭ほどの大きさの黒い塊がもぞもぞといくつか剥がれて、暗闇の中へと散っていく。

 それは息を吹きかけられた巨大な泡にも似ていた。


 取り憑いていたものから離れた闇の精霊は、興味深げにカナトの周囲を飛び回る。

 が、それもたかだか一瞬のこと。

 散らした闇の精霊はたちまち寄り集まって、次はこの送魂師を食らってやろうと向かってくる。


《美味そうだ、美味そうだなぁ……うひ、うひひひひ》


《お、おま、おまえの魂……食らって、食らってやろう──》


(食あたり起こすから、送魂師の生き魂なんか食ったら)


 カナトは心中で毒づいた。

 闇の精霊はあっという間に足元までやって来て、靴やローブの裾を霊的な圧力で締めつけ始める。


 しかたがないので今度は立て続けに額の紋様に指を触れさせ、その手を薙いで闇の精霊を散らした。


 ブワァ……ッ


 ぎゅうぎゅうと締めつけられていた足元が、たちまち自由になる。


(遊びたいわけじゃないんだよ。せいぜい散らしてやるから、あとはキュアリス送魂師団になんとかしてもらいな)


 散らしてさえおけば、レジエンド駅周辺を巡回するキュアリス送魂師団が浄化してくれるだろう。

 送魂師の師位は『準師』に始まり、『熟師』『秀師』『高師』と上がっていく。

 闇の精霊の浄化は熟師以上の勤めだ。


(それにしても、なにを血迷ったんだか。よっぽど悪い場所へ足を踏み入れてしまったんだな、この犬たち……)


 そう思い、今一度薙ごうと構えたカナトの右手がピクリと止まった。

 そして、目を疑った。


 どうやら自分は、とんでもない勘違いをしていたらしい。


 闇の精霊を散らした隙間から現われたのは、形状の複雑ないくつもの金属片やネジにパイプ、色の薄そうな毛並みと黒っぽく見える外套、足先の形が丸いロングブーツ、半ズボンにサスペンダー、胸の膨らんだ開襟シャツとネクタイ、その奥で輝く小さな霊的な波動──。


 薄暗いせいで、まるで色褪せたような視界にあるそれらは全て、間違いなくただひとりのものだ。


「犬……じゃない!?」


 腰の辺りまでフンワリと伸びた長い髪の毛が半分ほど、仰向けになった体の下敷きになっている。

 それはブーツの上にだけ覗いて見える毛並みと同じような色調で、血液らしいものが滲んでいた。

 それに尻尾がある。

 切り揃えられた前髪の下で瞼を閉じる顔は、この薄闇の中でも蒼白であろうと思われた。

 脚と尻尾以外は、どう見てもカナトたちと同じ十代の少女だ。


 ソナも額の紋様に触れさせていた指を離して、凍りついていた。


「──軍人だ。しかもただの軍人じゃない……このコ、パーミテッドじゃないか」


 ソナは声を押し殺してはいたが、それでも堪えきれずに囁くような悲鳴を紛らせた。


 彼の言葉に異論の余地はなかった。


『人以外』という存在、そのひとつである『許された子ども(パーミテッド・チャイルド)』。


『超過した子ども(イクシーディング・チャイルド)』と共に、命を終えれば聖堂へと送られてくる者たちだ。


 四同盟国中最も東方に位置するエクセラントは長期に渡り隣国バスタールからの侵略行為に頭を悩ませている。

 そのため、住人たちが暮らすシティから数十キロ離れた先、対侵入者厳戒区域の地下国境際には軍の特殊部隊が今も次々と送られていく。


 そこはまさに戦場のようだと、もっぱらシティでは噂だった。


(これは事故だ──ただの不幸な事故だ……)


 生まれて初めて目にする、生きているパーミテッドを前に、カナトの膝までが震え始めていた。


 この国では人の限界を越えた強力な戦闘要員を揃えようと、もう何十年も前から軍の管理下で人間以外の遺伝子を組み込む人為的交配が行なわれている。

 だが、いつも成功するというわけではなかった。


 交配に失敗された者たちはイクシーディングチャイルド、またはイクシーディングと呼ばれ、軍の手で処分されている。

 俗に『廃棄』と言われる行為だ。


 交配に成功し、将来が有望とみなされた者たちはパーミテッドチャイルド、またはパーミテッドと呼ばれ、獣術士部隊という軍の特殊部隊の一員になるための厳しい訓練に、幼い頃から身を置くことになる 


 組み込まれる人間以外の遺伝子は、主に獣の遺伝子であった。

 だからこの少女の脚部がそうであるように、彼らは体のどこかに必ずといっていいほど獣の遺伝子から受けた影響を示す。

 人でも獣でもないと考えられているイクシーディングやパーミテッドは、どちらの場合も人間と同じ扱いを受けることがない。


 獣術士部隊がこなすのは地下精鋭部隊(アンダーフォース)同様、対侵入者厳戒区域での任務であり、街なかをうろつくことは決してないはずなのだが──。


「な、なん……こんなとこ──で? 部隊から、はぐれたとか……?」


 はたして真っ先に言いたかったのは、こんなことだったのだろうか。


 送魂師は、特に生きているイクシーディングやパーミテッドとの接触を厳格に禁じられている。

 日ごろ、彼らの亡骸にばかり触れている者にとって、彼らの生きている姿は衝撃であり、刺激であり、その後の勤めに大きな支障をきたすというのが古くからの師団側の考えだ。


 生きているイクシーディングやパーミテッドとの接触は、それだけで送魂師にとって汚点。一生の傷となる。


 よりによって、曰くつきだらけに違いない、生きているパーミテッドの少女が、なぜ目の前に!


 動悸が激しくなり、眩暈がした。背筋を冷たい汗が伝う。

 手も足もカナト自身のものじゃなくなってしまったかのように、スーッと感覚が薄れていく。

 これまで塞いでいたものが、バランスを失って危うくこぼれだしてしまいそうになる。


「ハっ……ハハ、街なかでどうやってはぐれるっていうのさ? 獣術士部隊なんて、シティに降りるわけないだろ。アンダーフォースと一緒に、特別装甲車両で対侵入者厳戒区域へ移動するはずじゃないか。どうしようカナト、僕ら……送魂師だ」


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