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モグラとマッピング * 依頼受け付け中 *  作者: Biz
2章 キャリオン峡谷
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2.犬の王

「やっほー」


 ファムのご機嫌な声が峡谷を駆け抜けている。

 これまでは、『足が痛い』『もう歩けない』とブチブチと文句言っていたのに、俺の操縦する採掘機《モール》と名付けたそれの背中カゴに入るやいなや、すぐにいつもの調子に戻っていた。


 《モール》の操縦は、平たんな道の歩行・小走りぐらいなら問題ないものの、足場の悪い所の操縦が未だおぼつかない。

ココは『慣れれば手足の様に動かせる』と言うが、足元のペダルの操作と手のレバーの操作が、単純でいて難しいのだ……。少しでも間違えばズデンッなのに、背中で猫がモゾモゾしてるから余計にバランス取りづらくなってるし。

 これは頑丈なので、転んでもモール自体は何ともないのだが、中の人への衝撃が予想しているより強い。

 それもこれも、前をノッシノッシと歩くモグラが、『そうそう転ぶことなんてないだろ』と、自分の感覚で衝撃緩和材とバランス取りの機能をオミットしたせいである。もっと乗り物の装置にコミットさせろと――。

 お蔭で斜面で転げ落ちた際、中の人が危うく嘔吐物まみれになるところだったんだぞ……。


 そんなこんなで、人間として歩いたほうが遥かにマシだと思う二日が過ぎ、ようやく辿りついた峡谷のふもとの村で一息つくことが出来た。

 当然、このモールを見た村人たちは、興味・恐怖・驚愕とそれぞれの反応を見せる。

 あの母娘の旦那さんも、その中の一人だ。奥さんからの手紙に、モグラの事が書かれていたようで、それを見つけるやいなや何度も感謝の言葉を述べ、今晩はぜひ泊まって行って欲しいと申し出てくれた。

 だが……ココは『全てが片付けば立ち寄らせてもらう』と、ぶっきらぼうに返すだけであった。


 お言葉に甘えるべきだ、と疲労困憊のファムは何度もココを咎めたが、風が吹き抜ける道の奥に転がるそれを見てからは口を噤んでいる。

 コボルドとオークとの戦争が激化している事を証明する――犬と豚の死体があちこちで転がっていたせいだ。


 知能の差だろうか? 二倍ほど体格差があるにも関わらず、オークの死体の方が多い。

 だが、いくら知能があっても腕力差には適わないのか、叩き潰されたり頭部を両断された犬の死体も多く見受けられる。


「うえー……血なまぐさい……」


 峡谷を吹き抜ける風が死の()()()を届けている。

 奥に行けば行くほど、死体は新しく、それを貪る鳥が来た気配もない。

 日暮れとともに死体がゾンビ化して徘徊したら……と杞憂すらしてしまうぐらいの死体が並んでいる。


 峡谷から川辺に差し掛かった辺りから、ファムの目が険しく――野生の獣のような目になっていた。

 周囲をギッと威嚇するように睨み始めた辺りで、ようやく俺にも何かの存在に気づく。

 隠れているのか、分からせようとしているのか、茂みがガサガサと揺らしながら何者かが尾行して来ている――。

 しかし、ココは特に何の反応も見せない。いつものように、ハンマー片手にノッシノッシと歩くだけだ。


 その追跡者は多数いるぞと言わんばかりに、あちこちの茂みを揺らす。

 四方から感じる視線はまるで、警戒心を強める俺たちをあざ笑っているかのようであった。

 ファムはウィンチでクロスボウの弦を引き、矢をつがえているものの、その引き金を引くほど無鉄砲ではない。あくまで威嚇・牽制としてだ。こんな遮蔽物の無い場所で撃てば、敵の弓矢の格好のマトになるだけなのである。

 攻撃を仕掛けた方が負け――挑発してくるかの様に茂みが揺らされ、ファムは忌々し気に『犬共がっ』と口を荒げた。


 川の水は洞窟の中から流れ出て来ているようだ。

 ココは何の警戒もしないまま、その中へ、灰色の石をジャリジャリ鳴らしながら足を踏み入れてゆく。

 洞窟の中は肌寒く、シン――とした洞窟の中では、川のせせらぐ音だけが反響していた。

 迷宮のような陰鬱とした空気がないだけマシだが、奥が見えない不気味さと、一歩の重さはそれと変わらない。

 俺たちを囲っていた気配は途絶えたものの、奥からまた別の気配――先ほどよりも強く、重いものが感じられた。それにファムはカタカタと震え始め、何か動きがあれば撃たんとばかりに警戒を強めていた。


 その刹那――闇の奥でゾワッとした気配が感じられ、カシュンッと、クロスボウから矢が放たれる音がした。洞窟に響いた音はそれだけだ……矢が命中した音も、壁に突き刺さった音も、地面に落ちた音もしない。ただ、水の流れる音が響き続けるだけだ。


 普通ならあり得ない遅さでカラン――と音が遠くで鳴ると、再び重苦しい気配がこちらに近づいて来ているのが分かった。一歩……また一歩……と、確実に向かってくるそれが、血の流れを止め、俺の足を震えさせている。

 ファムの足は止まっている――近づく恐怖に全身をブルブルと震わせ、いつもは立たせている尾も、今では地面に落ちてしまいそうなぐらい力なく垂れ下がっていた……。


「あ、あぁ……」


 耐えかねたファムは後ろを向くと、そこにはいつの間にか無数の二本脚で立つ犬が退路を塞いでおり、力なく一歩後ずさりすれば背後の恐怖に二歩戻り……、

 それでもこのモグラは動じる事無く、パイプタバコに火をつけ、煙の輪をプカリと浮かべるだけで何もしない。いや、何もする必要がないと言った様子だ――。


「ここは禁煙だ――」

「以前来た時はそんな規則は無かったぞ、カルトン」

「今決めたからな」


 煙の輪と同時に恐怖がふっと消え、闇の奥よりココより黒い漆黒の毛をした犬――《コボルド》が姿を現した。

 デカい――コボルドは小柄な種族と聞いていたのに反し、デカく強靭な肉体を持っているそれは、実は犬の皮を被った人間なんじゃないか、ってぐらい大柄だった。

 波打った剣は炎の一部を象ったようで、鈍く光る銀の盾と鎧は見た目以上の重厚さをしているようだ――。


 他とは一線を画く存在――彼はまさしく“コボルドの王”だろう。

 ココはそれを《カルトン》と呼んだ。そして《カルトン》は、ココと呼んだ。

 古くからの友に抱き合う二人を他所に、先ほどから大人しいファムは……足下の石の色を、灰から黒く変え、気絶していた。


 ・

 ・

 ・


 洞窟の奥には王の間――その中央には、簡素ながらも見事なまでの玉座が設けられている。

 そこにドスッと腰を下ろしたコボルドの王は、何とも美しい青色の瓶をココに投げ渡した。


『友の再会に――』


 と、掲げると二人はそれを一気にラッパ飲みし始める。

 飲み終えれば、投げ捨てるのがここの作法なのだろう、パリン――と音をたてて割れたそれから、純度の高そうなアルコールの匂いが部屋中に広まっていた。


「う、うぅ……み、水に漬けるなんて酷いよぉ……」


 と、ずぶ濡れのままの猫を見て、“王”はどこか楽し気に口を開いた。


「小便臭いまま、ここに入られても困るのでな」

「ももっ漏らしてなんかないよっ! 水に……そうっ水に濡れたせいっ!」

「お前には珍しいツレだな、ココ」

「まぁ、成り行き――でな」


 何の躊躇いもなく、玉座の横にドッシリと腰を落としリラックスした表情を見せるココ。

 ファムは――まぁ何と言うか……しっかり漏らしていた。

 子供の頃、このコボルドの王にフェルプの首がハネ落された場面に偶然出くわしてしまい、目の前に落ちた仲間の首と、その仲間だと勘違いしたこの王に、ギロりと睨まれたのがトラウマになっているらしい。

 ショートパンツと下着を川でジャブジャブ洗い、代えのそれに着替えていたと言うのに、始めから何も無かったかのような顔を作っている。


「――戦況が芳しくないようだ」

「ああ……私が乗り込んでも良いのだが、その隙にここを攻められても困るのだ」

「ふむ。お前が出張る程なのか? オークに裏をかかれるほどコボルドは落ちぶれてはおらんだろう」

「今まで通りなら――な。今や豚どもはあちこちに洞窟を掘り攻めてくる、この谷のどこから出てくるか分からず後手に回っているのだ。

 いくつか穴を見つけ、待ち伏せ潰しても状況は変わらんし、各所の穴に多くの兵を割き手薄になっている――」

「豚が穴を掘る時代か」

「良い時代になったものよ――」


 心腹の友、と言うべきか。その会話は、どこか余裕のあるものであった。

 だけど、友が戦争の真っ最中って事は……陣中見舞いだよな? な?

 まさか、参戦表明とかじゃな――


「で、コバルトを渡す代わりに、それを潰せ、か?」

「持つべきは察しの良い友だよ」


 やっぱり戦争に首突っ込むじゃないかっ!? 下手したら処刑台に首突っ込むようなものだぞ!?

 多種族同士の喧嘩に、第三勢力が加わったらよりややこしい状態を招くのだから、ここは被害が拡大してでも当事者同士で解決をだな――。


「だが、穴は無数にあるのだろう? 全て見つけ出す頃には、黒犬の首が飾られているぞ」

「出口は無数だが、入口は一つだ。そこを見つけ、封鎖してくれさえすれば良い」

「ふむ。しょせんは豚の知恵か――大きさは?」

「その男が乗っている、ワーカーは十分入る」


 ワーカーって、この《|モール》の事なのか?

 てか、これ知ってるって事は多種族では結構周知されているのだろうか……やはり目で見て、肌で感じろと言うべきか、家や街の中の本を読むだけでは分からない事も多いな――。


 ・

 ・

 ・


「あぁー、久しぶりのベッドだー」

「あの迷宮から出た日以来ベッドに寝てないからな――」

「た、確かにそうだねーあはは……」


 思い出したくもないあの事件――。

 翌日にココに拉致され、土で出来たベッドの上に布きれを被って寝ていたのだから、まる一か月ぶりだろうか……。

 慣れとは恐ろしいもので、今ではファムと一緒に眠る事に対し、何の抵抗もない。

 懸念していた間違いを犯す事もなく健全なまま――まぁ、意識はしてもあまり手を出そうとは思えないし。むしろ、その獣の匂いがなければ落ち着かないような、飼い猫と一緒に寝ているような感覚だった。

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