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モグラとマッピング * 依頼受け付け中 *  作者: Biz
2章 キャリオン峡谷
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3.オークのトンネル

 《オーク》が掘り進めた洞窟は、粗雑ながらも予想していた以上に広かった。

 それは、この《モール》でも、そこまで不自由なく動ける広さである。

 当の《オーク》が大柄なのもあるだろうが、それでももう少し狭くてもいいはずだ。

 きっと賢い奴が、長柄の武器を振り回す自分たちが有利に戦えるように、と広めに作ったに違いない。

 大は小を兼ねる――それが結果的に、小柄な奴まで戦える事になってしまったとしても。


「オークはアホなのか?」

「賢ければこんな事になっておらんよ」


 哨戒中の《オーク》の頭を叩き潰したハンマーを拭きながらココはそう答えた。

 確かにその通りだ、相手が道に迷うように……と、迷宮のように複雑な経路にしたのは良いものの、自分たちが道に迷い、帰り道を失ってしまっているんだから――。


 《モール》の歩くガショガショ音は大きく、洞窟内に響き渡る。当然、豚たちの耳にも届いているだろう。

 だが、その足はここまで届かず、ブゴォッブゴォッと苛立たせた鼻の音が近づいたり離れたり……時おり豚同士がぶつかり、喧嘩しているような音まで届いていた。

 また、我々の存在に気づいた豚が仲間に知らせようと、引き返したは良いものの、行き止まりにぶつかる者や、同じ道を何度も行ったり来たりする者もいた。

 どうしてこんな事になっているのか――これらには全て理由がある。


「ふむ。何とまあ分かりやすい地図だこと」


 少ない頭の中身をぶちまけ、地面に伏せっている《オーク》が持っていた地図を見て、モグラのその言葉が理解出来た。

 壁も何もない、木の板に一本の線をカクカクと書いただけの、天才にしか理解できないような地図――我々が作成途中の地図を見れば、きっと腰を抜かすに違いない。

 よく《オーク》は知能が高いのか? 低いのか? と人間の間でも議論になる事があるのだが、何となくこいつらの生態が分かってきた――。

 《オーク》は考えず欲望・本能のまま動けば賢い、そこに思考が混じれば馬鹿になる、と……。


 ココの作る地図によって、この洞窟の全体的な構造も把握できてきた。

 まるでホウキのような形状――|《コボルドの王》が言った『出口は一つ』との言葉通りのようだ。

 コボルド陣営側には多く枝分かれし、オーク陣営側に近づくにつれ、それぞれの道が収束するようになっている。


 その|《コボルドの王》は来るべき時に備え、軍隊の準備を粛々と進めていた。

 猫の手を借りたい――王は出発前の俺たちにファムを残すよう指示し、ファムは渋々ながらもそれに従い、コボルド陣営の手伝いをしている。


「ファムは大丈夫なのか?」

「カルトンは気の多い奴だが、多種族のメスまでは手を出さんよ」

「そ、そうじゃなくてっ!?」

「ふむ。まぁ猫にしか分からんルートでも探させているのだろう」


 オークが洞窟に罠を仕掛け、扉を置いて鍵をかけられるほど賢くもない為、今回は猫の手ならぬファムの手は必要ないらしい。

 確かにあの王が好色っぽくて、少し心配にもなったのも事実だが――昨晩も()()()()()()()()美犬なそれを膝の上に座らせ、周りにも数匹(はべ)らせ、俺たちの寝床にも『夜伽を申しつけられました』と、夜のお相手的なそれを送り込んでくるぐらいだったし……。

 隣のベッドにはファムもいるし、ほぼ犬のそれを抱く気にもなれないので、丁重にお断りしたが――。


「だけど、多種毒同士のそれもあるのか?」

「余程メスに飢えてるか、絶滅の危機に瀕していればある。フェルプとてそうだったからな」


 そう言われれば、ファムの種族――フェルプは人間とのハーフだったな。

 太古は純粋な二足歩行の猫の種族だったが、戦争などによってオスが激減したため、反対派の意見を押し切って人間の血を交える苦渋の決断を下した、と聞いた事がある――。

 だがそれも書物によってバラバラで、侵略してきた人間に犯され孕んだ末裔や、人間との大恋愛の末に産まれた種族、と多種多様だ。

 実際の所、純血種のフェルプもごく僅かながら生存し続けているらしく、結構ややこしい問題をかかえているとの噂も聞くが――この辺りは、今度ファムに聞いてまとめておこう。


「ふむ。あちらさんは、我々を熱烈歓迎しているようだ」


 敵陣の中でガションガションと悪目立ちする《モール》だが、何も悪い事ばかりではない。

 正面から先陣を切って、突進してくる《オーク》の体当たりを躱す必要なく、真正面からぶつかっていける程のパワーを持っている。


 習うより慣れろと言うべきか、最初は上手く操作できるか不安だったものの、今では咄嗟に相手を組み伏せ右手のクローでトドメを刺す、ぐらいなどは容易くなってきていた。

 装甲が頑丈、なのもあるか。相手の持つ斧や、風車の羽根のような巨大な肉切り包丁も何てことなく、左腕で防ぎ楽にいなす事が出来る――。

 ココが、バランサー類の機能取っ払ったのも分かるな……あれもこれも自動化してしまうと、それに頼り切り、咄嗟の判断が取れなくなってしまいそうだ。


「なぁ、ココ。この杭なんだけど……もしかして槍的なものなのか?」

「ハンマードリル兼パイルドライバーだ。射出も出来るが、予備が無いんだから、ここ一番以外ではやるなよ?」


 パイルドライバー……何とロマンあふれる武器なのだろう。

 だが、閉所だと少し扱いづらいな……。


「だけど、短縮するかしないと、こんな通路じゃ取り回ししづらいぞ」

「ふむ。そこまでは考えていなかった」


 単に威力と見た目で決めていた、とココは言った――。

 もしかして、この《モール》って……完全にこのモグラの趣味なのか?


 ・

 ・

 ・


 道が単純化し始め、来た時よりも狭く、造りも荒くなって来ている。

 間に合わせで補強したような感じだけど、力の入れる所が逆じゃないのか……?

 出口を快適にするのも分かるのだけど、入口が一つしかないのなら、そこをまず崩れないようにするべきな気がするのだが――。


「最後に仕上げようとして、最後に行き着けば面倒くさくなる」

「あぁ……」


 《オーク》に親近感がわくよ……物書きでも、おかしな点を見つけたけど、後で見直した時にやろうと放置したら後半ダレてくるんだよね……。

 これはオークの生態の項に追加しておこう――。


「ふむ。やはりか――」


 ココは、何の補強もされていない土壁を触ると『ここ掘れ』と、左右の土壁をパイルドライバーで掘るよう指示された。

 言われた通り、そこに突き立てると――何と、みるみるうちにそれが深くえぐれていくではないか。


「もしかして、ここの土ってめちゃくちゃ脆いんじゃないのか? どこか水気も含んでるようだし……」

「避けるべき場所を避けていないからな」


 ココは、何やら看板らしきものも立てながらそう言ったが……ビチャッと湿った土で何となく分かる。

 だけど、こんな状態ならわざわざ俺たちが潰しに来なくても、放っておいたら自然崩落するんじゃないのか……?

 出口まではもうこの一本道しかない。そうすると必然的にオーク陣営からも《オーク》さん御一行が、こちらにやって来る危険(リスク)があるのだが――。


「ム、補強工事――カ。ご苦労さまデス」

「いえいえ、こちらこそご迷惑をおかけします」


 フゴフゴ言うだけかと思っていたが、人の言葉も識字も出来る《オーク》がいるようだ。

 ココが俺の横に立てた〔岩盤補強工事中――ご迷惑をおかけします〕との看板を見て、『工事業者じゃねーか。誰だ侵入者なんて言ったのは』と、言いながら引き返して行った。


 勉強が出来るようでいて、やはり頭が悪いらしい……。

 自分たちしか通らないはずの洞窟に部外者がいる事に対し、何の疑問を持たないのだから……。


 ある程度掘り進めてゆくにつれ、周囲にヒビが走り始めている。

 ヤバいかも――って気配がビンビンし、今は『何という事でしょう』な状態だ。


「匠呼ばなきゃっ!?」

「ここに居るだろうが」


 人はこのモグラを人で無しの風雲児と呼ぶ――俺がそう呼ぶ事にした。

 穴掘り中、後ろで何やらゴソゴソと組み立てていたそれを壁に埋め込み、リールに巻かれた紐をカラカラと伸ばしながら戻ってゆく――何か予想していた以上にそれが短いよ、木で補強された所まではまだまだ遠いよ。

 モグラはウキウキな様子で完成したばかりの地図と、オークの雑な地図を渡して『十秒で出口までの道を頭に叩き込んでおけ』ってもうあれでしょ? このモグラは馬鹿か?


「一、二、三……ふむ。押してしまおう」


 十秒もない。このモグラは、やはり馬鹿なようだ――。

 ズゥゥン――と、こちらの意見を無視する、無慈悲な振動が洞窟の四方に響くのが分かった。

 その音がスタートの合図らしい。せめて、心の準備する時間ぐらいくれと言うのだ――。


「うおぉぉぉぉぉぉっ!?」


 転んだら終わるッ――!?

 落盤の音ってこんな音なんだね、前に進むだけの土の波が俺を殺しに来てるよっ!

 足のペダルをベタ踏み、必死で腕でバランスを取りながら、うろ覚えの道を突っ切ってゆく――。

 もうどうして、自分がこんな操縦が出来るのか分からないよっ、とにかく生きるのに必死だよっ!


「――邪魔だ豚ァッ!?」


 息絶えた豚に足を取られ、死を覚悟した――。

 世界が一回転し、土葬されゆくその豚の顔が『やったった』みたいに見えたのがムカつく。

 もし《モール》がもう少しでも大きければ絶望的だっただろう、火事場のクソ力かアームで地面を叩き、機体を持ちなおさなければ、今頃は土中遊泳していた事だ――。


 何度、一か八かの勝負にかけたか分からない角を曲がると、何やら陰がかかる出口の光が見えた。


 そこには《コボルド》が二匹立っていた――。

 そこから俺を覗く犬の目はこう語っていた――。


『俺たち考えたんでさぁっ!』

『こうして、入口を格子状に組んだ木で塞げば、あの豚どもが出て来られねぇって!』

『俺たちって――』

『天才じゃね!!』


 お前らも馬鹿だよッ――!!

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